第四話 おいでませ! 異世界『ラーズ・アファト』!
――― リリーン……
――― ……う……?
近くで虫が鳴く音が聞こえ……俺はゆっくりと意識が浮上していくのを感じた。
(……あれ……? 俺……? どうしたんだっけ……)
完全に意識が目覚めていない状態で、俺はぼんやりと自身に問いかけた。
――― リリーン……
また虫が鳴く音が響き、俺は少しづつゆっくりと意識を覚醒させていく。
……確か俺……?
(えーと……バイトが終わって……そんでもって……そのまま特に寄る所もないから、まっすぐ家に帰る事にして……)
一つ一つの記憶を手繰るようにして、今の自分の置かれている状況へと繋げていく作業を行う。
――― リリーン……
またも虫の鳴く音が聞こえる。……随分近くに聞こえるけど、スズムシでもいるのか……?
次第にハッキリしてきた意識を自覚しながら、俺は更に記憶を辿っていく。
(そんで確か……そうだ、何だか随分と失礼な事を言う声に呼び止められて……――っそうだっ! 占い! 胡散臭い占い師の占いを受けたんだっ!)
瞬間、気を失う寸前までの記憶が脳裏に蘇り、急速に意識が覚醒していくのが分かった。
そうだよっ! 確か最後に、あの占い師からの質問に答えたら、カードから強烈な光が出て! そんでそのまま光に呑みこまれそのまま意識が遠くなって……!
ようやく自分の身に起きた、一連の出来事思い出だした俺は、やっと頭が正常に働き始めるのを自覚する。
(あの後一体どうなったんだ? あの占い師は? というか周りが真っ暗で何も……って、これは俺が目を瞑ってるからじゃん……取りあえず起き―― あ、あれ? なんでだ? 瞼が開かないぞ!?)
目を開けて、現在の自分の状況を把握しようとした俺だったが、何故か瞼が開かずちょっとした混乱に陥る。
そしてさらに、そんな俺に拍車をかけるように、体も思うように動かせない事が判明した。
(っな、なんでだ!? 一体どうしちゃったんだ俺の体っ! 動いてー! 動いてくれー! ハリー! ハリーハリー! 脳からの指令だぞーっ! おいコラ怠けんな、サボるな、無視すんなー! いや本当マジでお願い動いてくださいいいいぃぃぃっ!)
自分でもアホな事言ってるなーと。なんか妙に他人事の様に冷静に呟いてる自分が、頭の片隅にいる自覚はあったものの。そんな事を気にしてる余裕もないくらい、俺は困惑していた。
何とか体を捩ろうと力を込めるも、どうやら何かに包まれているようで全然動かない。
え!? もしかして俺拘束されてる!?
(な、なんで!? これってまさか誘拐!? ……も、もしやあの占い師は、どこぞの犯罪グループの一味の一人だったとか!? グループ内で昇格を果たす為に俺を……!? ん? でも俺なんか誘拐しても一文の足しにもならないよな? あ、あははは、馬鹿だなぁ俺、流石にいくらなんでも考えすぎ―――。)
ピタリと、そこで俺はある可能性が頭を過ぎり、硬直する。
待てよ? なんか……どこで見たかは忘れたけど。何かのサスペンス映画で今の俺の措かれている状態と、よく似たシーンを見た記憶があるような……?
確かあれって……健康そうで、それでいて、突然いなくなっても周囲がそこまで騒がない人間をターゲットにした犯罪組織が捕まえた人間の―――
……あー。
―― どうしよう、妙に信憑性がある事にびっくりですお兄さん。
(――っいやあああああああっ!? 考えるんじゃなかったあああっ! 妙に辻褄が合う所が超怖いいいぃぃぃっ!!)
誰か助けてええええぇぇぇぇっ! お巡りさあああああぁぁぁぁぁん!?
あの嘘吐き占い師いいぃぃっ!? 何処が幸福な未来だっ! 未来どころか目を覚ました瞬間デッドエンド確定じゃねぇかあああぁぁぁっ!?
自分で思い描いた最悪のビジョンに恐怖した俺は、動かない体を何とか動かそうと必死になる。
動けっ動くんだ俺の体あああぁぁぁっ! 未来の為に明日の我が身の為に、潜在能力を引き出すんだ俺えええぇぇぇぇっ!
ジタバタと体を動かそうにも、何故か力が入らず言う事を聞かない俺の体。けど諦めない! 諦めたらそこで終わりだっ!
『あ、俺今ちょっと格好良い事言った。』と、呑気な思考が頭をかすめた気がしたが、とりあえず無視して僅かにある力を振り絞るように、踏ん張る!
きょえええええええぇぇぇぇーっ!
