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幻"殻"夜話 1巻  作者: マフツ
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第2"窪" 公"死"混同❻

【観音を連れて帰ってやろう】

漸く吐き気が治まった少年の耳元に、黒佐渡という僧侶の優しくも聞こえる言葉に、どうしてだか突如として憤慨を覚えた。

けれど、今の自分はどうすることも出来ず、少年の根津は沢山の大人達に介抱される間から、この場から立ち去ろうとする僧侶を屈んだ姿勢から睨む。

丁度この部屋を、2人の客人が"お偉いさん"の後を連れだって出入口の扉から出ているところだった。

本当に短い時間であったけれども、有髪の僧侶は、睨み付けてくる少年の方を一瞥したなら、そこに自分に向けて浮かべられた表情を見たなら―――楽しそうに笑っていた。

"カノンとレンも待っているだろう。急ごう、四ツ葉"

まるで根津に聞かせるかの如く、黒佐渡は2つの名前らしきものを口にしたのを聞いた後、僧侶とスーツの姿をそのから消す。

ただ、完全に部屋から出た後、こらえきれずに漏らした僧侶が楽しそうに口にした言葉は、少年の耳には届かない。

"血走った兎の目をして、鳶の眼差しで拙僧を睨みおったわ"


最後の言葉は、側にいる四ツ葉ぐらいしか、聞き取れず意味は通じないと判っていながらも、僧侶の姿をした男は、あの少年に出逢った事で口にせずにはいられなかった。

それくらい、観音という名前を冠にした人が残した、"秘する花(華)"を楽しみしていた。


突然の2人の来訪者が、姿を消した捜査本部になる筈だった部屋は、もう殆ど元の会議室に戻っていた。

ただ少年の根津が散々吐き戻した為に、まだ饐えた匂いは漂っている。

その為に、部屋中の窓は全て解放され、客人が出ていった扉も閉じたものが再び開けられていた。

部屋はやけに換気は良くなっていて、夜にはまだ冷えるこの時期の風に、すっかり部屋の中は冷えてしまった。

けれど、少年のあまりにも激しい吐き戻しに、充血しきった瞳に日頃精神論を唱えているようなタイプであろう署員も比較的同情的で、誰も寒い等の文句は言わなかった。

中にはあまりにも少年が吐き戻してたので、脱水症状を心配して自腹で水分補給に適したスポーツドリンクを持ってきてくれる者もいる。

そうやって、"殺人事件に巻き込まれた、ショックを受けた子どもの世話をやく"事で、自分達の通常を―――日常を取り戻そうとしていた。

本当ならば、3人も殺したという被疑者はどんな理由があっても、先ずは"逮捕"するべきで、仮にその殺人犯が死んでいるというのなら、被疑者死亡で書類送検という事になる筈なのである。

けれど、殺人を犯した被疑者本人も、そして被害者となった人物達も、仕方ない形で消えた者として扱われる流れになっている―――のを、この建物の中にいる各々その身で感じとっている。

捜査をしたとしても、全て"自殺"、"疑わしい所のある心不全"として片付けられるような、謎がまとわりつく事件。

そういった事が、今まで"なかったわけでもない"。

大小で言うなら、とても大きい部類の事件ではあるけれど、"同じ様に処理"されようとしている話をまことしやかに聞かされていたし、体験もしている。

その中には伝説のように扱われ、個人で抗い、埋められていたものが表に出た謎―――事件もある。

けれどそれは"処理"が杜撰で、まるで"暴走する個人"を上がなだめるようにして、最終的に"選別"して、表に出してもよい謎だけが表面化し、現実という"陽"を浴びて干からびる。

抗った個人の大方が、謎を表に引き出したと陽にさらし、やり遂げた達成感を味わい、周囲は"英雄"が現れたかのように喜ぶ。

けれども、後になって、自分がやったことが単に選別されて、"日に当てられた"ものだったと、干からびようとする"謎"を直視して、始めて気がつく。

しかも自分が見つけた"選別された謎"の正体の脆さと儚さは、陽の当たる場所の引き摺りだされ、更に露呈する。

陽にさらされる事になった、選別された謎であった脆く儚い"者"。

それは罰を負う罪を犯さなければ、自分の命を堕とさなけばならなかった、事態が殆んどだった。

"謎"という世間の闇に潜めることで、漸く楽になたと思った者は、個人の意思で強すぎする"陽"の前に、引き摺り出されて無惨な結果にも繋がってしまいそうになる。

そして無残な結果を防ぐことが出来なかった場合、惨憺たる気持ちを味わう。

仮に、悲惨な結果に繋がらず上手くいったとしても、その様子に、【謎を"強すぎる陽"などに当てず、闇の陰のなかで隠していた方が良かった】そんな結果ばかりが、心に伴う。

