表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第九話  三歩進んで五歩下がる……

三日前―― その日、俺はワンドルと共に西側の森へ四回目の採取に出掛けていた。


今日も元気に採取だっ! と意気込んで森を探索していた俺達だったけど―― その日はどうも調子が悪かったらしく、中々良い薬草も素材も見つける事が出来ずにいたんだ。


まぁ今までが特に運が良かったんだし、こんな日もこれから何度もある事だろうし割り切ろう……と自分に言い聞かせてみたけど……やっぱり今まで上手くいっていた手前、落胆も小さくなかった。


結局その日はワンドルのお店で在庫切れしそうな薬草を採取、最後に事前に仕掛けた罠にかかっていた兎が一匹に、川で釣った魚が三匹と言う……その日の晩御飯にして見れば中々の成果で切り上げて、王国へと戻る事にしたんだ。


―― がっ! 王国へ戻る道中、少し気の抜けていた俺は前方不注意のせいか道端から突き出ていた木の根に躓いて大きく転倒し、しかもそこが下りだったもんだからゴロゴロと森の中を転がって行ってしまうというアクシデントに見舞われてしまう。


悲鳴を上げながらゴロゴロと凄い勢いで転がって行った俺は、その転がる先で良い感じの位置で―― 俺にとっては迷惑極まりない位置に地面から抜き出ていたバスケットボール程の大きさの石に背中がぶつかった所で、ようやく止まる事が出来たんだ。


背中を強くぶつけてしまい、その尋常じゃない痛みに体をえび反りにしてその場で悶絶し転げまわり、少しして追いついて来たワンドルに背中の痛みが引くまで摩ってもらいましたよ……本当に冗談じゃない位痛かった……! 呼吸が一瞬止まったもんマジで。


そして痛みから立ち直った俺は、苦痛を与えてくれやがりました石に振り返って八つ当たり気味にお返しのアドンキック(唯のとび蹴り)をくれてやろうと睨みつけたんだけど……そこでその石に亀裂が入っているのに気付き思い留まる。


いくら勢いがあったからって、子供がぶつかった程度で石に亀裂が入るのはおかしい……そう思い同じくその事に疑問を感じたワンドルと一緒にその石を調べてみる事にしたんだ。


そしたら亀裂が入っているのは石の表面にこびり付いていた乾いた泥だった事が分かり、二人でその泥を拭いとってみた所―― そこに姿を現したのは淡い光を放つ真っ黒な石……いや結晶と言った方が近いな。とにかくそんな黒い石が俺達の前に姿を現したんだ。


ワンドルもその石に心当たりがないようだったので何かの鉱石か結晶だろう結論付けた俺は、考えた結果。結局その石を今回の収穫の一つとして『王国』に持ち帰る事にしたのである。


幸い大きさの割に俺でも持って歩ける位の重さだったし、森に転がっている位だから大したもんじゃない無いだろうと思いつつ。それでも何かの足しになれば良いや位の軽い気持ちだったんだよ……その時は。


で、話の本題はここから。その黒い石を両手で抱えて王国へと戻って来た俺達は王国の正門を潜って『青の集落』の道なりを歩いていたんだ。『青の集落』の露店で、夕飯の野菜や調味料を選びながらゆっくりとした時間を過ごしていたんだけど……


途中で『そこの黒い鉱石を抱えた坊主っ!?』って背後から呼びかけられたもんだから、足を止めて振り返ったんだよ。


そして振り返った視線の先に居たのは、筋骨隆々の厳つい表情のドワーフ族のおじさん―― そう俺を呼び止めたそのドワーフ族こそ、たまたまこの日『青の集落』にて武具を売りに出していたグレゴスさんその人だったのである。


隻眼な上に体中から発せられる威圧感が半端なくて、どう見ても堅気には見えないグレゴスさんの姿に当初俺はマジビビってしまい……咄嗟にワンドルの後ろに隠れてしまうと言う情けない事この上ない醜態を晒してしまう。


けどそんな俺の様子にグレゴスさんは大い焦った様子で、両手を上げて危害を加える気が無い事を必死アピールし始め、見てるこっちが『ちょっと落ち着けよ』と言いたくなる位に狼狽し慌て始めてしまったのだ。


その必死の様子を見て落ち着く事が出来た俺を見たワンドルが、グレゴスさんに『一体この子に何の用なの?』と少し警戒するような声音で尋ねてくれた所。それを聞いたグレゴスさんは、俺が今両手に持っている黒い石を是非とも良く見せて欲しいと頭を下げて頼みこんで来たのだ。