―― そのまま数秒が経過。
俺の努力が実を結び頑張った甲斐があったのか。何とか右手だけは僅かに動かせるまでに状態を持っていく事に成功。
やったね! 若干プルプル震えてはいるが動かないよりは何倍もマシだろう。
い、いけるぞ! 右手だけだが何とか動かせそうだぞ俺! 瞼は今だ開かない、だから今は文字通り手探りで何とか周囲の状況を把握しかない。
そう考えた俺はそのままプルプルと右手をゆっくりと動かし――
……ぽふっ。
――― 柔らかい、ふっくらタオルのような感触を右手に感じたのだった。
……
……スリスリ……もふもふ……。
しばしその感触を堪能する俺。
(……お、おほぅー……何とも絶妙な柔らかさと肌触り……どれを取っても申し分無い)
誰だこんないい仕事をするお方は? クリーニング屋さんであるなら是非とも今後ご贔屓にさせて頂きたいです。
そのまま右手でもふもふする。すると、次第に右手から全身に伝わるように力が入るようになってきたのを感じた。
じわーっと、体の隅々に渡るように血が巡っていくのが分かる。
(……お、おお? 何だろうこの感覚? なんだか少しずつ体が思うように動かせるようになってきたぞ。どうしてだ? さっきまで何やっても思うように動かなかったのに……)
さっきまでプルプル震えてた右手なんか、今じゃすっかり自分の思うように動かせるようになっている。
もふもふと返ってくる感触を楽しむように、さっきからタオルのような物を手の甲、手の平と撫で続けています。……うーん?
(何だろうか? なんていうかこう……ようやく体が馴染んできたというか……さっきまでかみ合ってなかった物が、ようやく溶け合ってきたというか……そんな感覚に近いな)
右手から伝わる柔らかい感触とようやく体に力が入りだしたのを自覚できたせいか、俺は次第に落ち着きと冷静さを取り戻していく。
そして、右手から伝わる柔らかいタオルの感触だが……どうやらこれ、右手の先にある物ではなく俺の全身に渡って同じ感触が返ってくることが判明した。
あれ? ってことはもしかして。
俺は拘束されている訳じゃなくて、柔らかいタオルか何かで包み込まれてるってことか? 手が動かせるくらいの余裕がある事からガッチリと包まれているという事はなく、むしろ優しく保護するように包まれているようだ。
さらに顔に空気が触れる感触がある事から、頭まですっぽり被らされている事もなく。むしろ苦しくないよう配慮された包まれ方であるようです。
……という事はだ。
(俺に危害を加える気は無く、むしろ大切に扱ってくれているってことだよね? 命の危険は無いってことだよな? ……よ、良かった~! あーマジで焦ったよ)
とりあえず身の危険がないという事に盛大に安堵した俺は、ホッと一息つく。いやー本当に良かった。
――― リリーン……
もう一度虫の鳴く音が聞こえた。
少し肌寒いけど、顔にかかる風の感触が気持ちいい……さっきから聞こえる虫の鳴く音、そして風と乾燥した空気の香り。
以上の三つの事からどうやら俺が寝かされている場所は外であり、そして時間帯は既に夜へと移っているみたいだ。おそらく間違いないだろう。
風が吹くたび顔がちょっと寒いけど、暖かい柔らかタオルのおかげで凍える事は無い。いやーなんか快適だねー。
……ってそうじゃないだろう俺、和んでる場合じゃないぞ問題は解決してないんだから。
(そもそも、何で俺はタオルに包まれて外で寝てるんだ? あの後一体どうなって今のこの状況に至るのかがさっぱり分からない)
頭を捻る俺……もしかして俺はあのカードから発せられた強烈な光で気を失ってしまった後。
自分の行ったパフォーマンスのせいで俺が気絶したしまった事に驚いたあの占い師が、何とか気づかせようと頑張ったものの一向に目を覚まさず。
日も暮れ始め途方に暮れた占い師は、仕方無しに柔らかタオルで俺を包み路上の隅にでも寝転がして自分はその場を去った……とかだろうか?
……いやいや流石にその解釈は苦しすぎるだろう俺……。
まぁ、あの占い師なら気絶した俺を寝っ転がして自分はトンズラって事くらいやってのけそうな気がしないでもないけど……。
第一俺の身長は171センチだ。そして見た感じ占い師は150を超えるか超えないかくらいの小柄な体格だった。
あんな小柄でさらに女の子である占い師が、俺を運ぶなんて事は相当な労力を使うだろう。というかそもそも俺の体をすっぽり包む程の大きさのタオルなんてどこから出てきた?
さらに言えばそんな状態で道端で寝転がされていたりしたら、他の通行人が黙っていないだろうしね。
あの道はそれ程人通りがあるわけじゃないけど人は通るし、というか誰かが気づいて不審に思い警察に通報が行ってもおかしくないだろう。
……だと言うのに俺は誰に起こされる訳でもなく、不審に思われる事も無く外でタオルに包まれ寝転がされている……と。
……あまりにも変だろうそれは、何だか状況がおかしすぎるな。一体全体どうなってるんだろう?
