第三話 噛み合わないまま、世界にサヨナラ
バイト帰りの途中。出会った胡散臭い占い師に勧められるまま占いを受け早三十分程が経過した。
質問形式(?)の占いという方法で占いを受けていた俺だったが。
今現在、何だか妙な方向へと話は進んでいるようだった。
「さぁさぁ! 気が変わらないうちにやる事やっちゃいましょうお兄さん! 大丈夫ですよー痛くありませんからねー」
そう言うと目の前の占い師は、俺の方に両手を向け何やら「むむむむ~っ」と唸り出す。
……何やってんだろうかこの子は。
先程まで狂喜乱舞して一通り喜んで満足したのか、今度は俺には理解不能な行動を始める占い師に俺は白い目を向ける。
何が大丈夫なのか知らんけど、俺は君の方こそ大丈夫なのかと心配になってきましたよ?
そんな思いを含めた俺の視線など、やっぱりどこ吹く風と気にも留めない占い師は先程から両手を向けた状態から微動だにしない。
っていうか本当に占いの結果はどうした? 終わったんじゃないの? もしかしてまだ続いてる? 気が変わらないうちにって、一体何の事? っていうかさっきの異世界云々ってどゆ事?
様々な思考が俺の頭を過る中、時間だけが無駄に過ぎていきます。
―― そして更に数分が経過、けれど現状今だ変化無し。
流石にこれ以上の時間の浪費は俺としてもご免被りたいと考えた俺は、妙なポーズを取りつづける占い師に話掛ける事にした。……といかぶっちゃけ帰りたいんですお兄さん。
「あー……すんませーん。俺そろそろ帰りたいんですけ」
「―― っ来たあああっ!」
「え!? 何っ!? 何かすんませんっ!?」
突如声を張り上げる占い師。それに驚いて咄嗟に謝罪の言葉を口にする俺。
何かあったらとりあえず謝っとけ精紳が脊髄反射の域に達している現われだった……なんと言う負け犬スピリット。
けれど占い師はそんな俺に見向きもせず次の瞬間、自分の目の前で左右の両掌を叩き合わせる。
柏手を打った時の小気味の良い音が辺りに響いた。すると―――
「っな、何だぁ!?」
目の前に広がった光景に俺は驚きの声を上げた。
そりゃそうだろう。占い師が手を叩き合わせた空中に突如として青白い光を放つ一枚のカードが現れ、クルクルと回っているのだから。
そのカードが重力に落下し始めた瞬間、占い師の右手が動き一瞬の内にカードを掴む。
そしてそのまま青白く光るカードをこちらに向けながら、フード下から見える口元をニッと釣り上げ俺に笑みを向けた。
「やー、どうもお待たせしましたお兄さん。今ようやくこの世界の創造神様から許可が下りましたー」
「は!? え、何その手に持ってるカード!? さっきまで無かったよね!? っていうか何で光ってるの!?」
「あーこれですか? このカードはこの世界に於ける、お兄さんという存在を構成する上で必要な要素全てが詰まっているカードでして言わばお兄さんの存在そのものです」
右手に持つ青白く発光しつづけるカードを左右に軽く揺すり、そう説明する占い師。
俺の存在そのもの……? 一体どう言う事だろうか?
「ついさっきお兄さんをこの世界から引き抜く許可を頂きましたので、この世界の創造神様より賜りましたー」
「そ、ソウゾウシン? 引き抜き? な、何? どう言う事?」
「要するに、このカードにお兄さんの全てが記されてるって考えてもらえばいいです。これから行う儀式にこのカードは絶対必要なんですよー」
「え、えーと……儀式ってことはつまり、これって占いの続きって解釈でいいの? 質問は前座で、そのカードを使う占いが本番って訳?」
「……まぁそれで結構です。別にその辺の事は理解してもらわなくても……それでどうします? 一応お兄さんがこの世界で辿るであろう未来が書かれてますが、何か質問あります? まぁお兄さんの事ですから幸薄い事ばっかりの未来でしょうけど?」
「おいコラッ!? まだ見てもいないのに決め付けるなっ!」
「安心してくださいよー。どんな未来であろうともちゃんと導いて差し上げますからー! 新しい世界と新しい貴方へと! うふふふふふふふふ」
そう言って、何だか意味深に笑う占い師は今も青白く光るカードを机の上へと置いた。それをマジマジと眺める俺。
……すっげーまだ光ってるよ。一体どう言った仕掛けが施されてるんだろう? 俺の存在そのものって言ってたけど、つまりこのカードに俺の未来が書かれているってそう言う事?
しっかし最近の占いって言うのはパフォーマンスも凝ってるんだなー。
いきなり何も無い空中からカードを出すなんて一体どんなトリックの手品だろう?
