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幻"殻"夜話 1巻  作者: マフツ
8/17

第2"窪" 公"死"混同❼

そして、目の前にいる少年の言葉は上手くいかない現実に対する焦りもあるのだけれども、他にまだ抱えているものがあるのを感じた。

何度も、繰り返される同じ話に、少年は自分自身でも厭きている。

「まず、君の言葉と気持ちを、口に出して言ってごらん。

そうしてみたら、君自身がどうなりたいのかが、自ずとわかるよ」

優しさも感じ取れる声を、"唆し"を薄い唇から溢す。

「僕がどうしたいか、ですか?」

「うん、そうだね、君がどうしたいか。

ああ、その前に結構暗くなってきたから、教室の灯りを点けようか」


大禍時が極まって、後は闇夜に繋がりそうなだけの時間になった時、根津は学校の教室にある積み重ねて纏めることが出来る、スタック式の椅子を"ガタっ"と、わざと鳴らして立ち上がる。

「―――待ってください、電気はつけないでください」

根津は"わかったよ"、と小さく声を出して従う素振りを見せたのなら、安心したようだった。

きっと、学校という建造物に訪れたのは、何年ぶりというわけではないだろうが、少年には懐かしい。

学校や、そういった習い事がある"教室"という場所でしか、あまり一般には見かけない、独特な形の4つの脚ののパイプ椅子。

パイプ椅子の脚が傷だらけの教室の床を鳴らす事で、この場所が"学校"であるのだという、この国独特で、9年間、義務と権利として過ごし強く刷り込まれられた観念を、少年の心の底から掘り起こしている。

目の前にいる少年は、決して"学校"が嫌いだったわけではない。

きっと"(つまず)く"事があるまでは、寧ろ"好き"だったのではないのだろうかと根津は考える。

学校は勉学さえできれば、ある程度儘(まま)認めて貰えるし、彼の顔立ちや"生意気な年下"に負けるまでは、敵なしっだった運動部の部活で、彼は"英雄"だったのだから。

例え傲慢に見える態度に見られても、それは"学校"の中での事で、子どもがやることで、しかも勉強だけではなくてスポーツも出来る子どもだった。

けれど、その英雄の部分として出来上がっていた"殻"を、力強く強引に剥がされてしまった。

きっと、力強く引き剥がしてしまった当人、この少年が"教室"にやって来てから、もう何回も語られた元凶の少年は、今もなお、そんなことをちっとも意識なんてしてもいないだろう。

ただ剥き出しされてしまった事で、露呈されてしまった方少年の未熟な部分は、あっという間にそれまで英雄扱いだった評判を、ごくごく優秀な生徒にまで落とした。

でも例え、ここで引き剥がされていなくても、きっと社会出てから何らかの形でこういった類似の出来事には、遭遇していただろうとも思う。 

もしまだ成長した時に、同じような出来事にあったなら"世界は広いから"などの適当な言葉で誤魔化せていただろうけれども、教室という場所は狭くて、けれどこの少年の心には良い大きさだった。

でも、そのくらいの心の広さしかないから、その中でしか"まだ"自分の価値観が当て嵌めて見ることが出来ない。

昔の、居心地の良かった場所が忘れられない。

「―――僕は、前みたいに、認められたい」

真っ暗になって、再び教室の底をパイプ椅子で音を鳴らして腰掛ける根津に向かって、少年は語る。

「認められていたかいなかったでいうのならば、君は、十分認められていたと思うけれど。

君が"やめてあげた"前の職場でも、君の事を知らない人なんていなかっただろう?」

まだ、"教師"としての根津の言葉で、穏やかに、そして幾分"空気が読めてない"調子で語りかけると、少年は闇の中で、目を剥いた。

「そんな、認められ方じゃない!。それに、あんな、低賃金で、ただヘラヘラしながら笑って出来るような仕事になんて、馬鹿らしくてやってられない。

いつも笑って、ハイタッチ?!意味が判らない。

こっちに親切にするから、気があるからと思ったら、"そんなつもりじゃなかった、ただ職場の仲間だと思ったから"って」

「そうなんだ、思わせ振りな態度だったんだね」

再び肯定も否定もせずに、少年の言葉を聞き入れ、受け流す。

ただこれには、人が悪いと思いながらも、心の中で根津は大いに笑った。

("仲間"はオーケーだけれども、"友達"としては認められも、受け入れもされなかったんだね)