(何にせよ、とりあえず瞼が開かない事には確認の仕様がないな……今なら開けるかな?)
未だ閉じたままの瞼。
体の方はもう自由に動かせるようになってきた事だし、そろそろ瞼も俺の意思に従って開いてくれてもいい頃だと思うんだけど……。
そう思った俺は再び瞼を開こうと意識して力を入れてみた。すると―――。
(――― おっ! やった今度は普通に開ける! これで今俺がどこにいるのかも分か―――)
パチリと、俺は今まで自分の視界を遮っていた瞼を開いたその瞬間―――
自分の瞳に映った眼前の光景に驚きに硬直し、思考が固まった。
そして次の瞬間俺を襲った感情は……。
(―――うっわあああぁぁぁっ……! す、すっげええぇぇぇーっ!)
胸が踊る程の感動の波と、心が沸き立つ感情の高揚だった。
だって! 今俺の眼前に広がっている光景を見たら誰だってそう思うだろうっ!
目を開けた俺の目線の先に広がっている光景―――それは。
―――― 視界一杯の夜空を覆い尽くさんばかりの星の数と、その星の数だけ光り輝く星々の光の海が広がっていたのだから ―――
眼前に広がる、今まで見たこともない程の夜空の美しさに俺は興奮と感動を抑えきれなかった。
(すっげぇ! すげぇすげぇすげぇーっ!? 何だこれ!? 目茶苦茶綺麗じゃないかよ! こんなの初めて見たっ! 天の川かな!? いやでもちょっと違うような……でもすげぇっ!)
此処が一体何処なのかともいう疑問も忘れ、俺は食い入るように満天の星空を凝視し続ける。
本当に凄い、こんなに星がくっきりと見える夜空なんて今まで見たことがあっただろうか。
(……そういや星空なんて見上げるなんて事いつ以来だろうな……っていうか、見上げてても街の光のせいでほとんど見えないんだけど……手を伸ばせば届くんじゃないかって思えるぐらい星が近くに見えるよ)
実際届くはずなど無いけれど、俺は無意識のうちに頭で思いついた事を実行するように両手を空へと伸ばす。
濃い緑色の素肌の小さな両手を伸ばし、左右の四本の指で眼前に広がる星を掴もうと子供のような真似事をする。
……ははっ、何やってんだろうな俺? いい年こいて子供かよ。そんな自分の行動に笑いながらも俺はその行為をやめようとは思わなかった。
もしかしたら俺以外の誰かも今頃こうして、俺と同じ様に寝っ転がって俺と同じく星に向かって両手を伸ばしているかもしれないな……。
なーんて柄にもなくクサイ事を考える自分に再び笑いそうになりながらも俺は――――
―――― って、ちょっと待てーい。
良い気分の自分の思考にストップをかけ目を瞑る俺。今一連の流れの中で普通に流しちゃいけないモノがなかったか?
(……よーしよしよし冷静になって考えようか? なんか物凄く見逃しちゃいけないモノがあったよね? 具体的言にえば俺自身の両手とか肌の色とか?)
到底受け入れられないようなモノを見た気がして、もう一度ゆっくりと目を見開く。
……ふんふん、おー成程ねー。
再び閉じる。
(ふぅ……いけないけない。俺ってまだ寝ぼけてるみたいだ、一体どんだけ眠っていたんだろう? 幻覚が見えるよはははははは)
よーしもう大丈夫だぞーと自分に言い聞かせる。
深くゆっくりと深呼吸を一つし、再びゆっくりと目を開いて自分の両手に視線を向けた。
ほーら大丈夫、目を開けばそこにはいつも通りの濃い緑色の肌をした左右四本の指、合計八本の指を持った小さな手が何時も通りくっついてる。
あははははは、なーんだ何時も通りじゃないか。
いえーい八本指ー。俺の意思通りに動くマイフィンガー。
ほーら勝利のVサインだぞーあははははははははははははははははははははははー……。
……あー……
……うん、そろそろ良いかな? さぁ現実逃避はここまでだ。
さーて行くぞー? サン・ハイ♪
(――っなんじゃこらあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?)
「――ッグギィィィィィィィィッ!」
……
……えー……本日二度目のちょっと待てーいな出来事が続けざまに起こってしまいました。
あー……どうしよう俺? もう最初にどっちから突っ込めばいいのかな?
明らかにおかしい素肌と完全に指一本足りない小さな両手? それとも俺の心のシャウトに応じて喉から漏れた『グギー』?
あははははは……。
やべぇ泣きたくなってきた。
よーしもう一度行くぞ? サン・ハイ♪
(――っ二度目の! なんじゃこらああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?)
「――ッグギィィィィィィィィィッ!」
さっきと何ら変わらず俺の喉から発せられる『グギー』という悲鳴(?)。ええいさっきと変わらず絶好調だなコンチクショウっ!
