賞金稼ぎとクリスマス
色とりどりのイルミネーションが、夜の街を明るく照らす。
流行りの歌から定番まで。
街の中はクリスマスソング一色だ。
蜜月の恋人同士。
または子供連れの家族にならば、さぞや楽しいに風景に違いない。
だが、いまのオレにゃあ、縁遠い風景だ。
なんせ、隣をいるのは化けもの一匹。
それも、人ひとり肩に乗せて、平然と闊歩できるような大男だ。
「蓮ちゃん蓮ちゃん。あのケーキ美味しそうだよ! あんなの作って?」
「却下」
「えーなんで」
「あんなでかいホールケーキ。誰が食うんだ」
「オレが〜。あッ。七面鳥の丸焼き! あれは?」
あっちキョロキョロ。
こっちでキョロキョロ。
クリスマス色を全面に押し出した食べ物に引っ掛かっちゃあ、足を止め。
玩具をねだる子供よろしくせがむ相方に視線をくれ、げんなりとため息を吐き出す。
ああ、もうめんどくせえな。
いちいちいちいち立ち止まりやがって!
「却下だ却下。あれもこれも全部却下」
「なんで〜。なんで〜。作ってよ、蓮ちゃん。クリスマスじゃん」
「たろ。状況考えてモノを言え?」
「『たろ』じゃなくて琥太郎だってば。…………状況って?」
きょとんと首を傾げたたろ――……琥太郎が、不思議そうに呟く。
すっとぼけてやがるだけなら、ぶん殴って黙らせるんだが。
コイツのこれは天然だ。
「肩になに担いでんだ、おまえはよ」
「なにって、前科6犯の連続婦女暴行事件の犯人」
「そーだな。今週分の生活費だ。ソイツ換金しねえことにゃ、金がねえ!」
今日の晩飯だって危うい有り様だっつって、朝から何回言ったと思ってやがる!
あんだけ言って含めたってのに、まったく聞いてなかったな?
クリスマスイブだ。
なんでわざわざこんな日に、必死こいて少額の賞金首狩ったと思ってやがる。
金がないからだ、金が。
しかも、おまえのせいだっつーのによ。
「うっそだあ」
たろが、悪びれもせずあっけらかんと言い放つ。
この野郎。
誰のせいで金がないと……ッ。
「テメエがッ。こないだッ。オレの義手をぶっ壊したんだろがッ。おかげでオレがこんな格好せにゃならんほど、ウチにゃ金がねえんだよッ」
「あー……そういや壊したっけ。でも、蓮ちゃんのミニスカサンタ、すっごく可愛いよ? 大丈夫。似合ってる。犯人もすぐ釣れたし、ね?」
なにが『ね?』だ。
くそったれ。
自分がちょっとデカイからっていい気になりやがって。
そりゃあ、おまえに比べりゃオレは、確かに小せえよちくしょう。
だからってな。
お色気重視のサンタ服が似合って、嬉しいわけがねえだろう!
それもこれも全部ッ。
おまえがオレの義手をうっかり壊しやがったせいだっつーのにッ!!
ニコニコ、ニコニコ、嬉しそうな面して笑いくさって、腹の立つ。
「そもそも、オレが片腕になったのは、テメエのせいだろうよ」
「ごめんてば。でも、いままで食べたものの中で、蓮ちゃんが一番、美味しかったなあ」
「黙れ。食人鬼」
「やだな。最近は食べてないよ」
ああ、むかつく。
調子の一本ズレた化けものの分際でへらへらしやがって。
以前はもうちょいマシだったんだ。
それが、どうだ。
どういうつもりか、日に日に惚けてきてやがる。
なあにが美味かっただ、阿呆め。
んなもん、誉め言葉でもなんでもないわ。
「ただでさえ物入りな年末に人の義手ぶっ壊したんだ。メシが食いたきゃ金を稼げ!!」
「あいあ〜い」
ほんとにわかったかどうか、怪しいもんだ。
食べ物に気が行って、話の半分も聞いてやしない。
ふらふらとショーウィンドウに引き寄せられてゆく尻を蹴り飛ばし、最寄りの警察の窓口で手続きを済ませる。
ありがたいことに、小物の割りにゃ、年は越せそうな金額になった。
いつのまにやら、余罪が増えていたらしい。
ついでに交渉して、着替えも済ませた。
やれやれこれで、一段落だ。
急な出費に一時はどうしようかと焦ったが――……。
男か女かの区別も碌にできない馬鹿な賞金首で助かったぜ。
更衣室から出てきたオレを見て、受け付けの警官があからさまにがっかりした顔をしやがったのは、たぶんきっと気のせいだ。
「ねえねえ。ケーキくらい買えそう?」
「買えても買わない」
「なんで? クリスマスだよ?」
「それがどうした。特別製のチタン合金の義手を握りつぶしたのは誰だ、ん?」
