Phase.11
今回はアルフレッド視点です。
そして、これで連日投稿は最後です。
「ちょっとお兄様。よろしいかしら」
王家の別邸から帰ってきてすぐ、アルフレッドはナタリーに話しかけられた。その目が鋭く、アルフレッドはちょっと引いた。
「な、何だ?」
「お話があるの。ミシェルのことなんだけど」
「ミシェル嬢?」
「そう」
とりあえず、話を聞くまで解放してくれそうにないのでうなずいた。ナタリーは一気にまくしたてる。
「ミシェル、ずっと社交界に出てこなかったのに今年になって出てきたのは、次の彼女の誕生日までに仕事か結婚相手を見つけなかったら、修道院に入ると伯爵夫人と約束したかららしいわ。ちなみに、ミシェルの誕生日は三月。あと半年よ、お兄様」
「……何が言いたいんだ、お前は」
わずかに動揺した心を落ち着けて、平静を装って尋ねると、ナタリーが胸ぐらをつかみあげた。
「あと半年で結婚相手を見つけなかったら、ミシェル、修道院に入っちゃうのよ!? そう簡単に会えなくなるのよ! せっかくできた友達なのに!」
そっちが本音か!
ともあれ、顔云々はともかく、修道院に入らなくてもミシェルは自力で生計を立てられそうな気がする。音楽の道でもいいし、薬の道でもいい。特に、薬は儲かる。だが、貴族出身の女性の労働は風当たりがきついのも事実だ。だから、やはり修道院に入るか、そうでないなら結婚するのがいいだろう。
だが、結婚も相手による。ミシェルをさげすむような人だったら、結婚せずにやはり修道院に入った方がいい。
「……ミシェル嬢にとって、修道院に入るのは最上の選択なんじゃないか?」
「お兄様まで! 何言ってるのよ!」
今度は脛を蹴られた。アルフレッドはブーツを履いているので、あまり痛くなかったが。
「お兄様、ミシェルのこと好きじゃなの?」
「いい子だとは思うけどな」
「なら、お兄様がミシェルをもらえばいいじゃない!」
アルフレッドはナタリーを見下ろした。興奮する彼女の肩をたたく。
「そんなことをしたら、ミシェル嬢に迷惑がかかる。狩りでのこと、忘れたわけじゃないだろう。それに、彼女なら『同情なら結構です』と言うだろうな」
「……そこまでわかってるのに、何でこう、二人とも鈍いのかしら」
ナタリーがもどかしそうに言った。アルフレッドはとりあえずそのセリフはスルーした。
「そんなに嫌なら、ナーシャも説得してみればいいだろう」
「もちろんよ。文通の約束はしているし。でも、ミシェル、次のファン・ダーレン公爵の夜会に出たら、領地に帰るって言っていたのよ」
「……早いな」
「レミュザ伯爵家の領地って、ちょっと遠いものね」
伝統あるレミュザ伯爵家の領地は、古くから要衝と呼ばれているサヴァール川流域にある渓谷の中にあるトラントゥールと言う地方だ。緑美しい豊かな土地で、レミュザ伯爵家が所有するトラントゥール城はこの国で五指には入る美しい名城だ。
ちなみに、シャリエ公爵家の領地があるのは西部にあるトラントゥールからみて北にあたるグディエだ。おそらく、ナタリーは帰るだろうが、宮廷に職のあるアルフレッドはこのまま王都にとどまるつもりである。
「だから、会えるのもあと少しなのよ!」
ナタリーが再びそう言ってくるが、アルフレッドにどうしろと言うのだ。
「ファン・ダーレン公爵の夜会でいいひとが見つからなかったら、ミシェル、次会う時には修道院の人間になってるかもしれないのよ!」
「……まあ、本人がそう望んでるならそれでいいんじゃないか?」
アルフレッドが冷静にそう答えると、ナタリーが半泣きで脛を蹴りあげていった。怒ったその背中を見ながら、アルフレッドはもやもやとした気持ちを抱えていた。
△
王家の別邸へ狩りに行ってから数日後、ファン・ダーレン公爵家で夜会が開かれた。もはやおなじみであるが、アルフレッドはナタリーをエスコートして会場に入った。
ファン・ダーレン公爵は現国王の妹を妻に迎えており、その血筋をたどっても傍流王族であると言う素晴らしく血統のいい家だ。シャリエ公爵家も古くから家名のある家であるが、ファン・ダーレン公爵家と比べるとやや下になるか。そんな家からの招きを断ることができるはずもなく、ファン・ダーレン公爵家の夜会はにぎわっていた。
あいさつに回り、ナタリーと一曲踊り、そこまではよかったのだが、いざ彼女と離れると女性たちが寄ってくる。未婚の令嬢だけならまだしも、未亡人や夫のいるご婦人まで寄ってくるのでアルフレッドはうんざり気味だ。しかし、そんな顔も素敵、と言われる。どんな顔をすればいいのだ。
ナタリーもナタリーで、若い令息にダンスに誘われており、彼女の助けは期待できない。アルフレッドは何とか令嬢たちを撒くと、庭園に出た。ふと目に入った薔薇園は迷路になっており、あの中に入ってしまえばなかなか見つからないだろう。
「……」
なんだか見たことのある人影が迷路の中をぴょこぴょこ動いている。アルフレッドはその人影に近づき、声をかけた。
「ミシェル嬢」
「うぎゃあっ! すみませ……! あ、アルフレッド様か。びっくりした……」
相変わらず年ごろの娘としてはやや間違っていると思われる悲鳴である。いつもの調子で謝りかけ、相手がアルフレッドであると認識したとたん、ほっとした様子で落ち着いた。
これは、信頼されていると言うことだろうか。いや、ミシェルはナタリーと仲が良いので、ナタリーの兄であるアルフレッドともそれなりの信頼関係を気づけているとは思う。だが、こうもあからさまに態度を変えられると何となく釈然としないのもわかってほしい。
