Phase.10
今回はミシェル視点。
そう言えば、この『仮面姫』、ブックマーク登録数が400件をこえたのですよね……。皆様、本当にありがとうございます。
荷物に予備の仮面を入れておいてよかった。ミシェルは新しい仮面を身に付けながら思った。晩餐会には参加しないことにした。途中で強制終了されてしまったが、狩りで捕まえたウサギや鳥が出てくるらしい。ちょっと食べたかったが、人前に出たくなかったので、これでいいのかもしれない。表向きは、林で迷子になり、さらに火事に遭遇して疲れ果てた、と言うことになっている。ちなみに、火事はすでに鎮火している。
一人で夕食を食べるのは味気なかったが、仕方がない。夕食後の読書タイムに入っていると、部屋の扉がたたかれた。ミシェルが「どうぞ」と言うと、メイドが入ってくる。
「ミシェル様。王太子殿下と、アルフレッド様がお越しなのですが……」
どうしましょう? と言うように、メイドは首をかしげた。ミシェルも同じように首をかしげてしまう。どうしましょう?
「ええっと。お通ししてください」
まさか王太子を追い返すわけにもいかず、ミシェルはメイドにそう命じた。彼女はほっとしたように「かしこまりました」と頭を下げる。ミシェルはメイドが王太子を呼びに行っている間にショールを発掘して肩に羽織った。現在、絶賛部屋着なのである。
「お邪魔するぞ、ミシェル嬢」
「あ、どうぞ~」
ミシェルは入ってきた長身の男性を見てスカートをつまんで頭を下げた。
「レミュザ伯爵長女ミシェル・クレマンと申します」
「ああ、知っている。王太子のカジミールだ。よろしくな」
「えっと、よろしくお願いいたします」
王太子が座れ、と手でソファを示す。ミシェルはありがたく座った。そして、王太子の後ろにいるアルフレッドに軽く頭を下げた。アルフレッドも小さくうなずいた。
「……別に、俺に気にせず話してもらって構わんぞ」
「そう言うわけにはまいりません」
「そ、そうです」
アルフレッドにミシェルは全面同意だ。王太子がいるのに、私的関係を優先させるつもりはない。王太子が「お前ら、まじめだな」と呆れたように言った。
「それで、ミシェル嬢。林の中でのことをエルディー侯爵令嬢たちに尋ねた。すると、先に君が彼女たちを侮辱したと言うんだが」
「嘘ですよ」
「いや、アル、お前は黙ってろって」
すかさず口をはさんだのはアルフレッドで、ツッコミを入れたのは王太子だ。すぐさまエルディー侯爵令嬢たちの言い分を否定してくれたアルフレッドは、ミシェルを信頼してくれているのだろう。そう思うと、ちょっとうれしい。思い込みかもしれないので、言わないけど。
「ええっと。私からは、何も言った覚えは……あ、アルフレッド様がどうの、とか言われた気がします~」
「……だとよ」
王太子が斜め後ろのアルフレッドを振り返った。アルフレッドが右手で顔を覆う。
「……ミシェル嬢。誠に申し訳ない」
「い、いえ……そもそも、私が狩りに参加したのが間違いで……私みたいなのが、アルフレッド様みたいな素敵な男性と知り合いになるなんて……ううっ。存在していてごめんなさぁい」
最後は全く関係ない話になっているが、ミシェルは気づいていない。王太子がアルフレッドを振り返った。
「何この子。面白いんだけど」
「……」
「何か言えよ」
「黙っていろって言ったの、殿下ですけど」
「まじめか!」
王太子はアルフレッドにツッコミを入れて、一度咳払いをしてからミシェルに向き直った。
「あー、ミシェル嬢。君が望むなら、エルディー侯爵令嬢たちには罰を与えるが……」
そう言われて、ミシェルは身じろいだ。
「いえ……そうしたところで、私が恨まれるだけですし……まあ、当然ですけど……」
「いや、それは完全に逆恨みだろう」
ミシェルにも王太子からのツッコミが入った。王太子は再び咳払いして言った。
「それだけ聞きたかったんだ。夜中に邪魔してすまなかったな」
「いえ……こちらこそ、お手を煩わせてしまって申し訳ありません」
立ち上がった王太子に、ミシェルはそう言った。王太子は軽く手を振って笑う。
「いや。話ができて面白かった」
楽しかった、ではなく面白かった。王太子がミシェルをどう思っているのかわかろうと言うものだ。廊下まで見送りに出たミシェルに、アルフレッドが話しかけた。
「ミシェル嬢。ナーシャが、明日の朝食を一緒に取ろうと言っていた」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
ミシェルがこくりとうなずくと、アルフレッドが少し微笑んだ気がした。甘い顔立ちなのに笑わないアルフレッドにしては珍しい、緩んだ顔だ。王太子がにやにやしている。
「いやぁ。お前にもついに青春が」
「何言ってるんですか、殿下」
アルフレッドに白い眼で見られ、王太子が口をつぐんだ。しかし、そんな表情になっても色っぽく見えるアルフレッドはある意味すごい。
「では、おやすみなさい」
「ああ。お休み、ミシェル嬢」
「お休み」
王太子とアルフレッドとあいさつを交わし、二人を見送ってから部屋の中に戻る。ミシェルはぐっと伸びをした。
「ビックリした……」
まさか、王太子自ら訪ねてくるとは思わなかった。おそらく、罰云々はナタリーとキトリが訴えたのだと思う。
こんなにも心配してくれる人がいて、自分は幸せかもしれない、とミシェルは思った。
△