その事も含めながら俺は、さっきまでの興奮と感動が吹っ飛んで再び混乱に陥った。
(な、何なんだよっ!? 一体何だってんだよこれは!? 何だこの気味悪い濃い緑色の肌と四本しかない指はっ!? しかもこんなに小さいなんて!? これじゃまるっきり赤ん坊じゃないかっ! ……って待てよ!? もしかして体も……? だ、駄目だ。それならタオルで体がすっぽり包まれてる事に説明がつく……! っていうか声も明らかにおかしいだろう! 何だよ『グギー』って!? 『おぎゃあ』ならまだ救いはあったけど明らかに人間の赤ん坊の出す声じゃないだろう!? ……人間じゃない……? お、おいおい冗談きついぜ? まさか……! あ、悪夢だ……!)
自分の身に起こった普通ではありえない異常な現実に俺は絶望した。
……夢……そうだよこれは夢だよ……! 俺はまだきっと夢の中にいるんだ! そう自分に言い聞かせるも。
肌に触れる空気の冷たさとタオルの感触が、今自分の身に起こっている事が現実であると無情にも突き付けてくる。
……い、一体なんでこんな事に……!?
何故? どうして? と自分に問い掛ける。しばらく混乱した頭で考える俺だったが、ふと、自分をこの異常な状況へと追いやったであろうと確信できる一つ出来事の記憶が蘇った。
『――っ異世界に興味はありませんかっ!?』
(――っあの占い師っ!)
脳裏に過った占い師の言葉、そしてその後の占い師と自分のやりとり。この状況に至るまでの寸前の自分の記憶と、その過程の一つ一つを慎重に思いだしていく。
占い師との出会い、そして占い師から投げかけられた質問の内容、目の前に突如現れた俺の存在そのものであるという『カード』、その後の占い師から発せられた言葉、そして俺の返答に応えるように目も眩む程の強い光を放った『カード』。
それら全てを思い出した俺は――― 全てピースが一つに繋がった事を瞬時に認識した。
……つ、つまりだ……
つまり――っ!
(新しい世界とか未来ってのは……こういう事だったのかああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?)
あの説明不十分のなんちゃって占い師いいいいいいぃぃぃぃぃっ!
心の中で絶叫した俺は、あの胡散臭い占い師に向かって非難の声を上げた。
異世界云々って文字通りの意味だったんかいっ!? いや勘違いした上に良く理解もしようともせず答えてしまった俺も悪いけどっ!
普通、現実に本当にそん事が起こるなんて誰が予想できるかああああああああああぁぁっ!
分かっていたら占いなんて受けなかったのにっ! 俺は自分の直前までの行動に心底後悔していた。
畜生っ俺の馬鹿っ……! 占いなんてたまには受けてもいいかなんて軽い考えを起こすんじゃなかったっ! そうすりゃ今頃元の世界でいつものように過ごせていたというのに!
『一年後にニート』になるって言われたけど……人間やめるよりは何倍もマシじゃあっ! むしろそれ聞いてそうならないよう努力する道を何故選ばなかった俺っ!? ううぅ、甘い言葉に誘惑された自分の弱さが憎い。
確かに他人と比べたら幸薄い人生を歩んでいたと思う。だけど俺はそれでも自分の人生をそれなりに楽しんでいたんだっ!
ていうか今自分に降りかかってるのは幸薄い所か、今まで経験したこともないくらいの最悪の不幸じゃないかっ! 叫ぶぞっ!? 叫んじゃうぞあの有名なセリフをっ!? いいのかコンチクショウ!
「グギィィィッ! グギッグギィィィッ!」
良く分からない俺の心の声に反応し、喉から発せられる自分のものとは思いたくない声。
映画などでよく耳にするモンスターの悲鳴のような声を聞くと心底泣きたくなってくる……いや実際泣いてるのかもしれない。
けれど可愛らしいなど到底思えず、むしろ耳触りで俺自身発している声だというのに心底鬱陶しいとしか思えない醜い声だった。
ええいクソ、グギグギと煩いなっ!
それでも俺の不安定な心に反応したように喉から発せられる声。自分でもどうしようもなくなって止まらなくなってしまったらしい、ああもう! ちょっと黙ってろよ煩わしいっ!
そう思っていた俺だったが――
……カサッとすぐ横で誰かが草を踏みしめた音が聞こえ、瞬時に思考が硬直した。
(――っ!? だ、誰かいる!?)
別の存在が現れたという事実に俺は驚愕するが、それでも喉から発せられる鳴き声は止まらなかった。
ま、まずっまずいっ!
声を顰める事もできない俺、しかも今の俺は赤ん坊の様である為完全に無力な状態だ。もし、すぐ隣にいる人物が今の俺に対し危害を加えるような存在であったなら……一体どんな目にあうか分からない。
というか濃い緑色の肌と四本指、極めつけは醜い鳴き声。こんな俺に対し抱く感情など、嫌悪か悪意のどちらかしかないのではないだろうか?
