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第十話  穏やかな午後――そして事件発生!?

ちゃちゃちゃーんちゃんちゃかちゃーん♪ ちゃーちゃちゃんちゃんちゃ――♪


――ジャージャンッ!♪ 


敵に遭遇したっ!


ゴブリンAが現れたっ! ゴブリンBが現れたっ! アドンが現れたっ!


ゴブリンAは逃げ出したっ! ゴブリンBは逃げ出したっ! アドンはこちらに気付かずボーっとしている!


勇者の背後からこっそり攻撃っ!


アドンに63のダメージを与えたっ! アドンをあっけなく倒したっ!


敵を全滅させた!


勇者は1ポイントの経験値を獲得した!






――こうして、俺の第二の生涯は幕を閉じたのだった……。






~ Fin ~



*     *     *     *     *



「――ッギ! グギャギャギャアアアアアアアアアッ!?(――って! そんな終わり方嫌じゃああああああああああああああっ!?)」



体を跳ね上げ、自分のあっけない死に様を全力で拒否するように力の限り声を上げる。


いやいやいやマジ洒落になってないって!? 何だよあの呆気無くも情けない死に方は!? しかもぼーっとしてた所をいきなり斬りつけられて終わりとか俺は馬鹿か!? 気付けよっ!


だいたい勇者さん貴方仮にも勇者でしょう! 相手がぼーっとしてる所をこっそり背後からとかそれは勇者的にどうよっ!? 貴方のファンからきっとブーイング殺到だよ! もしくは今流行りの外道勇者だったのか!? しかも俺を倒した時の見返り低なぁおいっ!! いや納得しますけどね!? 俺なんて蚊トンボだからそこは納得するけど、獲得経験値が1しか獲得できないなら見逃してくれたって良かったじゃん! 俺があまりにも報われ無さすぎるぅぅぅっ! 


――ってあれ?


一頻り自分の人生(?)の終わり方に総突っ込みを入れた所で、キョロキョロと周りを見回してみる。俺の視界に広がる光景は、『青の集落』のいつもと何ら変わらないゴブリンの子供達で賑わう広場という馴染み深い物だった。


そして、俺のすぐ隣に座って本を読んでいたらしいジャントンの『何事?』といった感じの、獣の頭蓋骨の奥から覗くキョトンとした瞳と眼が合う。あ、あれ……俺は一体?


次に自分の体を見下ろし、ペしペしと軽く手で叩きながら異常が無いかを確認する。自慢にならない貧弱さを誇る俺の体ではあるが、特にこれといった異常は見られず健康そのもの。強いて言えばちょっと動悸が激しくなっていて少し汗を掻いているぐらいだ。ちゃんと生きてる。


続いてお腹の辺りに重みを感じたんで視線を落とすと、お腹の上にはワンドルから借りて来た本が一冊開いた状態でうつ伏せに置かれていた。


……それを見た瞬間、俺の頭の中に一つの結論が浮かび上がった。これはもしかしなくてもあれか? 本を読んでいる最中に、何時の間にか寝落ちしていたとか言う御約束な展開では……?


うん……多分……いや間違いなく寝ちゃったんだろう。そう言えば俺、こういう専門書みたいな物は全く読まない奴でした。授業の教科書も開くだけで眠くなるような奴でしたよ……好きなライトノベルとかはどんなに文字がビッシリ書き込んであろうが全く平気なんですけどねっ!?


それはともかく何だ夢オチかよびっくりしたー。いや、この際夢で良かったと喜ぶべき所だな。あんな間抜けな死にかただけは絶対にゴメンだし……全く何て悪夢だ、おかげでまだ日も高い時間から嫌な汗を掻いちゃったじゃないか。


ふーっと安堵のため息を吐きつつも、勉強を頑張ると決めた初日でこの体たらく……駄目じゃん俺。幸先悪いにも程があるぞ。こんなんじゃ次に狩りや採取に行ける日は遠いなぁ。


自分の不甲斐なさに呆れつつも、まだ隣からジャントンの視線を感じたのでそちらへと眼を向けてみる。視線を向けた先のジャントンは俺の様子を不思議そうに観察していた。


……もしかして俺が絶叫を上げて飛び起きた理由を聞きたがっているのか? 確かに今まで隣で惰眠貪ってた奴が、突然奇声を上げて飛び起きたら誰だって不思議に思うよな。そう思ったんでジャントンに何でもない事を伝えようと試みる。


だけど、口を開いて身ぶり手ぶりで説明を開始しようとした所でジャントンが急に何かを思いついたように空へと視線を向けた。暫く空を見上げていたジャントンは、次に再び俺へと視線を戻しジロジロと俺を観察する。


……なんだ一体どうしたんだろうジャントンは?


一頻り俺を見たジャントンは、今度は自分の懐へと視線を向けると片手をゴソゴソと自分のローブの中へと入れて何かを漁り始め出した。そしてすぐにお目当ての物を探り当てたらしいジャントンは、懐から小さな懐中時計を取り出しそれに眼を向ける。


時間を確認したらしいジャントンは、頭蓋骨の奥の眼を少しだけ見開いた後……ふーっと息を吐いた。





――ああ、もうそんな時間なんだ。





……俺の頭の中にジャントンのそんな言葉のフレーズが過った気がしたのは、恐らく気のせいなんかじゃないだろう。


――このちびっ子さんっ! 俺が悪夢を見て飛び起きた一連の出来事を、時刻のお知らせ程度の事で片付けやがったよっ!?


驚愕に染まる視線を向ける俺の事などお構い無しに、ジャントンは手に持っていた懐中時計を懐に戻し今まで読んでいた分厚い本を閉じた後、体の凝り解す様にググーッと両手を上げて背伸びまでし始めてくれやがりました。


こ、この野郎! そこは少しでも俺の心配をしてくれても良い場面じゃないのっ!? ほらっ冷や汗掻いてるじゃん動悸だって少し激しくなってるじゃん! なのに何だよその態度っ俺達友達でしょっ!? まさかそう思ってるのは俺だけで、ジャントンは俺を鳩時計代わりにしか思って無かったとか!? そんな悲しい現実が待っていたとかいう結末だったら、しばらく立ち直れないよお兄さんっ!?


思わず『グギーグギー!』と抗議の声を上げて憤慨するも、それさえも華麗にスルーするジャントンは本を片手に抱えた後その場に立ちあがると、ズルズルとローブを引き摺りながら前へと移動し始めた。


ええいこら待てっ! 話はまだ終わって無いぞっ!


