幕間一 赤ん坊拾いました。
「―― っエンカーたんなんか大っ嫌いれすっ!」
「―― っそ、そんな!? トリスッ! ま、待って……!」
「着いて来ないれくらさいっ! 赤たんに意地悪言うエンカーたんなんかとお話したくないれすっ!」
「なっ!?」
ガアアァァァァーンッ! と、そんな音が聞こえてきそうなぐらいショックを受けた表情をするエンカーと呼ばれた少年。
『ゴブランド王国』、『白の集落』に住む『ホブゴブリン』の若き戦士エンカーは自分が恋して止まない少女。
自分と同じく『白の集落』に住む『ピアゴブリン』、トリスの普段は滅多に口にしない辛辣な言葉を受け硬直した。
そんなエンカーを無視しトリスと呼ばれた『ピアゴブリン』は自分の腕の中に抱くゴブリンの赤ん坊と共に、荷台のすぐ横に設置された簡易テントにさっさと入ってしまった。
その背中に腕を伸ばしていたエンカーだったが。すぐにテントの中へ想い人(?)が姿を消すと、その場に崩れるようにして四つん這いになり盛大に落ち込み始めた。
そんな二人の様子を窺っていた周りの、彼らと同じく『白の集落』に住む『ホブゴブリン』達が「あ~あ」と呆れた声を漏らす。
「……エンカーの奴トリスを怒らせちゃったよ。あー俺知ーらない」
「馬鹿だよなー。あいつ妙にプライド高い所あるから良い薬だろ? あんな事言えばトリスを怒らせるって事なんで分かんないかな?」
「嫉妬だよ嫉妬。ほら、トリスってあの赤ん坊を拾ってからずっと赤ん坊に構ってばっかだろ? それが面白くなかったんだよ」
「トリスに良い所見せようと思ってあの赤ん坊を『沼地』のゴブリンの奴らから助け出したくせに……それが今度は手の平返して『沼地』に置いてくるべきだなんてアホじゃないか? それって赤ん坊に死ねって言ってるもんだろう? そりゃ怒るよトリス」
「それにしても『沼地』の奴らって酷い事するよな。あれで本当に同じ同胞かと疑いたくなるぜ……あんな奴らがいるから、俺達ゴブリン族が『妖精』と認められるまで時間が掛かったんじゃないか……!」
「あいつらは『ゴブリン王 バルザム』様の考えに賛同しない連中だからな……ゴブリンは奪い、殺し、欲のままに生きるのが本来の姿だと思ってる。」
「ゴブリン族は本来は『妖精』だっ! だって言うのに……まだ俺達を『魔族』と思っている種族が多いなんて……」
「まぁ落ち着けよ。それでも俺達を『妖精』と認めてくれる他の種族も増えてきてるんだ。今はその信頼の応える努力をする時だ、いつか分かってくれるさ」
そう言ってお互いに話を続ける『ホブゴブリン』達。
―― 醜悪な容姿とその行いから世界では忌み嫌われている存在『ゴブリン』。
彼らは欲のままに生き、欲のままに行動する野蛮な種族だとこの世界『ラーズ・アファト』では多くの種族が認識していた。
それ故、彼らゴブリンは『魔族』として区分けをされていたが――― 今から二百年前、とある一匹のゴブリンの出現から彼らの在り方は大きく変わっていくことになる。
その一匹のゴブリンこそ、今やゴブリン族全ての頂点に立つ存在。『ゴブランド王国』を建国し、ゴブリン族は『妖精』である事を世界に訴えた『ゴブランド王国』の王。
『ゴブリン王 バルザム』であった。
現在ゴブリン達は偉大な自分達の王の治世の元、『妖精』として他の妖精の種族と交流を重ね日々暮らしていた。
同胞の励ましの言葉に、それを受けた『ホブゴブリン』は小さく頷く。
「―― っああそうだよな! きっと分かってくれるよな!」
「勿論だ。それに今回の『コボルト族』との物資交換も問題無く行えたじゃないか」
「そうそう! 俺なんて『コボルト族』の『ホビット』の女の子に微笑まれちゃったぜ! まいったなー」
