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仮面姫  作者: 雲居瑞香
本編
1/55

Phase.01

新連載です。よろしくお願いします。











 殴り飛ばされたアルフレッドは芝生の敷かれた庭園にあおむけに転がった。もちろん殴られる時に抵抗もできたが、そうしなかった。しようと思わなかった。

「僕のエレーヌに手を出そうなんて、いい度胸だな。殴られるだけで済んでよかったと思え!」

「ロイク、わたくしは大丈夫だから、そんなに怒らないで」

 声を荒げる若い男の声に、白々しい若い女のセリフ。アルフレッドは起き上がることもせずに、満天の星を見ながらその会話を聞いていた。

「エレーヌ、ほったらかしにして悪かった。まさか、こんな男の毒牙にかかるなんて……」

「わたくしも、疑ってごめんなさい」

「愛してるよ、エレーヌ」

「わたくしもよ」

 会話が途切れる。抱き合っているか、キスでもしているのか。アルフレッドは星空を見上げたまま身じろぎしないでいると、二人が立ち去る気配がした。その後も、アルフレッドは横たわったまま。ため息をついて、額に腕を乗せた。


「……またか」


 甘い顔立ちをしている、と言われる。同時に、女の趣味が悪い、女運がないともいわれる。仕事はできるが、女を見る目はない。それが、彼、シャリエ公爵子息アルフレッド・ル・ブランであると言われている。

 アルフレッドは顔立ちが整っている。自分で自覚できるくらいには整っている。硬質の金髪に紺碧の瞳をしていて、背も高く仕事もできる。しかも、名門シャリエ公爵家の跡取りで、母親はこの国の国王の従妹である。


 しかし、彼は壊滅的に運が悪かった。


 その整った容姿から、彼が望まなくとも女性たちがよってくる。甘い顔立ちから、遊び人だと思われるのだ。それだけならいいのだが、気づけばとある貴族の奥方と禁断の恋をしていることになっているわ、とある騎士の恋人を寝取ったことになっているわ、高級娼婦に入れあげていることになっているわ、親切にした女性官僚がストーカー化するわ、エトセトラである。

 アルフレッドも二十四歳。女性と付き合ったことがないわけではないが、すべて「あなたの浮気癖には耐えられない」と言って振られている。

 来るもの拒まず去るもの追わず。そう言われている。もちろん、男性からは嫉妬を向けられることが多いが、一部からは同情されている模様。たまに、憐みの目で見られる。

 先ほどのエレーヌは、恋人のロイクが別の女と浮気している現場を目撃。そして、自分も浮気してやるとばかりにアルフレッドにすり寄ってきたのだ。アルフレッドはすりよってくる彼女を邪険にしていたのだが、問題のロイクがアルフレッドとエレーヌが二人でいるところを目撃。そして、現在に至る。

 殴られるのは初めてではない。付きまとっていた女性が元の相手の男性と復縁するのはもはやお約束。こちらはアルフレッドが殴られれば済むのだから、まだいい方だ。怖いのはその他粘着系の女性である。


 なんだか口の中で血の味がしてきた。先ほど殴られた時に、口の中をきってしまったようだ。

 さすがにそろそろ起き上がるか、と腹筋に力を込めた時、か細い声がかかった。


「だっ、大丈夫ですか……?」


 少女の声だった。起き上がったアルフレッドは声のした方を見る。すると、「ひゃあっ」と悲鳴をあげた。

「すみませんすみません。ぶしつけに声をかけてしまって申し訳ありません! そこの茂みに隠れていたら皆さんがいらっしゃって、出るに出られなくなって、盗み聞きするつもりはなかったんですぅ」

 と、少女は半泣きで早口で訴えた。しかし、アルフレッドにはその言葉が頭に入ってこなかった。もっと興味深いものに意識をとられていた。



 ……なぜ、仮面?



 少女は仮面をしていた。銀色の、顔の上半分を覆う仮面。そのため、少女の顔立ちも表情もほとんどわからない。

 何か言葉を返そうとしたが、口の中に血がたまっていた。それを地面に吐き出した。

「あの、すみません。よろしければ、これ……」

 意を決したように少女はそう言い、アルフレッドに向かって何かを差し出した。彼は思わず受けとった。どうやら塗り薬のようで、小さな入れ物だった。

「腫れたところに塗ると、効くんです」

 少女の言葉に、アルフレッドは礼を言おうと口を開いた。


「ありが」


「ごめんなさい、ごめんなさい! 余計なことしてごめんなさぁい! ちょっと痛そうだなと思っただけで、他意はなかったんですぅ」


「……そ、そうか」


 なんだろう、この面倒くさい少女は。ちょっと面白い。

「ミシェル! どこに隠れてるの!?」

「!」

 女性の声が聞こえ、少女がぱっと立ち上がった。

「い、行かないと……失礼しますッ!」

 少女が駆け出すのを見てアルフレッドも立ち上がった。突然どさっと言う音が聞こえ、そちらに目をやると先ほどの少女が盛大にこけていた。スカートがめくれて足が見えている。