最悪な事態を思い浮かべた俺は、心が恐怖一色に染まって行くのを感じた。それに反応し一層激しくなる鳴き声。
(ま、待て待て待てっ! 鳴き止め俺っ! 今だけは抑えてくださいっ! 謝るからっ! 鬱陶しとか思ったの謝るから鳴きやんでくれえええぇぇぇっ!)
何とか声を抑えようとする、けれど抵抗空しく鳴きやまない声。
焦りと恐怖で一杯一杯になり、さらにまた激しくなる鳴き声……悪循環だった。
そしてついに―――
……ヒョコッ。とそんな音が聞こえそうなくらいの気軽さで、近づいてきた人物が俺の顔を覗き込むようにして目の前に現れたのだった。
その人物の顔見た瞬間俺は―――
(……え……?)
呆けたように心の中で声を漏らし……目の前の人物の顔を凝視してしまった。
俺の心にまた反応したように、さっきまであれほど激しく鳴いていた声もピタリと止まる。けど俺はそんな事さえ気にならに程、突如目の前に現れた人物に魅入ってしまったのだった。
俺の目の前に現れた存在それは……
―― あきらかに人間ではなかった。
けれど俺はその顔を見た瞬間、先程まで恐怖と焦りで一杯だった心が瞬時に吹き飛んだのだった。
薄い桃色の髪を肩ほどまでに延ばしたショートヘア。
その美しい髪を守るように被せられた真っ白いフードの様な帽子。
皺一つないプニプニと柔らかそうな、美白といってもいい美しい薄めの肌。
パッチリと開いたクリっとした大きめの瞳。
その宝石のような赤い瞳は、目全体に広がっていて完全に人とは違った眼球を持っていたが、そこには知性と優しさが溢れており、見る者全てを引き込むような光で溢れていた。
少しとんがり気味だが、すっきりとした線の通った僅かに大きめ鼻は愛らしさを感じさせ。
プックリした水気を帯びた唇と、口元から僅かに見える小さな牙らしき歯も、愛嬌を振りまく一つの要素として存在し。
そして何と言っても、小さな頭の両側から生える先の尖った大きな耳。さっきからピコピコと動いては見ている俺の心を優しく解してくれているかの様だった。
目の前に現れたこの世のものとは思えない程の愛らしい生き物の登場に、俺はすっかりその姿に魅入っていた。
服装も白で統一され、襟と服の縁部分には赤色の紋様が施されており、動きやすそうな作りになっていて何処か活発さを感じさせる。
思考が硬直し、ただ呆然とその姿を目に焼き付ける俺。
そんな俺の様子に何を思ったのか。愛らしい存在は俺の顔を覗き込んだままの体制から少し体を動かし。さらに俺の方にその可愛らしい顔を近づけ、コテンと小首を傾げる仕草をとったかと思うと……。
次の瞬間―― ニパッと花が咲き誇るよな満面の笑顔を俺に向かって返してくれたのだった。
……っか!
(――っ可愛えええええええぇぇぇぇぇっ!? な、何なんだこの可愛い生き物!? 女の子……だよなっ!? 目茶苦茶可愛えええぇぇっ! 小動物みたいな仕草がグットですたいっ! お、お嬢ちゃんこっちおいで! お兄さんが飴あげるよっ! ぐわああああぁぁぁっ! 抱きしめて撫でくり回したい頭を撫で撫でしたいぃっ!)
普通に口にしたら犯罪者確定の色々と危ない発言を心の内で絶叫する。けど、それぐらいの衝撃を与える程目の前の女の子は愛らしかった。
それにしても何なんだこの超可愛い生き物は!?
見た感じ小学校低学年くらいの容姿を持つ彼女の姿に、俺は満天の星空を眺めた時以上の感動を覚えた。
人間じゃないって事は確かに驚愕した。けどそれ以上に俺に与えた安堵と、感激はまさに計り知れないものだった。
(……妖精……そうだ妖精だ! きっとこの子は妖精か何かなんだ! うわぁ妖精かぁ! 初めて見た! あたりまえだけど! ……って待てよ? もしかしてこの世界には妖精が普通に存在してるのか? ……Ohなんてファンタジー……けどグッジョブ! 初めて見た妖精さんがこんなに愛らしい姿なんて最高じゃないかっ!)
さっきまでブツクサ文句言っていたというのに、何という現金さ……我ながら単純だな。
だが次の瞬間、俺を待っていたのはさらなる驚愕と幸福だった。突然俺はふわっと体が持ち上げられる感覚を受け、驚きに目を見開く。
するとその先には、さっきまでよりも更に近くなった妖精の女の子の優しい笑顔が変わらず向けられていた。
俺の鼻孔が何とも言えない花の様な香りに擽られる……なんて良い香りだろう……。そこまで気づいて俺は瞬時に悟った。
――― そう、俺はこの愛らしい妖精さんに抱き上げられ……今まさに抱っこされている状態にあるという事実に!