「……あれ営業スマイルじゃないか?」
「……だよな店番の子だったし」
「ん? 何か言ったか?」
「「いや何でも? 良かったなー」」
「お、おう。……それにしても、何で俺達『白の集落』のゴブリンしか他の種族の住む森や村に行っちゃだめなんだ? 『赤の集落』の同胞なら力も強いし、物資を運ぶのだって楽だと思わないか?」
「そりゃ外見の問題だろ? 俺達『白の集落』に住むゴブリンは大抵が『ホブゴブリン』だもん。見た目一番『妖精』として見られるからな俺達は。他の同胞が行商に出てみろ? 絶対怖がられるぜ?」
「『白』は種族交流、外交が可能な知性を持ち。外見で他の種族に警戒を持たされない同胞の集まり。『黒』は魔術、呪術の特性が高く、それを理解できる程の知力を持った同胞の集まり。『赤』は力と武が自慢の戦士型の同胞の集まり、そして『青』は一般的な能力をもった同胞の集まり……っていうか居住区だな、一般の同胞は『青』で生活するようにできてる。そう言う区分けなんだから仕方ないだろう? それぞれの集落に族長一人が当てられてるから管理もしやすいらしいし」
「う~ん……同胞達の中に、そこまで怖がられるような酷い顔してる奴なんているか?」
「俺達は見慣れてるからそう思うんだろうけど、他の種族はそうはいかねぇよ。実際他の同胞を見た『コボルト族』の一人が悲鳴上げて逃げ帰った話もあるんだから……」
「……ふーん? そんなもんかねー?」
「まぁ話を戻してだ……『沼地』の奴らって本当に酷い事するよな」
「だなー。生まれたばかりの赤ん坊を餌にして大物をおびき寄せ狩ろうとするなんて……本当、同じ同胞とは思いたくないぜ」
そう言って『ホブゴブリン』達は互いに頷きあい、つい先日の出来事を思い出していた。
『コボルト族』との物資の交換を無事に終えた彼らは、身支度を整え『ゴブランド王国』へと帰還する途中であった。
帰る途中の道のりは、深い森を抜けなければならなかったので少しばかり苦労しなければならなかったが。
それでも途中で危険な獣や魔物に遭遇するという事態は起こらず、特に問題なく彼らは『ゴブランド王国』へと足を進めた。
――― が、この時一匹のゴブリン……この行商組の中では唯一の『ピアゴブリン』のトリスは何かを聞きとった様子で歩みを止めたのである。
『ホブゴブリン』と『ピアゴブリン』。ゴブリン族の中でも上位に位置する存在であるこのゴブリンは、普通のゴブリンとは外見が大きく異なっている種である。
大抵のゴブリンは醜悪で醜い容姿の者がほとんどだが、『ホブゴブリン』と『ピアゴブリン』はどちらも妖精というにふさわしき愛嬌さを全員が持っていた。
さらに知性も高く、他のゴブリンとは一線も二線も逸脱している種であった。ちなみにオスなら『ホブゴブリン』、メスなら『ピアゴブリン』と分けられている。
『ホブゴブリン』はヤンチャで悪戯好きなモノが多く、報酬をしっかり払うなら仕事はきっちりこなすのが特徴だが。
対して『ピアゴブリン』は真面目で正直。その上働き者が多く見返りを求めず純粋な善意をもって行動するのが特徴である。
そんな『ピアゴブリン』であるトリスが不意に足を止めたかと思うと、次の瞬間には小さな体を必死に動かし森の中を走り出したのである。
突然のトリスの行動に驚いた『ホブゴブリン』達は、大いに慌てて後を追った。
『ゴブランド王国』において『ホブゴブリン』の数はそれ程多いという訳ではないが、少ないと言うほど数が少ないという訳でもない。
……が、『ピアゴブリン』の数は極めて少ないのである。