被害の報告書には、この少年が蛮行に及んで何とか未遂に済んだ、こちらも未成年で、高校には最初から進学せずに、就職している少女だった。

一般にいう勉強は出来なくても、コミュニケーションはとれているし、何かと世話焼きな少女と資料には記されている。

この子も教務主任の"マッサン"が世話をしたそうで、義務教育は何とか修める事ができたが、一般的な高校の勉強は難しいという事で、働ける場所を世話したという事だった。

根津は会ったことはないが、評価には手厳しい和尚で教師である人物が、誉めるのだから働き者というのなら、そういった子なんだろうと、素直に思える。 

そして勉学には向いていないが、この少年を"友"としては拒絶した勘や言葉の選び方、新しく職場に加わった仲間に告げたしっかりとした態度に、賢さと頼もしさを感じた。

だって、それは正解といっても過言ではない現状になろうとしている。

「でも、前みたいに認められたいとしても、君はもう19歳になっている。

うちの高校って進学校だから、バイトは禁止をまではないけれど、まだまだ世間を知らない子達が多いからね。

今転校して入ってきたなら、卒業間際に突然編入してきた年上の理由(わけ)ありの君を、興味のない色眼鏡で見るなと、担任の私が言っても無理な話だよ。

狡い言い方かもしれないが、私は差別や悲劇に繋がらない疑問に対しては、探究心に繋がるから、出来れば育てたいと思っている。

まあ、そうは言っても君が編入してきても、あと一ヶ月ぐらいの付き合いしか出来ないわけだから、認められるかどうかはわからないけれど、記憶には"変わった転校生"ぐらいで、残るんじゃないのかな」

俄に冷静な教師の口調になって、現実を少年に突きつけ、暗闇の教室の中で読めるわけでもないのに、紐で綴られている出席簿を開いて覗いて見る。

「留学帰りで進学が遅れたとかなら、君が望む形で認められるかもしれないけれど、うちのクラスは帰国子女もいるから、そういったのは、直ぐに化けの皮が剥がれてしまうよ。

もう解ってはいると思うけれど、君を見る周囲の目は、もう"前と同じ"とはいかないよ。

それに、君は先程、親からも、世話人さんからも自立すると言っていたじゃないか」

そう言って、下がったわけでもないのに、見えない出席簿を眺める視線を上げて、根津は中指で眼鏡を押し上げた。

暗闇の中で、少年が完璧に見えていないとわかっているから、少しだけ口角をあげる。

都合の悪いことは、"先送り"で"見ないふり"をするガキに、嘲笑う気持ちを抑える事が出来ない。

昨日からの時間までに松先生から報告された、"恐らくは少年がとった行動"を聞いたなら、殆どこの後の少年の人生は"詰んで"いる。

「じゃあ、認められる為に、話の見方を変えてみようか。

君が自分がして来たことで、一番認められる事ってなんだと思う?。

世間も"凄いね"と認めざる得ないような、 君がやったことは何か、ないかい?」

顔に人の悪い、笑顔を浮かべたまま"トン"っと、まるで最近流行り始めたというモバイルフォンの画面をタップするように、長い指で机を叩いた。

すると、少年の顔が歪ながらも自慢げに口の端が上がるのが、暗闇の中でもわかった。

それぐらい、シルエットでしかないぐらいなのに、表情の筋肉が"自慢"の方向に使われるのが見てとれて、それを眺める教師は、彼がつまらない事を誇りに思ってしまっているのを感じてとれる。

