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幻"殻"夜話 1巻  作者: マフツ
4/17

第2"窪" 公"死"混同❸


明くる日、1日の授業が全て終了した教室で、根津は転校生と夕暮れの教室で対峙する。

簡単な自己紹介もそこそこに、根津が"じゃあ座って話そうか"と言って、生徒用の椅子に腰掛けたと同時に、生徒の方が口を開く。

「先生、僕は、高校卒業した後に、就職を決めておいたのに取り消した店を別に恨んではいません」

唐突に、そう言った。

「そうらしいね。反省文にもそう書いてるし、採用取り消しになったお店の責任者にも、そう言ってる。

で、原因は何だったのかな?。一応引き継ぎの資料をそれなりに読んで、見たんだけれども、本人からも聞いてみたいんだ。良かったらでいいんだけれど、先生に話してもらえるかな」

根津にしては、偉く人の良い外面をさらしながら、"自分の生徒になる予定だったと少年"と会話する。

「そんなに、僕から話を聞きたいんですか?」

当の少年は、困ったような顔を保ちつつも、尋ねられる事を待っている雰囲気を、隠しきれてない。

"僕は周りの評価を気にせず生きたいんですよ"

そんな台詞を口にしながらも、そういった風にこなせる自分を凄いと認めて欲しい。

判りやすい顕示欲を滲ませていた。

「ああ、だって話の中心に居たのは、本当は君だからね。

君の話を聞きたいんだ」

"芝居をしている気持ち"で、君という呼び掛けを、根津は繰り返す。

心に懸命に、自分に"少年をからかうな"と言い聞かせる。

「そうですね、お話しします。

本当は黙っていないといけないんですけれど、先生になら僕がやってあげた本当の事を話してもいいかな」

「ハハハ、君みたいな頭の良さそうな子に、そう言って貰えるのは、光栄だな」

心で自分の二枚舌に虫酸を走らせながらも、根津は最終確認をする為、話に耳を傾ける。

僅な隙間に、教室のチャイムのスピーカ上にある時計を見上げ、確認した。


昨日、資料を読み終えた直ぐ後。

根津と蔵元が喫煙室を立ち去ろうとした時。

追加の資料というよりは、連絡を檀家の岩さんを伴って、松先生がわざわざ報せにやって来た。

学校には連絡せず、転校の繋ぎとなっている、松先生が住職をする寺の方に、不可思議な報せがあったとのことだった。

『は?結局うちに転校するのを、止めるっていうんですか?』

『ああ、それどころか、高校は中退という事にすると、言い切っていたらしい』

資料を手にしたまま、根津が連絡された事を確認し、背の高い松先生を見る。

白髪の教師で僧侶でもある人はそう答えてから、傍らに控えるようにいる"岩さん"に頷いてみせる。

"失礼します"、と断ってから、岩さんが慇懃な物腰で説明を始めてくれた。

『和尚様が、学校にお勤めに向かわれた後、寺の方に、その転校生の少年の世話をしていた方ではなくて、少年御本人から、電話を頂きました。

何でも、"世話をしてくれる人は、もっと心配な子の世話をする事になりました。

僕なら、1人にしても正しい判断が出来るから、大丈夫だと言われた"と』

ただ、慎重な岩さんは言われた事を鵜呑みにしなかった。

気にかかる事が出来たので、持ち前の慇懃さで相手を良い気持ちにさせつつ、電話での話を可能な限り伸ばした。

『最初の内は、それは得意気に自分がなさった事を話してくださるのです。

しかし、最後はいつもはぐらかされ、違う話題に切り換えられてしまいます。

結局、どれも話の結果が判りませんでした。

小一時間ばかり、そういった具合でお話しが進んでいたのですが、話しの"ネタ"が尽きましたのか、黙ってしまわれました。

それで今一度確認の為に、最初に話していた事を尋ねてみたのです。

しかし、急に激昂するように、声に勢いがつきました。

そして言い切ったのは、和尚様が最初にお知らせした通り、もう世話になる人には頼らずに、自分一人でやっていくと。

高校もわざわざ転校することはなかったけれど、仕方なくこんな形になった。

いっそ退学して、社会人になるから、もう構うな!と。

それから叩き切られる様に、電話は切れてしまいました。

私に和尚様の様に、頓知や機転が利かず結果の話を引き出せないのが、不甲斐ないばかりです』

申し訳なさと悔しさを混ぜた表情で、岩さんが項垂れる。