見た目は滅茶怖いけど悪い人じゃなさそうだなぁ……そう判断した俺は、ワンドルの背中から進み出てグレゴスさんに持っていた黒い石を見せてあげる為に、そのゴツゴツした手に黒い石を手渡してあげる。


『恩に着る』と一言重く呟き、まるで極上の宝物を手渡されるかの様な手付きで黒い石を受け取るグレゴスさん。そして手渡された黒い石を片方だけの眼を限界まで見開いて凝視し、その表面を撫で、軽く叩き、全体をくまなく見据え入念に確認するグレゴスさんだったが……最後には感無量と言った様子で、黒い石に向かってその厳つい表情を恍惚に歪めて凝視しだしたのであった。……今だからこそ言うけど正直気味悪い事この上なくてドン引き物でした。


で、しばらく自分の世界に浸っていたグレゴスさんだったけど、ハッと正気に戻ると同時に取った行動は―― 何とその厳つい体と顔を文字通り地面に擦りつけ地面に置いた黒い石を前に俺とワンドルに向かって土下座をし、俺の持ち帰ったその黒い石をどうか譲って欲しいと頼み込んで来たんだ。


突然何ばしょっとねっ!? って突然の土下座に驚く俺と、周囲を気にしてオロオロするワンドルの姿も眼に入っていないのか……いや地面に顔を擦りつけているから当然なんだけど土下座を止める気配を微塵も見せないグレゴスさん。


しかも『この黒い石を譲ってくれるなら今日持って来た武具全てを譲っても構わない』『金が良いならどんなに大金でも生涯かけて必ず支払う』などと言いだすもんだからもう周囲が大混乱。特に『赤の集落』のゴブリン達なんか『何だってえええええぇぇぇっ!?』と、どこかで見たようなリアクション取るぐらい驚いていた……ってお前等まさか俺と同じくこの世界にやって来た現代人じゃないだろうな?


とにかく何故グレゴスさんがそうまでして俺達が持ち帰った黒い石にそれほどまで執着するのか知らない事には始まらないので、とりあえずグレゴスさんに土下座するのを止めてもらい詳しい事情を聴くことにしたんだ。


その間にも色々あったけど其処は割愛。落ち着いたグレゴスさんに事情を聞いた所、何でもグレゴスさん達ドワーフ族の『鍛冶職人』には一つの強い願望があるとの事。その願望とは『己の全てを注ぎ込んだ至高の武具を一つ創り上げ後世に残し伝える』という事なのだそうだ。


自分達はいずれ老いてその命を終える。だが自分の生涯の全ての技術を注ぎ込んだ至高の武具を創り上げる事が出来れば、その武具は自分が死を迎えた後も世に残り、まさに自分の生きた証として己の魂と共に生き続ける事だろうと―― ドワーフ族の『鍛冶職人』は強く信じているらしい。


だけど、だからと言って全員が全員、自分の魂とも呼べる武具を創り上げる事が出来る訳じゃない。むしろそのほとんどが創り上げる事も出来ぬまま世を去ってしまうのがほとんど。至高の武具を創り上げ満足して世を去った『鍛冶職人』は、過去にもほんの一握りしか存在していないのが現実らしい。中には泣く泣く妥協して武具を作った『鍛冶職人』がいたそうだけど……全員後悔の念に耐えきれず、その武具を壊し無念の後に死を迎えたそうだ。


グレゴスさんも己の全てを注ぎ込んだ至高の武具を創り上げる事を夢見て、若い頃からありとあらゆる素材を探し求め各地を放浪し今もそれは変わらないらしい。『青の集落』で武具を売っているのも、旅の路銀と素材を買い求める金稼ぎの為に始めたのだと話してくれた。


だけどグレゴスさんの思い描く至高の武具を創る為に必要な素材は、長年追い求めてほんの数種類しか手に入れられず……さらに武具の一番重要な『核』となる素材をついにこの歳になってまで追い求めても見つけ出す事が出来ずにいた為、半ば諦めかけていたと心内を吐露したグレゴスさんは本当に悔しそうに顔を歪めていた。