例え、それが選別されて、自分の意欲を削ぐようように仕組まれて表に出されたものだと知っていても、だった。

謎を解明しなければいけない立場だけれども、事件に関連して葬られた命が、"闇に消えるべきように思えて仕方ない命"なのだと感じてしまうのが殆どだったから。

法という縛りさえなかったなら、"天罰がくだって当然だ"、そんな命ばかりが謎という闇の中に埋め込まれている事に、"悪"はあるのだろうか。

謎を掘り返した"英雄"とも言われた人物は、公"僕"の自分の立場を、鑑みて、それから"大人し"く生きていく。

けれども、ここで人の死と向き合って恐怖で吐き戻している、"まとも"な反応の子どもを見る。

これで、自分達の日常で持つべき感覚を思い出す。

もしも、この少年が、公僕のやってしまっている事をそのまま受け入れてしまったなら、中には"掘り返すべき謎"があり、その考え方を忘れてはいけない事も思い出す。

人が死ぬという事は、本来大きな恐怖で、影響力があるべきものなのだと。

例え時間が過ぎ去って、その衝撃が風化したとしても、その時は生きた人が優先な世界にも、十分影響を及ぼしたのだと、記録し、記憶しておかねばならない。

その気持ちを呼び覚ませ、思い出させる為に、少年の首はくびられていた。

ただ少年の根津にしたら、"死に怯える子どもが僧侶に励まされている姿"を強制的に、やらされていたに過ぎない。

けれど、あの時とあの場所で、少年がとらされた行動として"正解"でもあった。

そうしなければ、もしかしたら人の死に冷静すぎる、恐怖を抱かない少年はきっと何かの形で、不信感を大人に抱かれる。

根津少年は、どちらかと言えば、公僕の署員達の言う、"少年が犯罪に怯える姿である事で思い出した人"で、英雄として扱われた人達に近い素養を備えている。

けれど、少年は"謎"が"秘密にしておいてほしい"と願うのなら、表に引き出そうとはせずにひっそりとしておけばいいのではないかと考える、柔軟とも、見方によっては"狡猾"もいる性根の持ち主。

何より誰も傷つかない"(ずる)"なら、大いに賛成。

しかし、その反面、自分の好奇心に対して、貪欲に正直な面も携えている。

更に少年なりに、自分は"狡くて賢い"事も自覚していた。

それまでも、子どもなりに好奇心が強すぎて掘り返さなくてもいい事を、密かに掘り返し、根津が"満足"出来るなら、汚れようが傷つこうが突き進んでいた。

けれど、子ども社会でも"要らぬ敵"を作ることに繋がっていたし、俗に世間で"良い人"で通っている人が抱える闇の部分を、いつの間にか拾い掴みとっている事にもなる。

その行動は、得難い経験を積んでもいたが諸刃の剣で、大きすぎる好奇心が、まだ抗うすべがない子どもに、厄災を近づけてもいた。

眼に捉える事の出来ぬ厄災が、人の心に闇をもたらす禍時が重なって、少年に差し迫った日。

あの綺麗な"華"に、少年の根津は脚を止められた。


そして"観音"という人に乞われて、命を奪った代償と、ケジメをつけると僧侶から、《法に裁かれる》恐怖を身に刻み込まれた事で、少年は出逢うはずだった厄災と禍時を逃れ、日常に何とか戻ってくる。


ただ、その厄災の正体と意味を知るのは、随分と後の事。

その後、直ぐに、施設から根津の世話をしてくれる福祉ボランティアの青年が迎えにきてくれた。

いつも1人きりで、捉え処のない少年が、"事件の恐怖で眼を真っ赤にして泣いて、吐き戻した"と説明されたなら、青年は子どもらしい面に、本当に安心したように息を吐いていた。

"そうだよなあ、お前も普通の子どもなんだよなあ"

ボランティアの青年に手を引かれ、帰る道すがらずっとそんな風に言われていたけれど、根津少年の心はずっと、ほんの数時間前に遭遇した出来事に、占められていた。

それは少年の心が"落ち込み、ショックを受けている"と、見えてしまうのは当たり前で、ボランティアの青年はひどく優しく気にかけてくれて、それがかえって申し訳無いくらいに感じる。

その帰り道、どうしてもあの家の場所を通らなけばならなかったけれども、やはりそういう"手配"はされいるらしく、入り口の前に警察車両と警官1人立っていた。

"大丈夫か?"

