第1声
超不定期更新となります。
宜しくお願い致します。
都内某所、風変わりな店が軒を連ねる通りがある。通りには名前が無かったので、人々は「名無しの通り」と呼んでいる。
但し、"通り"とは言っても立派ものでは無い。建物と建物の隙間によって形成されている抜け道の延長上のようなものだ。
そこには旬の野菜から脱法ドラッグ、果ては若返りの霊薬までもが眠ると噂される。不思議なのは取り扱う品だけに留まらない。何時だったか、「死者を甦らせる品がある」という噂が広まって、通りが賑わった事があった。連日のように客でごった返す通りに、店側は諸手を挙げて喜んだ。
しかし、程無くして新たな噂がたち始めた。ーーーー曰く、「通りから『出口』が消える」と。
初めこそ皆、性質の悪い噂だと笑い飛ばした。そもそも、通りの『出口』が消えたならどうやって『入口』から入ったのか、ということだ。
大方、酔っ払いがフラフラと迷い混んで、騒ぎ立てたのだろう。それを真に受けるおっちょこちょいや噂好きが乗っかるなんてのは、どこにでもある話さ、と。
しかし、噂は鎮まるどころか日増しに広まり、目に見えて客足は減っていった。
終いには「幽霊を見た」とふれまわる輩も現れ、閑古鳥の鳴いていた通りは結果、閑古鳥にすら愛想を尽かされたのだった。
そんな事情もあって、今となってはこの土地を訪れるような者は2種類しか存在しない。
冷やかしか、或いは尋ね人。
彼の場合、後者であった。
「らっしゃい」
「……どうも」
まるでラーメン屋だな、と男は声の主を一瞥した後、挨拶に応じると促されるままに席に着く。当然と言えば当然である。彼は客で、その客を前して今まさに咥えた煙草に火を灯したこの人物ーー青年は相談役なのだから。
「どうです?」
差し出された煙草を見つめて、男は瞬きを二度打った。
「……君一人なのか?」
青年を経て漸く青年になったような見た目の、いや、この際見た目は置いておくとしてだ。接客態度がまるでなっていない男に不安を抱かない筈もない。御多分に漏れずこの来訪者もその一人だった。
「ああ。ここ数日は別件で出払っていてね、今日は俺一人さ」
珍しい事にね、と青年は付け加えて立ち上がる。猫背気味の背中が部屋の奥へと引っ込んで行く様子を男は自然と目で追う。程無くして、青年が戻ってきた。両手にはお盆が握られている。その視線の先はなみなみと注がれたマグカップへと向けられている。先程よりも丸まった背筋が何とも危なっかしさを感じさせる。
「お茶がまだだったね」
「……ありがとう」
引き返すタイミングを逸した男は礼を述べてマグカップを手に取った。
「……?」
不意に、男の動きが止まった。
「甘いものは苦手だったかい?」
「いや、そういう訳では……」
応えながらも男はカップの中身を凝視している。
「これは……?」
珈琲では無い事は色と薫りから判る。ただ、この甘い匂いは何だろうか。
「ココアだよ。知らない?」
男は正直に首を振った。
「ああ、そうか。此方には無いんだったか」
そうかそうかと自己完結しながら、相談役はカップを傾ける。それにしても美味そうに飲むものだ。男もそれに倣ってカップに口をつけた。
「ほう……」
『甘さ』というものに温かさと色を持たせたような、何とも形容し難い味だ。だが、美味い。
「中々イケるだろう?」
「……え? あ、ああ。中々美味いものだな」
余韻に浸っていた事を悟られまいとして、男は咳払いしたが上手く誤魔化せたのかは分からない。相談役の男は言葉の代わりに笑みを浮かべてカップを干した。
「では」
カチャリ、と
不意に空のカップが音を立てた。見れば、真剣な表情の相談役の姿があった。先程までヘラヘラしていた人物とは思えぬ変わり身だ。こちらが彼の素顔、否、“仕事の顔”なのだろう。手許には既に書類とペンまで置かれてある。
「御依頼をお伺いしましょうか」
完璧な“営業スマイル”と共にその胸元では、『渡来』と書かれた銀のネームプレートが光っていた。
ありがとうございました。