なんだかちょっと湿っぽい空気が流れたものの―― その時グレゴスさんが顔を伏せ絞り出すような声で『だがその『核』となる石も、今日見つける事が出来た……!』と呟く。そして渇望と羨望に揺れる右眼で眼の前の黒い石。グレゴスさんが子供の頃から何時か手に入れる事を夢見続けていた鉱石―― 『新月の雫』を遂に見つけ出す事ができたと俺達に語ってくれた。


そんなに凄い石なの? と思わず聞き返してしまったワンドルの言葉に俺も頷くと、グレゴスさんはその黒い石―― 『新月の雫』がどれだけ貴重であるかを捲し立てるように話してくれた。


かなり長い説明だったんで簡潔して話すけど……何でも幻と言っていいほど大陸でもその存在は確認されていなくて、しかも俺が持ち帰った『新月の雫』は過去に例を見ない大きさと純度を保っている正に至高の鉱石なんだってさ。


それを聞いたワンドルが『アドン凄い……これはもう本物だね……!』と何だかキラキラした視線を俺に向けてた気がしたけど……当の本人としてはそれ所じゃなかった。だって森でたまたま見つけた石が、そんなに途方も無い代物だったなんて誰が考えつくんだよっ!? 


しかもその日の成果がちょっと物足りないなーって思ってた上に、見つけたこの石がせめて何かの足しにならないかなーって軽い気持ちで持ち帰ったもんなんだよこの石!? 本音を言えば特に価値も無い石だったら漬物石にでもしちゃえーとか思ってたくらいですよ!? いやこの世界に漬物なんてあるのかって事はこの際どうでもいいとしてだ。つまりそれ位何の期待もしてなかった石だったんだよっ!


あまりの衝撃に固まり周囲がざわめくのも眼に入らず呆然とするしかなかった俺だったけど、そんな俺に対し眼の前で再び二度目の土下座を始めて必死にその石を譲って欲しいと繰り返し声を上げるグレゴスさん。


そんなグレゴスさんを見た俺の次に取った行動はと言うと――



『グッギャアアアアッ!? ギギグギャグギググギャアァッッ!!(それはこっちからお願いしたいよっ!? 遠慮せず持って帰っちゃってくださいぃっっ!!)』



半ば悲鳴を上げるように叫んでその黒い石を押し付けるようにグレゴスさんに引き渡し、そのままワンドルの背中へと非難し恐れ慄くようにその黒い石に視線を向ける……という今思い返しても小心者此処に極まると言いたくなる程チキンな行動だった。


突然の俺の行動にグレゴスさんは『……は?』と押し付けられるように渡された黒い石と俺を交互に見つめ。ワンドルはちょっと驚いたようだけど、次には小さく苦笑して頭を撫でてくれた。周囲の同胞は『こいつ正気かよっ!?』てな感じで騒いでいたけどそれは別にどうでも良い。


だってそんな幻とか至高とか言われる逸品っ俺が持っていても仕方ないじゃないかっ! そんな物どうしろってんだ。金に代えるにしても、幻とか言ってるくらいだからきっととんでも無い額になるのは間違いないだろう……けどそんな想像すら難しい大金なんて元の世界で小市民の一人でしか無かった俺にとっちゃ恐怖以外の何物でもなかったんだよ! 


いきなり大金なんて持ってもどうしたらいいか分かんないし、それにそんな大金手に入れたら俺がどうなってしまうか分かんないんだもんっ! 絶対何か失敗するに決まってるっ! 金で失敗とか……考えただけで恐ろしい……っ!? お、俺は普通に生きていく上で困らない程度のお金で十分ですっ! ビバ一般人! ささやかでも幸せな庶民ライフッ!


それにそんな物持って帰ったりしたら……ト、トリスに俺が彼女の不在中に何をしていたのか絶対にバレる……っ!? そ、それは絶対に回避しなきゃならん重要事項だ。お前等知らないだろうっ!? トリス怒ると面倒なんだぞっ!? 泣いて怒るから罪悪感で心身共にガリガリと削られるし、お仕置きと称して口を利かないって自分で言ったのにしばらく経ったらグスグスぐずり出すんだぞっ! しかも話しかけたら話しかけたでそっぽ向くしっ! ああもう可愛いけど面倒くさっ!?


