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幻"殻"夜話 1巻  作者: マフツ
10/17

第2"窪" 公"死"混同❾"殻外し"

両親共に世間的には優秀と呼ばれる、教師の子どもとして産まれ、少年も躓くまでは成績も素行も悪くなくて、"愛されている"とばかりに思った。

それが、2年前今まで負けていたとしても"惜しくて"という言葉がつくとことで、プライドが保てていた部活の試合に、圧倒的な差をつけられて負けた。

しかも、対戦相手が年下で、子ども同士の"アルバイト"で雇われた、基礎だけを学んだけという生徒だという。

(……思えば、そうだ、この"学校"の新入生の生徒だった)

中高一貫の、つい数年前までランドセルを背負っていたという相手に負けた事も、屈辱ではあったけれど少年が思っていた以上に親がその事 に、反応していた。

"年下にあんなにもあっさり負けるなんて、恥ずかしい"

負けた試合の帰りの車という密閉された中で、小さくだけれどもはっきり言われた。

"―――さんもいらしていたのに、こんなことなら、息子が出ていますなんて話すんじゃなかった"

自分の試合なのに、そうやって親の事のように言われた事に、そこで、まず心が大きく揺らいだ。

学校では、思いやりに溢れる本当に"良い先生"で、生徒の事を第一に考える教師だと、"親自身"から言われた。

その証拠のように家の壁には、転勤で移動した前の学校の生徒からの"感謝"の葉書をはってあったり、また会いたいですと、認められていた。

それを親は懐かしそうではなく、"誇らしげ"に見ていた。

誇らしげに見ることを、悪いことだとは思わないけれど、家に帰って、改めて眺めて何かが違うという気持ちが、芽生え、同時に燻ぶり始める。

そのままの状態で、翌日学校でに行って、からかわれて、同級生に暴力を振るってしまった。

それが大人しい人の集まりの進学校では、暴力沙汰と取り扱われ、親を呼ばれた。

親はある意味慣れた様子で―――"マニュアル"通りの謝り型なのだと少年は、その様子を見て直ぐに判った。

それからの扱いが明らかに変わったけれど、まだ親の価値観に少年は縛られ固められてもいた。

一歩も外に出るなと言われた家から、停学から明けてから、とりあえず学校に行ってみたならば、馴れ馴れしくクラスメイトが話しかけてくる。

停学が決まった翌日の朝のホームルームの時間、学校の断りなしにいきなり教室に現れて、両親で揃って頭を下げて謝ったらしい。

"私達は息子を信用しています、どうか見捨てないでやってください"

《信用している》

その言葉を聞いた時、その時は馴れ馴れしいクラスメイトを殴るのは堪えたけれど、それから学校の生活はうまくいかなる。

成績も、以前のように延びなくなった。

高校に入ってから、より専門的な、しかも進学校なので授業の流れは早い。

停学の後から、成績を持ち直す事が出来ずに一年過ぎたなら、親が少年を休学扱いしたと、唐突に告げる。

"変な成績残すくらいなら、働く場所を見つけてきたから明日からそこに行きなさい"と言われた。

そして周りには"息子を信用していますから"、"あの子教室よりも、世間を学びたいと言うので、あの子の気持ちを最優先にしました"と、教師としても親としても、立派な自分達を見事に出す。

