第4声
「狼男を見付け出して欲しいのです」
昼下がり、窓から射し込む春の陽気が実に気持ちの良い、そんな4月の某日。恰幅の良い中年男性が一件の相談を持ち込んで来た。
紺色のスーツを小脇に抱えて現れたその男はイチカワと名乗った。
新規の顧客という事で、室長であるジョニーが対応に当たっているが、他の面々も気になるらしく、皆どこか落ち着きが無い。普段は見られないジョニーの真面目な姿が見られることもあってか、視線が集中していた。いつもならば注意を飛ばす役目にある東堂マヤさえも書類を確認する手を止めて聞き耳を立てている。
ジョニーは勿論、依頼人のイチカワも皆の意識が集中していることを感じ取ったようで、先ほどからソワソワと辺りを気にし始めていた。
本来ならば応接間で対応するべきなのだが、先日訪れた客の一つ目鬼に防音仕様の壁をブチ抜かれたために、今は文字通り筒抜けの状態だ。
(お前ら、せめて客に悟られないようにしろ)
曲がりなりにもプロなのだから、とジョニーがアイコンタクトでズレた指示を飛ばすが、正しく伝わっていないようだ。
仕方なくわざとらしい咳払いをすると、ようやく意図が伝わったようで蜘蛛の子を散らすように各々の作業に戻っていく。
その様子を呆れ顔で見届けて、依頼人に頭を下げると話を戻した。
「大変失礼致しました……」
「いえいえ、気にしておりませんので」
お恥ずかしい限りです、とジョニーは改めて頭を下げた。
「それで──狼男、ですか」
「はい」
ジョニーの問いかけに対して、依頼人の男は鷹揚に頷いた。
「なるほど。狼男……」
相談室には大別して二種類の依頼人が訪れる。
冷やかしか、否か。
机の上で湯気を立てるコーヒーカップから依頼人へ視線を移す。目の前の男は表面上こそ平静だが、どこか切迫しているような印象を受ける。これが冷やかしであるならば、大した役者だ。少なくとも、ジョニーはそう判断した。腕組みを解き、口を開く。
「詳しくお話を聞かせて頂けますか」
先ほどより椅子に深く腰掛け直すと、イチカワを促した。
「……ええ。見付け出す、とは言いましたが草の根分けて捜して欲しい。という訳では無いのです」
言い終えるや、イチカワは懐から一枚の写真を取り出した。
「拝見致します」
写真を手に取ったジョニーの顔が、一瞬曇った。そこには快活に笑う依頼人と不機嫌そうな一人の青年が並んで映っていた。
「息子です」
ジョニーが訊ねるより早く、イチカワが答えた。
「では、捜し出して欲しい狼男というのは──」
「はい。私の息子のことです」
今度はイチカワの顔が曇る番だった。
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傾斜の緩やかな山道を走る一台の車に男が二人、渡来とジョニーだ。目的地は無論、先日訪ねてきた依頼人の住居である。『息子の捜索の手掛かりになる物があるかもしれません』との事だ。
元より情報も無く人捜しは不可能だ。ジョニーは二つ返事でこれに応じた──わけなのだが、
「──つまり、狼男の息子さんが誰かを“感染させる”前に捕まえたいって事ですよね」
「随分と棘のある言い草だな」
「良い気分にはなれないっすよ、そりゃ」
山に入ること小一時間、舗装も不十分な道が延々と続いていた。周りの景色と言えば変わり映えのしない木々が並ぶだけ。運転席に座るジョニーは眠気覚ましのガムをつまらなそうに噛みながらハンドルを握っている。助手席では、だらしなくネクタイを緩めた渡来がウンザリ顔で本日5度目の溜め息を吐いていた。
「だってそうでしょう。その息子が失踪してから一週間と経っていないのなら──」
「んな事は分かってるよ。それより見えて来たぞ、ほれ」
渡井の言葉を遮ってジョニーが前方を顎で示す方向に、一軒の家屋が姿を現した。シートを深く倒していた渡来が体を起こす。
「くれぐれも失礼の無いようにな」
「分かってますよ」
渡来が語気を強める。ジョニーはどうにも渡来を半人前扱いするきらいがある。渡来も自身の未熟さを自覚しているから反論はしない。が、内心ではうんざりしている事だろう。
「それと──」
「分かってますって」
いつの間にか準備万端の渡井が答えた。いつの間に、というジョニーの声にならない問いに対してどうだ、と言わんばかりに鼻を鳴らしてみせた。
「──ま、期待してるよ」
「分かってますよ」
今度は笑顔で答えると渡井が車を降りた。
渡来を追いかける形でジョニーが車から降りると、既に依頼主の姿があった。
「お待ちしておりました。遠路はるばる申し訳ありません」
ジョニー達が声をかけるより早く、イチカワが頭を下げた。
「いえ、こちらこそお待たせ致しました」
ジョニーが挨拶代わりに頭を下げる。渡来もそれに倣う。
「どうぞ、中へ」