『ゴブランド王国』では十万匹以上のゴブリン達が暮らしているが、その中で『ピアゴブリン』という種はなんと百匹にも満たないのだ。
それ故『ピアゴブリン』達は王国のゴブリン達に大切に扱われており、『ピアゴブリン』達もそんな同胞と王国に感謝の心を持って尽くすという関係が築かれていた。
だからこそ、森の中を突然走りだしたトリスの行動に『ホブゴブリン』達は慌てた。獣や魔物に今の今まで出会わなかったとしても、決して遭遇しないという訳ではない。
そしてさらに言えば『ピアゴブリン』は戦闘など野蛮な行動には向かない温厚で極めてか弱い存在である。
そんな『ピアゴブリン』が一人森の中を進むなんて無謀も良い所。野生の獣や魔物の恰好の餌食となってしまうだろう。
制止の声にも耳を貸さないトリスの後を追って、『白の集落』一の戦士エンカーを先頭に『ホブゴブリン』達は森を進み――。
そして開けた場所まで彼らが出た瞬間、『ホブゴブリン』達は絶句した。
それはそうだろう。一匹のゴブリンの赤ん坊が木の枝に吊るされ『ギーギー!』と鳴き喚いており、その下で森の狩人の異名をもつ魔物『ウォーウルフ』が四匹、その赤ん坊に向かって牙を剥き出しにし何度も跳んでは赤ん坊を食そうと躍起になっているのだから。
その光景にしばし呆然としていた『ホブゴブリン』達だったが……そんな彼らよりも先に動いたのは、やはりトリスであった。
何と彼女は身一つで『ウォーウルフ』四匹の中へ飛び込んだのである。突然の乱入者に驚く『ウォーウルフ』の隙を突いたトリスは、そのまま赤ん坊が吊るされている木へとよじ登り始めたのだった。
一瞬驚いた『ウォーウルフ』だったが赤子よりも大きな獲物の存在を目の当たりにし、すぐにゆっくりと木をよじ登っているトリスへと襲いかかった。
――― が、トリスに向かって最初に飛びかかった一匹の『ウォーウルフ』はその瞬間真っ二つに切り捨てられた。
風の様な早さでトリスと『ウォーウルフ』の間に飛び込んだエンカーが背に持った大剣を振るい、一刀の元に切り捨てたのである。
さらにそれに驚き硬直する二匹の『ウォーウルフ』に向かって続けざまにエンカーは大剣を走らせ瞬く間に葬り去った。
それを見た最後の一匹は恐れをなして逃げ出そうと踵を返したが、他の『ホブゴブリン』の放った矢の一撃を額に受け絶命した。
『ウォーウルフ』を退治したエンカーと『ホブゴブリン』達は、安全を確かめた後……未だ木に張り付いてプルプルと一生懸命木をよじ登っているトリスに声を掛け木登りをやめさせた。
その後、木登りを止めさせられたトリスを木の枝に吊るされている赤ん坊の下まで移動させ、トリスが赤ん坊の真下に移動した事を確認したエンカーがその場で跳躍。
赤ん坊を括りつけている枝、四メートルはあるであろう高さまで軽々跳びあがると大剣を一線。
ロープを切断し、落下した赤ん坊をトリスに受け止めさせたのであった。
……この時、エンカーがトリスに『赤たんが怪我したらどうするつもりらったんれすかっ!』と怒られたのは余談である。
さて、助けたこのゴブリンの赤ん坊は一体何処の子だろうと、その場にいた全員が首を傾げた瞬間――― 彼らが姿を現した。
――― そう、赤ん坊を餌に獲物を仕留めようと考えた者達……『ゴブリン王 バルザム』の考えに賛同せず欲のままに生きる道を選んだ同胞。
『ゴブランド王国』から東へと進んだ先の森の奥地に存在する『沼地』。そこを拠点として生活しているゴブリン達であった。
赤ん坊を餌にしていたという事実に怒るトリスだったが、そんなトリスの態度をせせら笑う『沼地』のゴブリン達。
聞けばこのゴブリンの赤子は、自分達が攫った人間の女に産ませたゴブリンの赤子の一匹で、数が多すぎるから一匹ぐらい餌に使ってしまえと考えて今回の行動に移ったのだという。