けれども、家では親が少年が働き始めた場所を、貶していたのも聞いていた。


―――あんな、低賃金で、ただヘラヘラしながら笑って出来るような仕事になんて、馬鹿らしくてやってられない―――

―――いつも笑って、ハイタッチ?!意味が判らない、バカみたい―――


それまで親に設え育てられた価値観をもった少年も勿論そう感じたし、思った。

けれど、自分が笑える立場でもないのもわかっていた。

だから仕事は懸命にしていた。

あの頃は、まるで自分が生きながらに、根を生やし燃やされている植物のような気持ちだった。


―――あなたの、お父さんも母さんも、あんなに良い人なのに。

良く話しかけて、同年の女の子にそう言われた時、両親がその子に対して言っていたことを思い出す。


―――どうせ、裏じゃもうやりまくってんだろうな。

―――懐かしいわね、援助交際だっけ。


親と女の子の言葉の差に思わず呆れて、笑ってしまった。

一方はあんなにも蔑み、一方は敬うような態度ですらある。

笑う少年に女の子は、怒った。

―――あんなに、立派な"先生"なのに、どうしてあんたみたいな子になったんだろ!。

その言葉には、不思議と怒りが沸かなかった。

言われ方はどうであれ、あの親と自分は違うのだという風に言われていることは、わかったから。

そして、自分の親がその子に対して言っていたことを、そのまま少年の口から言ったなら、勿論怒った。

周りの一緒に働いている人も、少年が言った事に眉を潜める。

けれど、それは少年の両親ではなく、少年に対しての怒りだった。

加えて皮肉なことに、少年が働き始めて、これまでやって来たやり方に口出しをして―――それが"正しい意見"だったことも、"生意気"だと思われれている所も、怒りに拍車をかけてしまった。