そう何度も声をかけられて、流石に"落ち込んでいるふりしないと悪い"。

そんな気がしてあの場所の前を通る時、大丈夫かと確認されたなら、小さく首を左右に振って、わざと口許を押さえて俯いてその前を通りすぎた。

ただ通りすぎる際に、少年は確りと横目で、あの人と出逢った場所を観察する。

根津を最初に引き留めた、あの薄闇の禍時の中で輝いているように咲いていたあの華の鉢植えも、なくなっていてどうなったかもわからなかった。

(あの華はどこにいってしまったんだろう)

結局は綺麗に咲いていた華の正体は、判らないまま、世話になっている施設へと帰りついた。

それから、もう警察が施設に根津少年の様子を見ることはあったけれども、直接話を聞かれる事なく、そのまま去っていく。

見守られている―――というよりは、"見張られている様子"はあったが、それ以上の事は何もなかった。

その間に、根津の関わってしまった事件は小さくテレビのワイドショーに、数度取り沙汰されたが、それ以上にはならない。

あの僧侶とスーツの男が、"観音"と呼んでいた人は、画面に姿を現す事もなく、シルエットとなって、世間では自殺と見られていた3人の死に関わりがある"らしい"という表現をされていた。

その上で、あの綺麗な根津が短刀で胸を貫いた人は"不審死"扱いをされる。

どうやら、事件に関わった少年の人権を守るための配慮で、警察が"不審死"として発表したと施設の大人達に説明をしてくれた。

根津少年がそういったことに分別がつけられると、わかっているから、有耶無耶にせずに話してくれる。 

そして全ての話を聞いた上で、情報が、"圧倒的な力"に抑え込まれ、話が膨らむに膨らませられないという印象を受けた。

そんな有り様なので、その時期のワイドショーからは話題としての新鮮さはあっという間に消え、"若者の間に蔓延する薬社会の闇"、といったものにとってかわられていた。

しかし、出来ることなら、どんな形でもいいから、"観音"と呼ばれた人の事を少しでも知りたかった。

けれど、子どもだからどうしようもないとも、判っていた。

"大人"にならないと、関わりたくても関われない。

ただ、例え大人になって調べる手段を間違えたなら、あの有髪の僧侶に合わせられた様な目に、"死ぬ様な思い"と再び遭遇してしまう様な気もした。

マスコミでさえ沈静化していたのに、少年の根津は見張られている状態は続いていたから。

見張られている時期は、やはり世話焼きのボランティアの青年が、気にかけてくれて、逆に申し訳なって、さすがに暫く好奇心は抑える。

何より、あの"首を締め上げられる恐怖"が刻まれるように心と(からだ)に居座り、少年の激しいほどあった活発さは無意識に影を潜めてもいた。

ただ、常時見張られているわけではない。

"もう終わったのだろうか"

