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幻"殻"夜話 1巻  作者: マフツ
13/17

第2"窪" 公"死"混同⓬〝殻外し〟

師である芍薬、黒佐渡、四ツ葉はそんなことはなかったが、自分を見て"あの方"を思い出し、何かを思案しているのには気がついてはいた。

その3方が重ねるのではなくて、考えている所に、軽い戸惑いがあって、それは幼馴染みにも一部通じるものがあったけれど、何を思案しているかは、解らなかった。

その顔を隠す面を、親しい方々の前では取れるようになっていた頃。

観音と呼ばれていた方を、自分を見ることで思い出しているのではなくて、見ることであの方達は、綺麗で慈しみに溢れた方を悼み、"感謝"しているだけなのだと気がつく。

黒佐渡も四ツ葉も芍薬も、凡そ"感謝"という行動をするのが珍しかったので、洞察力が鋭いカノンでも中々解らなかった。

この場合は彼らが感謝をしないような、人物というわけではなく、感謝をされる事は多くても、他に対してする機会が少ない立場というのが盲点にもなっていた。

だから、自分に向けられる、静かな眼差しに含まれているものの正体に気がつけなかった。

"山"では最も立場も徳も高い存在で、大きな自然な加護に感謝を―――"人にはどうにもすることが出来ない"事に、畏敬や感謝の念を払うことはあっても個人に、感謝する機会が圧倒的に少ない。

するにしても、"山"での仕事に関してや、馴染みの3人で―――丁度、こうやって"弟子"をかりて修行をする機会に協力するなど、そういった時ぐらいしかなかった。

感謝をする機会と経験が限りなく少なくなった、稀有な立場の人々にその機会を与える。

姿が失せ、この世界から亡くなり消えても、感謝ができる有り難みを知っている方々の、噛み締めるきっかけになれるぐらいの存在。

それ程の方のハズなのに。


亡くなった魂をお迎えする、夏の暑い時期。

ふと気がつけば、折に触れては話し合うように名前を出していた、"観音"という人を迎える支度をこれまでしたことがないし、誰もしない不思議を不意に目の当たりにする。

あの方が何か理由があって居なくなったから、蓮とカノンは"山"にきたと思っていたし、実際の理由もそういったことものだと思われる。

話だけを聞いて考えたなら、実際に"亡くなっている"事は、師を含めた高僧は弁えている筈だった。

だから"山"に携わった方々をその時期に迎え入れる為、各々の宗派にあった行い方で支度はしているのに、決して忘ているということは、ないはず。 

けれど、山の誰も、そういった支度をしない。

理由(わけ)が解らなくて、夕暮れ時、夕闇の中で、一応黒佐渡の宗派の手伝いをしている幼馴染みの袖を引いて、呼び止め訪ねた。

―――どうしたんだよ、物凄く驚いた顔して。

―――どうして、あの方の、"観音様"の出迎える支度は、誰も行わないか、蓮は知っていますか?。

すると今までの付き合いの中で、夕闇のシルエットの中でも分かるくらい驚いた顔を幼馴染みはしてから、何と言っていのか判らない表情を浮かべる。


―――だって、する"必要"ないじゃん。

―――え?。それなら、あの方は亡くなっては、いないということ?。


(幼馴染みと自分の前から、姿を消したという事は、"亡くなった"という理由(わけ)ではない?)

でも、それなら師にあたる芍薬や、黒佐渡や、四ツ葉はどうしてあんな風に自分の顔越しに、もう2度と出会えないかの如く、語っていたのだろう、と俄に頭が混乱する。


―――亡くなったさ。だからカノンも俺も、山にきたんだよ。でもな、亡くなったとのをさ、死んだこととして、認めてねえんだよ。

―――亡くなっているのに、死んだことに、なってはいないという事。


そう繰り返すように、言葉に出したあとに"どういう事ですか?"と続けようとしたのに、続けられない。

けれど、喋る事が出来ないその口は、後ろから回された手に優しく抑えられているような気もした。

すると何も言葉を続けないカノンに

《何だ、判っているいるんじゃないか》


と、幼馴染みは笑って、珍しく真面目にお迎えの支度をする為に、影法師の姿となって自分の師のいる元へと行ってしまった。

(判ってなんかいないのに)

