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食事

     3


「ただいま……っと」

 すっかり自分の家気分で、ベルも鳴らさずに室内へ入っていく。出て行くときとは逆に冷房で冷やされた空気が肌を打ち、なんとも心地が良い。靴を脱いで室内に上がり、脱いだ靴を外向きに揃えて置く。

 中へゆっくりと入って行くと、ハルは娯楽部屋で座椅子にもたれながらゲームをプレイしていた。僕が入ってきたのに気付くと彼女は首だけをこちらに向ける。

「おう、おかえりー」

「ほれアンバサあったぞ」

「ああ、悪いテーブルの上置いといてくれ」

 ハルは文字通り顎で小テーブルを指して言った。テーブルの上にはタバスコの瓶、もう準備は万端と言ったところだろう。テレビ画面を見れば、ハルの操るナジームの妙に綺麗なローキックとパンチが鬼子母神陽子を追い詰めている。

「エアガイツかよ……」

 ホントにハルはスクウェアソフトが好きらしい。ちなみに僕は会社贔屓はあまりしない方だが、アトラスには非常に頑張って欲しいと思う。この会社は色がはっきりしていて、ブレが少ないからだ。

「ピザ来るまであと十分ぐらいあるから、ちょっとばかし相手しろよ」

「良いのか僕の猪場のホーミングボディプレスが火を吹くぜ」

 ハルから差し出されたコントローラーを、意気揚々と握った僕だったが、結果はあえなく二戦二敗負け越しで休止となった。どうやったら年に数冊も長編小説を書き上げながら、これだけ複数のゲームをやり込めるのか不思議だ。

 届いたピザ――ピザーラライト、イタリアンバジル、モントレーの三種合わせて、締めて諭吉が一人分。有無を言わさず全額をハルが支払い、僕はそれに対し頭が上がらない思いをしつつも甘えた。

 見慣れた白地に赤のロゴの描かれた箱の蓋をあけると臭いが一気に立ち上る。見ているだけで胃の辺りが熱くなる、そんな光景である。

「ピザ、ピザ、モッツァレラー」

 ハルは嬉しそうに調子外れの歌を歌う。ピザを前にして笑顔を浮かべる様子はとても可愛らしい。何時もの何かに対して怒っているような顔のハルと、今のハルどっちが表でどっちが裏なのだろう。

狭い鋭角の扇型に切り分けられたピザ、僕はその一切れに手を伸ばす。すると親との別れを惜しむ子供のように、チーズは糸を引いた。それを残酷にも手首の動きを駆使して断つと、口元へと運びぱくりと一口。

 サクリとクリスピー生地が軽い音を立てて、チーズを筆頭する具材が相まり、口の中が幸福感で溢れかえる。そうして人心地ついたら、買ってきたコーラをゴクリと一口飲む。するともうジャンクな世界の仲間入りである。

「――うみゃー!」

 正面から声が上がる。僕同様アンバサを飲んだハルが、何故か名古屋弁で感嘆の声を上げたのだ。

「――あ、ハル。そう言えばユキの店で飲み物買ったんだけど、変な噂を聞いたよ。なんでも黄色いレインコートの悪魔だってさ」

 二口目を口に運びかけて、僕は手を止めるとハルに報告をする。

 ハルはそれを聞くと、ピザを咀嚼するのを止めて、それから体全体を静止させた。暫く動かないままとなった彼女は、再び動き出すと僕の方を見て、目を大きく見開く。どうやら噂はハルの琴線に乗ったらしい。

「黄色いレインコートで間違いないのか?」

「ああ、ユキはそう言っていたよ?」

 僕は記憶を再度確認した上で、半疑問形ながらに答える。するとハルは顎に指を当てて、もしやと考え込んだ。その表情にはピザを前にした時の緩みは無く、至って真剣そのものな、仕事をする時の表情だ。

「で、その黄色いレインコートの悪魔ってやつはどんな噂なんだ?」

 ピザの残った切れ端を、そのまま口に放り込んでハルは僕に尋ねる。

「何でもね、雨の日に――それも浮気した男の所に現れるんだってさ。まあ、もう大体察せるだろうけど、その男に襲いかかるんだとさ」

 僕もハルにつられて、駆け足をするように二口、三口と続けていく。既に二切れ目に入った彼女を追いかけるように、僕もふた切れ目に。今度はイタリアンバジルをいただく事にする。それから三切れ目に入るまでの間、僕とハルは無言のままで、先に沈黙を破ったのはハルの方だった。

「雨の日……この夕立の多い時期にご苦労な事だ。しかしまあ、そんな条件じゃあ葉一を釣り餌にも出来なそうだな」

「釣り餌ってそんな事させるつもりだったのかよ…というかハル、要するに今回は単なる殺人鬼だろう? 首を突っ込んで殺されました、なんてのは考えたくもないぞ」

 そんな冗談かどうか解らない事を言ってため息をつくハルに、僕はブンブンと左右に首を振って否定の意志を露わにする。

「単なる殺人鬼――なら良いんだけどな」

 ハルは僕の後に、少し暗い笑みを浮かべて呟いた。その表情と声音に少しだけ嫌な予感を抱きつつも僕は、コーラを煽る。

「どういう事だハル?」

「まだ確証は無いから、分かったら言うよ。でも安心しろ葉一――」

 僕の疑問の答えをハルははぐらかして、それから自信満々の表情で僕を見つめる。その黒瑪瑙の瞳は飲み込まれそうな程深い黒だった。僕はその色に思わず息を飲んで沈黙した。

「――お前は死なない、私が守るから……ってな?」

「そりゃあ、心強いな」

 ハルも見てたのか、てっきりあの手の物は嫌いそうだと思ってたのに。まあハルのこ事だから、片っ端から目を通しているという線もあるだろうが。僕は軽く返事を返すと数えて四切れ目を口に運ぶ。食べども食べども飽きない物である。

「まっ、それは後にしてKOFやろうぜ。私はテリー使うからな」

 まだピザも残っているというのに、ハルは手を拭くとプレステのディスクを引っ張りだして早くしろと僕を急かす。

「また格ゲーかよ、他にないの?」

「えーじゃあ風雲黙示録にする?」

「どのみち格ゲーじゃねえか! KOFで良いよ風雲はやった事無いし」

 ぶつくさ言いながらも僕はハルの隣に座った。豪血寺一族とかGOFとか無いのだろうか、言えば在りそうな気もするのだけれど。まあそれはまた今度の機会として、今はこちらに専念しよう。

「さあ何を使うんだ葉一は?」

「庵かな、屑風はあり?」

「そりゃあありありでしょ?」

 ハルは敵に不足なしとばかりに笑う。僕が選んだキャラには決まれば勝ちの永久コンボがあるのだが、それを知っていてハルはそのコンボパーツの技を使っても良いと言った。この手のコンボを良しとしない人間も居るが、僕は迷わずに使う。何故なら永久コンボとはいえ、ハルならばそのループに入る事をさせない事を難なくやってのけるだろうからだ。出し惜しみして勝てる相手じゃない。

「即死で二ラウンド取られても無くなよ」

「出来るものならやってみろ」

 僕らの選択したキャラは睨み合い「FIGHT」の文字が表示されると共に一気に距離を詰めた。再び娯楽部屋の中にコントロ―ラーのボタンをこする音がこだまする。ヒット音を響かせながら、白熱する対決の直ぐ横で、僕のコーラとハルのアンバサは、静かにシュワシュワという音を立てていた。

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