『いや、そんな調子の電話相手で、そこまで話を引き伸ばせたのなら、それで十分だろう。さすが岩さん。

しかし、こうやって丁寧に話を聞く限りでは、本格的に本当に関わりたくないタイプだのう。

まあ、"1人でやっていく"と言うなら、望みのままにしておいてやればいいわい』

"生徒にならない"という言葉を聞いたなら、 学校で一番慕われる教師からほど遠い冷たい目で、蔵元は笑う。

ただ親切な松先生の檀家さんには、心からの労いの言葉をかけていた。

『お褒めいただき有り難いのです。

しかしながら、そこでその少年が言ったことが、全て本当の事なら良いのですが―――』

岩さんが蔵元に誉められた礼を良いながらも、顔は不安で満ちて2人の若い教師を見比べた後に、"和尚様"を見上げた。

『そうですよね』

根津が岩さんの不安にすぐに気がついて、"転校生"でくるはずだった少年の資料を見つめる。

それを見て、蔵元が心から嫌そうな顔をして、そうじゃのう、と相づちをする。

恐らくは、敬愛するだろう和尚様から、全てではないが岩さんは話を聞いているのだろう。

『その子、携帯持ってないんですよね?。

ということは、外から公衆電話って事になるんだろうけれども』

岩さんが"電話を叩き切る"という表現を使った事から、受話器がある、電話が使われた連絡。

そう思い至った根津は、そこまで言って丸眼鏡の奥の瞳から、松先生を見詰めると、白髪の教師は腕を組んで頷いた。

『その子を、"保護"するまでになったのが、GPS機能が着いている携帯のお陰だったんでな。

本人は知らない内に親が、これまであった諸々を危惧して、内蔵していたのを使って、居場所を特定した。

だが、"僕を信用していないのか"って、先程岩さんが言った通り、激昂し、保護した時、その携帯を叩き割った。

その時に、両親も居合わせ、息子が叩き壊す様子を見て、相当恨みを買ったの感じて、世話人に一切を任せて預けた。

そして、"自分の手に余る"と弁えた世話人は、この"愚僧"が教鞭を持っている学校に、預ける形になったというわけだ』

長い説明を、まるで"勤め"の経でも詠むように、僧侶でもある教師は、滑らかに口にしたならば、組んでいた長い腕をほどいた。

それからまるで、サイレント映画の喜劇王がするが如く、両掌を"天"に向け、態とらしく肩を竦める。

『和尚様、そんな悠長な事を仰っている場合なのですか、その―――』

"一部"を知ってはいたが、そこまで感情の起伏が激しい少年とは知らなかった檀家は、狼狽えた。

まだ"やんちゃ"と判るような風貌の少年だったなら、周りも注意して余計な災難を避けられる。

しかし根津の手元から見える資料をみる限り、"初対面なら警戒する方が難しい"印象を与える風貌。

もし、その少年が何かを仕出かしたなら、責任は"和尚様"に無いにしても、僅かに出来てしまった繋がりを、世間様は必ず見つける。

そして教職と僧侶という世間では、"聖職"と呼ばれる仕事に務めている寿崎松太郎が、"何か出来なかったのか?"と。

考えなくもないが、事件にでもなったなら、屁理屈と理不尽で檀家が敬愛する和尚を責めるのが、容易に想像出来る。

だが当の和尚様は、自分の親切な檀家さんがもたらした情報で考え込む、後輩になる教師達を竦めた肩を元の高さに戻し、涼しい視線を向けていた。

『で、ご両親は、"仕事の都合で"、子どもに内緒でお引っ越し。

でも何とか"高卒"の資格だけでもって事で、ごり押しの転校とは書いてますけど』

根津は改めて資料を眺め、"両親"も引っ越し先の住所に何か"きな臭い"ものを感じて仕方がない。

『何じゃ、そこまで感情のコントロールが効かんタイプでもあったのか?。

松先生、そんな奴、こちらでそこまで面倒みる必要は、ないんじゃないかのう。

高校は義務教育ではないし、高卒という資格が欲しいならここでなくても良かろう。

まあ、岩さんからしたら、心配で仕方ないじゃろうが、事件を起こさん限り松先生に迷惑をかけることもない。

ただ、僧職として相談されたとだけ、知らぬ存ぜぬで、突っぱねてもいい』

根津が考え込むのを他所に、蔵元の反応は相変わらず冷たい。

だが、温厚な彼が冷たいのにもそれなりに理由はある。

同僚が持っている資料に"未遂"だが、女性の尊厳を凌辱しようとした旨の文字があるのを、蔵元は確認していた。

両親と死別し、妹との2人家族。

先日、その妹が嫁いで一安心した蔵元にしてみれば、"家族に捨てられた"という立場の少年でも、やってしまった事に同情の出来る余地が全くない。