「―――本当なら、口に出しては、表に出してはいけないことなんですけれど、1つありますよ。

世間も"凄いね"と認めざる得ないような事」

根津の言い回しが気にいったのか、少年は鸚鵡(おうむ)返しのように、そのまま口に出した。「表に出してはいけないこと?そんな事、私に話してしまってもいいのかな?。

一応私も職務上、君が犯罪でも犯していたのなら、それは警察に報告しなければならないんだよ」

少しだけ驚いたような声を出して、パタンと出席簿を畳む。

「報告?良いですよ。でも良いんですか?。だって根津先生、貴方だって、してしまっていることだ」

まるで、根津の首に輪にした縄でもかけているような気持ちで、少年は語っている。

当時の少年法や今の時効制度など、ここ数日で散々調べあげたから、法が自分の相手をする丸眼鏡をした教師の肩書きを持つ人を縛る事はない。

けれど、昨日話した坊さんの教師によれば、この教師は自分の平穏な日常を壊される事を何より恐れている。

普通に教師として生活を送る大人の、しかも男性の日常を簒奪するような秘密。

自分はその秘密を握っている。

"人の命を奪った"ということは、普通の生活を手放したと同じ事で、世間に白い目で見られて、除け者にされても仕方がない。

世話人に連れられていった時、和尚だか教師だが知らないがやけに背の高い白髪の寿崎という人物が持っていた、ファイルを勝手に見た時。

赤いファイルに入れて、"取扱い厳重注意"とラベルが貼ってあったファイルにいたのは、転校生の少年より、先に今は暗闇に包まれて、よく顔も見えないが、今目の前にいる男が学生服の姿でいた。

「―――私がしてしまっている事?私は小心者だから、そんな凄いことをした覚えなんてないんだけれどなあ」

未だに、ただ面接を頼まれただけの教師を装い、口ではそんな事を言いながらも、心に焦りを感じ始めている様子を表現するために、長い指で机をトントンと早く叩き始めた。

その"無意識に焦りを感じている教師"に、少年は気がついて、どことなく雰囲気まで得意そうな物になりはじめていた。

「誤魔化せませんよ、先生は、いいや"根津さん"は、人を1人殺している。しかも、長い間随分とトラウマに悩まされていたみたいですね。線香の香りで、吐くって、そんなに怖かったんですか」

「―――……」

少年がそこまでいった時"トントン"と指先で机を叩いていたのを止めると、根津はその手を引っ込めた。

そこで、少年も少し自分が喋りすぎたのだと、自覚して、言葉を止める。

暗闇の中で、互いに様子が判らない。

けれど、その中で"気を使っている"のは、今は少年の方になっていた。

―――それに表沙汰にされたら、その教師から大層恨まれる事になるし、運がわるければ、万が一にもふ、復讐されるかもしれない。

―――今でこそ落ち着いているが、感情の起伏が激しい人でもあるんだ。

公衆電話に何枚も銅貨を継ぎ足しながら、聞いていた寿崎という和尚で、教師が言っていた言葉を俄に思い出して、教室の椅子に座った状態で身を固める。

自分がキレて人に危害を加えるのには慣れてはいるが、相手が激昂してキレて、暴れられる事には慣れてはいない。

そして自分が言ったことが、相手をキレさせるには十分な内容なのだと、全身で承知している。

―――もし、この場で、この教師が少年の思い通りにはならず、しかも"やってしまった事に勘づいていたのなら"、彼自身もキレて暴れてこの場から離れるつもりでいた。

少年がキレて暴れている時、回りは何とか穏便に片付かないか、落ち着いて欲しいといった具合に思いながら、同時に"怯えている"のも分かっている。

だから、この担任になる筈だった人物が少年が気にくわないことを言ったのなら、思いきりキレるつもりでここに来てもいた。

(でも、あれ、ちょっと待てよ)

いつの間にか、立場が逆転していることに、少年も漸く気がついた。

(僕の方が、主導権をもっていて、"いた"はずなのに) 

そこまで考えた時、何かが動いたと少年が感じた瞬間に、根津という人が自分の座っている席の手前にある、教室の机を、学校の室内履きのシューズの靴底から、盛大に蹴飛ばした。

蹴飛ばされた机は、大雑把な性格な癖に、変なところで細かい担任のクラス指導の賜物で、縦にも横にもきれいな格子の後方にある机に、結構傷ついた教室の床を勢いよく滑ってぶつかる。