どうして、幼馴染みは"判っている"なんて自分の顔を見て、笑ったのかが判らなかった。

そして、どうして自分がすぐに"判っていない事を口に出来なかった"のかも。

―――私は、どうして。

―――お前も、出逢ってしまったか。

―――ひ?!。

驚いて、振り返ったなら後ろに、幼馴染みが向かった先にいる筈の、黒佐渡がその時期の合わせた法衣と袈裟を纏って立って、カノンを見下ろしていた。

―――ふふふ、アレよりも、私に恐れを抱いて驚くか。

―――黒佐渡様。

―――まあ、お前は、昔から守られているからな。

そう言ったなら、黒衣の僧侶の左の手が上がり、その指先に、カノンの頭の大きさを優に越える()が出来る。

―――苦しまぬようにしてやる。"誤魔化す"為だ。

細く白い首まで、環が降りて―――念珠が締め上げる。 

かつて鳶色の少年の様に、恐怖を与え刻み付ける為にではなく、あくまでも意識を途切れさせる為に、僧侶は首を締め上げられた。

―――ここに戻り、助かりたければ、《秘すれば、"華(花)"なり》、だ。

意識が途切れる間際に、ほんの少しだけ、哀しそうな黒佐渡の声がカノンに届いた。


《華は華である内に、刈り取って欲しいと思うのですよ》

夢の中で、カノンはそう語る。

目の前に、子どもなのに鋭い目付きをした男の子がいた。

鋭さの中にる瞳は夕闇の中でも、フワフワとした髪と同じ鳶色だと分かる。

《これがあれば、綺麗な内に刈り取る事が、"君"にも出来るから》

―――そんな事を、その方にさせないで。

そんな事―――"自分"が取り出した小刀の刃先を己に向ける形"で、鳶色の少年の手に握らせる。

―――やめてください!お願いです!。

その人を、これ以上辛い目に合わせないで!。

けれど、叫ぶような思いも言葉も無意味で、これはもう起きてしまった出来事なんだと、"自分の命が途絶える"感覚で漸く"覚った"。


【ごめんなさい、カノン。でも、そうしないと、私とあの人が出逢う事が叶わなくなってしまから】


そんな声を聞きながら哀しい抱擁で、最後に感じたのは、その鳶色の子どもの頬に触れた時の温かさを思い出した時、涙を流して―――目を覚ました。

ガバッと起き上がったなら、この季節には毎夜世話になっている蚊帳の中だった。

もう、真夜中であることが分かるほどの暗闇の中で、自分が就寝する為に使っている部屋の外で気配がする。

人の影の形で、大きいので幼馴染みではないことだけは分かる。

―――見事に隠れたきったものだ。カノン、此方に来てみなさい。

―――黒佐渡、様?。

呼び掛けられ、蚊帳を潜って出て、障子を開いたなら黒佐渡が白い寝巻きの、袖に両手を入れる姿で星空を見上げていた。

―――見なさい、見事な新月だ。見事に隠れ、隠しきったものだ。

黒佐渡はそう言って、心から月を称え―――尊敬して続ける。

―――そして月は自転しながら、地球の周囲を公転し、その周期はどちらも約27.3日。その為に、地球からは月の裏側を見ることができない。

恐らくは同世代より"勉強が出来る"カノンではあるが、流石にこの口頭だけでは黒佐渡が、言っている意味が判らず、少しつり目の瞳を瞬きをする。

―――ああ、すまない。いつもお前が良い子だから、こちらの調子で話をしてしまっていたな。

それから"月の裏側が見えない仕組み"を丁寧に説明を始めてくれた。

月のない夜空にも不思議と明るくて、黒佐渡の声はいつもの恐く、重く、厳かな部分を忘れてきてしまったかのように、けれど語る言葉は確りと童の心に届く。

本当に希にしか話す機会がない高僧は、今こうやって説明を聞き始めたなら話だけに聞いたことのある、"学校の先生"の様にもカノンには思えた。

―――まず月の裏側が、見えない理由をはなそうか。

―――一言で言うのなら、月の裏側が見えないのは、月の公転周期と月の自転周期が同じだからということになるが―――やはり、それだけではわからんな。

―――こちらにおいで。

素直に頷いて側に寄った。