マ、マジッすかああああっ!? いや今自分、赤ん坊みたいだから抱き上げられても重くは無いと思うけど……! それよりも、こんな濃い緑色の肌持った気色悪い事この上ない赤ん坊を何の躊躇いもなく抱き上げるなんて!?
怖くないのか? 気味悪いと思はないのか? 指だって四本しかない、完璧に化け物の要素しかない体ですよ?
あまりの突然の事態に俺はもう一度『グギー』と鳴いてしまう。おま……っ!? 馬鹿っ今鳴いたりしたこの愛らしい妖精さんを脅えさせてしま――!
だが、そんな俺の思いとは別に妖精の女の子の反応は全くの別だった。
俺の鳴き声を聞くと一層瞳を優しげに細め、右の片方の手だけ外すと……俺の鼻先を俺と同じく四本の指の一つでチョンチョンと優しく突付いてきたのだった。
彼女も四本指である事に驚きはしたものの、俺とは違ってしっとりとした美白肌を持つ小さな手はとても愛らしい。
……どうしよう超嬉しい……。怖がる所か可愛くてしょうがないと言った様子で笑い掛けてくる妖精の女の子の態度に俺は感銘する。
(こ、この姿ってのも……悪くないんじゃないか……? むしろ最高じゃないか……!?)
指で触れられた鼻がむず痒くなって思わず両手でコシコシと擦る。
そんな俺の仕草にもう一度ニパッと笑った妖精の女の子は、そのまま俺を抱きかかえて歩き出す。あまり揺らさないようゆったりとした歩きで、気遣ってくれている彼女の優しさが心底嬉しい。
なんて良い子なんだ……! 擦った鼻が妙にトンがってて普通よりも大きかった事に、三度目のちょっと待てーいが出そうになったが彼女の癒しのおかげで特に取り乱す事は無かった。
(あー……良い気持ちだなー)
ゆったりとした揺れに良い気持ちになっていた俺だったが、その時妖精の女の子が歩みをとめた事に気づいた。が、妖精の女の子はすぐに次の行動に移り俺を抱きかかえながらゆっくりと腰をかがめていく。
どうやら歩き出した理由は、妖精の女の子が座れる場所まで移動するためだったようだ。歩いていた時間が短いことから本当にすぐそこだったみたいです。
腰を下ろした妖精さんだったが、俺を抱きかかえるのをやめる素振りは見せずそのまま俺を抱っこし続けてくれている。
いくら赤ん坊とはいえ、抱っこし続けるのは体力がいるだろうに……それでも俺に笑顔を向け続ける妖精さんマジ天使……!
その時、妙に明るさが増した事と少しだけ周りの空気が暖かくなった事に気づいて、耳が拾ったパチパチと音が鳴っている方向へと目を向ける。
するとそこには、俺を抱きかかえている妖精の女の子とは別の妖精さん達数人が、中央で焚かれている焚き火を囲むようにして座っている光景が目の前に広がっていた。
一人は背中に自分よりも大きめの剣を背負った男の子で、焚き火に薪をくべながら何処となく不機嫌な様子でジッと焚かれる火を眺めている。
もう一人はこちらも男の子のようで、焚き火の頭上に設置されている鍋を、手に持ったサジで鍋の中を掻き混ぜている。
さらに奥の方では何だか巨大なトカゲに餌をやっている妖精さんが一人と、その後ろで荷台に乗っけられている荷物を整理している妖精さん。
そしてその横で小さなテントを準備している数人妖精さんの姿が見えた。
全員俺を抱っこしている妖精の女の子同様の種族のようだが、髪の色や顔の造りがそれぞれ違っているため一人一人の個性が窺えた。
しかもみんな総じて、整った顔立ちをしている。唯一共通する所と言えば全員が白で統一された服装をしていることぐらいだろう。
(そうか仲間がいたんだな……そりゃそうだよな、こんな夜中に女の子一人じゃ危険だもんな。見たところ何か荷物を運んでいる途中っぽいな……何かの行商の帰りかな? それとも途中? それにしてもみんな整った顔してるなぁ。一体なんて種族なんだろう? みんな子供みたいな体格だし……うーん?)