ジャントンの後を追うべく俺も自分の本を片手にその場で立ちあがり、そのままジャントンの傍へと走り出そうとした……正にその瞬間。



――ぐぅぅぅ~キュルルル……。



……俺のお腹から、そんな間抜けな音が鳴ったのだった……。


ジャントンもその音を聞きつけた様子で歩くのを止めて、こちらへと顔を向ける。……いや……そこは聞かなかった振りをして歩き続けて頂いても構わない場面ですジャントンさん。しかも別に馬鹿にしたように笑う訳でも、呆れた様な視線を向ける訳でもなく、ただ不思議そうに俺を見ていて『?』と首を傾げているだけなのが……正直結構堪える。色々と見透かされている気がしてならない。


……OK認めよう。俺の腹時計は時間に正確だったというその事実を素直に受け止めようじゃないか。確かに今は太陽が真上だし、もうお昼の時間なのは間違いないのだから。


しばらく黄昏るように視線を遠い空の彼方へ向けていたい気分だったけど、その場で立ったままの状態の俺を疑問に思ったのか、ジャントンがこちらへと戻って来て俺の顔を覗き込み再び首を傾げる。そしてそのまま俺の右手を取ると、クイクイと引っ張って来た。


……これはきっと『お昼ご飯を食べにいかないの? 一緒に行こうよ』と、無口なジャントンが俺にそれを伝えようとしているサインなんだろうなぁ。


その後、このままジャントンを俺の黄昏気分に巻き込むのは忍びないので、ジャントンの手を握り返して二人で『青の集落』の露店が並ぶ道並みへと歩みを進める事にしました。


ゴブリンの子供二人が手を繋いで歩く様子は少し微笑ましい光景ではないだろうかと頭の片隅で思いながら、ちょっと上機嫌そうなジャントンと共に歩み出す。


何だか色々と負けた気分になった、そんな俺のお昼の一幕だった。




*     *     *     *     *




「ギッギャギャッグギャー♪(いっただっきまーす♪)」

「…………」



隣に座るジャントンと共に、手に持った干し肉と野菜、それから『ホクホクダケ』がスライスされた物が挟まれたパンを手に持ち、そのまま齧り付くようにして食べ始める。モシャモシャと口を動かすと『ホクホクダケ』から熱が発生し、それにハフハフしながらも口を動かす事が止められない。


美味いっ! 干し肉にも熱が伝わって出来たてを食べてるみたいだ。まぁ実際出来たてなんだけど、それでも時間を措いたってこの美味しさが変わらない事は間違い無しだろう。トロっとしたチリソースのようなソースもこれまた良い仕事してくれて、もう本当堪りませんなぁっ!


隣に座るジャントンも頭蓋骨の仮面の下でハフハフと口を動かしているようだけど、こちらも俺と同様食べるのを止められないと言った感じだ。一心不乱に食べ続けているのが一目で分かる。


……けど、それにしたってジャントン。食べる時に覆面レスラーみたく食事時用の仮面くらい用意しておけば良いのに。流石に食べ辛くないか? わざわざローブの中に食べ物入れて、さらにそれを仮面の下に持って行って食べるなんて……まぁジャントンがそれで良いなら俺も別に構わないんだけど。


ちなみに俺はジャントンの仮面の下に隠された素顔を見た事が無い。何で隠してるのか知らないけど、それでも別に俺は無理にジャントンの素顔を見ようとは思わない。まぁ何か色々と事情があるんだろうしね? 


見てみたいって気持ちも確かにあるにはあるんだけど……でも、自分の好奇心を満たす為だけにジャントンの素顔を暴こうなんて事はどうもねぇ? 嫌がるだろうし、嫌われるかもしれない。後が怖いってのも理由の一つか? うん我ながら惚れ惚れする程見事なチキンぶりだ。


そう言った訳で、別にこれから先ジャントンの素顔を見れ無くても構わないって思ってる。いつか見せてくれる日が来てくれたら良いなーって思う位だ。その日が来るのを気長に待つ事にするよ。いつも仮面を付けてる無口で小さなゴブリンの友達……それがジャントン。それで良いじゃないか。


一人そう結論付けて隣のジャントンに視線をやると、ジャントンの仮面にソースが付いているのを発見した。


ジャントンは気付いていない様子で食べるのに夢中なので、俺は腰の小さな道具袋からハンカチ代わりに持っている布を一枚取り出して、ジャントンの仮面に手を伸ばしてソースを拭き取ってあげる。汚れを拭き取った俺は、そのままハンカチを道具袋へと戻し自分も食べるのを再開する。髑髏の仮面の奥からジャントンがこちらを一瞥した様だったけど、それだけだった。特に気にした様子も無く食事を続けているようである。


これが他のゴブリンの子供だったら、仮面に手を伸ばした瞬間にジャントンの強烈な本の一撃が振り落とされるんだけど……俺に対してはそう言った行動にでないんだよね。最初の何度かはその餌食になったけど、少ししたら何もされなくなったんだ。これはきっとジャントンが、俺が仮面を外す行動を取らないだろうと言った、ジャントンなりの信頼の表れだと俺は思っている。はっはっは! その気持ちがくすぐったいけど嬉しいねっ!



「どうだチビ共、オレッちの作った『干し肉ホクホクサンド』の味は? 美味ぇだろうっ!?」

「グッググギャー!(超美味いっすよー!)」

「…………」



俺達の座る場所の目の前から、俺達にお昼をご馳走してくれた露店のゴブリンのおっちゃんがそう声を掛けてきたので、それに笑顔でサムズアップを返しながら頷く。ジャントンも俺と同じく『ズビッ!』と、やけに力の入ったサムズアップをゴブリンのおっちゃんに返して何度も頷いていた。


そんな俺達の様子を満足そうに頷いたおっちゃんは、『さぁさぁっ! 子供も大満足のオレッちの『干し肉ホクホクサンド』! 値段も手ごろ! 昼食にお一つどうだいっ!』と、道先を歩く同胞達へと呼び込みを始め出した。


おおっ! 俺達の満足そうな姿を呼び込みに活かすとは見事な商魂……思わず感心してしまった。


しかもそれを聞いた道を歩いていた同胞達が、俺達の一心不乱に『干し肉ホクホクサンド』を頬張る姿を見て、ゴクっと小さく喉を鳴らした後におっちゃんの露店へと足を向ける姿が増え始めた。


……ははぁん成程ねぇ? だからおっちゃんは俺達に『食べるならオレッちの露店の前で食べてくれねぇか?』って言って来たんだな。本当ならジャントンと『青の集落』の広場まで戻って食べようと思ってたんだけど、それをわざわざ呼び止めたのはこれが目的だったんだな。