それから廊下でも縁側でもある場所に、並んで座ったなら懐から懐紙と携帯用の筆を取り出して、黒佐渡は、丁寧な図を描きながら説明をしてくれる。

―――月の形を調べてみると、実は丸くはない。

―――極端な例えをすれば、私たちの宗派の祖の達磨祖師を元にした玩具の"ダルマ"に似ている。

そう言って、達磨の絵を"スルリ"と筆を懐紙に走らせて描いた。

―――そしてな、少し張りだしたような尻の方が、この地球(ほし)を向いている。

―――月は僅かに重い箇所を引力が強い方向、すなわち地球に向けて、そのまま安定してしまったと考えれている。

―――それこそ、玩具の達磨に似ているな。あの玩具は、重心がとても低いところにあって、倒しても自然に起き上がる仕組み。

―――つまり、重い足元の部分を下、大地に向けている時のほうが安定している。

―――これと同じで、月も重い面をこの地球(ほし)に向けたまま、自転が公転と同じになってしまったと考えられている。

―――まあ、これも、絵に描いた方が方が分かりやすいか。

そう言うと、高僧は常に表の方を向けて、地球と言う星の周りをを見つめる様に動く月の絵を描き、カノンはそれを見つめた。

―――裏側を見せてくれない月は、恥ずかしがりやさんなんでしょうか―――あ、その、面をしている私が言える事ではありませんけれども。 

カノンのこの答えに、黒佐渡は笑っていた。

澄んだ"山"の夜空には、美しく星が瞬き、虫や蛙の鳴き声が遠くに響いている。

―――黒佐渡様、良かったらもっとそういったお話をなさってくださいませんか。

―――拙僧が知っている物で良かったら語ろう、正直、そこまで期待に応えられるかどうかは、知らんがな。

滅多にない時間という事がわかっているから、沢山訊ねる。

普段ならこういった時は、幼馴染みと大体一緒で、彼は勉強が嫌いだから直ぐ話を逸らすような事を口にするから、話があまり続かない。

正直、それはカノンにとっては、とても残念な事だった。

だから、今、時間があるのならと考え、思いきって頼んで良かったと思える。

様々な空の話から、今見えている星の等星、星の寿命と言ったものに移り変わって、そうして最後は見えない月の話に戻ってきた。

そして、見えない間でも、月はこの地球(ほし)に表の面だけ、見せ続けているのだということも。

―――そう、太陽と月と地球が一直線上に並び、月の暗い部分が地球に向く為。ただ隠れているように、見えるだけの事だ。

―――見えない状況になって隠れているだけで、月は居なくなったわけではない。

それが、今夜に当てはまる。

そうやって、月の話が終わろうとする頃。

この状況に、繋がっている筈の記憶をカノンは取り戻している。

この夜に繋がる、夏のお迎えの時期に、あの方の迎え仕度を誰もしない事を疑問に感じ、"幼馴染み"を掴まえて、あの方の存在の事を確かめて、答えになってない答えが返ってきた。

(思えば、あれは蓮なりの"禅問答"だったのかな?)

【亡くなっているのに、死んだことに、なってはいないという事】

禅問答というのなら、こので"山"という場所で最も携わっている、今は明確な事ばかりを、僧侶ではなく"先生"の様に答えてくれている人が隣にいる。

―――黒佐渡様。"亡くなっているのに、死んだことに、なってはいないという事"。これは、禅の公案といものでしょうか。

―――ふふふ、その尋ね方をだと、公案よりも、"シュレディンガーの猫の思考実験"だな。

―――え、猫の公案と、関係あるのですか?。

横文字の方は全く意味がわからないが、猫の方は公案についてそこまで詳しくは知らないが、何か有名な話があったように思う。

―――いや、その公案の猫とシュレディンガーの猫とは別物だが、だがそうだな、どちらも"死"が猫に纏わり付く話だな。

黒佐渡が少しだけ、いつもの重さと厳かさと、そして怖さをその言葉の中に徐々に戻しはじめているのがカノンにも伝わってくる。

(あ、やっぱり禅とか、ご自分の宗派の事を語る時には、"戻らなければ"ならいのかな)