夜会が開かれているからか、薔薇園の迷路はつりさげられたランプで照らされていた。なので、庭園はほんのりと明るい。その明かりに照らされたミシェルの仮面は、思いのほか怪しかった。
ミシェルは相変わらず夜会会場から逃げてきたらしい。アルフレッドもそうだが。それをわかっているので、二人とも、互いのことは聞かない。代わりに、アルフレッドは言った。
「ミシェル嬢。少し、迷路を散策してみないか?」
「えと、はい」
ミシェルがうなずいてくれたので、アルフレッドはカンテラを手に持ち、反対の手をミシェルに差し出した。彼女はキョトンとアルフレッドを見上げた。
「……手を」
「あ、はい。そうですね」
ミシェルがそっとアルフレッドの手に自分の手を重ねた。小さな手を軽く握り、アルフレッドは歩き出す。ミシェルの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いた。
「薔薇とは六月ごろ咲くものだと思っていたが」
ところどころ、開きかかっている薔薇がある。アルフレッドがそう言うと、ミシェルは「そうですね」と首をかしげた。
「薔薇にはいくつか種類があって、主に春に咲く薔薇と秋に咲く薔薇があります。秋薔薇は十月ごろ開花するものですが、気の早い薔薇は咲きかかっているのでしょうね」
開きかけのピンクの薔薇に触れながらミシェルは言った。振り返ってアルフレッドを見上げながら言葉を続ける。
「薔薇は食用にすると、肌にいいんですよ。それに、新陳代謝も良くなると言いますし、香りにはリラックス効果があるそうです」
言うことがとてもミシェルらしかった。アルフレッドは自分より顔一つ分ほど背の低いミシェルを見下ろした。
「桃色の薔薇の花言葉なら知っているが」
「花言葉、ですか」
「ああ。上品、気品、温かい心、それに、美しい少女」
「……」
それを聞いて、ミシェルがそっとピンクの薔薇から手を放した。それから言った。
「ナーシャさんにふさわしいような花言葉ですね」
「あれに気品があるかはわからないがな。というか、花言葉を知らなかったのか?」
「ある程度は知っていますけど、薔薇の花言葉は情熱とか、愛情だと思っていました」
「ああ。赤い薔薇がそうだな」
「色によって違うんですね……」
ミシェルが感心したように言った。本当は本数や花弁の枚数に寄っても違うのだが、ややこしいので言わないでおく。
やがて、広い空間に出た。東屋がある。小さな音であるが、夜会会場で演奏されている音楽が聞こえた。アルフレッドはふと思いつき、東屋の椅子にカンテラを置いてミシェルに改めて手を差し出した。
「良ければ一曲、踊っていただけないか」
ミシェルは迷路の前で手を差し出した時と同じように、アルフレッドの手を見つめて戸惑いを見せた。
「……私、あまり得意じゃないですけど」
むしろ、年単位の引きこもりのダンスが上手かったら驚く。
「ここなら音楽も聞こえるし、誰も見ていない」
アルフレッドがそう言うと、薄明りの下でミシェルの唇が弧を描いた気がした。
「そうですね」
再び、小さな手がアルフレッドの手に重ねられる。アルフレッドは反対の手を彼女の腰に回し、ゆっくりとステップを踏み出した。
身長差がありすぎると踊りにくいものであるが、アルフレッドはむしろ踊りやすさを感じていた。おそらく、ミシェルはもともと運動神経がいいのだろう。ダンスは得意ではないと言うのは本当だろうが、下手でもないようだ。
「ナーシャから、あなたが領地に帰ると聞いた」
「あ、はい。そのつもりです。トラントゥールは少し遠いですし」
くるりとターンをしながら「きれいなところだと言うな」とアルフレッドは言った。ミシェルも「はい」とうなずいた。
「とても、美しい渓谷ですよ」
「それはいいな」
「でしょう?」
心なしかミシェルの声音は嬉しそうだ。領地に帰れることがうれしいのかもしれない。そう思うと、アルフレッドは少しさみしくなった。
「これもナーシャから聞いたのだが、あなたが結婚相手を探していると言うのは本当か?」
「本当ですよ」
すぐさまそう答えたミシェルは、そのまま言葉を続ける。
「というか、社交界に出ている未婚の令嬢で、結婚相手を探していない人は少ないと思います」
アルフレッドは思わず噴き出した。確かに。
「次のあなたの誕生日までに相手が見つからなければ修道院に入ると言うのは?」
「本気ですよ。私にとって安住の地であるような気がします」
修道院と言っても、戒律の厳しいところからそれほどでもないところまで、様々だ。修道院は研究機関でもあり、修道士や修道女は、研究者であり医師であることもある。薬づくりが趣味だというミシェルは、うまく修道院になじめるのかもしれない。アルフレッドもそう思う。だが。
「あなたが手の届かない場所に行ってしまうかもしれないと言うのは、結構寂しいな」
本気でそう言ったのだが、ミシェルは「わあ」と声をあげて言ってのけた。
「私じゃなかったら、勘違いしてますよ」
つまり、彼女は勘違いしなかったと言うことだ。それに、若干のショックを受けたアルフレッドであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
蛇足として、名城トラントゥール城はユッセ城がモデルです。ユッセ城は眠れるの森の美女のモデルになった城でもあるらしいです。
連日投稿は今日で最後で、隔日更新に戻ります。そんなわけで、続きは明後日になります。
よろしくお願いします。