そんな事を思いながら俺はしばらくカードを眺め続ける。
……と言っても、光ってるだけで何にも書かれてないけどね? このカードの何処に俺の未来が書かれてるって言うんだろうか?
首を捻る俺だったが、そんな俺の様子に占い師が『にゅふふ』と笑い声を上げて話掛けてきた。
「お兄さーん? そんなに見つめてもお兄さんには何も見えませんよー。これが見れるのは許可が下りた私とこの世界の創造神様だけです」
「え? ああ、そういう設定なの? 随分と凝ってるな、神様とかなんとか……」
「……まぁいいでしょう。それで? 何か知りたい自分の未来はあります?」
そう占い師から聞かれて俺は少しだけ考える。うーん? 知りたい自分の未来ねぇ……。
「そうだなー……あ、そうだ。俺ってこの先ちゃんと就職できるか分かる?」
大学を卒業したものの就職活動が上手く行かず。現在、バイトを掛け持ちしてフリーターの一人暮しやっているお兄さんな訳なんですが。やっぱり、ちゃんと就職して安定した生活を送りたい所なんです。
実家で暮らしながら職探すってのも手だが……あの、再婚して新婚のイチャラブ時空を周囲に放出している親父と義母の姿を毎日見るってのは……彼女いない暦=年齢な俺には無理です。
というか親父を嫉妬で殴りかねん。後、俺が家にいると義妹が怖がるんです。
ちょっと暗いオーラを出す俺だったが、占い師は気にした様子もなく行動に移ったようだった。
「ちょっと待ってくださいねー」
そう言うと、占い師は右手をカードの上のかざし何かぶつぶつと呟く。
――― その瞬間。
カードから漏れる光が一層の輝きを放ち、光の粒子を立ち上らせた。
っおお!? な、何だか凄いなこの占い。ちょっとは期待できるかもしれないぞ。
「……ど、どう? 何か分かった?」
「うーん……あ、何か今から1年後に珍しい名前の職業につくみたいですよー?」
カードに手をかざしたままの状態を維持しながら、そう占い師が呟く。
その言葉に俺は思わず跳び上がりそうになった。
い、1年後に就職してるだって!? 今はただのフリーターの俺が!? それも珍しい名前の仕事!? い、一体どんな仕事に就いているんだ1年後の俺っ!?
かなりテンションが上がった俺は、逸る気持ちをそのままに占い師に尋ねた。
「な、何!? それはなんて名前の職業!? 教えてくれ!」
そんな俺に向かって、占い師がカードから手をかざすのをやめて。その後こちらに顔を向けると、しっかりとした声で教えてくれた。
「はい『ニート』って名前の」
――― ごめん。お兄さん泣いていいかな?
「お兄さーん? 『ニート』ってどう言った職業ですか?」
天国気分から一転、地獄の底に落とされ絶望に打ちのめされている俺に、まるで追い討ちを掛けるように目の前の占い師からの質問が俺に突き刺さる。
……分かってて言ってるなら、この子相当に性根が腐ってるとしか思えない……。
きっと今、死んだ魚のような瞳をしている目を何とか動かし目の前の占い師に視線を向ける。
視線の先の占い師は、「?」と小首を傾げ俺の様子を伺っていた。……うん、どうやら本当に知らないらしい。
「お兄さーん? もしもーし『ニート』って何ですかー?」
「……内職……かなぁ……?」
「ほほーそうですかー」
……ごめん、お兄さん嘘つきました……やめてくれっ! そんな無垢な心で今の惨めな俺を見ないでくれえええええええっ!
「ほんじゃ他に聞きたい事ありますー?」
「……いや、別にいいよ……なんかニートになる時点で色々と分かった気がする……」
痛いぐらいに分かりましたとも、なんか色々と駄目な未来に一直線っていう事がね?
はははは夕焼けが綺麗だなーと現実逃避する俺。所詮占いだと割り切ればいいのだが結構気にするタイプだったらしい。
……いや待て、諦めるのは早いぞ俺。きっと運命は変えられる! 変えるためにあるんだ!
心の内でそんな熱い事を思っている俺だったが、そんな俺に向かって占い師が怪訝そうな表情で話しかけてくる
「んー? お兄さーん、何をやる気になってるかは知りませんが。この世界で辿るであろう未来は、新しい世界を選択したらお兄さんとは関係無くなりますから別にそんなに気にする必要無いですよー?」
「……はい? 何言ってるの?」
いや、むしろそんな未来との関わりなんてこっちからお断りなんだが……。
後、なんか聞き捨てならない事言わなかったかこの占い師?これから俺に待ち受ける『1年後にニートになる』という未来が、俺とは関係無くなるだって?