ほんの少しだけ、残念だったけれども、これも聞いてみたかった話だったから続ける。

この"黒佐渡"と不思議と、もう少し、寧ろずっと話してみたかった。

―――その、禅の猫も、"しゅれでぃんが"もどちらの、猫も死んでしまうのですか?。

子どもが懸命に口にする横文字言葉に、僧侶は少しだけ表情を歪めた。

怒っているわけではなくて、どうやら笑いを堪えている。

それには、カノンの方が恥じ入って赤くなる。

どうやら横文字の発音が拙かったのは、自分でもわかっているらしい。

それを穏やかな、でも鋭い瞳で見た後、僧侶は深く一度目蓋を閉じて開いたなら、もう"全てが"いつもの黒佐渡に戻ってしまった様に見えた。

そして、話してくれる。


―――禅の南 泉 斬 なんせんざんびょう)という話は猫を必ず殺される話、というよりは、猫が死ぬことによって始めて、話が広がる話だ。蓮は、猫を殺す前に何やら物騒なことをするみたいに言っていたが。

―――あ、思い出しました。その猫が、"斬られて死ぬ前にぶん投げる"って言ってました。"死ぬよりましだ"って。

―――乱暴だが、蓮らしい答えだった。それが蓮の答えなら、それで終いだ。

ほんの僅かに、僧侶は口の端をあげているから、孫で弟子の出した答えが気に入っているのかもしれない。

まずは、"考えるという行動"が必要なのだというのを、芍薬が、"山"に来て別行動となった、幼馴染みのしている公案という修行について説明してくれた事があった。

こういった禅の問答に、"明確な答えなどない"ということだけは、カノンは聞いている。

黒佐渡の説明は、さらに続いていた。

―――シュレディンガーの猫の方は、説明が長くなるので省略をするが、簡単に説明するならば、とある箱の中に猫を入れて、"生きているかもしれない"と"死んでいるかもしれない"が同時に起こるような状況を作り出す事だ。

僧侶は本人も今は忘れているようだが、月の無い夜空の下でも判る程涙で濡れていた友人の弟子の目元を見る。

そこに配慮し、箱の中に、猫が限りなく死に近づく細工が施されている事を口にはしなかった。

―――生きているか、死んでいるかが、同時に存在する、ですか。

そう言ってから、カノンは自分の首に小さな右手を、己の細く白い首に触れた。

そこに添える様に黒佐渡の、もうそれなりに老齢という事もあってシワが刻まれているが、長い指のついた左手が伸びてくる。

そして、その手には、いつの間にか二重に回した念珠がある。

(ああ、そうだ、私はたしか)

そして一気に"幼馴染みかどうか判らない"ものに遭遇した、その後に。


【お前も、出逢ってしまったか】

確かに私は、祈りの道具でもって首を括られて。


【苦しまぬようにしてやる。"誤魔化す"為だ】

生きているか、死んでいるかが、同時に存在する、その"間"に、"覚る"ことを目指す旅人に堕とされた。


【ここに戻り、助かりたければ、《秘すれば、"華(花)"なり》、だ】

"戻りたい"とは強く祈ったから。


―――"秘密"にしなければ、ならないのですね。

そうすれば、"あの人"に続く華が咲く。

僧侶は静かにしっかりと頷いた。

―――猫も人も置き換えられる、ただ、それだけの事だ。"死んで"やっと、"生きていた"という過去が認められる。花は"散って"、始めて"咲いていた"と心に刻みつけられる。