欲しいって言ってるんだ。ならこの石を必要としている人の手に渡すのが最善じゃないかっ! 『その石はどうぞ好きに使っちゃってください』そう思って、どうぞどうぞとグレゴスさんに勧める。


ワンドルが本当に良いの? と確認を取ってくるがそれに何度も首を縦に振って頷く。それを見たワンドルが『アドンが良いと言っているのでその石は差し上げます。貴方の夢にどうぞ役立ててくださいね』と、ニッコリと笑顔をグレゴスさんに向ける。


その言葉にグレゴスさんは信じられないと言った様子で何度も何度も確認を取ってくるが……それにうんうんと頷き返しさっさとこの場を離れようと、俺はワンドルの手を取ってグレゴスさんに『至高の武具の創作頑張ってくださいっ! じゃあ俺達はこの辺でっ!』と意味は伝わっていないだろうけど『グギグギ』鳴いた後に背を向けて歩き出す。


ちょっと慌ただしいその行動にワンドルがクスクスと笑っていたものの、俺に引っ張られるまま歩みを進めてくれた。


よーしこれで俺とあの黒い石は無関係だ。後はグレゴスさんが有意義に活用してくれるだろう。あーおなか減ったワンドル今日の晩御飯は何かなー? って何事も無かったように日常シフトに移ろうとしたんだけど――


少し歩いた所で、背後からグレゴスさんが追いかけて来て俺達の前に回り込んで来たんだよ。


えっ!? 何なんの用っ!? やっぱり要らないから返すとか言わないでくださいよっ!? と慌てふためく俺だったけど、グレゴスさんの要件はそうじゃなかった。


自分の夢の実現に大きく貢献してくれたこの大恩。それに何も報いてやれないのはドワーフ族の誇りに大きなキズが付く。どうかこの大恩に報いさせて欲しいと俺達に頭を下げて来たんだ。


そんなの気にしなくて良い、気持ちだけで十分ですと返す俺とワンドル。けれどそんなのは己自身が到底納得できない、なんなら本当に自分の持って来た武具全てを譲っても構わないと大真面目に返すグレゴスさん。


いえいえそんな、いやいやしかしと暫くそんなループを繰り返したが、グレゴスさんが一向に折れる素振りを見せないし、流石に此処まで断るのは逆にグレゴスさんに失礼にあたるんじゃないかと俺も思い始めてしまって話は難航。さてどうしたものかと三人で頭を悩ませる。


するとその時、ワンドルが何かを閃いた様子でパンッと両手を胸の前で打ち合わせた。何か良い案が? とグレゴスさんと共にワンドルに視線を向けた所……




―― だったらこの子の装備一式を見繕って上げてくれませんか?




―― そう穏やかな笑みでグレゴスさんに提案したのだった。





*     *     *     *     *





(……で、結局色々とグレゴスさんと話し合いながら入念に選んで貰って……この装備一式を誂えてくれたんだよなー)



まさか石一つとこれだけの物を交換できるだなんて思わなかった。世の中には予想もつかない事が起こるもんなんだなーっとしみじみと思う。




―― 時間は空の色が夕暮れの色に染っていた事に驚愕した時間帯から少し経ち。




現在ワンドルの家へと二人揃って帰りついた俺は、床の上に敷いてある何かの毛皮の敷物の上に胡坐をかき、すぐ眼の前の床の上に広げられた装備……グレゴスさんから貰った希少装備一式を感慨深げに眺めつつ三日前のグレゴスさんとの出会いを思い返していた。


右から順にマントに靴に手袋と―― 現在所有するマイ装備に順々に視線を向けた後に小さく息を吐き出した。いや思ってはいたけど……まさか此処までの装備を譲ってくれるとは。グレゴスさん大盤振る舞いしすぎじゃないの?


一つ一つが一級品である事に小市民な俺は若干尻込みしつつ、それらを眺めてもう一度息を吐く。


いや、あの黒い石を持ったままでいるよりは何倍もマシだけどさ。もうちょっとグレード落としても良かったんじゃない? 今更どうこう言うのは何だけど……でもどうしてもそう思ってしまう。俺なんかには過ぎた物ばかりなんだからさ実際。


そう思った俺は自分の装備品の中でも飛び抜けた性能を持つその三つから視線をずらして、すぐ隣に並べられている物へと視線を向ける。



(……あー何かやっぱりこっちの方が見てて落ち着くなぁ。やっぱ俺って骨の髄まで庶民思考が浸透してるんだな。当然っちゃ当然だけど)



視線の先には小さなナイフが一つ、腰に巻く白い皮の道具袋。その道具袋に入れるロープと虫除けやキズに効く薬草と言った小物が少々。それから厚い革で縫い合わされた茶色の革服というごくありふれた品々が置いてあった。