彼女達が一体何という名前の種族なのか分からず妖精の女の子に抱っこされた状態で頭を捻る。
その時、火に薪をくべていた大剣を背負ってる妖精の男の子がこちらに顔を向けたかと思うと、立ち上がりゆっくりと近づいてきた。
……お、おお? 何だか将来が楽しみなくらい格好いい男の子だ。
白のフードから垣間見える水色に光る髪、エメラルドの瞳も俺を抱っこしている女の子同様に瞳全体に広がっていて宝石の様だ。
鼻も少し大きめの尖がり鼻だが、それすらも彼の顔の造形美を引きたてている。
恰好からしてなんだか如何にも戦士って感じだ。動きやすそうな白い皮の服に腰に巻いた茶色い大柄のベルトが格好いい。膝ほどまで伸びているブーツも土に馴染んでそうだ。
その男の子が、俺を抱っこしている女の子の所までやってくると何だが会話を繰り広げ出した。一応耳を傾けてみる。
「*************?」
「*************」
……駄目だ何て言っているのか理解できない、一体なんて言語を使っているのかもサッパリだ。
まぁ当然だけど、違う世界なんだから元の世界の言葉なんて何の役にも立たないのは仕方ないか。
あー……まずこの世界で生きていくためには言葉を覚えなきゃらないのか……うわぁ憂鬱だ、英語もサッパリだったんだぞ? 大丈夫かな。
言葉をマスターしなきゃならないという最初の難関にぶち当たった俺だったが、不意に何だか視線を感じたので視線を上げる。
すると、妖精の女の子との会話していた妖精の男の子がジッ……と俺に視線を落としていた。おお……やっぱり整った顔立ちをしてる、格好いいじゃないか! 君の将来がお兄さんは楽しみです。
まぁその……俺を抱っこしている妖精の女の子と比べたら劣るかもしれないけどね? だって見た感じ思ったけど、この妖精の女の子の可愛さは別格だと思う。
もしかしたら彼女達の種族の中でも相当な美人さんじゃないだろうか?そんな子に抱っこされてるなんて……いやーなんかすんませんねー?
でもこの妖精の男の子も十分格好良いと思う。そして彼もこの妖精の女の子と同様に優しい心を持った妖精なんだろう。優しくて格好良くて見た感じ戦士っぽいから腕も立つんだろうし……きっと他の女の子からモテモテでしょうね……く、悔しくないよ? お、お兄さん大人だからね?
そう思って妖精の男の子に視線を向け続けると―――。
「……チッ!」
「グギ……?」
……はて? 幻聴かな? ……何だか舌打ちされたような音が聞こえた気が……?
だが次の瞬間には、妖精の男の子が俺に指を突き付けると、何かを捲し立てるように俺を抱いている女の子に向かって声を張り上げた。
その顔は不快に歪められ、時折俺に向ける視線は心底嫌そうに歪められている。……あ、あれ!? 俺何だかこの男の子に歓迎されてない!? むしろ嫌われてるっ!
という事はさっきの舌打ちは幻聴ではなく、この男の子が俺に向けてやった事!? お、おお……舌打ちは世界共通で理解できるものだったんだな……。
なんだか変な方向に感心する俺。そんな俺を無視して頭上の妖精の男の子は女の子に向かって声を荒げている。
「**************!」
「*******?」
「**************!?」
「……****?」
「――っ!? *、****……! ****……」
男の子から何か言われたのか、さっきまで笑顔だった女の子顔が悲しげに歪められる。
その瞬間それを見た妖精の男の子のさっきまでの勢いが嘘のように静まり、今度はしどろもどろとなって女の子に情けない表情を向け何かを話しかける。
……えー何をしてるんだ君は? 何を言ったか知らんけど女の子を悲しませるのはお兄さん感心しませんよ?
すると女の子は俺の顔に視線を落とすと、悲しげに歪められた顔を俺に向ける。……ど、どうしたんだ? 一体何を言われたんだろう? おそらく俺に指を突き付けてたから俺の事について何か言われたんだろうけど。
優しい彼女の事だ。妖精の男の子が俺に対して何かひどい事を言った事を自分事のように悲しんでくれているんじゃないだろうか?
う、うーん? 何と言われたんだろう?
こんな俺に対して……濃い緑色の肌で醜い鳴き声、そして大きめの尖がり鼻な俺に対して何を……?
――― ん? もしかしてあれか? 瞬時にある一つの理由が思い浮かぶ。
もしかして……こんな容姿の俺の事が可愛いとか可愛くないとかそんな事じゃないだろうか? 女の子の可愛いと思う物に対し、男ってのはあんまりその考えに賛同しかねる事ってのが多いからなぁ。
俺も元の世界でよく思ったよ……女の子が妙に気味悪いモノに対し『キモ可愛い』とか言ってるのに対して「いや……これはちょっと無いだろう。」と思う事がね?
