表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

移り虚ろな異形の街の

この街にゃ、化けものが数えきれないほど住んでいる。


つーか。


そもそもここは、化けものどもを隔離するために作られた街だ。


通称『D地区』。


Dはご多分に漏れず、デンジャラスのD。


遡ること数十年前。

突如として、世界中で異形の因子を持った子供が生まれはじめた。


どこぞの政府の行った人体実験の影響だの。


環境破壊による影響だの。


いろいろ取り沙汰されたらしいが――……結局のところ、原因はわからず仕舞いで今に至る。


案外あっさりと受け入れられた国もあるらしいが、如何せん、閉鎖的なのがこの国の国民性だ。


当時は相容れない人間の方が多かったらしい。


今でこそ身体能力に差があるだけで、普通の人間となんら変わらないってことがわかっちゃいるが。


当時は混乱の坩堝にあった。


んだもんで、臭いものには蓋をしろとばかりに作られたのが、この街だ。


原因が特定されるまで。

そう言って、異形の子供たちをこの街に押し込めたのである。


月日は流れ。


政府が異形の子供たちを『魔人』と呼び、進化した人類だと定めた今でさえ、ここの呼び名は『D地区』のまんま。


外見的特徴があまりにも異形すぎる者。


また、その性質故に、一般社会に溶け込めなかった者の溜まり場だからだ。


ただ人も魔人も入り乱れ、混沌とした街。


だから、賞金稼ぎなんてものが生業として成立してる。


一歩街の外に出りゃあ、ここの常識は通用しない。



逆もまた然り。



それ故に、どこよりも住みやすく――……どこよりも危険な街。



この街の治安を悪くしているのは、概ね人間だ。


本能に引きずられて無茶をやらかす魔人もいるが、彼らに『悪意』なんてものはありゃしない。


穏和でお人好しな生き物。

それが魔人。


研究者どもは、魔人を人として見ちゃいなかったのだろう。

自分たちとの違いを探すことで、異質な子供が生まれてくる原因を見つけようとした。


結果――……『医学的には、人間となんら変わらない』。

そう結論付けるしかなくなった。


賢い連中は、賢さ故に、時々馬鹿をやる。


近くで接してりゃあ、嫌でもわかることがある。


ありゃ、単なる先祖がえりだ。


昔々ではじまる昔話。

作り話だと思って読んでいた絵本に出てくる異形たち。


鬼に妖怪、人魚に魔物。

その他諸々。


世界中にゃあ、いろんな異形が溢れてる。


もしあれが全部実在していた生物なのだとしたら、『魔人』どもとの特徴があきらかに一致する。


まあ、んな穿った見方をしてるのは、オレくらいなもんだけどな。


アイツらは、『人』なんかじゃない。



アレは、異形の化けものだ。



差別用語だろうがなんだろうが、少なくとも、ウチのたろはそうである。


雨の日に。


オレはアイツの頭を銃で吹き飛ばし、アイツはオレの左手を引きちぎって食いやがった。


きっかけは、オレの凡ミス。


オレを庇って致命傷を負ったたろは、本能の命じるまま、近くにあった『食料』を貪り食った。


驚いたなんてもんじゃない。


普通の人間だと思ってたんだ。

それが、いきなり気配すら変えて、襲いかかってきたんだぞ?


反射的に排除しちまったのは、ただの防衛本能だ。


実際、脳天に一発くれてなきゃ、アイツはオレを食い殺していただろう。



身体を張って庇った相手を食い殺してりゃ、なにがしたかったんだがわかりゃしない。


たろはオレが生きてて満足らしく、バレたらバレたでいいやと開き直りやかった。


オレは――……。


迂闊にも、大事な相棒を条件反射なんぞで殺さずに済んだことにホッとした。


腹一杯の食料さえ与えときゃ、あきらかな致命傷からでも再生できるってんだから、ふざけてやがる。


そのおかげで、いらんトラウマを抱えずに済んだとはいえ。


オレのアイツに対する認識はあれ以来、『化けもの』だ。



――――……愛すべき、オレの可愛い馬鹿な化けもの。



なあ、たろ。


こんな街に住んで、殺伐な仕事して。

そんでも信頼して全部を預けられる相棒がいる幸いを、おまえは理解してんのか?