ご丁寧に椅子まで用意してくれたし、広場まで戻る手間が省けた上に美味しい物を食べさせてくれたから別に文句なんて無いんだけどね? 全く抜け目の無いおっちゃんだよ。


おっちゃんの露店に他の同胞が集まるのを何となく見やりながら『干し肉のホクホクサンド』を頬張る。同胞がおっちゃんに銅貨を渡している姿が見えて、あーやっぱり大人はお金を払わなきゃ駄目なんだよなーと、そんな当たり前の事を考えた。


俺とジャントンがおっちゃんに頂いたこの『干し肉ホクホクサンド』。実はこれお金を払っておらずタダで貰ったモノなのである。おっちゃんが気前良く奢ってくれた訳じゃなく、呼び込みに役立ってくれたからでもない。『ゴブランド王国』では、まだ成人していないゴブリンの子供には今の俺達のように、タダで食事にありつけられる事になっているんだ。


ゴブリン族には子供の成長を大人全員で見守り育てると言った習性があり、力の弱いゴブリンが沢山の子孫の命を守るために全員で協力し力を合わせ始めた事が始まりだったって聞いてる。例え力は弱くても、それでも仲間が集まれば大きな力になる。ゴブリン族の仲間意識が高いのも、これが一因になってるんじゃないだろうか? うん、見た目と違って割と仲間を大事にする種族なんだよゴブリン族って。我が子は自分が中心になって育てたいって親のゴブリンも多いけど、それでも子を連れて買い物に出かければ代金を割り引きして貰えている姿を見掛けるのだって王国じゃ普通だ。


それでも流石に全部の店が子供の食べ物をタダにしてしまってはお店の利益的に問題になるから、ちょっとした決まり事があるんだけどね。


視線を少しだけ上に上げた俺は、おっちゃんの露店の屋根の部分に取り付けられている物に視線を向けた。屋根の上には周りから見え易いように取り付けられた一本の『青い旗』があって、風に小さく揺れている。この『青い旗』こそ『子供には無料で食べ物を与えますよ』って言うお店の目印になっているんだ。


この旗は『青の集落』に並ぶお店が、期間を決めてそれぞれ交代制で取り付けるよう『青の集落』で決め付けられていて、『青の旗』を取り付けてある期間中のお店だけは子供に無料で食べ物を与える事になっているのである。さらに子供に無料で食べ物を与えた分の店の損失分を、その後ちゃんと『青の集落』の族長であるメディーマ婆さんに申請すれば、その分の損失分の代金をメディーマ婆さんが王国に申請し、ちゃんとその損失分の利益を国から払ってもらえるようになっている。勿論少しだけ色が付くから、この『青の旗』を取り付ける決まりに文句があるゴブリンなんて一匹もいないさ。


王国に取っては痛い出費と思われるかもしれなけど、子供が大人になれば自分達が子供の頃に受けた恩を返す形も含めて、ちゃんと国に税を納める形になるんだから特に問題はない。


ギブアンドテイク、うん世の中そんなもんだ。俺も大きくなったらちゃんと王国に返していかなきゃなー。大人になるまでのこの三年間の間に、狩りの仕方や仕事をちゃんと覚えて行かなきゃならない。子供の時でもやる事は沢山あるんだから。


そんな事を考えながら最後のパンの一欠けらを口の中に放り込む。ご馳走さまー! あー美味しかった。このおっちゃんのお店は要チェックだな。明日もお昼をご馳走してもらおうかなー。


昼食を終えた俺は椅子を降りて立ちあがりググーッっと背伸びをする。さて腹も膨れた事だし、この後何をしようか? 広場に戻って勉強の続き……出来るのか俺? いや十分惰眠を貪ったから流石に寝る事は無い筈。おかげで今日のお昼寝タイムが必要無い程目が冴えちゃってるし、今度こそちゃんと勉強に集中出来筈っ!


隣の椅子に座るジャントンに視線を向けると、ジャントンは先に食べ終えてしまった俺を見て、焦ったようにハグハグと食べる速度を上げているみたいだった。


あっいけね。ジャントンは他よりも食べる速度が遅い子だった……ははははっそんなに焦って食べなくても友達を置いて一人でどっかに行くような薄情な奴ではないつもりだよ?


再び椅子に腰を下ろした俺はジャントンが食べ終わるまで待つ事にする。足を延ばして視線は頭上のぽっかりと大きな穴の開いた青空へ向けてダラーッっとリラックス。


あー……ノンビリする時間って最高だね。このまま鼻歌でも口ずさんでしばらくボケっとしていようか。隣からジャントンの視線を感じたけど、その後俺がジャントンを置いて何処かに行く気が無い事を理解してくれたようで、自分の食事へと戻ったのが何となく肌で理解できた。食べるスピードも落ち着いたみたいです……ゆっくりと良く噛んでお食べなさい、お兄さんはいくらでも待ちますよ。


穏やかなのほほんタイムへ突入。


さぁ今日も二人でこの時間を楽しもうじゃないかとそう考えた――その時。



「――おいおい見ろよお前等。こんな所に落ちこぼれが馬鹿面で座ってやがるぜ!」

「ゲスゲスッ! 本当でゲスな兄貴!」

「ヤッサイ!」

「…………(ジロ)」

「……グッギャー。グギャグギギギギャーグ(……グッバイ。穏やかなのほほんタイム)」



意地の悪い言葉と声音を耳にして、俺はそっと空に向けていた瞳に哀愁を含んで一人言葉を溢した。……いや良いんだけどさ、今は昼食の時間帯だしこう言ったエンカウントがあっても不思議じゃない。けどよりによってこの子達と遭遇かぁ……出来れば回避したかった。


まぁ出会ってしまったのは仕方ないから、俺は内心ガックリしながらも視線を意地の悪い声が聞こえた方へゆっくりと向けた。……ジャントンも何だか酷く気分を害したような空気を纏いつつ、不機嫌そうな眼を同じ方角へと向ける。


俺達の視線の先にいたのは、三匹のゴブリンの子供達だった。


真中に小太りした体格の良い黄色い素肌を持ったリーダー格と一目で分かるゴブリンの子供が偉そうに腰に両手を当て踏ん反り返っていて、その両脇に黄緑色の肌の細身なゴブリンの子と、同じく黄緑色のポチャリしたゴブリンの子供を腰巾着よろしく従えている。



「……グッギャグ(……ボッコル)」

「やい落ちこぼれ、お前も飯を貰いに来たのか? 精々食っておけよ! どうせお前みたいな落ちこぼれは大人になったら食べる事に困るに決まってんだからよ!」



……何だか凄く現実味ある痛い一言を言ってくれるリーダー格の黄色い肌のゴブリンの子供――ボッコルが、意地の悪い笑みを浮かべて近付いて来た。他の二匹もそれに続いて俺達に近づいてくる。