結局は、己の中で処理が出来なかった"鬱憤"の腹いせを、自分より力の弱い者を相手にしただけの話。

『しかも、荒れた原因がたかだか、1回、部活の試合で、年下に負けただけの事だろう?。

それを、今まで馬鹿にしていた同じ学校の奴等にからかわれて、相手を殴って停学。

それからつまづいて、1年留年までして、進学する気はなくとも、何とか就職先まで決まったのに、そこで、再びバカみたいな問題を起こした。

例え未遂でも、相手に与えたもんは――――』

『蔵元先生、落ち着いて。一応学校だ』

松先生の苦笑いで、蔵元は"おっと"と呟いて、こちらも、苦笑いを浮かべる。

『やれやれ、これは蔵元先生が忙しくて、その生徒は命拾いしたかもしれないな』

卒業までの短い期間で恐らくは卒業式にも、登校もしそうにない生徒だとは思う。

けれども、登校の可能性も"ゼロ"でもないから、"見守る"事が出来る人選を、教務主任はしていた。

根津と蔵元が学生の頃から知っている元担任としては、彼等が"やってきた事"に比べたら、無理矢理押しつけられた形に近いが、この少年に哀れみすら覚える。

親の力が下手にあっただけに、"何も罪を犯していない"状態となっているから、少年は自分の惨めな状態を公にして貰えない。

成長に必要な"注意"をして貰えていないから、自分のやってしまった事が、世間にどういう風に見られているか、状況を知らない。

蔵元を担任にしたら、何かあった時にも対処出来ると考えていたが、そういった必要な"注意"も的確に指導を出来るとも考えていた。

だが、生徒の罪の"内情"を改めて今朝方に知った時、蔵元が忙しい事もあったが、この件は根津に委ねる事を、寿崎は決める。

表向きに"好漢過ぎる"印象を振る舞っている蔵元では、預かる筈だった少年はその明るさに、恐らくは気圧される。

そして明るさが届かない所で、歪んだ行動をとるかもしれない。

そうなれば、引越の関係で忙しくなりながらも、安心し、新しく自分の生活を始めようという蔵元にも"悪い"。


加えて、好漢の振る舞いを取っ払った時の蔵元のギャップに出会った時、一瞬にして少年は"ぺしゃんこ"に近い状態に、自ずからからなってしまうかもしれない。

だから―――

『で、一応まだ"担任候補根津先生"の私はどうすればいいんですか?。

携帯もぶち壊して、理由は知りませんが、世話人さんの元から離れているのなら、どうしようもありませんよ。

未成年な事は確かでしょうが、警察でもないし、御両親から頼まれてるわけでもないですから、動けません。

と、いうか私も蔵元と一緒で個人としては関わりたくないし、寧ろ"動きたくない"』

そんな風に答える、仕事という面では、きっちりと教師という役割をこなし、一線を越えたなら、ドライすぎる根津に任せる事を、松先生は決めていた。

一応職場では部下でもある、根津に松先生は、にこやかに笑いかける。

『ああ、根津先生は"動かなくて大丈夫"。

だから、明日は自分の教室に数時間ばかり居残って貰えるかな。

明日は、短縮授業で授業が終わっても、課業時間中でもあるから、何も支障はない。

デスクワークなら教室でも出来るし、誰も来なくてもやってれば暇潰しになる』

課業中で、根津が教師らしく出来るその時間。

白髪になってから老獪という言葉が似合うようになった松先生は、支度をしてあった指示の言葉を、滑らかに並べ、口にする。

『"マッサン"、あんた、もしかしてもう?!』

根津が驚いて丸眼鏡の奥から鳶色の眼でマッサンを見なら、携帯電話のマナーモード特有の振動音が、4人の間に響き渡る。

慌てる根津だが、大きな掌を見せて"待て"と教務主任に意志表示をされた。

それを苦虫を噛み潰したような顔で、やり場のない鬱憤を長い指をワキワキと動かして堪えている。

『話の最中にすまないな、根津先生、個人的な大事な電話だ』

これまでの松先生の話し方で、大凡の"電話相手の見当"がついているという雰囲気が場に満ちる。

ただ、その電話相手の"相手"をさせられそうな根津だけは、未だに口の中に苦虫がいるような顔をしていた。

『"餌"をな、それなりに仕掛けておいたんだ―――っと、携帯はどこだったかな?』

最初の方は冷淡にも聞こえる口調で言っていた松先生だが、片付けが苦手な教務主任は、最近やっと扱いになれてきた携帯電話を見付けきらずに、穏やかな声を出しながら首を捻る。