これらは全部、初めて森に入る日にワンドルが用意してくれた物で、特に革服はワンドルのお手製で森に行く前にチョイチョイっと縫って作ってくれた服だ。やっぱりこう言った装備の方が俺的にはとても落ち着く上に、変に意識する必要がないから気が楽だ。


ちなみにそのワンドルはと言うと今は台所で晩御飯の支度をしている真っ最中。さっきから台所から漂ってくるスープの良い香りが俺の鼻をくすぐっては腹の虫を挑発してくる。ギュルルと鳴っては晩御飯の完成を今か今かと待っている所です。


いやしかし料理の腕も高く裁縫も上手い。掃除洗濯も何でもござれな上に性格は穏やかで面倒見も良い……なんて言うかもうお嫁さんに貰うにはワンドルって最優良物件じゃないか? 何処かで花嫁修業をしてきたとしか思えない。


一人暮らしが長いからこれ位普通だよってワンドルは言っていたけど……いやはや元の世界でコンビニ弁当とかカップ麺ばかりの不衛生な生活をしていたお兄さんには耳の痛い話です。この世界にコンビニなんて便利な物はないだろうし……いつかトリスの元から独り立ちする時までには、俺もこう言った事をちゃんと出来るようにならなきゃいけないよな。


改めてワンドルのスペックの高さに感心していた俺だったが―― ふと、ある事を思い出して立ち上がる。



(そうだワンドルと言えば……確かあれは棚の上に)



ペタシペタシと部屋の中を移動し部屋の隅へと歩みを進めた俺は。自分の身長よりも高い位置に設置されてある木製の棚を見上げる。


見上げた視線の先には大きな箱が一つ棚の上に置いてあるのが見えて、しかも箱には鉄製の錠が付いており中身が取り出せないよう厳重に保管されている。あの箱を開けるにはワンドルの持っている鍵が必要になるんだけど……絶対にワンドルはその鍵を俺に渡してくれる事はないだろう。


というかそもそも俺の手が届かない位置にあの箱を置いてあるのを見れば、絶対に俺には触れさせないというワンドルの強い意思がヒシヒシと伝わって来る。


何故ワンドルがあの箱を俺に触れさせないようにしているのか?


その答えは至極簡単だ。あの箱の中には俺がグレゴルさんから貰ったもう一つの―― いや正確に言うと四本だな。つまり俺が貰った装備の中でも特に危険だとワンドルが判断した代物が、あの箱の中に厳重に保管されているんだ。


その装備とは……グレゴスさんが持って来ていた武器の中で激選に激選を重ねた武器。四本のそれぞれ色も形も違うナイフの事だ。


その四本のナイフをグレゴスさんが俺に手渡して来た時、ワンドルがそのナイフ一本一本に眼を通した所。瞬間眼を鋭い物に変えて顔を顰めたんだよね。


さらに言えばワンドルは最初『こんな物はアドンに必要無い』『子供に持たせるには危険すぎる』とグレゴスさんに突き返そうとしたんだ。


けどグレゴスさんに『いつか必要になる日が来るかも知れない』『坊主がでかくなって扱うに足るまでに成長したらその時に改めて渡してやれ』『それまでお前さんが管理しておけばいい』と押し切られ。渋々ながら結局受け取った―― という経緯が箱の中のナイフ達にある。


四本のナイフを持ち歩く為のベルトもおまけで貰い持ち帰って来たんだけど、ワンドルは家に帰りついてすぐにあの箱の中に鍵を掛けて閉まってしまったんだ。俺がその四本のナイフの姿を見たのは最初のグレゴスさんが俺に手渡して来た時のみで、その後はナイフを見せて貰えずにいる。


最初はその厳重すぎる様子にナイフなら俺も護身用で小さい物も持っているんだし、今更ナイフ程度でそこまでする物か? と疑問に思っていたんだけれど。



(あの三つの装備の性能から考えて……あのナイフ達もそれ相当の何かがあると見て間違いないだろうな。しかもワンドルが危惧する程の何かが。それを考えると……俺には絶対に手に余る所の話じゃなくなるって。一体グレゴスさんは何を思ってそんな物を俺に誂えてくれたんだろう? そんな物どうしろってんだ……)