何故か知らないけど『青の集落』に俺が顔を出すようになって以来、ボッコルは何かと俺に対してちょっかい仕掛けてくるんだよねぇ。俺何かボッコルの気に障る様な事したかな? そんな記憶は無い筈なんだけどな。ちなみにボッコルは俺より一年程年上のゴブリンの子供です。



「その通りでゲス! 精々下手に出てお零れに預かれるよう、今の内に身の振り方を考えておくが良いでゲス!」



そしてボッコルの言葉に便乗するように、ボッコルの隣で一匹のヒョロイ体格のゴブリンの子どが意地の悪い言葉を吐く。あきらかに俺を見下した視線を向けてきて。


この子はギーン。ボッコルの腰巾着その一だ。いつもボッコルの傍にいて、ボッコルと同様俺にちょっかいを掛けてくる……まぁ所謂『虎の威を借る狐』的なポジションに居座っている子だ。その証拠に――



「…………」

「……ん? ゲッ!? 根暗のジャントンも一緒だったのかよ!」

「こいつ等いつも一緒でゲスねぇ兄貴? それかアドンがジャントンと仲良くなっておけば将来恵んでも貰えると踏んで付きまとってるんでゲスよきっと」

「…………(ギロッ)」

「なっ何でゲスか!? 何でジャントンが怒るんでゲスかっ!? なっなな生意気な眼をしてるでゲスよ兄貴! やっちまって下さい!(サササッ!)」

「お前何で子分のくせに親分である俺の後ろに隠れるんだよっ!? お前が怒らせたんだろう! お前が行けっギーン!」

「嫌でゲス! アドンはともかくジャントンは怖いでゲス!」



……とまぁ、このように少しでも自分より強そうな奴が相手の時は、すぐにボッコルに頼り自分は後ろに下がり其処から言いたい放題相手を罵ると言った……正に小物と言った性格の持ち主なのである。


ある意味その突き抜けた行動は、呆れるよりも先に逆に清々しいと思ってしまう。けど、あんまり限度が過ぎるといつか痛い目に会うから程々にしときなよギーン? お兄さんは君の将来が少し心配です。



「ヤッサイヤッサイ!」

「グギャ? グギャ、グギギギャグググ(うん? ああ、こんにちはボボフ)」



その時もう一匹のボッコルの腰巾着……って言うにはこの子は違うか? とにかくボッコルの連れその二が、こちらにブンブンと両手を広げて挨拶してくれたので、俺も視線を緩めて手を振り返して挨拶する。


このポッチャリした少し背の低いゴブリンの子はボボフ。つぶらな瞳が純粋さを表している、なんだか見ていて和んでしまう雰囲気を纏っている子である。この子は他二匹と違って俺に対しちょっかいを掛けて来ない子で、むしろ俺の事を好意的に思ってくれている節があるんだ。ちなみにこのボボフ『ヤッサイ』以外の言葉を喋らない一風変わった癖(?)を持っていて、もしかしたら『グギー』としか喋れない今の俺に親近感を持ってくれているのかもしれない。唯一違うのは、彼の『ヤッサイ』の内容を殆どの同胞が何故か理解出来てしまうと言う不思議な事実のみ。……羨ましい。


……それにしても、何故そんなボボフがボッコル達と一緒に行動を共にしているのか甚だ疑問だ。



「ヤッサイ」

「グギャギャ―グ? グッギャッギャギャグ。グギギ? グググギャグギー?(何を食べたかって? そこの露店でご馳走になった物だよ。美味いよ? ボボフも貰って来たら?)」

「ヤッサイ!」

「……お前本当に意気地ねぇ奴だな……ならボボフと二人掛かりで――っておいボボフ!?」

「一人で何処に行こうとしてるでゲスか!? 一人で逃げるのはズルイでゲス!」

「ヤッサイヤッサイ!」

「……腹が減ったからご飯貰ってくる? ……ああそうかよ、貰って来いよ……俺の分も貰って来いよな」

「……ついでにオイラの分も頼むでゲス」

「ヤッサイ!」



二人の言葉に大きく頷いて、ボボフはおっちゃんの露店へと走って行く……あ、ちゃんと列に並んで順番待ちしてる。偉いぞボボフ! マナーはしっかり守らなきゃいけないよな。


行動原理が素直過ぎて見ていて本当に和む……ああ言うのを馬鹿な子ほど可愛いと言うのだろうか? ボボフ、君とはこの先も仲良くやって行けそうです。



「全くあの野郎は……まぁいいか。此処で俺達も飯にするぞギーン」

「そうするでゲスか」

「グギー……(えー……)」

「ああん!? 何だよアドンその眼はっ!? 何か文句あんのかよ!?」

「……グギギ(……別に)」

「本当に自分の立場ってもんを分かってってないでゲスね? オイラがじっくりと教えてやろうでゲスかかぁ?」

「…………(ギンッ!)」

「うおっ……!?」

「ヒィッ!? ……ま、まぁ今は昼飯時でゲス! かかか勘弁してやるでゲスよ感謝するでゲスッ!」

(……あー……せっかく食後にノンビリ出来ると思ったのになぁ……)



これから騒がしくなる事が容易に想像出来た俺は、ジャントンと一緒に穏やかな時間を過ごす事が出来なくなった事を悟り、落胆した溜息を吐きだし項垂れた。


隣で食事を続けているジャントンも、俺と同じ思いなのか仮面の下で小さく溜息をついたようである。……そうだよな、ボッコル達と関わると嫌が応にも騒がしくなるのは決定だもんな。静かな時間を好む俺達にとっちゃ迷惑以外の何物でもないよね。


この場からボッコル達だけを残して二人で去るって選択肢は……取らない方が良いよな。ボッコルの事だから邪魔もの扱いされて黙ってる訳ないし。きっと追いかけてきて盛大に文句を喚き散らすにきまってるよ、ギーンも便乗して更に騒々しくなるのは目に見えてる。ボボフは一人黙々とご飯食べてそうだけど。


とりあえずボボフがボッコル達の分の『干し肉ホクホクサンド』を貰ってくるまでの間、俺がボッコル達の相手でもして時間を潰すか。ジャントンはまだ食べ終わってないみたいだし。




やれやれと思いながらも、俺はもう一度だけ頭上の空を見上げる。視線の先空は今の俺の心とは違って、さっき見上げた時と何ら変わらず晴れ晴れと青く澄み渡っていた――




……どうでも良いけど、ボッコル達の椅子はどうすんの? 