人より魔人の数が多い街だ。

この街じゃ、異質なのはオレの方。


魔人たちは、得てしてお人好しばっかりだ。

利己的に相手を傷つけることなんざ、思いつきもしやしない。


全部が全部、生きるため。

彼らはただ忠実に、己の本能に従って生きている。


治安を乱してんのは、そんな魔人たちを利用して利潤を得ようと企む人間たちで。


オレはしがないただの人間だ。


頼られたってなんもしてやれやしねえが。

賞金首を狩る腕前になら、ちったあ自信がある。



「食わねえの?」



とにもかくにも、詳しい事情を聞かないことにゃあ、はじまりゃしない。


昼もまだだし、どっかでメシでも食いながら話をするか。


そうまとまったまではよかったが。


さすがはクリスマスイブ。

まだ昼時だってのに、空席のある店が見つかりゃしねえ。



そうこうしてるうち、たろが空腹でクズリだし、ちびっこまでが派手に腹を鳴らしやがった。


聞けば、逃げ回るのに忙しく、ここ数日まともに食っていないと言う。


こんな年頃のちびっこが、まともに食ってないのはよろしくない。


魔人の子は特にそうだ。

ちゃんと食わしてやらねえと、成長しきる前に死んじまう。


よく見りゃ、フードの中身はガリガリだ。


しょうがねえかと連れ帰り。


綺麗になるまで出てくるなと風呂に突っ込んで。


待ってる時間で、買い出してきたばかりの食材を使ってメシをこさえてやったんだが。


涎を垂らさんばかりの顔して凝視するばかりで、手をつけやがらねえ。


ガキの世話なんざ、生まれてこの方したことがない。


たろはお使いに出しちまったし。


家にゃ、オレとちびっこのふたりきり。


オレが相手をせん限り、事態は進展しないということだ。



「オムライス、嫌いだったか?」



風呂あがり。

ほこほこと上気した頬は、歳の割にはまろみが少ない。


オレのお古を身にまとい、ちょこなんと椅子に正座する姿は――……どこか身の置き所がなさそうだ。


――――……まさか、オレが怖いんじゃなかろうな。


魔人同士。

たろには気を許せても、人間であるオレは怖いってのは、じゅうぶんあり得る。


道すがら聞き出した限りじゃ、だいぶひどい目に合ってやがるみたいだしなあ。


たろが出かけてからずいぶんたつが、まだ一言も口をきいていない。


オレが怖いって可能性は大だ。



さてどうしたものか、と首をひねりかけた時。



「ううん。だいすき」



小さな返事が、ポツリとあった。


目の前に並んだ料理とオレを交互に眺め、不思議そうな顔をして。



「でも、ひとり分」



ちょこんと可愛らしく首を傾げる。



「うん?」


「ごはん。ひとり分、だけ」


「ああ――……」



ふわとろに仕上げた卵にたっぷりのハヤシソースをかけた、お子さま好みのオムライスだ。


付け合わせには、エビたっぷりのポテトサラダ。

インスタントだが、オニオンスープもある。


さぞや食欲を刺激されただろうに。


魔人ってのはやっぱ、お人好しに出来てやがる。


ひとり分しかテーブルに並べなかったもんで、遠慮してやがったのか。



「そりゃ、おまえの分。オレとたろのは、別にある」


「ほんと?」


「ほんと」



たろにゃ、多目に作ったポテトサラダを挟んだサンドイッチと、オムレツとベーコン、アスパラガスを挟んだサンドイッチをたっぷり持たせた。


お使いついでに食ってるはずだ。


オレの分は、残ったチキンライスと残ったサラダ。


んでもって、残ったベーコンで作ったベーコンエッグを、ワンプレートに盛り付けた。


インスタントのオニオンスープを注いで出来上がりである。



「じゃあ、いっしょに食べよ?」



小さい頭が上下して、獣の耳がピコピコ動く。


愛らしい顔に浮かぶ、あからさまな喜色。


そわそわと揺れる長いしっぽ。


大きな瞳は、よくよく見れば獣のソレだ。



なるほどなあ。


これでふくふくしてりゃ、立派な愛玩動物だ。


じゅうぶん、売買の対象になる。



どっかの馬鹿が貧乏な孤児院に目ぇ付けて、まるごと換金しようと目論んだのも頷ける。


たろを見慣れてっからなあ。

人形をした魔人のほとんどが愛らしく儚い存在だってのを、ついつい忘れちまう。


たろみてえな、人との区別がつかない外見をしていながらに頑丈な魔人は珍しい。


頑丈さが特徴の魔人は、大抵が厳ついか、どこかしらに獣相とは異なる異形の相を持っている。


だからオレも、たろが魔人だなんぞとまるで気がつかなかった。


対して、目の前にいるちびっこの可憐なことといったら。


獣相を持つ魔人は特に佳麗な容姿をしているもんだが。


ふわふわの髪から突き出た獣耳といい、長いしっぽといい。


生来の可愛らしさと相まって、猫の仔さながらの愛らしさだ。


コレを愛玩用にしたがる連中の気持ちは、なんとなくわかる。



嗜虐趣味のある輩からしてみりゃ、さぞや垂涎ものの『商品』だろうとも。



小さな口いっぱいに食べ物を頬張り、一生懸命な様子で噛み砕いては飲み込む様すら可愛らしい。


あっという間にオムライスを平らげ、物足りなさそうな、悲しそうな顔でしょぼんと俯く。


オレの食ってるもんを欲しがらないのは、幼い物言いとは違い、年相応の分別を持ち合わせているからだろう。