少年が口にしたことは職場の人から連絡が行って、両親はまた、懇切丁寧に、少年の働いている場所で、見事な謝罪をする。

それから、直ぐに携帯電話を持たされた。

ただそれは、少年の年齢にしては機能もデザインもシンプルなもので、まるで幼子が持つようなもの。

両親は、私たちの躾が及ばずに申し訳ありませんと、丁寧に謝りながらも、息子が"元に戻る"日がくるまで、暖かく見守って欲しいともいう。

―――これで、何か辛いことがあったら、何時でも電話してきてもいいんだからね、"信用"しているからね。

それを店の人が見ている前で、まるで俄に始まった親子の愛情の寸劇なような形で行われた。

もう、成績優秀な息子は、無理だから―――"どんな問題がある子どもでも、受け入れる、素敵な親"。

それを世間に認めさせる為の道具に利用されている?。

そんな事を感じ始めた一方で、それまで育てられ作られた傲慢な少年の心が怒りで満ちる一方で―――根津に剥き出しにされた、冷静な自分も殻の内側にいた。

携帯電話を持たされ、家では両親が少年の働く職場を(あざけ)るのを聞き、職場では少年のご両親は素晴らしいと"仕事仲間"が称えるのを聞く日々が、また暫く続く。

そして"傲慢で自己中心的の性格の殻"を背負った少年の怒りが、限界に近い場所きた時、"ある冊子" を実家で見かけて、店の女の子にまた"注意"された。 

―――いいなあ、私、あなたのご両親みたいな家の子どもに産まれ……

最後まで言わせず、"職場仲間"の少女の、店のユニフォームであるシャツの襟首を力強く引っ張ってやった。

ボタンが弾けとんで、見たくも興味もない肌が見えた。

期待した通り、"仕事仲間"が悲鳴をあげたので、少年は両親が"信用しているから"と渡された携帯を手に持って、職場から逃げ出した。

ただひたすら走った。

走りながら、耳の後ろでドクドクと血管が流れる音が聞こえるくらい、力強く走った。

成績に響くからと、学校で、認められるための努力も嫌いではなかった、あの頃くらい懸命に。

自分が認められる為に、何も努力をしないなんて奢ってなんていなかったのに。


いつから、こうなった?。


自己中心的な厚い殻を被った自分と、まだ表に出れない、その内側にいる自分が言い争っていた。

現実と―――外に向き合う殻の自分は、親をまだ必要としていた。

それに、あの親と育つことで培われてしまった固い価値観の殻は、こうなってしまうまで、十分自分に"合っている"ものでもあった。

自分が頑張って成果がでて、公共の場で表彰される時には、親が自慢気にやってきて、肩に手を置いてくれた時、嬉しくもあった。

それは、まるで、自分の手柄のように言う親でも、別に不都合に感じなかった。

―――それが、間違いだったのかな。

夕方と夜が混ざろうとする、そんな時間、来たこともない何処かの広い公園の、バスケットゴールの下に、汗だくになって座り込む。

―――自分が頑張ったことは、自分だけの成果だと、言えばよかったのか。

練習する時も、勉強する時も、独りだった。

けれど、親は周りに誉められる時、常に子どもの側に寄り添っているような言い方していた。

―――立派な、良い親と認めてもらうには、いつも子どもの為に側にいる親として、周囲に印象づけるのに、"ああするのが"一番手っ取り早い、か。

親に持たされた小さい子どもに持たせるような、携帯電話を見つめる。

時間は店を逃げ出してから、一時間も過ぎてはいない。

何でも、かんでも、自分達の認めさせる材料に繋げようと考える人たちならば、きっと―――。

パトカーがサイレンは鳴らさずに、赤く光る回転灯だけを回しながら、少年の蹲るバスケットゴールのある公園の道沿に停車する。

―――良かった、こう言った時の為に、居場所が分かるような措置をしておいて。

―――不安定なところがある子でしたので、キャパシティ以上の事が起きたなら、堪えきれなくなって逃げ出してしまったんだと思います。

この聞こえてくる声が、直ぐに自分の親だとわかったし、"インテリぶった"言い方は、日常自分もしているのと重なって、"似ている"と自然に思えて、笑えた。

けれど、パトカーのバタンとした開閉音と共に、二親の"自分達の、子どもの居場所を直ぐに把握できる処置"をしていた事を如何にも認めて欲しいと何度も繰り返すその声に、笑いは引いてくる。

警察官に、"パッ"とライトを当てられて、眩しさに目を細めると、名前を尋ねられ、"はい"っと素直に答えたなら、親が直ぐに口を開いた。

―――心配していたのよ!。

―――大丈夫、職場の女の子には謝っておいたから!。

―――あなたが謝ったなら、職場の方もまた働いて貰っても構わないって!。

矢継ぎ早にそう言われたなら、警察官が少し抑えるように―――興奮させないようにと、少年に当てていたライトを下げながら声を二親に振り返り注意する。


本当に、親よりも警察官の方が余程少年の心を―――"気持ち"を理解しているように思えて仕方がなかった。

迎えにくるなら、黙って、静かに迎えに来て欲しかった。

(ああ、でも、"僕"の親だもんなぁ)

それなら、自分がやった事を"認めて"くれるまで、何度でも繰り返すだろう。

狂ったサルの玩具(おもちゃ)の様に、不快なシャンシャンとしたシンバルの音をならすように。

ゆっくりと、立ち上がると結構側に来ている警察官と二親が、自分より背が低いことに気がついた。

だから、尚更自分の手の中に易々収まる"子ども向け"の携帯電話が、滑稽に見える。

すると、警察官からも息子からも"自分達の活躍が認められた発言"がされない、少年の親は焦れて警官が念のために"近づかない様に"と、言っているのにも関わらず前に出ようとする。

(いい加減、止めて欲しいなあ)

でも、もしも、自分が親になってもこんな事をするのかな?。

―――大丈夫、これからでも十分やり直せる!。

―――信用しているから!。

("信用している"から?)

その言葉を聞いた時、思わず笑いを浮かべた。 

"信用している"という自分達の言葉に"息子は喜んだのだ"と勘違いした、子どもの事をろくに見ていなかった親は、息子の逆鱗といっても過言ではない、場所にベタベタと触れる。

それに少年の手の中に収まるのが、丁度夕刻の時間を知らせるライトが小さく瞬いている、自分達の与えた携帯電話なのだとわかる。

この道具のお陰で、"問題を起こした息子の居場所"も、"どこまでも息子を見捨てない親"もそして"子どもを持った責任を果たす社会人"も演じる事が容易に出来た。

けれど、やっぱり、"出来る子ども"も欲しいから、あるパンフレットも役所からもらってもきていた。

それを息子が見て、どんな気持ちをしたのだろうとは、微塵も考えもせずに、"出来る教師"と"素敵な親"を演じるべく、更に声を張り上げていた。

―――これからも信用して

そう言って、息子が"喜んだ"言葉を繰り返そうとした俄に、"息子にあたる人"は警察に当てられたライトの中で、無言で大きく携帯を握っている腕を振り上げた。

―――危ないから、下がって!