*     *     *     *     *




小さな皿の上に『干し肉ホクホクサンド』が小さな山を作っている光景は、見ていて少し笑える物がある。どうやったらこんな小さな皿の上に沢山の『干し肉ホクホクサンド』を絶妙なバランスで乗せられるんだろうか?


そしてそれらの皿をそれぞれ自分の膝の上に乗せて、手を伸ばし口の中へと頬張ってはモグモグと口を動かすゴブリンの子供が俺の右隣に二匹存在していた。



「――ングッ! 中々美味いじゃねぇか! 後三個は余裕だな」

「ヤッサイヤッサイ!」

「……グギャグッグギギグーギャギャ(……これまた凄い量だなぁ)」

「あん? 何だアドンお前も食いてぇのか? 言っとくがやらねぇぞ」

「グギャーギ、グギャギャグギー(いらない、見てるだけでお腹一杯もんだし)」

「ヤッサイ!」

「グギ? グギャグッギ?(え? お一つどうぞ?)」

「――っておいボボフ!? 何アドンに勧めてんだよっ!?」

「ヤッサイ!」

「グギ? ギャギャグギーギグギ(え? いや遠慮なんてしてないよ)」

「ヤッサイヤッサイ!」

「グギ。グギャギャグーギーギー(うん。気にせずたんとお食べ)」

「そいつを寄こせボボフ! アドンにやる位なら俺が食ってやるぜ!」

「ヤッサイヤッサイ(バックン!)」

「寄こせってって言ったろうがぁっ!?」

「…………」



それぞれ膝の上に置いた小さな皿から『干し肉ホクホクサンド』を次々と手に持っては口の中に放り込んで行くボッコルとボボフ。それにしても良く食べるなぁ二人とも。


途中ボボフが、二人の様子をゲンナリと見ていた俺に『干し肉ホクホクサンド』一つ手にとって渡そうとしてくれたけど手を振って丁寧に断った。ありがとうボボフ。君はいつまでもそのままの君でいてくれ。間違ってもボッコルみたいに欲張りに育っちゃ駄目だからね。


ボッコル達の様子に苦笑しつつ、俺は左隣りに座るジャントンへと視線を向けてみた。ジャントンの方はとっくに食事を終えていて、今は我関せずと言った様子で一人本を取り出して黙々と趣味の読書に専念している。


――結局あの後、ボボフがボッコル達の分の昼食まで持って帰って来た時。その時露店のおっちゃんが変に気を利かせてくれた御蔭で、ボッコル達の分の椅子まで用意される事となってしまった。


しかもご丁寧に俺とジャントンの隣に並ぶように椅子を置いてくれたもんだから……傍から見たら仲良しグループに見えるだろうけど、俺とジャントンにとっては迷惑極まりない。俺のすぐ隣がボボフだって事が唯一の救いだ。しかも量までサービスしてくれちゃって……この分じゃボッコル達が食べ終わるのにまだまだ時間が掛かりそうである。おっちゃん……貴方のゴブリン族には珍しい太っ腹な心意気は素晴らしいけど、時と場合によりますぜっ!?


本当なら俺とジャントンがこの場にいる理由はもう無いんだけど……やっぱり後でボッコルに絡まれる事を考えれば、ボッコル達が昼食を終えるまでこの場にと留まっている方が得策だと判断したんだ。……やれやれ本当に面倒臭い性格してるよなボッコルって……自分の思い通りにならないと気が済まない、ガキ大将ってみんなこんな感じなのかな?



「……ふーっ。にしても喉が渇いたな……ったくギーンの奴遅ぇなぁ何時まで掛かってんだ?」



そう苛立ち気に文句を呟くボッコルの姿を見て……俺は盛大に溜息を吐いた。


……自分で喉が渇いたから飲み物を持って来いってギーンに命令したくせにコレだよ。しかも『蜜入りミルク』が飲みたいってさらに我儘を捏ねた上でのこの言い草……いくら『青の集落』の中と言っても『蜜入りミルク』を作ってる店まで此処からだと結構距離があるんだぞ? それに子供の足だ。時間が掛かるに決まってんじゃん……。


いくらなんでも使い走りさせといて、流石にその言い草は無いんじゃないかと思ってしまう。ギーンも大変だなぁ、ボッコルの腰巾着やってるとそう言う理不尽な事に耐えなきゃならない事ばかりだろう。辞めたら良いのに腰巾着なんて。


あっ、ボッコルの言い草に思わず同情してしまったけど別に同情する必要は無いのか? 最初ギーンの奴、自分の代わりに俺を行かせようとしたし……ジャントンが有無を言わさずギーンの頭に本の角を叩きつけて追い払ってくれたんだよな。うん、考えてみたら同情する必要は何処にも無かったわ。


うんうんと一人納得して頷く。さて、それじゃ俺もそろそろ隣のジャントンを見習って勉強再開といこうか。


自分の座る椅子の後ろに置いておいた本へと手を伸ばし、それをそのまま自分の前へと持ってきてページを広げる。……あれ? そう言えば俺って眠りに落ちる前までに一体何処まで読んでいたんだっけ?


……まぁいいや。また最初から読み直す事にしよっと。



「……あん? おいアドンお前何してんだ?」

「グギーグギギグッギグギギグギャ(見て分からないなら眼科に行けよ)」

「ヤッサイ?」

「グギャギャーググギギグ(勉強をしてるんだよボボフ)」

「……おいボボフ」

「ヤッサイヤッサイ」

「……何? 『アドン君が何を言ってるのか分からないけど本を読んでるんじゃない?』……そんな事見りゃ分かんだよっ!!」

「……グギギグーギグッギギ(……なら聞くなよ面倒臭い奴だな)

「ヤッサイ……」

「グギャグギギ、グギギギャギーァグギ(良いんだよ、ボボフは何も悪くないから)」

「…………(ビシッ!)」



ボッコルの言葉にシュンと落ち込んでしまったボボフに労いの言葉を掛けつつ、その肩を優しく叩いて慰めてあげる。隣のジャントンも本から眼を離してはいないけど『気にするな』と言うようにサムズアップしてくれた。ジャントンもしかしてそれ気に入ってるの?