長い腕を使って自分の身体のあちこちを、ぱぱっと叩き、マナーモードにしている為に、中々所在がわからない携帯電話を探す。

『和尚様、今日は上着の内ポケットでございます』

『おお、岩さん、いつもありがとう』

傍らに控える岩さんが、然り気無く言って、漸く見つけることが出来た。

携帯に着信が入ってから随分と時間は過ぎていたが、まだ切れていない。

『今回は、"わざと"じゃないから、許しておくれ―――』

薄く、"人が悪い笑み"を浮かべる。

松先生がわざと着信画面が、他の3人に見えるよう根津のガラパゴスケータイよりも、1つ"世代"が新しい物を、パカッと開いて見せた。

着信画面に"公衆電話"という文字を、この場にいる全員が確認してから、スピーカーの状態にして、松先生は"通話"のボタンを押す。

『―――も、もしもし、どちらさんでしょうか?』

―――発信者の正体が判らない事に、"薄気味悪さ"、"不安さ"、そして"警戒"をしていることを感じさせる声。

更には、それまで経を読むように滑らかに動いていた口を、ぎこちなく動かす。

相手に怯えている印象を与えるには十分な、様子を見事に醸し出していた。

ただし、その声を出す本人の表情は引き続き人の悪い表情を浮かべ、声と態度は見事に別離していた。

スピーカーにしている事をばれないように、受話器から口を離して、反応を待つ。

《―――嫌だな、お坊さんの先生なんだから、もっと達観したような声を出してください》

僅かながら、嘲りを含んだ少年の声が響いた。

尊大にも聞こえる声がスピーカー越しに響いた瞬間に、根津は丸眼鏡の奥にある目を鋭く細めた。

明らかに"嫌悪"しているのが、彼と付き合いがある人間にはよく分かる。

思春期特有の生意気は笑って済ませる事が出来る位、大人の根津ではあるが、携帯から聞こえてくる声は生意気という部類の声ではなかった。

まるで、自分以外は価値がないような、どうしてそんな考え方になったのか判らない、高慢に満ちた声。

そんな声を出す"人"に、ろくな目にあったことがないし、そういった輩は本当に上手い具合に自分より"劣る人間"―――劣っていると決めつけた、力の弱いにつけ入ろうとする。

頼んでもないのに平凡な毎日を彩る為の如く出て、愚かな英雄気取りの加害者になること多い存在の声。

『ああ!、君か!。一体、どうしたんだい?。

世話人さんから信頼されて、一人でも大丈夫だからと、自立したみたいな連絡の電話が寺にあったそうだけれども。

私達じゃ、君にとっては頼りなかったかい?』

"心配していた"とは、一言も言葉に出さない事に、蔵元がジャージに両手を突っ込んで暗い失笑を音も出さずにする。

根津は嫌悪の表情を浮かべながらも、相変わらず声に狼狽えた様子を滲ませながらも、涼しい顔で携帯越しに、生徒に訴える様に語りかける松先生を見て、少しだけ落ち着いた。

そのあまりの"声だけの演技"の上手さに、岩さんが苦笑いを浮かべた時、体育教師はジャージから手をだして、白衣を着た旧友の肩を音がしないように、軽く叩いた。

―――とりあえず、松先生の采配に従おう。

目でそう語る。

根津にまとわりつく"因縁"を知っている蔵元からすれば、この場合は松先生の割り振りに従って、行動した方が、状況は落ち着ように思えた。

《―――僕は頼りに何か最初からしていませんから、安心してください。

ただ、寿崎"さん"が持っていた情報が気になって》

ここで苦笑を浮かべていた岩さんが、敬愛する和尚を、仮にも生徒の立場になるはずだった"小童(こわっぱ)"が、敬称もせずに馴れ馴れしくも"さん"付けされると、たちまちそれを引っ込めた。

あっという間に、この場にいる大人達からの印象を悪くしてしまった"生徒"の"才能"に、ある種の感動みたいな物を感じながら、松先生は、相変わらずの演技で尋ねる。

『私が、持っていた情報?、一体なんだい?』

―――それが、"餌"だった。

《察しが悪いですね。それとも、とぼけていらっしゃるんですか?。

ああ、僕がさりげなく調べすぎて、気がつくことが出来ませんでしたか?。

まあ、いいです、僕が尋ねたかったのは担任になるはずだった、根津って人の話です。

赤いファイルに入れて、"取扱い厳重注意"とラベルが貼ってあったファイル。

転校生の僕の資料より先にあった、担任の眼鏡かけた男の人がそうですよね?。

どうして、"人殺し"が、教師なんかできるんですか?》

スピーカーフォンから漏れる無知蒙昧な声に、根津が嫌悪の表情をスッと引かせて無表情になる。

『君は、最初寺で会っていた時に、私が鞄に持っていたファイルを見てしまったのかい?』

"どうせ、見せるように置いていたくせに"