警官は声を張り上げて、懐中電灯から手を離して、喚いている中年達から距離を空けようとする。

目の前にいる少年が、親に対して"怒っている"のだと、警官には理解出来ていた。

この家族と関わったことなどない。

今日の夕刻、この両親が息子が悪いことをしたので、捕まえて欲しい、更正は親である自分達がするから―――。

この地域の交番に突如としてやって来て、いきなり"喚く"。

よくわからない主張を繰り返しながら、その時追加の様に、電話で連絡が入り、どうやらある少年が暴漢未遂を起こしていて、そのまま逃亡しているとのことだった。

そして、この喚いてる身なりはは立派だが、喧しい中年の男女の子どもなのだという事らしい。

ただ大事にはしたくないから、交番のパトカーの点滅灯だけつけて、息子の場所までつれていけという。

―――居場所はわかっていますから!。

そう言って、最近CMで流れている最新の携帯端末を取り出して、交番勤務の警察官に見せつける。

―――こういった時のために、子どもに居場所がわかる携帯を持たせているんです。

話を聞けば、幼子なら兎も角、もう思春期も終えようかという青年といってもおかしくはない年齢に、そんなものを持たせて、誇らしげに語るのが、何だか歪に感じられて仕方なかった。

けれども、公僕として暴漢未遂として話が来ているのなら、動かないわけにはいかない。

パトカーを出して、煩くも感じる中年夫婦を後部座席に乗せて、言われた場所に案内された場所に向かう。

急いで欲しいけれど、大袈裟にしたくないと繰り返し聞かされて、回転灯をだけをつけて進むと、夕方の混む時間でもあったが、比較的スムーズにたどり着くことが出来た。

車を降りた時、何とも言えない微妙な夕方と夜の狭間で、警官は迷ったが結局ライトを持って行く。

そして後ろに、自慢げに自分の子どもの居場所を把握している夫婦の話を聞き流しながら、その息子がいるという場所に向かって進んでいった。

ライトを照らしながら進むその先に、職場ではノッポと呼ばれている自分より恐らく背は高い―――少年がバスケットゴールを背にして座り込んでいる。

そして、親が勝手な事しか言っていないようなやり取りを、やはり聞きながしながら、警官は座り込んだ少年を観察する。

警察官が、名前を訊ねたなら、素直に応えてくれたのと同時に、少年の親が、堰を切った様に喋りはじめて、慌てる。

こういった場面に、"数度"ではあるが仕事して出くわしている公僕は、少年が親が口を開く度に"怒っている"のを察した。

自分の後ろで更に何やら言い続けるのを、止めさせようとするが、何とも出来ない、そんな中で少年はゆっくりと立ち上がっていく。

"人の気持ちより"、自分の都合しか考えていない言葉に、聞き流している警察でも僅かに腹立たしさを覚え始めた時、少年が、薄闇の中で笑った。

でも、その笑いが、親の言葉を聞いておこったもので決して、好意的ではないと感じた時、少年が何かを握りしめているものが、小さく光った―――そして、光るものを手にしたまま大きく振り上げる。

それをどうするつもりかわからないけれど、十分攻撃的な雰囲気は少年から感じられた。

―――危ないから、下がって!

僅かに気持ちを怯ませながらも、公僕として民間人を守るために、懐中電灯を落として両手を広げて下がる様に、押し戻した。

それと同時に少年の腕は降り下ろされて、何かが"ガシャン"という音ともに、スポーツをする為に整備されている地面に叩きつけられたのが判る。

そして、警官の頬に"ピッ"とした鋭い衝撃が頬に走る。

―――"僕を信用していないのか!"