翌朝。ミシェルは食堂に来ていた。ちょうど宿泊客の多くが朝食をとっていて、ミシェルは食堂の入り口に隠れながら中をうかがっていた。人が多いので入りづらいのだ。
「おはよう、ミシェル」
「ふわっ! あ、ナーシャさん、おはようございます」
「……いつも思うけど、あなたのそのテンションの差、面白いわよね」
背後から声をかけてきたのはナタリーだった。驚いたが、ナタリーだとわかった瞬間に落ち着いたミシェルのことを言っているのだとわかる。
ナタリーと共に食堂に入り、朝食をもらう。優雅なしぐさで朝食を食べながら、ナタリーは言った。
「ミシェル。体調は大丈夫?」
そう問われて、ミシェルはナタリーが昨日、ミシェルが晩餐会に来なかったことを言っているのだと思った。
「体調は大丈夫です」
「それはよかったわ。それで、エルディー侯爵令嬢たちのことはどうするの?」
尋ねられて、ミシェルはふわっとしたスクランブルエッグを乗せたスプーンを皿に戻した。
「それを王太子殿下に言ったんですか、ナーシャさん?」
「え? 私は何も言ってないわよ」
「……そうなんですか?」
ミシェルは首をかしげた。てっきりナタリーが王太子に言ったのだと思ったのだが、違ったようだ。なら、キトリだろうか。
「お兄様じゃないの。お兄様なら、聞かれたらしゃべるだろうし」
ナタリーはまっすぐと仮面のミシェルを見て言った。
「まあ、ミシェルが決めたならどうしてもいいと思うけど、エルディー侯爵令嬢たちはやりすぎだわ。自分の方が身分が上だからって、何をしてもいいわけじゃないのよ」
そう言っているナタリーは、脅してエルディー侯爵令嬢たちを吐かせたのだと言う。どっちもどっちであるとミシェルは思うが、それは言わない。
「……別に、私も怒っていないわけじゃないです。林の中で一人でいた私も悪いですし、私なんかがシャリエ公爵家の方と仲良くしているなんて分不相応ですし……」
「何言ってるのよ。公爵家の人間でも、付き合う人は自分で選ぶわ。嫌な人とは付き合わないわよ。付き合うなら、ミシェルみたいな性格のいい子がいいわ」
「……そうですか」
ナタリーはミシェルよりも年下なのだが、彼女の方が年上のような感じだ。
「あなたが気にしていないならもう言わないけど、怒るときは怒った方がいいと思うわ」
「……じゃあ、次は怒ります」
「いや、そんなに頻繁にいじめられるのもどうかと思うけど」
ナタリーからごもっともなツッコミが入った。
朝食のデザートまで平らげ、二人は別邸の庭を散歩することにした。別邸の敷地内から出るのは許可されていない。狩りはもう行えないだろう。近くに、反王政派の人間が来ているらしいから。敷地内なら、まだ警備がいるので歩き回るくらいは平気だ。
「ねえミシェル。前から聞いてみたかったんだけど」
「なんですか」
仲良く手をつないで歩きながら、ナタリーとミシェルは会話する。ミシェルは特別小柄ではないのだが、並ぶとナタリーより背が低かった。
「あなた、ずっと社交界には出てきてなかったじゃない? どうして今年は出てこようと思ったの?」
「……」
ナタリーは、ミシェルより一つ年下である。だから、彼女はミシェルが受けた仕打ちを直接は知らないはずだ。ミシェルは十五歳で社交界デビューしてすぐ、顔にやけどを負って、その次の年からは社交界には出ていなかった。
それでも、初めは外出することがあった。パーティーなどに参加することはなかったが、街歩きをしてみたり、コンサートに行ったりオペラを観に行ったり。その時はまだ素顔で歩いていた。
だが、すれ違う人には顔を見て慄かれ、彼女に何があったか知っている人には憐れまれ、年の近い令嬢や子息たちからはさげすまれた。そんなふうに過ごしているうちにだんだんと外に出るのが億劫になり、そして、彼女は引きこもりになった。
それなのに、何故社交界に出てきたのか。
「……キトリさんと、約束をしたんです」
「約束?」
ナタリーが首をかしげるのを見て、「はい」とミシェルはうなずく。
「社交界に出るのは億劫だし、この顔では結婚も働くのも難しいだろうと思って、修道院に入ると言ったんです」
「ええっ!?」
「でも、キトリさんに止められて」
「当然だわ!」
「今年一年、社交界に出て、次の私の誕生日までに修道院に入る以外の身の振り方を見つけられなかったら、修道院に入ると言う約束をしました」
「……」
ナタリーが唖然とした顔をしている。ミシェルの口元が微妙に弧を描く。
「最初は嫌でしたけど、でも、キトリさんに言われたとおりにしてよかったです。ナーシャさんに会えたし」
この世界は、嫌な人ばかりではない。ナタリーやアルフレッド、王太子のように優しい人もたくさんいる。
「そ、それはありがとう……私も、あなたと知り合えてうれしいわ。ち、ちなみに、参考までにミシェルの誕生日を聞いてもいい?」
「いいですけど……三月です」
「三月……あと半年か」
「?」
ミシェルは首を傾けた。できるだけ人とのかかわりを避けてきた彼女だから、ミシェルはあまり人の感情の機微が理解できていないのかもしれない。
「うん。頑張るわ。兄が」
「? どうして?」
「どうしても!」
ナタリーはにっこり笑ってそう返したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ミシェルの予備の仮面の数、一応考えておいた方がいいんでしょうか。さすがに10枚もないと思うんですが。
そして、ナーシャさんの押しが意外と強くて戸惑っています←




