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旧き轍を薙ぐは愚かな道化師か

たろの話を要約するとこうだ。


最近、この街に勢力を伸ばしてきた馬鹿どもが、調子にのって人身売買に手を染めた。


はじめは、昔の人買いよろしく、双方納得づくの奉公先の斡旋みたいなことをしていたらしい。


だが、魔人はいい金になる。


すぐに味をしめ、需要に供給が追いつかなくなった途端、この街のルールを破りやがった。


ここは魔人たちのためにある街だ。


彼らがあるがまま、本能のままに生きていい場所。


異物なのは、オレみてえな、ただの人間の方である。


普通の人間でありながら、一般社会に馴染めなかった異端者。


この街は、そんなオレたちにも居心地のいい場所を与えてくれる。


だから、この街に住む人間たちの間には、暗黙のルールがある。



『共存共栄』。



お互い気持ちよく生きていくための、最低限のルール。


この街に住むなら、魔人も人間もありゃしない。


玉石混合。


全部が全部まぜこぜになった混沌。


それがこの場所。


気持ちよく暮らして行くために守るべきは、互いの尊厳だ。


だがまあ、道理を理解出来ない馬鹿は、どこにでもいる。


昔っからそうだ。


見目のいい生き物、珍しい生き物を隷属させたい。


虚栄心を満たしたい。


そんなつまらない理由で他人を足蹴にできる連中は、世の中ごまんと溢れてる。


寄生虫よろしく、それに群がる馬鹿どもも。


迷惑なのは、そんな阿呆どもに目をつけられた魔人たちだろう。


もっとも。


オレの大事な相棒に傷をつけてくれたんだ。

調子にのっていられるのも、今日までだ。


今夜中に、きっちりケリをつけさせてやる。



たろがいなけりゃ、とっくの昔に死んでいた。


路頭に迷っていたオレを拾ってくれた物好き。

たろは、いわばオレの命の恩人である。


蔑ろにされて、黙って引き下がれるものか。


それに――……。


いまじゃお互い、大事な家族だ。


異端同士寄り添って、歪ながらも、うまくやってる。


『大事な家族』を傷つけられたんだもんなあ。

仕返しする権利は、きっちりオレにある。


馬鹿な連中で助かったぜ。


ちょいとやり過ぎて、どこぞの組織が流れ弾くらって大打撃を受けようが、悪いのはオレじゃない。



悪いのは、『家族(たろ)』を襲った馬鹿どもだ。



4丁目の倉庫街にゃ、怪しい連中の怪しい商品が山積みされてる。


これも暗黙の了解のひとつで、本来なら、倉庫街でのドンパチはご法度だ。


だがしかし。

報復ならば話は別。


賞金稼ぎが相棒を襲われて泣き寝入りなんざ、沽券に関わる。


舐められたら終わりの商売だ。


『身内』を傷つけられた賞金稼ぎの報復の邪魔をしようものならどうなるか。



――――この街の連中ならば、誰でも知ってる。



むっつりした顔で倉庫街を闊歩するオレと。

サンタ帽を頭にのせ、ご機嫌でミカを肩車しているたろと。


それを見た顔馴染みの連中が、慌てて両手を上げ、無関係を主張する。


利害関係の不一致から、何度がドンパチしたことのある連中ばかりだ。


今のオレに引っ掛かったらどうなるか。

ちゃんとわかっているらしい。



「魔人の子供なら、13番倉庫だ。月桂樹で作ったリースが掛けてあるからすぐわかる」



巻き添えはごめんだとばかり、あっさりと密告してくれる者までが現れる。



いきなり脇腹を刺されたたろは、腹いせに、ずいぶんと派手な大立ち回りをやらかしたらしい。


圧倒的な力の差で殴り倒したのみならず、満身創痍の馬鹿を引きずって、買い物して歩いたってな話だしなあ。


金色の目をした赤毛の鬼人が、ニコニコしながら食べ物を買いにきたんだ。


近所の商店なら、なにがあったかをすぐさま理解しただろう。


なんせ、血塗れのたろの買い食いは、ご近所さまではかなり有名になっている。


たまにどうしても金がなくて、ねだり倒してツケで飲み食いしやがるからだ。


食わせないとどうなるか。


ご近所さまにまで知れ渡ってる大食漢だ。


ソイツが、他人の財布で思う存分飲み食いしてりゃ、なにがあったかわかろうというもの。


ご丁寧に、「強請たかりじゃないからね」と説明までして歩いてきたそうだし。


恐らく、街の重鎮にゃ、すでに話が通っているのだろう。


いつもは取り引きだなんだとざわざわ賑やかしい倉庫街が、今日はシンと静まりかえっている。



「……じゅ〜うに、じゅ〜うさんっと。あ、あった。あれあれ。13番倉庫」


「うっわ。月桂樹で作ったクリスマスリースかよ。嫌味なことしやがって」


「いーなー。クリスマス」



ちろりん、と。


金色のままの瞳が、物欲しそうにオレをみる。