そして新しい世界を選択したら……?
占い師の言葉を心の中で反芻するように繰り返す。暫くの間その言葉の意味を考えていた俺だったけど……。
すぐにピンと来て、目を見開く。それって……それってまさかっ!?
思わずうな垂れていた上半身を勢い良く起こした俺は、そのままの勢いで目の前の占い師に詰め寄る!
突然の俺の行動に占い師が『ひゃわぁっ!? な、なんですかー!? なんですかー!?』と軽いパニックに陥ったようだが、それもお構いなしに俺は言葉を捲くし立てた。
「―― っそ、それってもしかして!? 俺の未来が変わるってそう言う事!?」
「はえ!? え、ええまぁそういう事……ですかねー?」
俺の剣幕に若干引きつつもそう答える占い師。
や、やっぱりそう意味なのか! そうだよね! 仮にも占い師だったら占った相手がより良い未来へ進めるよう道を示すのが仕事だもんなっ!
やった! やったぞ俺! 首の皮一枚つながった! 俺にもまだ希望はあるぞ!
思わず顔を伏せ喜びを噛みしめる俺だったが、その俺の様子に占い師は困惑しているようだったが。
突然何を思ったのか、ハッと何かに気づいたと思ったら――。
「……え? ……も、もしかしてお兄さん、こっちの世界で辿る未来を知って……気が変わったとか言いませんよねっ!? そ、そんな困りますよぉっ!? 異世界に興味があるって言ったじゃないですかーっ!? ま、まだ完全に本人の承諾取ってないから取り止めは可能ですけど……! それはないですよーお兄さんーっ!」
「おわっ!?」
今度は逆に、占い師が俺に詰め寄る形で捲し立ててきた。しかも何だか若干涙声だ……ど、どうしたんだ一体?
再び机の上に上体を乗り出し出した占い師は、バンバンと机を両手で何度も叩く。何だか凄く興奮しているようです。
「こ、こっちの世界よりも! きっと新しい世界の方が楽しい事いっぱいですよ!? ええそうに決まってます! 今以上な幸せがきっとお兄さんを待っていますよ!? だから……だから取り止めるなんて言わないでください~っ!」
楽しい事がいっぱい!? 今以上の幸せ!? 占い師から発せられる魅力的な言葉に、俺は衝撃を受け硬直する。
な、何だその胸躍る素敵な響きは。この占い師さんが導いてくれる俺の未来は、そんな未来で溢れているというのか!?
驚愕する俺に気づいていないのか、そのまま言葉を続ける占い師。
「ご家族の幸せだってバッチリ守りますっ!! 絶対後悔させません~っ! お兄さんが引き抜かれても、この世界にお兄さんであり、お兄さんではない『私と出会わなかった場合』の運命を辿ったお兄さんが存在することになるんで『お兄さんが行方不明ーっ!』って大騒ぎにもなりませんー! 新しい未来では絶対幸福な未来がお兄さんを待っていますよー!」
……な、何か色々訳分かんないけど……占い師さんが導く未来を選べば俺の家族も幸せで、さらに俺にも幸せな未来が待っているとそういう事か!?
目茶苦茶良い未来じゃないか!? 断然そっちの方がいいぞ!?
素敵過ぎるもう一つの俺の未来模様にただ呆然とする俺。そんな俺にこれまた何を思ったのか、眼の前の占い師は突然ペコペコと頭を何度も俺に下げ始める行動に移った。
「お願いじまず~わだじにどっでも最後のヂャンズなんでず~っ! 昇格かかってるんですってば~っ! 後生でず~私の手をとってくだざい~っ!」
頭を下げるのをやめたかと思えば、次に両手を祈るように結び合わせ今度は俺に縋る様に詰め寄ってくる占い師。
な、何でそんなに必死なんだ? 昇格って何だ? 良く分からないが、俺がこの占い師さんの導く未来を選べば占い師さんが何か知らないけど昇格するってそう言う事か? 占い師にもノルマとかあるのかな……?
い、いやそんなことよりも重要なのは! 俺は今、これから自分が進む未来を選択できるって事だよ!
この占い師さんの手をとれば、俺は『1年後にニートになる』という未来を回避できるという事だよな? そういう事だよな?
―― なら考える必要などないじゃないか俺っ!!