ボボフはともかく、もうボッコルの奴は暫く放っておこう。そう思って再び自分の手の中の本へと意識を向けて最初の一項目から読み始める。


達筆な文字ではあるけれどそこは流石ワンドル、すごく綺麗な文字である。文字にも性格が表れるモノなんだなぁとしみじみ思うね。少し考えればすぐに記憶から文字を引っ張り出して読む事が可能だった。


最初はまず薬草の種類からみたいだ……おお、薬草の絵も描いてあるよ。これは凄く助かる。文字だけじゃ薬草の形まではあまり良く分からないからなぁ。


そのまま勉強に集中して時間を潰そうと考えていた俺――だったんだけど……。



「一体何読んでんだ? そんなに面白いのかよコレ」

「――グギャ!?(――おい!?)」



思わず抗議の声を張り上げて、何時の間にか俺の前までやって来ていたボッコルに非難の視線を向ける。


こいつ……!? 人がせっかく勉強に集中し始めた所で、俺の手の中から本を取り上げやがった! お前人が勉強してるのに邪魔すんじゃないよ!?


しかもボッコルの手は『干し肉ホクホクサンド』のソースでベタベタに汚れてるっ! お前それワンドルからの借り物なんだぞっ!? しかも、もう片方の手は『干し肉ホクホクサンド』を持っていて、それを食いながらパラパラとページを捲って……!? 


おいおいやめろよっ! 食べカスがページの隙間に落ちるだろうっ! 借りた本を汚して帰ったりしたらワンドルに何て謝れば良いんだよ!? ワンドルの事だからきっと困ったように苦笑して許してくれるだろうけど、その後で本を借り辛くなるだろうがっ!!



「ああ!? 何だよコレ意味分かんねぇ文字ばっかで何も面白くねぇじゃんかよ? お前こんな本の何処が面白れぇんだ?」

「グーギャッ! グーグギャギャギャッ!?(返してっ! 返してよもうっ!?)」

「おおっ!? 何だお前返してほしいのか? ほらほら取ってみろよ」



本を取り返そうと立ち上がってボッコルの手の中の本へと手を伸ばすが、それを見たボッコルが意地の悪い笑みを浮かべて、本を自分の頭上へと持ち上げる。


くそっ!? 身長がボッコルの方が高いから手が届かない! この野郎俺をからかってやがるな……子供かお前はっ!? ……あ、子供か……ってそんな事今はどうでもいいわっ!?


何とか取り返そうとその場でぴょんぴょん飛び跳ねるけど一向に手が届かない。しかも腹立つ事に、俺が地面に着地した瞬間に手に持った本を取りやすい位置まで下げるという、明らかに俺をおちょくっているとしか言えない行動を取るボッコル。


おのれ……!? いい度胸だ、子供と思って大目に見ていたがお兄さんも怒る時は怒るぞっ!? この技だけは使うまいと思っていたが……そこまでするならもう許さんっ!


ボッコルの下半身に狙いを定め、『おいおいお前子供相手にそれはないだろう』と自分の冷静な部分が突っ込みを入れるのも敢えて無視して、俺は自分の右足を蹴り上げようと足に力を込める。


そしていざ――っと思ったその瞬間。



――……オオオオオオオオオオオォォォォォン……!



……何だか背後から、おぞましくもオドオドしい……怨嗟を含んだ呻き声が聞こえてきたのだった。


その余りにも不気味な声に俺は右足を蹴り上げるのを思わず中断し硬直してしまう。……な、何だこの気味悪い声……!? 眼前のボッコルの表情を窺って見ると……そこには青い顔をしたボッコルが俺の背後を凝視して固まっていた。しかも手の中の本が取りやすい位置まで下がった状態でだ。


……と、とにかくこれは好機だ。そう思ってボッコルの手の中の本へと手を伸ばし、拍子抜けするくらい特に反抗される事も無く簡単に本を取り返す事に成功する。本を取り返されたというのに、それでもボッコルは硬直したままだった。


い、一体ボッコルは何を見てるんだ? 俺の後ろに何があるって言うんだ? 


振り返るのが凄く怖いけど、それでも勇気を出して恐る恐る背後へと振り返る……そして振り返った俺の視線の先にあったものは――



「…………(ギンッ!)」



――紫色の瘴気を右の掌から立ち上らせてこちらを睨む、何だか物凄く怒っていらっしゃるジャントン閣下のお姿がありましたっ!!


ジャントーンッッ!? 何ですかその掌から立ち上る体に悪そうな紫色の瘴気はぁ!? 怒ってる! 何だか物凄くジャントン閣下が怒ってらっしゃいますよおおおぉぉっ!?


もしかして読書中に騒がしくした事で気分を害されたとかっ!? そうなのか、そうなんですかっ!? すんません謝りますっ!? だからその気味の悪い瘴気を閉まってくださいっ! 紫の瘴気の中に何だか人の顔みたいな物も見えてメッサ怖いからああああぁぁっ!?


椅子を一つ挟んでジャントンの近くにいるボボフも、ブルブルと震えながら怯えている。止めてっ! ボボフは関係ないからどうかお怒りを納めてください!



「な、ななな何だよぅジャントン!? ちょちょっとからかっただけじゃねぇかよっ!? そんなに怒る事ねぇだろう!?」

「…………(ジリジリ……)」

「グギャアアッ!? グッギャグギギグギャー!?(嫌あああっ!? 間合いを詰めて来たーっ!?)」

「かか返しただろうっ!? ほらもうアドンに返したじゃんかっ!? や、止めろよぉ! 嫌だっ悪夢を七日七晩見続けるのはもう嫌だああああっ!?」

「……………(クイッ)」

「――っ!? わ、分かった! ア、アドン悪かったっ! 俺が悪かったから許してくれっ! そしてジャントンを止めてくれよぉ!?」

「グッグギャグギ!? ギーギャグギギギグッググギャ!?(謝る相手違くねっ!? っていうか俺に止めろって何だその無茶振り!?)」

「…………(ジー)」

「グギャグギギ!? グギギギッ! グーギャグギギギーッ!?(俺メッチャ見られてる!? ストップ! ジャントンストーップッ!?)」



何だか標的が俺に移ったみたいだったので、俺はジャントンに向かって必死に両手を振ってジャントンに制止を試みる。止めてっ! それを俺に向けないでえええっ!?


そんな俺の様子をしばらく見ていたジャントンだったが……その後すぐに小さく頷き、開いていた掌を握り閉めると、立ち上っている瘴気を一瞬で消し去って見せたのだった。


…………


……た、助かった……のか? 許してくれたのか? 


恐る恐るジャントンの機嫌を窺うように視線を向けてみる。そんな俺の視線に気付いたジャントンが、さっきまで瘴気を立ち昇らせていた右手をこっち向けると……ビシィッ! っと力強くサムズアップしてくれた。


お、おお……!? どうやらお怒りを鎮めてくれたみたいですっ! そのまま俺もジャントンに向かって力強くサムズアップを返し、そしてジャントンとお互いに頷き合う。ありがとうジャントン俺達を許してくれてっ! もう絶対に君の読書中に騒いだりしないよ! マジで身の危険を感じたしね……!?