そんな風に思えるぐらい、結構な期間が空いた事もあった。

けれど、ふと辺りを見回してみたなら、勘の良い子どもは、見張られている事に再び気がつく。

だが、やがてそれから世間的に中学生と言われる年齢に差し掛かり、ボランティアのお兄さんも大学を卒業してボランティアを辞め、根津少年の見張りはぴたりと止まった。

根津にとって、本当に日常が戻った様にも思えたけれど、そうでもない。

滅多にあることもなかったけれど、思わぬ形で線香の匂いに遭遇したなら、直ぐに吐き戻す、それは、残っていた。

だがやがて、それすら止めれる"出逢い"も訪れる。

治してくれたのが、やがて家族になってくれ、一生を添い遂げたいとも思っていた、妻の"楓"だった。

その吐き戻すという事が止まった事で、あの綺麗で優しい人との思い出が心から消えてしまったわけではない。

けれども、陽の様に明るい彼女を伴侶に迎えた時、まるでそれを"喜ぶ"様に、根津の心の隅の静かな"闇"の方に潜んでしまった。

月が綺麗な夜に、何気なくその人を思い出す、そんな穏やかな日々の中で、"光"を再び失った。

陽の明かりが暖かくて強すぎて、その人と共に生涯を共に過ごすとばかりに思っていたのに、喪って途方にくれる。

それでも通夜も式の間中、楓の遺影を見上げて、死んでしまったという彼女に"嫌な物"が取りつかない儀式として、蝋燭と線香を絶やさないようにし続けた。

もう燻る香の匂いに、恐怖は感じない。

それに、自分に恐怖を植え付けた、僧侶の男もスーツの男も、もう20数年という時が過ぎ、妻を失った喪失感も伴っても現実かどうかすらも危うい感覚がする。

生きていたとしても、まだ年齢的に十にも満たなかった、少年の根津が成人して三十路を越えている。

あの時、それなりに年を取っていたようにも見えたあの2人が、生きている確証もない。

そして、今となっては自分が殺される恐怖よりも、置いて行かれてしまう寂しさの方が、余程苦しかった。

互いに、もう一度やり直そうとしたところに、死をもって隔たれた縁は、最高に苦しめられる為に降された"罰"とすら考える。

都合が良すぎると思いながらも、心の片隅に潜んでくれる優しい綺麗なあの人を暗闇の中から探した。

優しい、和服を纏ったあの人は記憶の闇の中に姿を消さず、静かにいてくれた。

けれども、陽が当たらない心の穏やかな闇の中にいる人を、明るさに満ちた場所に、あの時とは違う、《今という場所》に連れ出そうと入り込んだのなら、根津の方が目が眩んで、記憶が曖昧になる。

綺麗で優しく、そして明るく強くもあった、妻に出会える前、あの華のような人と確かに出会えた記憶は残っている。

ただ、力強い妻に出会ったことで、闇に潜んでしまった人がいる暗い静かな場所は、明るさに慣れてしまった眼で入り込んだなら、開くのに酷く困難で"見る"ことが上手く出来ない。

記憶を手繰り、固く眼を閉じて、探すのは、まるで現実の暗順応(あんじゅんのう・可視光量の多い環境から少ない環境へ急激に変化した場合に、時間経 過とともに徐々に視力が確保される、動物の自律機能)みたいだった。

しかし、その中でも"摘み取った"感触だけは大人になって、大きくなってしまった掌でも、染み込むようにして、残る。

"人の肌"を貫き、肉の皮の"膜"を破り強く緩くの衝撃。

悪戯に障子紙を破った後、吸い込まれるように、小刀は胸を貫き進み、摘み取った"手応え"。

そうして改めて、本当の意味で人の命を、奪ってしまった感覚を実感する。

優しい人の命を、乞われ、深い気持ちなどがなかったとしても、奪ったその罰が、今こうやって来ているんだろうかとも考えた。

日溜まりに、明るく青空を見上げて笑う妻の姿を、もうこの世界で見れないことが、あの優しくて綺麗だった人の命を刈り取ってしまった罰。

でも、それを"根津という、自分に関わったから落命したのだ"と、不思議と罪悪感には囚われてはいない。

それは、消えてしまった人達が、自分の意志を貫ける力を持っているのだったからだとも思う。

綺麗な優しい人は、関わりを持てた時間は本当に少なくて10分、きっと600秒にも満たなかった。

けれども、その短すぎる時間のなかでも、あの人は確りと自分の言葉と気持ちを口に出して、少年の根津に伝えていた。

《華は華である内に、刈り取って欲しいと思うのですよ》

そう言って、根津の手を使いはしたが、自分の意志と力で短刀で自分の胸を貫いた。

自分で選び、手伝いを借りたが、止めは自分の力を使い、果てた。

伴侶になってくれた人も、自分の意志を通した事で、関わった存在が罪悪感に囚われるのを(いと)うところを何度も見たし、口にしていた。

"私の行動に、影響を受けるのは構わない。

それに触発されて動いたというのなら、そうなんでしょう。

でも、行動に移した時点で、それはもう動いた方の責任。

影響を与えたなんて私の知った事ではないし、行っている人の責任なんだから。

だから、もし救われたと思ったなら、私のお陰で助かったなんて言わなくても、恩義を感じなくても良い。

あなたを助けたのは、あなた自身なんだから"

そう言って、吐き戻さなくなった事に礼を言ったのなら、明るく退けられた。

そのおおらかな彼女の言葉の中に、きっと根津に出会うまでに、様々な事を言われてきたのだろうと思えるものがあった。


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