すぐさまそう結論を出した俺は、祈るように手を組み合わせている占い師さんの手をしっかりと握った。
俺のその行動に、顔を伏せてプルプルと体を震わせていた占い師さんが驚いたようにパッと顔を上げる。
そんな占い師に向かって、俺は純度100パーセントの笑顔を向けて頷きながら言葉を発した。
「―― OK分かった占い師さん! 俺をその(ニート回避の)未来へ導いてくれ!」
「……え? そ、それって……!? (異世界転生を)受け入れてくれるという事ですか!?」
「ああ勿論だともっ! 考える必要なんてあるか? 無いだろう! 俺を(1年後にニートにならない未来へ)導いてくれるんだろう?」
「は、はい! 勿論ですよっ! それはもうバッチリと(異世界へ)導いてあげますっ! 新しい世界がお兄さんを待っていますよ!」
「ああそうだな! 新い世界……その通りだ! しっかりと頼むよ? 占い師さん」
「―― っはいぃぃ! ありがとうごじゃいましゅぅぅっ!」
感激したのか、フードで隠れている占い師さんの眼元からボロボロと涙が零れ落ちるのが見えた。
な、泣いてる!? 何で泣いて……ああそうか、占い師さんも昇格がどうとか言ってたっけ。
泣き出した占い師に驚く俺だったが、瞬時に合点がいって納得する。何だよ……この選択はお互いにとっても良いことばかりじゃないか。うんうん、この選択でいいんだよ俺。
どんな未来が待ち受けているかは知らないけど、少なくとも1年後にニートになっているとか言う未来よりかは幸福な世界が待っているはずさっ!
そう意気込む俺。その時、占い師さんが何かに気づいた様で……ポッと頬を桃色に薄く染めた。
ん? 何だ?
「……あ、あの~? て、手を離してくれませんか~?」
「え? ああ、ごめんごめん」
もじもじと身じろぎし何処か気まずげな占い師さんの様子を見た俺は、握ったままの占い師さんの手から自分の手を離した。いけね、握ったままだったよ。
手を離した俺達は、お互いに姿勢を正し再び向かい合う。……若干占い師が視線を逸らしている気がするけど……もしかして手を握り合ってしまった事に照れてる?
案外初心な子だなーと、つい和んでしまう俺。
なんだ可愛い所もあるじゃないか、毒舌だけじゃないって事が分かってお兄さんは一安心です。
生暖かい視線を向けられて、占い師が居心地悪そうにしていたが気を取り直した様に小さく咳払いをした。
「コホン……そ、それではお兄さんっ! ちゃちゃっと済ましちゃいましょう! 最終確認です! これに承諾してくれさえすれば、次に目覚めた時お兄さんを待っているのは新しい世界と! 新いお兄さんの未来ですっ! 準備はいいですか!?」
少しだけ真剣な声色でそう俺に尋ねる占い師。
その言葉を聞いて俺はゆっくりと、言葉の噛み締めるように頷いた。
「……新しい世界と未来か……確かにそう言ってもいいよな! ……ん? 承諾? 次に目覚めた時?」
……なんだか妙な言葉が混じっているような? そんな俺に気づいた様子も無く、占い師は口を開き続ける。
「―― では行きますよお兄さんっ!? どうかお兄さんの新しい未来に幸運がある事を祈ってます!」
「……んー? まぁいいか……よしっ! どんと来いっ!!」
意気込んで言葉を返す俺に、占い師は机の上に置いてあった今だ光り続けるカードを手に取り、俺の方へと向ける。
そして深く小さく深呼吸し―― 言葉を放った。
「―― この世界の『人間』『ウスイ コウ』! 汝っ『異世界転生』の儀の承諾を認めますかっ!?」
「おうっ! ……ってはい?」
―― 異世界転生? ……何それ?
反射的に肯定を返してしまった俺だったが、何だか妙な事を聞かれた事に気づいて返事を返した後になって首を傾げた。
―― その瞬間。
占い師の手に握られていたカードから今までと比べ物にならない位の光が溢れ、まるでその周辺一帯を包み込むような眩い光が迸った――!
あまりの眩さに俺は両手を眼の前に持って来て、その光を遮るように身構える。な、何だあああぁぁぁぁっ!?
「な、何だこの光っ!? ま、前が見えない……っ!? ちょっ占い師さんっ! 何なんだよこの光はっ!?」
「―― っやったあああああああぁぁっ! これで課題クリアですーっ! お兄さんっ! 本当にありがとうございましたっ! どうか新しい世界に行ってもお元気でーっ!」
光の奥からそんな占い師の声が聞こえてきた。って質問の答えになってないぞ!?
「――― はぁっ!? ちょっと待ってどういう事……うおおおおおおぉぉぉぉっ!?」
訳も分からないまま俺はその光に飲み込まれ……。
―――― そのまま意識を手放した。
すみません。納得いくものができず、ただでさえ遅筆な上、色々と書き直しだのしていたら遅くなってしまいました。面目無いです。