将来必要になるかもしれないって言ってたけど……そんなヤバい物を俺が使わなきゃならなくなる将来って何なんだよもう。そんな不吉な未来こっちから御免だ。


っていうかそもそもそんなナイフ俺に扱い切れる筈無いと思う。今持ってる小さなナイフでさえ危なっかしいんだぞ? 今は勿論だし体がでかくなっても無理じゃないか? きっとこれがゲームの中だったらステータス装備画面で『装備不可』って表示されるに決まってんだからさー。能力ポイントが足りませんとか何とか精々そんな現実が関の山だろう。


……改めて自分の貧弱さを実感して何か落ち込んで来たよ。


盛大に溜息を吐きだしもう一度だけ棚の上の箱に視線を向けた後……体を反転させマイ装備達が広げられている元の場所へと戻り再び腰をおろして胡坐をかく。



(まぁ何にせよワンドルが俺にアレを渡す事なんて無いだろうし、使う予定もないナイフの事を考えていても意味無いな。このままそっとして置くのが一番だ。勿体無いって気もするけど今はそれよりもこれからの事について考えよう)



改めて自分の装備に眼を移し、今後この装備をどうするかについて考え始める。


ワンドルから貰った物はこれからも標準装備として扱っていくとして……問題は『隠者の衣』と『無音靴』。この強力な組み合わせのマントと靴をどうするかだ。


『シール・ハンド』は『呪い封じ』っていう強力な能力が備わっているけど、これはその能力以外は特に扱い辛い点は見当たらない。このまま手に嵌めて普通に手袋として使っても問題は無いだろう。


けど『隠者の衣』『無音靴』。この二つは一つでも強力な能力を持ってるに飽き足らず、二つセットとなるととんでもない相乗効果を発動してしまうので扱いに困るんだよなぁ。


体の匂いも気配も消してしまうマント。自分が立てる音全てを消してしまい装備者の声さえも消してしまう靴。この二つが組み合わさると……俺は透明人間に近い存在になってしまう。


ワンドルも俺の姿を見失ったら何処にいるのか全然分からなくなってしまったと言っていたし。声を掛けられて初めて僅かな気配を頼りに見つける事が出来たと語ってくれた。


これが俺一人であったなら問題ないけど……誰かと一緒に行動するに至っては厄介な事この上無い。集団行動に最も遠い位置に当たる装備だと言ってもいいだろう。っていうかこれ丸っきりゲームで言う所の『アサシン』専用の装備じゃないかよ。そんなモン目指してないよ俺はっ!


しかも身体的に子供の俺が一人で森の中を散策するなんて事ある筈無いんだから、この能力はハッキリ言って迷惑以外の何物でも無いよ。もし万が一ワンドルと森で逸れて、声も届かないほど離れ離れになってしまったらそれこそ危険だ。森で迷子になった俺が一人で森を抜けて王国に戻ってくるなんて不可能だ。


よってこの二つをセットで装備しての森の探索は危険が多すぎる。装備するにしても片方一つだけってのが妥当だろうな。装備しないって案もあるんだけど……俺の装備ってこの二つと手袋以外は貧弱だから、強い装備を付けているって安心感が有るのと無いのじゃ全然違うもんなんだよね。


……そのせいでハイになって初めて見る『マンドラゴラ』を引き抜くっていう考えなしの行動とっちゃったんだけど……っていうか今気付いたけど『マンドラゴラ』も黒い石同様凄い物だったんだよね? お、俺って運が良いのか悪いのか分からないな……俺個人としては迷惑極まり無い物ばっかりだし……最初の頃のちょっと珍しい物を見つけて喜んでいたあの日に戻りたいです。まぁ今はそんな事は置いといて。


さて眼の前に広がっている『隠者の衣』と『無音靴』の二つ。此処でどっちを取るかだ……体臭と気配か音と声か……悩み所だ。


っていうかこの二つって装備品ってよりも装飾品って感じが強い気がする。なんせマントに靴だもん。いやグレゴスさんの持ってきていた武具の中には鎧もあったけど、子供の俺のには大きすぎて着用ができなかったからこうなったんだけどね?



「アドンー? ご飯出来たよー」

「グギャ?(お?)」



腕を組んで考え事している所、台所にいるワンドルから声が掛かった。おー、晩御飯が完成したみたいだっ! こうしちゃいられない。


立ちあがってサッサかと床に広げてある装備品を掻き集め簡単に纏めて部屋の隅に片づけると、そのまま台所へと足を向ける。


スープの良い匂いにつられるようにして台所へとやってくると―― そこには髪を一纏めにして白いエプロンを着用し、木のテーブルの上に出来上がった料理を並べながら柔和な笑顔をこちらへと向ける俺の嫁……じゃなかったワンドルの姿がありました。


というかどっからどう見ても新婚ほやほやの新妻にしか見えないとか、ワンドルさんもうなんか色々最強ですねっ!?