黒佐渡の言葉を聞いて、1つだけ疑問がカノンの中に浮かんだ。

散る前に、刈り取られる事を望んだ花は、どうなる?。

―――教えてください"刈り取られて"、いえ、"刈り取らせて"、あの方は何処に行ってしまわれたんですか?。―――あ、でもっ、あの、すみません。

カノンにとっては《夢》で見たに過ぎない話なのに、まるで事実であったかのように口に出してしまった、慌てて恥ずかしさに口許を抑えた。けれども―――

―――今日、見たこと、出会ったこと、拙僧との話、"あの"蓮との縁を続けたいなら、幼馴染みには"秘密"にしておきなさい。           


―――おいおいおい!、黒佐渡には蓮には秘密って言われていたのに、俺に、私に、話してしまっていいのか?。

"本当に大いに慌てる四ツ葉"というものを、カノンは見て、此方も大層驚いてしまう。 

―――蓮に秘密にしておけばいいという話だと思うのですが、違いますか。

キョトンとした様子で、訊ねるカノンに四ツ葉は、苦笑いを浮かべた。

―――まあ、そうなんだろうが、黒佐渡も厳しいようでおおらかで、カノンも慎重そうで胆が座っているというべきか。

初老の割りに、振る舞いはやんちゃ坊主で、自分勝手の言動が多いように見えるが、実は誰よりも黒佐渡という親友のフォローに回っている事が多い四ツ葉は、更に苦笑いを浮かべる。

―――そういう事があって、カノンは蓮に嘘、というか"秘密"をもってしまっていると考えしまっているわけか。

―――もし、蓮にあの夏の夕方の事を尋ねられたなら、嘘をつくつもりです。あの時、黒佐渡様から蓮との縁を繋げたいのなら秘密にしなさい言われた時から、あの時事は話さないし、芍薬様の手伝いをしていたというつもりです。

"嘘"をついてもないのに、もう決めているというのなら、自分の中では"嘘をついている"のと、カノンの中では同じだから。

―――それで、蓮を大切には思うけれど、尊敬出来ない、よりはしてはいけないと考えているわけだ。

確認するような四ツ葉の声にカノンはこっくりと頷いた。

―――別に、俺、というか、私の理屈に付き合わなくてもいいんだぞ?。

これは、あくまでも四ツ葉の理念である。

いつも友人の素直な弟子には、幾らか柔らかな視線をわざわざつくって送る男は今回は鋭くして、軽く威嚇してみせた。

大抵の者はこの眼に耐えられずに、俯くか、逸らす、怯えて動けなくなるが、面を外した少年は綺麗に微笑んで受け止めた。

―――いいえ、付き合うとかじゃなくて、そうありたいと思ったんです。尊敬している方には、四ツ葉様の様に、自分を偽りたくはないのです。

鋭い眼が止め、四ツ葉は鼻から小さく息を吐いた。

―――カノンならいいだろう、好きなだけ私の、俺の、真似をすればいいさ。

四ツ葉の"許可"に、今まで並んで座っていた縁側に垂らしていた脚を上げ、カノンは四ツ葉に向かって正座をする。

―――私も、"最期"までお付き合い出来る方を尊敬したいのです。真似をする"許可"、ありがとうございます。

三指をついて、深く頭を下げた。

―――俺は生涯弟子を取らないつもりだったけれど、カノンみたいなのが弟子なら、取ってみても良かったかもな。

その言葉に三指ついた状態から頭を上げ、カノンは不思議そうに口を開いた。

―――四ツ葉様なら、今からでも、遅くはないのではないですか?。

"最終的な目的は同じ"とは言いながらも、そこに辿り着くまでは宗派によって作法も異なる。

けれどあくまでも"他所の事"の事で、話は繊細な部分に入り込むから、耳にいれても胸の内に押し留めてはいるが―――四ツ葉に"弟子を取って欲しい"という話をちらほらと聞いてはいる。

中には師の芍薬の所に訪ねてきて、"四ツ葉に、弟子を引き受けるように口を利いてはくれないか"と頼むが、師は茶を丁寧に点て、無言で差し出したなら客人は直ぐに帰ってしまう。

―――京都の"茶漬"でもないのにな。早とちりな事だ。カノン、始末なさい。まあ、私のこれくらいのもてなしで怖じ気づいて去る者の紹介なら、去るのが互いに重畳(ちょうじょう)というものだ。