少年が地面に何かを叩きつけて、それが一気に叩き潰され、弾けた破片が飛んで掠って斬れるような痛みと共に、警官の頬に血の筋が出来る。

けれども、少年の"僕を信用していないのか"といった声の方が、警官には余程痛ましく聞こえていた。

警官の後ろにいる少年はの両親は―――その時になって、漸く"息子が自分達のしてきた事に怒っている"のだと、気がつき、一気に恐れを抱いたようだった。

闇夜に立ち上がっている、自分の息子と呼べる存在が、自分達の前にいる公僕よりも背も高い事も分かる。

あの"年下にあっさり負け"、"学校で問題を起こした"、"どんな落ちこぼれでも受けいれる親"を世間に見せつける為に、使っていた子どもではないのだと、この時になって漸く理解する。

それほどの時間の間、自分の息子を、世間には"立派な教師の夫婦"と言われる二人は見てはいなかった。

少年の両親が怯え、騒ぎ、俄に騒然とし始めたが、警官が冷静に応援を呼んだのと、少年が親に呆れた様にその場で不動でいてくれたお陰で、その場は落ち着いた。

両親が息子という存在を異様に怖がっていて、この地域の警察署まで、警官が応援に呼んだパトカーに親子は別々の乗って辿り着いた。

警官は頬に血の筋が出来ていたので、警察署について直ぐに医務室に行くように言われ、簡単な処置をされる。

元々が交番勤務なので、自分が抜けたことで、"代打"が今が詰めてくれている事を聞かされ、少年の事やこれからが気になったが急いで、自分の役割に戻る。

翌日、何気なしに警察署に昨日の事を聞いてみたら、少年はあの両親とは帰らず、そういった未成年を保護するのが専門の人物に引き取られた。

それを聞いた時、"やっぱりな"と、交番の警察官は思った。

更に、数日後、深夜と早朝が入れ変わる様な時間、その時は宿直で交番にいた緊急配備の電話ががかかってくる。

仮眠を取っていた所を電話の音で跳ね起き、現場の保存を命じられ向かう。

―――回転灯もサイレンも鳴らしても構わない事態だと連絡を受け、従ってパトカーに乗り込んで辿り着いたのはあの少年の両親の"新しい家"だった。

家の扉は小さく開いて、細く明かりが漏れているのが見えた。

警官は予め白い手袋を嵌めてパトカーから、降りる。

そして、ゆっくりと扉を開けたなら、あの少年の怒りに接触して予想も出来た事を目の当たりにした。

スライド式の玄関で、警官は先ずは広い玄関に入ったなら直ぐにその扉を閉めた。

連絡にあった通り、引っ越してきたばかりなのだろう。

梱包された荷物がそのままだったり、新品の家具が中年の2人暮らしの夫婦には、広めにも見える家の入り口の方にある程度まとめて置かれているのが、点いている灯りのお陰で気がついた。

そして、それらは、一様に血に濡れていた。

―――ああ、やっぱり。

今度は声に出して、起こってしまった事を、例えないようもない気持ちで、目の当たりにしていた。

―――あ。

普通なら一番に気がつきそうなもの―――寝巻きのままで、突っ伏した状態で倒れている、頭から血を流している、恐らくはあの少年の母親がいる事に漸く気がついた。

一目で絶命しているようにも見えるが、念のため首筋に手袋を嵌めた指先を伸ばす。

手袋越しにも"残った"体温は伝わってくるが、脈は完璧に止まっていた。

それから、肩に着けている通信機を使って現状を伝えたなら、"中"の様子も見ておけと言われ、従う。

現状を維持する為、足元に気を付けて血が飛び散った後を踏まぬ様にして、家の中に入っていく。

2階建ての住居だったが、玄関に直ぐに側にあるそちらに向かう階段には、段差が"丁度良い"という具合に荷物がおかれている。

その荷物にも飛び散っている血が付着しているし、気配らしいものは、警官は感じないので、2階に"犯人"が潜んでいるという感じの印象を受けなかった。

―――奥に、行くか。

玄関付近の血痕はどうやら、母親のものらしく、奥に進む"道程"には血痕らしいものは、残されていない。

ただこの状態なら、もう1人の方も何処と無く、警官には予測がついていた。

(たぶん"先"に、力の強い方の寝込みを襲って、その後、流石に隣の異変に気がついて起きて玄関に逃げたのを―――)