目は口ほどに物を言うとはよく言ったもんだ。


『お金いっぱい稼いだよ? クリスマスしてくれないの?』


ってとこだな、こりゃ。


確かに、昼間たろの腹を刺した馬鹿の分だけでも、懐はじゅうぶんに暖かい。


ミカの持ってきた『雪女の涙』も、換金すりゃあかなりの金額になる。



惜しむらくは、青白色じゃなく白玉だったことだが――……。


こればっかりは、言っても仕方がない。


『雪女の涙』はその名の通り、氷の属性を持つ魔人の涙だ。


感情が頂点に達して流れ落ちた涙が凝固して、決して溶けない氷になる。


恐怖の絶頂で流す涙は真っ白な氷の粒に。


幸福の絶頂で流した涙は、澄んだ青白い粒になるとされている。


青玉のが価値が高いのは、滅多に流されることのない涙故だ。


恐怖心ならいくらでも。

いとも容易く与えられる。


事実、ミカの持っていた白玉は、一緒に逃げ回っていた仲間の流した涙だという。


小さな両手では持ちきれないほどの、涙の粒。


そういう陰気くさいもんは、パアッと派手なことに使うに限る。



「まだ買い物できる時間に帰れたら、クリスマス料理だろうがクリスマスケーキだろうが、好きなだけ作ってやる」


「約束?」


「ああ」



新参者は、得てしてルールを破りがちだ。


古い型に嵌まった年寄りどもがまどろっこしく思えるからだろうが。


ルールってな、必要だからこそ作られる。


今夜、この倉庫街がこんなにも静かなのは――……。


新参者が、この街を仕切る重鎮たちの逆鱗に触れたからだろう。


オレはもともと余所者だがな。


幸か不幸か、職業柄顔だけは広い。



『普段やらかす無茶を見逃してやっているんだ。


働いて返せ』



たぶんこれは、そういうこった。



昼間たろが騒いだのをこれ幸い。



労力を割かずして、目障りな新参者をお仕置きしようってな魂胆に違いない。



それならそれで。

こっちは遠慮なく暴れられるというものだ。


爺どもの思惑なんざ、どうだっていい。


お互い様だ。

いくらでも踊らされてやる。


だが、最低限のルールも守れない馬鹿どもに舐められて、黙って引き下がれるものか。



――――……オレの逆鱗に触れたんだ。



きっちり壊滅させてくれる。



「ん〜じゃ、ちょっと頑張っちゃおっかなあ」



倉庫の入り口にかけてあった月桂樹のリースを外したたろが、それを冠よろしくミカの頭にのせる。


リボンや小物で綺麗にデコレーションされたクリスマスリース。


可愛らしく飾られたソレは、本物の冠のようにしっくりとミカの愛らしさに花を添える。



そう――……まるで、ミカのためにあつらえたかのように。



月桂樹の冠は、勝者に与えられる栄光だ。

ソレがぴったり似合うミカは、今宵の勝者に違いない。



「ミカちゃんは、なるべくオレか蓮ちゃんの側にいること〜」


「それか、隅っこに隠れてじっとしてろ」



本当なら家に置いて来たかったんだが。


なかなかどうして。


幼い口調でこっちを論破しちまうんだから、たいしたものだ。


たろは、オレの機嫌を――義手の代金の補填をして――とりたい。

オレは、たろが刺された仕返しをしたい。


そのために、連れ去られた『家族』を取り戻してくれという、ミカの依頼を受けた。


そこまではいい。


ミカに指摘されるまで気がつかなかったってのも情けないが。




――――……オレもたろも、ミカの仲間の顔を知らない。




下手をしたらミカの仲間に、オレとたろが信用してもらえない可能性もあって。


結局は面通しのため、しぶしぶミカを連れてくる羽目になった。


仮にも『商品』呼ばわりしてやがるんだ。

ミカに手を出してくることはないとは思えど、安心できるはずもない。



「だいじょうぶ。かくれるの、とくいだから」


「そりゃまた、頼もしいお言葉で」



ま、ひとり逃げ切って、オレたちのところまでやってきた実績があるしな。


いざとなりゃ、たろを盾にすればいい。


腹一杯食わせてやったこったし。


まだ金色の目ぇしたまんまだ。


少々の怪我くらいじゃ、びくともしやしないだろう。



「そんじゃあ、ま。いっちょう派手にやるとすっか」



言って、小さく笑う。


折しも今日はクリスマスイブだ。


よい子の下には、サンタクロースがやってくる。


だが生憎と、本物はプレゼント配りに大忙しだ。

害虫駆除にまで、手が回るとも思えない。


ちょいとやさぐれた血生臭いサンタクロースで申し訳ないが――……。


囚われの身の子供たちの下へ『自由』を届けるくらいなら。





――――……偽物サンタでもじゅうぶん務まる。























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