ぶつかったのは少年が使っている机で、避ける間もなく、根津が蹴りあげたエネルギーを殆ど保持した状態で、かなり激しい物となった。

随分と過激な"ニュートンのゆりかご"状態となった、面接をしている教師が蹴飛ばした"机"と椅子の背凭れの間に挟まれ、少年は思わず苦痛の声を出す。

「―――痛っ!」

その時、丁度少年は"効果的にキレた演出"に備えて、生まれ初めて成功した、万引したナイフに手を伸ばそうとしていて、膝の上からはなして懐にあげている状態だった。

懐に忍ばせていたナイフに、手を伸ばそうとしていた絶妙のタイミングに、思いきり机の側面の固い縁が当たって、強い痛みが走る。

その勢いにのった力は、少年の胸の辺りを手と身体を挟み、序でに準備しておいたナイフにもぶつかって、弾みで教室の床に落ちた。

続いて、少年も教室中に響き渡る音と共に、パイプの椅子から転げ落ちる。

"万引きで捕まるわけない"と、どこまでも大きい気持ちでいたけれど、少年が選んだのは黒い革の鞘に納まった、シンプルなものだった。

しかも店の端の方にある、棚卸しの為に録に管理もされてもいないような、処分に困っているようなナイフ。

―――何かあった時の為の、脅す道具になればいいのだから。

心の中で何か(もや)様なものが沸いたけれども無視して、何とかそれだけ持ち出して、値引きされたケースから取り出したのなら、立派なナイフで刃物に見えた。

直ぐに、"理由ありの為に半値"と値引きされたケースなど、見ないふりをして、捨てた。


けれども、少年は手の甲に痛みが走った瞬間には、もうナイフの事など忘れて、その辛さで少年の頭の中はいっぱいになる。

「"人を殺した"ね。

そうだよねぇ、でも一緒にしてもらったら、先生は嫌だなあ。

まあ、頼まれたからって、してもいけない事だってのはわかってもいるんだけれどね」

痛さで頭が一杯なって、気を取られている内に、根津が少年の側に来ていた。

そしてしゃがみこんで、手に"理由あり"の黒い革のケースに入ったままのナイフを白衣の裾を床につけ、拾い上げていた。

「―――あれ、これって、学校の途中にあるホームセンターの値引き品だった、ナイフじゃない?」

その言葉に、痛みを一瞬忘れてハッとして、ナイフを手にしている人を少年は痛む手を庇いながら見上げる。

根津を言う通りだった。

暗闇の中で、持ち上げられたナイフを手にしながら根津は更に口を開く。

「私、ホームセンターとかで眺めるの好きだから、学校の近所のは、よく行くから知っているんだ。

確かモデルとしては良かったけれど、直ぐに新しいのが出て、型落ちになった奴だよね。

で、新しい奴の方が、デザインや機能性においても予想外に人気が出てしまって、買ったばかりの奴でも廃棄されて、みんな新しいのを買っていった。

悪い所はそんなになかったけれど、新しい型の対応が綺麗に"堕ちるとこまで堕ちちゃって"、正規の半額以下の価値になった奴だよね。

店も処分に困ってしまって、店の端の理由あり品のバケットに放り込んだまま、忘れられている」

まるで、少年は自分の事を言われているみたいに感じていたし、根津は実際、彼の勘に障る挑発をしているつもりだった。

普通なら、ここまで言われたのなら、少年は自分はキレてしまってもおかしくはないと判っているのに、それが出来ない。

痛みの中でも、もう殆ど"夜"に近い状態になっている、英雄にもなれた教室。

横に5本、縦に4本の格子の線を張ったようなに机を配置され整頓された、根津という人物が担任として納められている教室。

白衣を着た弱味を握っている筈の、丸眼鏡をかけた最初は小心者で慇懃にも見えた男が、座り込む少年の前に、革のケースに納まったままのナイフを手にして、禍々しく佇んでいる。