片腕じゃ、オレに出来ることなんて、たかがしれてる。
しがない賞金稼ぎだ。
出来ることが少なきゃそんだけ、生活苦に直結しちまう。
たろはいい。
いざとなったら、どっかで適当になんとかしてきやがる。
問題なのは、ただの人間でしかないオレの方だ。
食えなきゃすぐに、干上がっちまう。
どっかの馬鹿に片腕食われて。
まあ、多少はオレのミスも絡んでたんだ。
文句を言う気はさらさらないが。
んでも、不便なことにゃあかわりない。
左腕の対価として一生生活の面倒をみるだのなんだの偉そうなこと抜かした割りにゃ、役立たずな相方だ。
稼いではくる。
だがその分、なんでか出費も増やしやがる。
義手の件がいい例だ。
クリスマスだ年越しだと、イベントごとをねだり倒して。
して欲しけりゃ、資金を稼げ。
そう言った途端、高額の賞金首を狩ってきた。
そこまではいい。
誉めてやる。
血塗れで戻ってこようが――……明らかに食い散らかされた死体を引きずってこようが、構やしない。
賞金首は賞金首だ。
さっくり換金して、さあ買い出しに行くかって段になって、なんで。
ついうっかり力加減を間違えたりするんだかが、さっぱりわからん。
買ってくれと駄々をこねるたろを無視して通りすぎたオレも、悪かったのかもしれない。
けど、なあ。
化けもののくせして。
本気の力で人の手首を掴むだなんぞと、誰が思うよ。
たろ曰く、左手なら思い切り掴んでも大丈夫だと思った、だそうだが。
大丈夫なわけがあるか。
「蓮ちゃん蓮ちゃん」
「しつけえな。買わないっつって……」
「違う違う。依頼依頼。人探し引き受けた!」
「………………は?」
年端もいかないガキをいきなり目の前につき出され、目を瞬く。
くるんと丸い大きな茶色の瞳。
瞳と同じ色をした、ふわふわのくせ毛。
てるてる坊主みたいなフードも可愛らしい、まだ十かそこいらのガキだ。
依頼?
って……このちっこいのが?
「お友だちがみんないなくなっちゃったんだって。探してあげたいんだけど、いーい?」
言いながら、赤毛の化けものが小首を傾げる。
おまえがんなことしたって可愛かないと、何回言えばわかるんだ……じゃなかった。
待て待て待て。
意味がわからん。
依頼ってなんだ、依頼って。
いつからそんな商売始めたよ。
つか、たろ。
おまえそのチビ、どっから持ってきた。
どっからどう見ても、貧民街の出だ。
ぼろぼろのどろどろで。
顔だけは可愛らしいが、金なんか欠片も持ってなさそうだ。
「…………たろ」
「なあに」
「ウチはいつからそんな商売を始めたんだ?」
「言ってなかったっけ? 蓮ちゃんと仲違いしてる時にオレ、何でも屋さんやってたんだ。お金稼げって言うから、再開してみた」
「いつ」
「いま」
たろが、さもいいことをしたような顔をして、にこやかに笑う。
前から馬鹿だ馬鹿だと思っちゃいたが…………。
やっぱり馬鹿だったか。
貧民街のガキでなくとも、こんなチビに支払い能力があるわけないだろう。
居たところに置いてこい。
そう言いかけたオレへ、たろに抱えられたままのちびっこが、小さな拳をつき出す。
「ん」
開かれた手のひらの中。
コロリと転がる幾つもの小さな白い粒。
こりゃ――……。
「雪女の涙か」
「みんないなくなっちゃった。おねがい、さがして?」
ふわり外されたフードの下。
ふわふわの髪から突き出た大きな獣の耳が、ソワソワと揺れる。
そうか。
この子は魔人か。
道理で、たろが拾ってくるはずだ。
「はやく見つけてあげないと、みんなころされちゃう」
そうだろうとも。
獣人型の魔人は高く売れる。
このくらいの年頃が、一番高値がつくはずだ。
しかも、稀少品の『雪女の涙』まであるときた。
質の悪い白粒だが、このちびっこの持ってるだけでも、ひと財産はある。
ってこた――……。
絶対、ひとりやふたり、賞金首が絡んでる。
小さな白い粒をマジマジと見つめ、ニンマリと笑む。
「たろ。稼ぎ納めだ。思う存分やれ」
さすがはクリスマス。
本来なら、このちっこいのへ舞い降りた奇跡なのかもしれないが。
この物入りに、こっちも大助かりな飛び込み仕事ときたもんだ。
神様も、なかなか粋な計らいをしてくださる。
せっかくのご好意なんだ。
ありがたく、おこぼれを頂戴させてもらうとするか――……。