多目に作ったつもりだったんだが、成りは小さくとも魔人ということか。


たろもそうだが、魔人というのは、とにかくよく食べる。


体を維持するのに必要なエネルギー量が、オレたちとは違っているのかもしれない。



小さく苦笑し、まだほとんど手をつけていないプレートを、ちびっこの前へと押しやる。



「ワリ。作る時に味見しすぎて、食いきれねえんだわ。まだ入るんだったら頼む」



ウチにいる間だけ食わしてやっても、なんの解決にもなりゃしないのはわかってる。


それでも、今日を生き延びれば明日がある。


今日、雑踏の中で運良くたろを引き当てた僥倖が、明日また訪れないとも限らないのだ。


だったらまあ、クリスマスの奇跡をお裾分けしてもらった礼だ。


明日を生き延びるための食糧を提供する程度のことはしておかないと、決まりが悪い。



「ありがとー」



オレの意図するところを、きちんと汲み取ったのだろう。


柔らかくはにかんだ少女が、いそいそとプレートを引き寄せ、嬉しそうに食べ始める。


少しの衰えもない食欲。


こりゃ、オレの分まで食っても、満腹しそうにねえな。


ぼちぼちたろも戻って来そうだし――……デザートもつけてやるか。


つーか、名前もまだ聞き出せていないガキだ。

食い物でも与えてねえことにゃあ、間が持ちゃしない。


たろがバナナ買ってやがったし、フランベしてクレープにすりゃいいか。


たろにも作っといてやりゃ、文句は出ねえだろ。



「たっだいまあ。蓮ちゃんお腹すいたぁ」



クレープが焼きあがった瞬間を見計らったかのように、勢いよく玄関のドアが開く。


たろだ。


バタバタと喧しい足音。


続くガサガサいう音はなんだろうと思ったら。



「おまえ、それ……」



両手いっぱいに買い物袋をぶら下げたたろが、嬉しそうにキッチンへと飛び込んできた。



見るからに食料品。

どう見ても食材。

それも大量。


たろにゃ、金を持たせてなかったはずだ。


食い足りない時のための小遣いくらいはくれてやったが、こんな買い物。


できるはずもない。



「おまえ、それ――……どうした」



半ば呆然と、言葉が転がり落ちる。


能天気そうな面しやがって。



「お土産〜」



なにが土産だふざけんな。

おまえ、その頭……ッ!



「土産じゃねえよ、この馬鹿ッ。なんで角が出てんだ!」


「ああ、これ? 家を出てすぐ刺されちゃってさ〜」


「は……あッ?」



のほほんと、たろが笑み崩れる。


そわそわそわそわ。


出来上がったばかりのクレープに金色の瞳を据え、食べたそうに指をくわえる。


金色の……瞳。

たろが、致命傷を負ったという証。


幸いにして、すぐに塞げたらしいが――……。



具現化した、片方だけの、鬼の角。


右の角を折ったのは――……オレだ。



あの時も、たろの瞳は黄金色に変わっていたのを覚えてる。



頭に2発。


胸に2発。



防衛本能に従った条件反射だった分、オレに容赦なんてもんはなかった。


間髪入れずに叩き込んだ銃弾4発。


その中の1発が額から抜け、右の角を撃ち砕いた。


本来なら、角も再生するらしいが。


あの時たろは、オレを食い殺さないために、身を翻して闇に消えた。


どこでどうしていたのかは知らない。


聞いても言いやがらなかったからだ。


でも、ひとつだけわかることがある。



砕けたまま再生しなかった右の角。



たろ、は。



傷が塞がるまで、碌に食い物も手に入らないような場所に身を潜めていやがったのだ。



誰にも迷惑をかけないために、たったひとりで。


ああくそ、ムカつく。

誰だ、ウチの穀潰し刺しやがった馬鹿は!


これだから、うっかりたろの腹を減らしとくわけにもいかねえんだ。


人を食い殺したりしないよう、たろは自分を犠牲にする。


再生するためのエネルギー源が足りなきゃ、それまでだってのに、だ。


不死身でもなんでもねえんだろが。

刺されてのほほんとすんな、阿呆。



「ラッキーだよねえ。『ウチの商品を横取りしようとするからだ』だって」


「ラッキーだとぉ?」


「ラッキーでしょ? 向こうから来てくれたんだもん。フルボッコにして、全部吐かせて奢らせて。賞金首だったから、ついでに換金してきた」



誉めてもらえる。

そう信じて疑わないキラキラした眼差しがオレを見る。


なんで刺されて誉めてもらえると思うんだ、この脳足らずな化けものめ。


ふつうは叱られるんだよ、ド阿呆。



「ミカちゃん家のみんなは、4丁目の倉庫街だってさ」


「あ? ミカちゃん?」


「ミカちゃん」



アイスクリームをたっぷり乗せたクレープを頬張っているちびっこへと向けられる、たろの指先。



ミカちゃん、て。

名前聞き出してんなら、オレにも教えとけよ、おまえはよ。


あー……心配して損した。


こんな阿呆、そうそう死にやしない。


絶体絶命のピンチでも、へろりんと切り抜けやがるに決まってる。



「………………食ってもいいぞ」



恭しく差し出されたままだった現金入りの封筒を受け取り、クレープをくれてやる。


詳しい話は食いながら。



とりあえず――……説教した後にでもするとしようか………。





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