目だけ動かして後方を見たなら、家の最奥に当たる部分にたどり着いて、玄関と同じ様に僅かに開いた引き戸の襖を見つける。

洋と和を中途半端に、組み合わせて作られた家の最奥の部屋に繋がる襖の向こう側は、どうやら灯りは点されていないようだった。

この前、少年を"保護した時"に落として、僅かに傷の入った懐中電灯のスイッチをいれてから、扉を開いた。

そして、警官の予想が当たっていた。

襖を開いて、薄暗い―――恐らくは夫婦の新しい寝室でに、懐中電灯で光を差し込んだ箇所に、早速"血"が見えた。

懐中電灯から延び光の筋の先で、丸く照らし出されるその場所は何処に動かしても、血が飛び散っている様子だった。

―――"ガイシャ"は。

思わず口にもう、死んでいるものとして口に出して、探していた。

懐中電灯を動かしたなら、光の輪が人の足の裏らしき物―――俯せの状態で倒れている物をとらえた。

そこから、光の輪を"上"に伸ばして行くにつれて、血に染まった寝巻きの男の身体が警官の目で、確認出来る。

("やっぱり"生きている様には見えない)

頭部にいくほど、血の量は激しくなっていって―――

―――……ぐっ?!。

懐中電灯の光の輪の中に浮かび上がったのは、本の一瞬だったけれど、警官の記憶の中に確りと焼き付いてしまった。

本来、頭の中身にあるべき物が、赤い液体と共に、うつ伏せになっている男の頭の周辺に、狭い範囲で散らばっていた。

それまで出来ていた配慮を、全部投げ出して、警官はこの家の中を探索する事で覚えていた台所に駆け込み、流しで一気に吐き戻す。

散々吐き戻したら、通信機から応答を求める声が何度もしていたが、まだ吐き気が止まらなかった。

その直後、外にサイレンの音も聞こえる。

玄関の方が俄に煩くなったと思ったら、職場の"仲間"が続々と到着しているようだった。

早速最初の被害者を見つけて、色々と指示が飛ばされているのが、聞こえると漸く吐き戻す物が警官の胃袋からはなくなったようで、流しから身を起こした。

―――おい、何やってんだ?!現状保存が仕事だろうが!。

―――すみません……。

恐らくは初動捜査の責任者と思われる人物から、怒鳴られる。

帽子を取って頭を下げたなら、台所のテーブルの上に置かれているパンフレットに気がついた。

"養子縁組""里親"制度といった文字が、確認できたなら警官の頭の中に再び少年の怒りに満ちた声が頭に響く。

"僕を信用していないのか!"