「た……助かった……!」



背中越しにそんなボッコルの声が聞こえたので振り返る。すると後ろに居たボッコルはヘナヘナと体から力が抜けたように、その場に座り込んでしまった。


どうやら腰が抜けてしまったようだ。それも無理は無いよな……さっきのジャントンとんでも無く怖かったもんね? これからは二人とも気をつけような。


腰の抜けたボッコルの肩に優しく手を置いた俺はそのままポンポンと肩を叩いてやり、うんうんと頷いてあげる。そんな俺を見上げるように視線を向けてくるボッコルだったけど……途端にがっくりと項垂れて『……駄目だこいつ絶対何か盛大に勘違いしてやがる……何なんだよお前……!』と、ぶつぶつと愚痴を漏らし始めたのだった。


勘違い? 何言ってるんだろうこの子? まぁボッコルの言う事だし別に気にする必要無いか。


それにしても一体ジャントンが掌から出したあの瘴気何だったんだろう? 何だか凄く恐ろしい物なのは間違いないだろうけど……魔法にしては禍々しかったような……ううぅん、ジャントンの謎がまた一つ増えてしまった。



「…………」

「グギャッ!? グギャグググギギャグギ?(おわっ!? ジャントンどうしたの?)」

「…………」

「グッギャグギギギ……グギ? ……グギャアアアアアアッ!?(一体何を見て……本? ……あああああああああっ!?)」

「なっ何だよ!? いきなり大声出すなよっ!?」

「ヤッサイ!」



ジャントンの事を考えていた所、その本人が直ぐ傍まで来ていたのに驚いてしまった。が、それ以上にジャントンが目を向ける俺の手の中の本につられる様に視線を向けてみたら……とんでも無い事になっていた!


染みがっ!? 本にソースの染みが付着してるーっ!? 表紙どころか、慌ててページの中身を確認してみたら殆どページに染みがあああああっ!? しかもページとページがくっ付いてる個所もあって……何てこったあああああああああっ!? ワンドルからの借り物なのにー!?


素人目から見ても染み抜きなんて出来るレベルじゃない……! ああああ……ワンドルに何て謝ったら良いんだ……!


ジャントンも本の状態を見て不快気に目を細めている。……もしかしたらジャントンがさっきあんなにも怒っていたのは、本を蔑に扱ってた事も一因だったんじゃなかろうか……本好きのジャントンなら有り得そうだ。けど、今はそんな事考えてる暇は無い。


あわわわわ、と本を持ったまま震え出す俺を見たボッコルとボボフが顔を見合わせて首を傾げていた。おいコラ、ボッコル!? お前が汚したんだぞ分かってんのか!?



「……おい、お前等。本が汚れただけだろうが何を焦ってんだよ?」

「グッギャグギギッ!? グギャグッギッギグギャ!?(俺のじゃ無いからだよ!? 後お前少しは悪びれろよっ!?)」

「ああ? 何だよ謝ったろうがっ!? 何キレてんだテメェ!?」

「…………(ギンッ!)」

「うぐ……!? な、何だよそんなに大事なもんだったのかよ……」

「グギャグギギギグギ!? グギャググギグーギギギャグギグッギャギャギ!?(当たり前だろうが!? ワンドルが善意で貸してくれた本なんだぞ!?)」

「ヤッサイ……ヤッサイヤッサイ!?」

「あ? 何だボボフどうしたんだ?」

「ヤッサイ!?」

「本の裏の名前……? ……何て書いてあんだこれ?」

「ヤッサイ!」

「……は……? ……お、おいおいボボフ、じょっ冗談言うなよ……?」

「ヤッサイ!」

「……マ、マジでか……!? ここここの本っ!? あ、あああ、あの『剛拳鬼姫』のモンだってのかああああああああああっ!?」

「…………(溜息)」



何だかボッコルが本の裏に記されていた文字をボボフから聞いて、顔色を盛大に青く染めて震えだし始めた。ボボフもボッコルと似たような反応だ。


ご……ごうけん……きき? 何だそれ? 本の裏に記入されてる文字と言えば『ワンドル』という名前だけの筈だぞ。何処にそんな文字が書かれてるんだよ。


そんな俺の心の突っ込みなど知る由も無いボッコルは、盛大に俺に向かって言葉を捲し立て始めた。



「お、おおおおお前何て恐ろしい物を持ってきてやがんだよぉっ!? あの『剛拳鬼姫』の本だったなんて聞いてねぇぞっ!?」

「……グギー……グギャ『グーギーギギ』ッギャ、グギャグギギグギギググギャ?(……あー……その『剛拳鬼姫』って、もしかしなくてもワンドルの事?)」

「あの『剛拳鬼姫』だぞっ!? 昔の戦争でオーガ族を蹂躙した上で皆殺し! 味方も逆らう者は王様だろうが容赦しない暴力の権化! 血に飢えた最凶最悪の悪鬼の化身! あの『剛拳鬼姫』ワンドルだぞぉっ!?」

「……グッギャグ……グギャギャグギギグ? ……グギャギャグギ……ギギャグギッギグ……!(……ボッコル……屋上に行こうか? ……久々に……キレちまったよ……!)」

「…………(ガシッ)」

「ヤッサイ!?(ガシッ)」



殺す笑みを張り付けて両拳をポキポキ鳴らしながらボッコルの元へと向かおうとした俺だったが、途中でジャントンとボボフに肩を掴まれて止められてしまった。


あっはっはっはっはー♪ 面白いこと言うなこのクソガキさんはぁ♪ 


何だって? あの優しくて穏やかな気質を纏った、前世はきっと女神か天使のどちらかだったとしか思えない美しい俺の嫁(違)が鬼だとか言いやがりましたかー?


――てめぇ世の中には言って良い事と悪い事があんぞコラァ!? 俺の事はいくら馬鹿にしても情状酌量の余地はあったけど、ワンドルの事を悪く言うのは絶対に許さんぞお兄さんっ!?


ええい離せジャントンにボボフっ! このふざけた事口にしやがったクソ野郎にキツイお灸を据えてやるんだっ!! ワンドルの何処が鬼だってんだ言ってみろっ!? その理由を作文用紙五百枚にキッチリ書き詰めて俺に提出しろコラァ!? その作文用紙に火をつけてキャンプファイヤーにした後で、周りでフォークダンス踊ってやらぁっ!?


興奮してるせいで自分でも何を言ってるのかよく分からないが、それ位怒りに染まった俺は『グッギャアアアアッ!!』と、腹の底から咆えてボッコルへと詰め寄ろうと体を暴れさせる。今の俺ならきっとボッコルに勝てる気がする。負ける気がしねぇんだよオラァッ!?