「……」

 アルフレッドは静かに近づくと、さりげなくスカートを直し、少女に手を貸した。

「大丈夫ですか?」

 先ほど言われた言葉を少女にかける。細い肩に手をやり、助け起こす。

「ううっ」

 少女は素直に身を起こした。顔面からつっこんだらしく、頬に芝生がついていた。それを払いつつ怪我がないか尋ねる。

「だ、大丈夫です……」

 そう言いながら少女は顔に手をやる。そして、悲鳴をあげた。


「ぎゃあああぁぁぁあああっ!」

「!?」


 貴族の令嬢とは思えない、それどころか年ごろの娘とも思えない悲鳴を聞き、アルフレッドはのけぞった。少女は両手で顔を覆っていた。

「いやああぁぁあっ! この世に存在していてすみませんーっ!」

 なぜそこまで……と思いつつ、アルフレッドは先ほどまで少女がしていた仮面がないことに気が付いた。ざっと芝生に目を走らせると、銀色の仮面が。それを拾い、少女に差し出す。

「これか?」

「あああああっ! それですっ」

 少女はひったくるように仮面を奪い取り、自分の顔に装着した。そこである程度落ち着いた少女は今度はアルフレッドにむかって謝罪した。

「すみません、すみません! ありがとうございます!」

 ちゃんと礼を言える子らしい。そこに、先ほどと同じ女性の声が聞こえてきた。


「ミシェルっ。さっさと出てこい!」

「ふああぁぁぁああっ。今行きまぁす! 失礼しますっ」


 少女は立ち上がり、今度はスカートをたくし上げて走って行った。アルフレッドは唖然とする。

「……そう言えば、礼を言ってなかった……」

 言おうと思ったのだが、少女に遮られてちゃんと言っていないのを思い出した。

 また会えるだろうか。だが、初めて見る少女だったと思う。仮面をつけていたので素顔はわからなかったが、あの容姿ではかなり目立つはず。記憶にないと言うことは、初対面だったのだろう。たぶん。

 それにしても、顔をさらすのをすごく嫌がっていた。いったいどんなご面相なのだろう。

 そんなことを考えた時、芝生の中にきらりと光るものを見つけた。
















「お前、またやらかしたらしいな」

「好きでやったわけじゃない」


 アルフレッドは面白がって声をかけてきた友人に向かって不機嫌そうに言った。友人は笑い声をあげる。

「ま、お前が女をたぶらかすとは思えないからな。意外と純情だし」

「悪かったな」

 じろっと睨むが、友人はケロッとして「まあ、その顔のせいだよな」とさらりと駄目だしされる。顔に駄目だしされても困る。

 アルフレッドの友人、ニヴェール侯爵ディオン・ヴァレリーとは寄宿学校時代からの友人だ。ディオンはすでに爵位を継いでおり、侯爵を名乗っている。前侯爵はまだ生きているが、足の骨を折った時に息子に爵位を譲ったのだ。


 よくつるんでいたアルフレッドとディオンであるが、よく見た目と性格が逆、と言われた。


 顔立ちが甘い、と評されるアルフレッドは律儀で硬い性格をしている。顔のせいで勘違いされやすいが、女性をたぶらかすなど不可能な性格なのである。

 対するディオンは青みがかった黒髪にアイスグリーンの瞳をした怜悧な面差しの青年だ。無表情で突っ立っていれば、怖い、という印象を受けるだろう。

 だが、その実彼はかなりの遊び人である。それで醜聞を立てないのだから、彼はとても器用である。寄ってくる女性をうまく振り払えないアルフレッドとは違うところだ。ちなみに、ディオンは既婚者である。たまに二人で出かけているところを目撃する。


 二人とも、仕事はできる。できるが、性格に難ありだ。

「と言うかお前、昨日途中で帰っただろ」

 書類をさばきながらディオンが言った。アルフレッドは資料に書き込みをしながら「あんなところに長くいられるか」と言い返す。

「お前がいなくなったあと、カステン伯爵家のエレーヌとアルドワン子爵が一緒に戻ってきていちゃいちゃしてたんだけど、エレーヌって最近、お前に付きまとってなかった?」

「……そうだよ」

「また殴られたか」

「……そうだよ」

 にやにやと笑うディオンをもう一度睨み、アルフレッドは手を止めた。ちなみに、アルフレッドは王太子に仕えているし、ディオンは宰相補佐官である。


「殴られたわりには、そんなに腫れてないな」


 じろじろとディオンはアルフレッドを見て言った。付き合いが長いので、ディオンはいらないことまで知っている。アルフレッドはぬるくなったコーヒーを一口飲み、言った。

「私が殴られたところを目撃した娘に薬をもらってな。試してみたら、効いた」

 もちろん、使う前に薬に詳しい家人に見てもらったのだが、初めて見る調合だが大丈夫だろうと言われた。むしろ、この薬を持っていた者を紹介してくれと言われたが、あいにく名前を知らない。

「へえ。誰、その親切なのか確信犯なのかわからない娘さんは」

 ディオンが尋ねたが、暗闇だったから顔立ちがわからなかった。しかし、彼女にはとても目立つ特徴があったのを思い出した。


「こう、顔の上半分を覆う仮面をした十代後半くらいの娘なんだが」


 あの場にいたと言うことは、おそらく貴族の令嬢なのだろう。それなら、社交的なディオンなら彼女の正体がわかるかもしれない。

 そう思って尋ねたのだが、案の定、ディオンはこともなげに言ってのけた。


「ああ。仮面姫だな。レミュザ伯爵令嬢のミシェル・クレマンだ」













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


相変わらずのご都合主義ですが、よろしくお願いします。

真面目な甘い顔立ちの青年と仮面をつけた変人令嬢の、私にしては王道な話かもしれません。


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