その声を思い出したなら、不思議と吐き気はある程度、引いていく。

ただ次の間には、警官と同じ様に2名程の初動捜査に訪れた刑事が、台所にやって来て―――血の気を引かせて、口許を押さえていた。

―――あれは、"戻しても"仕方ないですよ。

最初に"凄惨な現場"を見たであろう、警官にいくらか同情的な視線を向けてくれたなら、現状を責任者に語る。

その話を耳にいれたなら、渋い顔を仕方がないといった具合に作り直し、責任者は警官に外に出て"野次馬"の取り締まりに当たれと、言った。

ただ、事件については絶対にどんな種類のものかどうかも口外するなと、キツく達せられた。

―――凶器の金槌も、犯行時に着ていただろう衣服も、返り血がついた状態で現場に残されていました、脱ぎ捨てていったようです、鑑識にまわします。

―――指紋やゲソ痕等、採取します。

様々な指示を耳にしながら、警官が家から出たら、まだ寒い季節の早朝にも関わらず結構な人混みが出来ていた。

"野次馬整理"をしている1人が、まあまあ仲の良い同僚で、警官の顔色が早朝の薄闇の中でもあまり宜しくないのに気がついてくれた。

同じ様に野次馬整理をしていた他の警察官も、"現場"から出てきた仲間が、顔色の悪いことには気がついた。

そして肩にある通信機から、聞こえてくる状況から、一番に現場に駆けつけた彼が、凄惨な物を見てしまったのが、察したらしい。

―――お前、あっちの方してくれよ、そんなに人もいないけれど、たまに通るし、風も吹いてるから。

―――ありがとう、そうするよ。

同僚の進めに従って、現場となった場所から東の方向の通りへと移動する。

そこの通りは、余程勤め先や通学先が遠方なのだろう、早朝の時間に確りと着込んで通行する人が、足早に通りすぎようとするのが多かった。

ただ、佇む警察官の姿と回転灯に気がついたのなら、思わず脚を一度を止めて、"ギョッ"とした驚いた表情を浮かべるけれど、距離もあるので、そのまま通りすぎていく。

たまに立ち止まっても、警官越しに"現場"の方を僅かに見て、気になるのもあるがやはり急いでいるのもあって止まらない。

―――事件ですか?。

本当にたまに、警官に尋ねてくるのもあるが、

―――はい、でもまだ何も判っていません。ご協力、お願いします。

と、はっきりと答えたなら、あっさりと通りすぎて、それぞれの目的の場所に足早に向かっていった。

吐き気も、吐き出すものがないのと、朝の冷たい澄んだ空気で何とか治まっていた。

空を見上げたなら、夜空から漸く白み始めている群青と紺色の狭間に輝く、1等星よりも明るく輝く星がある。 

―――あれ、金星って1等星なんだっけ?。

恥ずかしい過去なので、大っぴらにはしてはないがそれなりに"やんちゃ"をしていた時期があった警官は、その時期に習った筈の理科という教科の記憶を探したけれど、明確な答えを見つけることが出来ない。

ただ、朝方に見える星の呼び名だけは、記憶の中から見つける事が出来た。

―――明けの明星か。

結局それだけを口に出した時、"理科"繋がりでそういった現実的な事が好きな人を思い出した。

やんちゃをしていた少年の頃の警官を、見事なまでに捩じ伏せた、丸眼鏡をかけた目付きの鋭い人物。

どちらかと言えばフィールドワーカーな性格だったのに、落ち着いた職業とも言える理科の教諭になったという"先輩"を思い出す。

別に人気者という人物ではなかったけれど、何かと"一目置かれる人"だった。

やんちゃをしていた仲間でも、何かと有名だったのはその先輩が、今自分がしている職業―――警察に見張られているという噂が真しやかにされているから。

―――何か、学生の癖にヤバイ薬の取引に関わってるとか、言われていたよなあ、先輩。

思い出したなら、"芋蔓式"に色々と思い出して、その先輩は、この近所に住んでいることも思い出した。

結構大きいパトカーのサイレンを鳴らしていたから、目を覚ましているかもしれない。

―――先輩、寝不足の時、悪人面飛び越えて、凶悪な面構えになるからなぁ。

誰もいないと思って、警官はそんなことを口に出した。

人の気配なんて、していない筈だった。

―――"凶悪"……犯でも、出たんですか?。

―――え?!うわ、……わあああ?!。

どちらかと言えばおっとりとした声だったのだが、いきなり問いかけられた事に警官はまず驚いて、そちらの方向を見たなら、上等そうなスーツ姿の男性が2名立っていた事に驚いた。

そして最終的に驚かされたのは、2名連れだって立っている方で、後方に立っている人物が俗にいう "能面"という物を身に付けていたからだった。

―――あはははは、やっぱり驚きましたね、"おまわりさん"。

先程、おっとりとした声を出して話しかけてきた、面をつけていない手前にいる人物が朗らかに笑いながら、警官に再び語りかける。

その人物は顔立ちは"甘いマスク"と例えるのが妥当で雰囲気は柔らかいのだが、眉はキリリと凛々しい。

―――朝早くからお疲れさまです。もう一度尋ねますけれど、何か事件なんですか?朝からパトカーだなんて?。

キリリとした眉をしたスーツ姿の青年―――端正な顔立ちと大きめな瞳の為に、若く見えるが、もしかしたらそれなりに、そう言った格好をするのに相応の年齢なのかもしれない。