口の端だけを上げて笑い、来訪者が、茶に手を着けずに帰った片付けをカノンに(ことづ)ける。

―――四ツ葉に預けられた者が"潰されてしまう"のが防げた。アイツは、優秀だが、師には向かん。黒佐渡に使われて"こそ"だ。

静かに、そう語っていたのをこの会話の流れで思い出した。

カノンの面持ちで、友人の弟子が何を考えているのかを察した四ツ葉は、また八重歯を見せて笑う。

―――芍薬がどういったかは知らんが、俺は黒佐渡に使われて、黒佐渡には私が側にいる方が、世の中に不幸な奴が増えないんだよ。

四ツ葉という人は静かに、厳かに語る。

正座をし、こうやって向かい合う僧侶の黒衣を纏った四ツ葉は、黒佐渡とも、芍薬とも違った意味で重く存在感に溢れる高僧なのだとも、カノンの心に刻み込まれた瞬間でもあった。

―――別に弟子を取らないことが、"私"の宗派の衰退に繋がるわけでもないからな。

それから片眉を上げて、癖っ毛の僧侶は八重歯の笑顔を見せながら、カノンの左側の目元に触れた。

―――私の、俺の、やり方で、最期まで付き合ってみたいって、尊敬出来る奴に逢えるといいな。

―――はい、四ツ葉様。

心の中で、静かに四ツ葉に対して"師"に対する様な気持ちを抱いて、再び三つ指をついて頭を丁寧に下げた。

それから数年経ち、蓮の起こした騒動があり、芍薬もこの世界から旅立った。


 結局、蓮に"嘘"をつく機会がないままカノンは、山を降り、幼馴染みが還俗の(はなむけ)にくれた面を手にして、今、これから暮らす場所にいる。

―――蓮の予想だと、この後逃げて、また縋れそうな"糸"を掴んで、"悪足掻き"して、最後は学校で警察に捕まるって言ってましたが。

蓮が行った仕事が"娑婆"のという場所で、どう片がついてしまうか、興味もあったし、学校で捕まるという言葉に、今しがた思い出したばかりの"師"達を思い出す。

(親殺しをしてしまった少年に、救いの言葉を与えてくれる"教師"はいるのでしょうか)

繰り返しになるが、また考えてしまう。

自分が育った"山"という場所なら兎も角、まだ心も柔らかな、それでいて脆い殻をボロボロにされてしまった"生徒"という存在を、この俗世の学校という場所にいる教師に救えるのだろうか。


自分なら、どんな立派な教師だとしても、経験を伴わない言葉は胸に届かないし、響かない。

それに、まず人を殺したという汚れた殻を身に付けている事で、"変な自信"を身につけしまっているのが、"教師"になるべく学んだ事から十分考えられた。

その穢れた"殻"を、方法は様々あるなかで取り除いた上で、その内側で人を手にかけてしまったことで、更に穢れてしまった生徒を救える師など、娑婆という俗世にいるのだろうか。

(そんな、穢れた殻も心も剥ぎ取って、救ってくださる方はいたとしたなら)

青空となった空を、再び見上げる。

今まで世話になった、どんな師の顔も思い浮かべられなかった。

―――もし、そんな人がいたのなら、私は"尊敬"してしまうかもしれませんね。

でも、人を手にかけて教師を続けている人なんているわけがない。

"(うつつ)"で、そんな存在が許される訳がない。

そんな人に逢えるわけがないと、どうしてだか心が諦めを抱こうとした時。


ピーヒョロロロロ…


―――?!、鳶?。

夢の中で、"生きているか、死んでいるかが、同時に存在する"、その間に隠れた時に出逢った人を思い出す。

今空を飛ぶ、鳥と同じ髪と瞳を持った人。

―――貴方みたいな人がいたら、救えるのでしょうか。

その鳶色の瞳と髪を持った人は、その手で確かに"あの方"をカノンの夢の中で、小刀をもって、貫き、殺めたから。

―――貴方が師となったなら、蓮が仕掛けた糸に絡められた少年も、奈落でも救われるかもしれませんね。

どうしてだか、仄かな希望を抱いて、眩しすぎる朝陽とすっかり見えなくなってしまった星に背を向けて、カノンは西に向かって歩き始めた。


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