根津がスピーカーフォンが拾えない位の声量で、涼しい顔している"和尚"にむかって呟いた。

《質問に答えてくださいよ、和尚さん》

だが松先生は素知らぬ顔で、まだ声だけは立派な狼狽える演技を続け、その"芝居"に踊らされている少年は、和尚の怯みを含んだ声に、満足そうな声色ながらも、答えないことに焦れていた。

《どうして、人を殺した"奴"が教師なんてやれてるんですか?》

"奴"呼ばわりされた担任になる予定だった男は、白衣姿で目を細め腕を組む。

携帯電話のスピーカーフォンから漏れる声と共に、松先生は非常に人の悪い笑みを浮かべ、今度は心から申し訳なさそうな声を出していた。

『悪いね、君がこの学校の生徒なら、根津先生が担任となるのだから、話さないといけないけれども、これは"生徒"になれない君にはもう、話せないんだよ』

余りにも分かり易すぎる誘い文句に、岩さんを除いた2人の教師は計ったわけでもないのに、小さく同時にため息を吐き出した。

『まあ、見てしまったなら仕方ない。

君なら、過去に"人殺し"を行ったのに、教師をしていられる人の生徒を、あと3ヶ月位しかないけれど、して貰えそうと思えたのに、残念だよ。

彼もね、"君"と似たような感じで、偉く君に興味を持っていたから、上手くやれると思っていたんだけれど。

ああ、他言無用で、内緒で、本当に頼むよ。

私の管理不行き届きを、棚にあげるようで、申し訳ないんだが』

微笑みを浮かべながら、頼み込むような声を出して、下手に語りかける。

《嫌ですよ》

確りと期待通りの返答に、松先生は口の端をあげたまま、静かに目を瞑った。

『頼むやめてくれ、本当に困るんだ。

私は教師で、学校では教務主任で、そこを出れば、寺を預かる僧侶という立場でもある。

彼の秘密がばれるとなると、それらを、全て失ってしまうかもしれないんだ。

それに表沙汰にされたら、その教師から大層恨まれる事になるし、運がわるければ、万が一にもふ、復讐されるかもしれない。

今でこそ落ち着いているが、感情の起伏が激しい人でもあるんだ』

今の立場を失うことを畏れ、暴力に怯え、保身に走る大人の迫真の声の演技の"仕上げ"に法螺を吹く。

けれど、最後の"法螺"が少年は一番気に入ったらしい。

"あはっ"、とあどけなさを含んだような、そして安心すらしたような笑い声が、幽かにスピーカーの状態にした携帯電話から漏れ聞こえた。


《お坊様もやっぱり、人なんですよね。で、その先生も、んな風なんですよね。

とりあえず、"今の僕"は、寿崎さんと根津って人の、2つの生命の簒奪権を掌握しているわけだ》

わざとらしく小難しい言葉を使い始めた所に、電話をかけてきた少年の気持ちが高ぶっている事が、大人達には十分に伺えた。

そして優越感に満ちた声の響きを聞いて、松先生は閉じていた薄く目を開いて、長い指を"空"を指差し、岩さんに向かって動かす。

最初に大きく丸く1回、縦に2回、丸く1回、そして最期に閉めるようにまた大きく丸く1回。

それを見た、和尚に忠実な檀家さんは恭しく教師3人に頭を下げた後、

"失礼します"

と、声を出さずに唇だけ動かし、その場を離れる。

『嫌だというけれど、じゃあ、私はどうすればいいんだい?』

締め括りの、確認のつもりのように教務主任は、喫煙室の側にある大きなアナログ版の時計を見上げたながら尋ねる、電話越しに尋ねる。

《本当に察しが悪いな、僕は人殺しの人と話をしてみたいだけです。

話さえ出来れば、あとはそれで、最初に言っていた通り、ほっといてくれたら良いですから。そうしたら、とりあえずは黙っておきますよ。ああ、でも、あくまでも転校生との面談としておいて、もらえますか。

僕が如何にも根津先生に興味をもったみたいな形でも、構いませんから。

それじゃあ、また明日。寿崎さんの、この携帯に電話はしますから》

声は意気揚々のまま電話は、ガチャリと受話器を音を鳴らし、一方的に切られた。


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