柔らかい雰囲気に丁寧な言葉遣いながらも、警官にもう一度尋ねてくる。

警官は何か気圧されるような物も感じたけれど、現場の指揮者に言われたぐらいの返答を守った。

―――それよりも、貴方と、その後ろにいる方は……。

―――ああ、それなら僕ら"ホスト"の仕事あけなんですよ。

―――ホスト?!。

ホストという言葉の返しには、能面―――警官には余り知識はないが、教育番組の人形劇で見るような、老人の面をした人物の方が、慌てる様子で、キリリとした眉の青年を見ていた。

こういった面をつけ、こんな時間帯を彷徨(うろつ)いていたなら本来なら、普通に"職務質問"をしてもおかしくはない状況である。けれども―――


―――僕達、世間で言う"上流階級"のマダムを相手をすることが多いんですよ。だから、そう言った方達の"おふざけ"も上品で、気品も知性もある。

まるで経文を読み上げるように、端正な顔の青年は、小気味良い音の波の"(いん)"を踏み、まるで流れに乗っているような言葉をこの場にもたらし、流す。

そして、自分の後方に控えるようにいた、能面をつけた人物の腕を引いて自分の横に並ばせる。

俯いている能面をつけている人物は、表情をこそ見えないが警官に対する敬いや"面をつけている事"の申し訳なさを、その雰囲気から滲ませていた。

―――僕の相棒は、特に芸術に造詣が深い方に、好まれていましてね、男女問わず。

恐縮している相棒を見つめながら、キリリとした眉をした青年は、言葉を続ける。


―――特に今日は、上客の方が久しぶりにいらしてくださって、"カノン"―――ああ、相棒の名前です、贈り物に習作とは仰っていましたが、そういった事に趣がある方なら、大枚叩いて欲しがるって面をくださったんです。

―――そう、なんですか。

―――ええ、それで"着けて帰れ"と煩くて、律儀な相棒はこうやって面をつけて、でも視界が狭まるんで僕も付き添って帰宅の途中に、おまわりさんとパトカーを見つけて、どうしたんだろうという感じですよ。


決して強い調子ではないのに、言葉の流れは、警官の"能面を被った人物"とともに、ホストと名乗る2人連れの青年への、身分証を提示させるまでの職務質問する気持ちを、流してしまっていた。

その中には、キリリとした眉の青年の方の言葉の使い方に、警官は既視感を感じた事もある。

既視感とはいうが、"懐かしい"とう気持ちが含まれないのは、この様な言葉の流れの使い方をする人物に―――きっちりと"〆られた記憶"が、警官の中で生きて残っていたからだった。

それはつい先程思い出した"現実が大好きな"先輩で、ここ近辺に住んでいるという理科の教師になった人。

彼も飄々として、言葉を話す人で、一見、今警官の前に立っているこの人の様に"危険"さなんて、微塵も感じさせない。

だけれども、そこで安心して気持ちを許したなら、あっという間に隙を突かれて、こちらが致命傷を負わされる。

―――自分も、こうやって人盛りが出来ないように整理しろと言われただけなんで、本当にわからないんですよ。

警官は"知ってはいるのだけれども、秘密"にする態度を徹底する。

上司の命令でもあったけれどもこれが、"自分を守る"事に繋がるような気がしてならなかったから。

それが、まだ生意気な少年の頃、あのフワフワとした鳶色の髪と鋭い瞳をした先輩に、舐めた態度をとって、半死半生の様な目に遭って、身を以て"学んだこと"。

"何かを知っている公僕が口を割らない"という事が、判ったなら、面をつけていない、甘いマスクの青年は、それまで出していた柔らかい雰囲気を一気に引っ込める。

顔からも、甘さが無くなっていたが、それはまだ充分に端正で整っているものだった。

―――……フン、カノン、行こう。

―――れ、レン!。

あまりの変わり身の早さに、警官が呆気に取られていると、同時にお爺さんの面を被っている方の青年が初めて声を出す。

その声は中性的で、一瞬男女とも区別がつかなかったが、面をつけても見えている、女性にしては短い豊かな漆黒の髪と、やはりスーツ姿という事もあって警官は男性と思う。

だが、そう思っている間に、2人のホストらしい人物は行ってしまっていた。


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