ゴブリン族は他の種族との間にも子を成せるという特性を持っている。生まれてくる子は全員ゴブリンの赤子だ。あまり力の無いゴブリン族が種を残す為に手に入れたと言われるこの特性だが……この特性が、ゴブリン族が忌み嫌われている理由の一つでもある。
そのあまりにも酷い言い草に『ホブゴブリン』達は激怒した。同胞であるゴブリンを蔑しろに扱う『沼地』の彼らの考えに嫌悪したのだ。
『同胞への情さえも捨て去ったか!』と激怒する『ホブゴブリン』達に対し、『沼地』のゴブリン達は『折角の獲物を仕留めるチャンスを邪魔しやがって!』と怒鳴り返す。
さらには『ピアゴブリン』であるトリスをこちらに引き渡せば、今回は見逃してやるとまで言いだしたのだった。
欲望に染まった目でトリスに舐めるような視線を向ける『沼地』のゴブリン達。当のトリスは睨まれてると勘違いして『に、睨まないれくらさいー。赤たんも怖がってまふ……』とビクビク震えていたが、此処で怒りが爆発したのがエンカーだった。
一気に距離を詰めたエンカーは、瞬く間に一匹の『沼地』のゴブリンの顎を殴り飛ばし吹っ飛ばす。突然の行動に『沼地』のゴブリンは驚いたが、すぐに怒りに顔を染めてエンカーに飛び掛かり……。
――― 数分後、『沼地』のゴブリン達は全員まとめてボコボコになって地面に倒れ伏すことになったのだった。
こうしてトリス達は『沼地』のゴブリン達からゴブリンの赤子を救いだし、赤子を連れて『ゴブランド王国』へと再び足を向けたのであった。
そしてその次の日の晩に……つまり現在に至り、先程の一連の一幕へと繋がるのである。
赤ん坊を助け出したエンカーにトリスも感謝し、その事で上機嫌になって『同胞を助けるのは当然!』と格好いい事言って好感度アップを謀ったエンカーだったが、その後トリスは赤ん坊にばかり構うようになって、エンカーの機嫌はどんどん悪くなって行く事になる。
ついさっきも、トリスとようやく話しをする機会を得たというのに……さっきまで眠っていた赤ん坊が目を覚まし『グギィィ!』と鳴き声をあげたのだ。
その鳴き声にトリスは赤ん坊の方へと向かってしまい、エンカーは折角のチャンスを赤子に奪われ機嫌は最悪を振り切ったのだった。
そして戻ってきたトリスの腕の中には、今のエンカーにとってはトリスとの間を邪魔するお邪魔虫の赤子が抱かれており……それを見た瞬間ついにエンカーが怒ったのだった。
『その赤ん坊は沼地に返すべきだ!』『王国に帰って誰が面倒をみると言うんだ!』『そんな沼地出身の赤ん坊なんてほっとけばいい!』『こいつのせいで王国に帰るのが遅れてるんだぞ!』
などと『お前……』と、他の『ホブゴブリン』が呆れるほど幼稚な理由で赤ん坊を非難するエンカー。
そのエンカーの言い草に、ついにトリスが泣きそう顔で『……何れそんなに酷い事を言うんれすか?』と呟き、そこでエンカーは自分の失言に気づき青くなる。
が、その時何を思ったのかトリスの腕の中の赤ん坊が、まるで泣きそうになっているトリスを慰めるかのように手を伸ばすと、トリスの指をキュッと掴み『グギー♪』と笑顔を見せたのである。
……ゴブリンの赤ん坊の笑顔は正直可愛いとは思えないモノだったが、それでもトリスに与えた衝撃は大きかったようだ。
赤ん坊を抱きしめ、その後赤子の鼻先に軽く口づけをしたトリスを見てエンカーが絶叫する。絶叫した後、エンカーが『な、なな、何をやってるんだあああああっ!』と叫ぶも。