多分そんな所じゃないだろうか? うん、何だかそんな気がしてきた。
そう判断した俺は、今だ悲しい表情をしている女の子に対し声を掛けることにした。
「グギー」
「……?」
俺の鳴き声に反応し、女の子が俺にキョトンとした表情を向ける。―― くっ!? そ、その顔も反則的に可愛らしいじゃないか……! 何だか何でも欲しいものを買ってあげたい気持ちになってきちゃったよお兄さん。
貢ぐ男の気持ちも少しばかり分かる気がしてきたが……今はそれよりもやらなけらばならない事がある。
俺は濃い緑色の肌をした右手をゆっくりと彼女に向かって伸ばす。……うーん何度見ても気色悪いな……妖精の男の子の気持ちも分かるな……まぁ今はそれよりも。
俺の突然の行動に妖精の女の子は、良く分からないといった表情だったが伸ばした俺の右手に自分の可愛らしい小さな右手の指を持ってきてくれた。
その瞬間、俺は彼女の指の一本をキュッと掴む。掴まれた事に妖精の女の子は驚いたように大きめの瞳を見開いて俺の顔を覗き込む。
そんな彼女に対し俺は――
(なーに大丈夫だよお嬢ちゃん。人の感性は人それぞれさ! 何を言われたって気にする必要なんてないよ。俺は別に気にしないっていうか……彼の気持ちも分からないでもないし? まぁお嬢ちゃんが可愛いと思ってくれるなら俺はそれで十分だよ! ありがとうね)
そういう思いを込めて俺は表情を緩め……
「グギィー♪」
と一つ鳴いたのであった。……うーん何度聞いても好きにはなれない鳴き声だが……まぁ今は良しとしよう。
そんな俺の鳴き声と、多分笑顔であろう俺の表情を見た妖精の女の子は心底びっくりしたような顔をしていたが。
次の瞬間には、ふにゃっと顔を泣きそうに歪めるとゆっくりと俺の体を抱きしめてきた……って、ふおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!?
や、柔らかい感触が!? それと良い匂いが一層とおおおおおぉぉぉっ!?
しかも力を入れすぎず絶妙な力加減で俺を抱きしめてくれる女の子の優しさがダイレクトに伝わってくるんですが!?
あ、赤ん坊万歳っ! 色々とぶっ飛んだ思考に染められたものの、しばらくして女の子は俺を抱きしめるのやめてもう一度ニパッっと笑顔を向けてくれた。
お、おお。どうやら元気になってくれたようで良かった、若干瞳が潤んでるけどそれも最高に愛らしいです……でも欲を言えばもう少し抱きしめてもらいたかったと思う。
ち、誓って言うけど俺はロリコンじゃないからね!? 今は赤ん坊だからセーフなはずだ! そう思ってもいいはずだようんっ!
そう自分自身に対して言い訳をいていたその瞬間……
……チュッ。
――― 俺の鼻先に、柔らかいくそれでいて弾力のあるモノが触れる感触が走った。
(…………は………?)
「*、****************っ!?」
さらにその時、俺の真横にいた妖精の男の子の絶叫らしき声が響き渡った。
驚いてそちらに眼をやると。そこには俺を指差し信じられないようなモノを見たという様子で、妖精の男の子が口をパクパクさせて愕然としていた。
一体何が起きたのか全く理解が追いつかない頭で、俺はもう一度妖精の女の子に再び視線を戻す。
視線を戻した先には、妖精の女の子のドアップな顔が文字通り目と鼻の先にあった。こちらに向ける彼女の瞳は、慈愛に満ち溢れた聖母のように美しい。
……え?
(ちょ……ちょっと待ってくれ? お、俺今何された……?)
柔らかい何かが触れた感触が僅かに残る鼻に触れながら、俺は呆然と目の前の妖精の女の子の顔を凝視する。
ま、待て? ちょっとまて……!? お、俺今もしかして彼女にっ!?
思いたったある真実に思考が追い付いたその瞬間――― 俺は心の中で絶叫した!
(――― 今っ!? お、おおおお俺っ!? 彼女に! キ、キキキキスされたのかあああっ!?)
あまりの衝撃な事実に、心の中がスパークし歓喜の渦に巻き込まれ思考が薄れる。周囲では妖精の男の子が女の子に向かって何かを喚き散らし、それに対し女の子が強い口調で何かを言い返している声が聞こえた気がしたが。
そんな事さえ気にならないぐらい、俺は自分の身に起きた思いがけない幸運に硬直したままだった。
その後すぐに女の子が立ちあがって、俺を抱いたまま何処かに移動したようだったけど……俺はその事にも気にもせず、ただ呆然と成り行き眺めているだけだった。
―― 拝啓、俺をこの世界に送り込んでくれやがりました胡散臭い占い師様、それと元の世界で新婚生活満喫中の親父様、義母様、そして義妹様。
―― 何だか突然すぎる事態に困惑し、新しい世界と未来という先の見えない物に今だ不安を持っている俺ではありますが。
―― この世界で初めて出会った、超可愛らしい妖精の女の子のおかげで。
―― 俺、この世界の事が好きになれそうです。
元の世界にいる家族と、この世界に俺を送り込んだ張本人に向かって俺は心の中でそう呟くと―――
妖精の女の子が口ずさむ、美しい音色の子守歌らしい歌に耳を傾けながら……ゆっくりと眠りについていったのだった。