教室の中央で痛む手を抑えながら、少年は、脅しにきた筈の人物を見上げる。

「でも、こうやって"半額以下"の値札ケースを外したら、ナイフはナイフで使えるんだよね。

黒い革のケース……"殻"を、剥ぎ取ったなら、立派にナイフの役目も役割も果たせる。

まあ、必ず"新しい方が、優秀だけれど"って意味の、値引きのレッテルもケースに貼り付けられるけれどね」

そう言って、ケースに入ったままのナイフは白衣のポケットにしまってしまった。 

ナイフをしまった後、根津が佇んだままの状態から、また言葉をかける。

「さて、ここまで話しておいて何だけれども。

そこら辺を踏まえて"もう一度"話そうか。

もう学校の教室で認められるのがダメなら、君はどういった形で―――そうだね、今度は世間に、どうやって認められたい?」

教室という"水溜まり程度"の広さが最良のにもなっている少年に、いきなり強大な流れを持つような河川と例えられるような、世間という言葉を少年に突きつける。

少年は未だに手を抑えたまま、多分、己のヘマで"キレさせてしまった"根津の乱暴な行いに戸惑いながらも、自分の希望を尋ねてこられた事に、更に驚いてもいた。

「―――"世間"にですか?」

思わず口に出して繰り返したのなら、見上げて佇む影はゆっくりと頷いていた。

ここで急に、突きつけられた"世間"という言葉の大きさに、俄に少年は心は更に戸惑った。

だが根津はそんな事はお構いなしに、滑らかに言葉を続けた。

「ああ、そうだよ。何もこんな30数人の狭い教室に拘ることはないし、君の認められ方も"称賛"に見られるものに限ることじゃないだろう?。

だって、君は世間も"凄いね"と認めざる得ないような事を、"私"以上の事はしているんだろう?。

君が世間という物に、広く認めさせる為に、使える"媒介(ばいかい)"は使わないともったいないんじゃない?」

「ばいかい……」

"媒介―――2つのものの間にあって、両者の関係のなかだちをすること。またそういうもの"

教室に机が並び、勉学と運動が出来ることが、彼にとって学校やクラスという箱の内側で英雄でいる為の条件だった頃、それなりに努力をして頭に叩き込んだ言語の記憶にその単語はあった。

意味を辛うじて思い出し、大分痛みの引いた手を抑えるのを止め、座り込んだまま意味を尋ねる。

「根津……先生や、僕がしてしまったことが、世間にどうやって"仲立ち"になるというんですか?」

とても、やってしまった事が、世間と自分という人を結びつける物になるとは、思えなかった。

最初に"人殺し"が教師になっているという情報を見た時、少年はあの後、自分がしようとすることにも、それなりに(ことわり)があるけれど、世間に認められるもの等とは思っていない。

それくらいの"常識"は、残念ながら育った環境のなかで育てて持ち合わせてしまっていた。

狂ってしまった故の行動という、"無様な振る舞い"は嘗て狭い教室で英雄だった少年には、許容しがたい。

だから、常識を掻い潜って、少年は自分のやりたいことをやって、"人殺しの教師"の秘密を使って利用して、何とか世間に"居座ろう"と考えていた。

今日、学校に来たのもそれが一番の目的でもあったから。

けれども、どうやらそれが上手くいかないと判り始めている。

何時もの自分なら、逆上やキレるという表現を利用して、この場所から逃げ出そうと考えるが、その前に先に、キレられた。

そして自分より、激しい、効果的な"キレ方"を行う人の前に、少年の心は怯んでしまった。

しかも、"自分のヘマ"によって起きてしまった、教師という職業に携わっている筈の大人の粗暴な振る舞いに、大きくショックを受けている。

そのショックで心が、更に沈んでいた。

決して、静かではない。

けれど、心が沈み過ぎていて、谷底で様々な怒りの感情を伴って幾ら(さざなみ)、水面は白く激しく凪いでも、沈み過ぎて、距離がありすぎて、感情として表現するまで上に登る事ができない。

「ああ、言っておくけれども、残念ながら私を人殺した過去で、脅そうとしても無駄だよ。

"今"じゃ、世間の方が私がやってしまった事を、無かったことにしてしまっているからね」

止めを射すように、抑え込まれて、沈ませられる様な気持ちになる。

"今なら判ること"がこれからザクザクと、出てくる予感は、更に少年の心を沈ませるが―――冷静にもさせている。

「法律ですか、確か殺人事件は、 現在(いま)行ったなら、もう時効がというものが成立すらしない。

でも、あの赤いファイルに載っていた年齢で、根津"先生"が関わった時の年代なら、15年たてば時効は成立する」

そして、教師も、生意気なガキは兎も角、冷静な生徒の言葉なら真摯に耳を傾けて、確りとそれには応える。

「1つ、誤解してもらっては、困るのは、私は、自分のやってしまった事は"受け入れて"いる。

それに、あれは"私だけが味わう事が出来た、尊い経験"だ、とも思っている」

軽く芝居かがり、陶酔したような雰囲気すら醸し出しながら、根津は生徒にそう応える。

「人を殺す行為が、"尊いわけがない"ですよ、先生」


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