その後のトリスのエンカーに対する態度は冷たかった。『赤たんはトリスが面倒みるれす』『エンカーたんには頼らないれす』『大きな声出さないれくらさい。赤たんが怖がるれす』などと素っ気ない言葉の数々の嵐であった。
そんなトリス態度に、エンカーはついに赤子に対して『こ、こんなガキなんか助けるんじゃかった!!』と盛大に口を滑らせ―― ハッと口を抑えるも時すでに遅く……。
―― 最初のトリスのセリフへと戻る。
今だ絶望の渦に沈んでいるエンカーに、『ホブゴブリン』達はため息を吐いた。
「……っていうかエンカーって何で『白の集落』にいるんだ? 絶対『赤の集落』に行くと思ってたんだけど」
「分かりきった事言うなよ。トリスだよトリス。トリスと離れるのが嫌だったんだよあいつ」
「妙にプライド高い所が区分けの時問題になったけど……腕が立つから、行商の護衛として他種族の住む森や村に一緒に行くには文句なしだからな……見た目格好いいし」
「ああそうだな……格好いいよムカつく位なぁ……」
「でもトリスに全然相手にされてないよな? あいつ」
「トリスなぁ……確かに『ピアゴブリン』の中じゃ一番可愛いよな……一体何人の同胞が玉砕した事か……」
「え? そんなに玉砕してるの?」
「何ていうかトリスは純粋すぎるからな。恋愛感情ってのがよく分かってないんだよ多分。」
「そうそう、付き合ってって言葉を『お買い物れすか? ならトリスが代わりに行ってあげまふっ!』ってキラキラの笑顔で普通に返すんだぜ?」
「そ、それは何とも」
その時―――。
テントの中から綺麗な歌の旋律が『ホブゴブリン』達の耳に届いた。その優しい歌声に、話をしていた『ホブゴブリン』達は顔を見合わせ……次の瞬間には互いに笑顔を向けた。
「……トリスの奴、すっかり母親気分だな」
「良いんじゃないか? 実際赤ん坊の面倒を見のは王国に住むゴブリン全員の仕事みたいなもんだし、俺らがフォローしてやろうぜ」
「え? そうなのか?」
「子供の成長は、ゴブリンの大人全員で見守り支える。暗黙の了解ってもんだよ。エンカーの奴はその事に興味なんて持たないから知らなかったんだろう?」
「あー……そういや俺、小さい頃よく大人が色々構ってくれたな……そうだったんだ」
「誰が赤ん坊の面倒を見るんだ……だっけ? 大人全員でだよバーカ」
「……聞こえてないんじゃないか? エンカーの奴」
「ま、いいか。早く荷物の整理済ましちゃおうぜ、明日も早いんだから」
『おーい! 見張り交代だぞー!』
「ああ分かった! 今行くー!」
「さーて、飯も食った事だし俺はそろそろ寝るかな? 丁度いい子守歌もあることだし」
そう話を中断した『ホブゴブリン』達は、それぞれの夜を過ごす為解散したのだった。
―― こうして、赤ん坊を連れた『ホブゴブリン』達はこの日から二日後に、自分達の住む王国、『ゴブランド王国』へと無事到着するのであった。
この二日の間、一匹の『ホブゴブリン』は終始落ち込んだ様子であったそうだが。
それとは逆に、一匹の『ピアゴブリン』は腕に抱いた赤ん坊をあやしては終始ご機嫌だったそうな。
そして帰りついた王国にて、初めて『ホブゴブリン』以外のゴブリンを目の当たりにした赤ん坊が『グギィィィッ!?』と悲鳴を上げたのは余談である。
この時、赤ん坊が『化け物おおおおおおぉぉぉっ!?』と叫んでいたという真相を知る者は誰一人おらず。そして赤ん坊が、この時になってようやく自分が『ゴブリン族』であると自覚した事に気づいた者も、誰一人存在しなかった。
そしてさらに……。
―― この時連れ帰ったゴブリンの赤ん坊こそ。
後に王国に迫る危機から王国を救う、稀代の英雄へと成長する事実を。
この時の誰も……そして当の赤ん坊自身にさえも、知り得はしなかったのであった。