けど現実は無情。俺の体はボボフにヒョイっと持ち上げられ足をバタバタさせる事しかできなかった。畜生っ! 此処で引く訳にはいかないんだっ離してくれボボフッ!



「……も、もう駄目だ……! きっと俺は殺されるんだ……! 全身の生皮を剥がされた後、それでも生きたまま木に吊るされて『ウォーウルフ』達の餌に使われちまうんだ……!?」

「グッギャグギギギーギャグギギァッ!?(お前まだそんな事言いやがんのかぁッ!?)」

「…………(ポンポン)」

「ヤッサイ!」

「あ、謝った位で許してくれる訳ねぇだろうっ!? あの『剛拳鬼姫』の恐ろしさは父ちゃんに嫌って程聞かされてんだっ! 凶悪で恐ろしいオーガ族を心底楽しそうに笑いながら嬲り殺した奴だぞっ!? 命乞いする奴も逃げる奴もみんな無残に殺してっ! 捕虜で捕えた奴だって、次の日には肉塊にされて転がってたって! 牢番だった父ちゃんがその眼で見たって言ったんだっ!!」

「グギャギャググギーギグッグギャアアアアッ!?(大ボラ吹きのお前の親父もこの場に連れてこいやああああっ!?)」

「…………(どうどう)」

「ヤッサイヤッサイ!」

「同族だから大丈夫……? んな訳あるかよっ!? じゃあお前はあの『剛拳鬼姫』に正直に謝りに行けるのかよっ!?」

「ヤ、ヤッサイ……」

「ほら見ろっ! お前だって怖いんじゃねぇか! う、うわああああ嫌だ俺はまだ死にたくないいいいっ!」

「グッギャグギギギグギャグギャギャググギギグギグギギグッギャアアアアッ!?(誠心誠意謝れば女神スマイルと頭を撫でてくれる特典付きできっと許してくれるわああああっ!?)」

「…………(まぁまぁ)」



怯えて蹲るボッコルだったが、そんな姿も今の俺の神経を逆撫でする以外の何物でもなかった。こ、この野郎……! ワンドルの事良く知りもしないで言いたい放題言いやがって……!?


何なら今から全員で一緒にワンドルの所へ行くかっ!? そしてお前が盛大にとんでもない誤解をしてるって事分からせてやんよっ! きっと少しした後には、テーブル囲んでワンドルのお手製お菓子をみんなで取り合ってるぞっ!?


その案を実行しようと提案し掛けた時……ボッコルが再び妙な事を口走った。



「そ、それに同胞だって言ったけどよぉ……! あ、あいつは……『剛拳鬼姫』は俺達と違うじゃねぇかっ!!」

「……グギャァ?(……はあぁ?)」

「…………」

「ヤ、ヤッサイ……」



ボッコルの口走った内容に思わずポカンとしてしまう……ワンドルが俺達と違う?


……何を言ってやがんだこいつは? ついにおかしくなったのか? いや確かにワンドルは俺達と同じゴブリン族とは思えない程に、超越した美貌と穏やかな気質の持ち主ではあるが……。


しかもジャントンもボボフも、ボッコルの言葉を聞いて押し黙ってしまっている。何だよ? 一体ワンドルの何が俺達と違うって言うんだよ? またふざけた事言いやがったらもう本当にお兄さん許しませんよっ!?


そして――



「……と、父ちゃんに聞いたんだ! あ、あの『剛拳鬼姫』は……ワンドルは――っ!!」



ボッコルがその先の言葉を口にしようとした正にその瞬間――






『――この無礼者っ!!』






――俺達のいる場所から少し離れた所からそんな大声が聞こえて来たのだった。



「……グギャ?(……何だ?)」

「…………?」

「ヤッサイ?」

「――っ何だよ突然!? 今俺が……ん? あそこに居るのって……」



ボッコルの話の続きを遮るように響いた大声に、俺達は思わず大声の上がった方向へと視線を向けてしまった。


そして俺達の視線の先に映った光景は――ん!? あそこで蹲ってるゴブリンの子供って、もしかしてギーンじゃないか?


視線の先に見つけたのは、ボッコル達の飲み物を貰いに行っていたギーンの姿があり、しかもなんだか地面に蹲っている。周りには白濁色の液体の入った瓶が散乱していて、その中身を地面に溢していた。転んだ拍子に溢しちゃったのか……? けどそれにしたって様子がおかしい。そして俺はギーンの直ぐ傍に立つ存在に目を向けて驚愕した。


――あのギーンの傍にいるのって……『ケンタウロス族』じゃないかっ!? 何で『ゴブランド王国』に居るんだっ!?


まさかのトリスのご帰還ーっ!? いやそんな馬鹿な半年以上掛かるって言ってたじゃん!? 今帰って来られると色々と拙いんですけどーっ!?


なんて事を考えてしまった俺だったけど、何だか周りの様子がおかしい事に気がつく。とんでも無く不穏な空気が渦巻いている気がしてならない。周りの同胞達の眼の色が……危険な色に染まってる気がするんだよ。


しかも相手の『ケンタウロス族』も一人だけじゃなくて……何だか一人ロバみたいな、お前本当に『ケンタウロス族』? って聞きたくなるほどズングリムックリした奴を中心に、格好いい甲冑姿の『ケンタウロス』族の騎士が数名並んでいる。……あの中心のロバタウロスが異様に偉そうな出で立ちだから、きっとあれがボスなんだろう。


それにしても一体何事?



「――ギーンじゃねぇか!? おいお前大丈夫か!?」

「ヤッサイヤッサイ!?」

「グギャッ!? グギャグギギ!(あっ!? おい二人共!)」

「…………」



ギーンの姿を捉えた瞬間、ボッコルが倒れてるギーンの姿に目の色を変えて走り寄って行く、ボボフもボッコルの後に続いて、俺の体を離した後付いていってしまった。


行っちゃったよ……うーん、此処は俺達も行った方が良いのかな? 流石に見て見ぬ振りって言うのは出来ないし。


隣にいるジャントンに目を向けてみると、ジャントンが俺の視線を捉えると小さく頷いて見せてくれた。……そうだよな、俺達も一緒に行ってみよう。それにボッコルの話の続きも聞いてないし。


お互いに頷き合って、俺とジャントンも小走りでボッコル達の後を追ったのだった――









――これが俺の子供時代に待ち受けていた、最大の事件への序幕であったと言う事を……この時の俺は予想すらしていなかった。

遅くなり申し訳ありません。

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