「待たせちゃってゴメンなさい。お腹空いたでしょう?」

「グッグギャー!(そりゃもう!)」

「クスクス……♪ それじゃ席について? さっそく食べようか」

「グギャー!(イエー!)」



返事を返すとともに俺の腹の虫も鳴ったので、それを聞いたワンドルが和らかな笑みを向けつつエプロンを外し髪をときながら椅子へと座る。


続いて俺も椅子によじ登るようにして着席し、テーブルの上に並べられたワンドルのお手製料理に眼を向けた。


お、おお……! 野菜をふんだんに使ったオニオンスープに、中央に蕩けたチーズとベーコン、トマトにピーマンが乗っかているピザを彷彿させる焼かれたパン。それと鳥だろうか? 一口サイズのこんがりと焼かれた肉に軽く胡椒を塗した後、串で突き刺してある。後は小さく切り分けられた果物と野菜のサラダが綺麗に盛り付けされてテーブルの上に並べられていた。


み、見てるだけで涎が……! 早速食べようっ! 小皿の上に畳んであったおしぼりを手に取り軽く手を拭いた後に、俺は眼の前の料理に向かって両手を合わせた。



「グッグギャーグ!(いただきまーす!)」

「……そう言えば……いつも思うんだけど。アドンって食事を食べる前と食べ終わった後に、そうやって手を合わせるよね? 一体何をしてるの?」



その様子を見ていたワンドルが小さく首を捻って尋ねて来る。


はて? 何をしてるって、そりゃ食事の前の礼儀として……あーそうか。ワンドルが日本の食事をする前と後に行う礼儀作法を知らないのは当然か。国どころか世界が違うんだもんなぁ知らなくても無理は無い。


トリスにもワンドルと同じ質問をされた過去がある。その時『食材に感謝を告げているんだ』と教えてあげたら、以来トリスも食事の前と後に俺と一緒に手を合わせてくれている。


さてこの事をワンドルにどう伝えようかとちょっと考えてみた所……



「えっと……こう、かな?」



ワンドルが同じように料理の前で両手を合わせて確認するように俺に視線を投げかけて来た。おおっ! 一応俺に習ってやってくれるとは……いや本当に良い嫁(違)ですねワンドルって。


その様子に『グギッ!』と鳴いて右手の親指……だよな? 四本しかないけど。とにかく親指をグッと突き上げ頷く。それを見たワンドルが嬉しそうに表情を綻ばせる口を開いた。



「ふふっ♪ 良かった。それじゃ冷めないうちに早く食べましょうか」

「グッギャー!(いただきますっ!)」

「お代わりもあるから沢山食べてねアドン?」

「グギギギグギャアッ!(むしろ食い尽す勢いで食べますっ!)」

「クスクス♪」



木製のスプーンとフォークを両手に持ちワンドルの言葉に頷きながら、俺はワンドルの作ってくれた料理へと手を伸ばし口の中に詰め込むようにして食事を開始する。ワンドルも俺が食べ始めるのを微笑まし気に確認した後に、自分も食事を開始した。


う、美味いっ! 美味いぞぉっ! 若干想像していた味とは違ったけど……それを差し引いても十分過ぎるほどワンドルの手料理は絶品でした。


やっぱ世界が違うと味もちょっと違ってくるんだなー。ピーマンだと思ってた野菜も味が全然違うし……でも程良い苦みは別の野菜が補ってくれていたので問題は無かった。


俺もこの世界で料理をするならその辺の知識も付けないといけないな。今まで気にせず食ってたけど、これからの事を考えると最低限の事は知らなきゃならないだろうなー。


やれやれ学ばなきゃならない項目が増えたよ……まぁ今は兎に角腹ごしらえが先決だっ! 小難しい話は後々。


手持ちの装備をこれからどう使っていくのか、森の植物や動物……魔物の事とか色々と勉強しなきゃならない事は山のようにあるけど……今日は色々あって疲れたし体力的にも限界が近いから、晩御飯食べ終わったら今日はもう早く休んで明日に備えよう。


これからの自分の行動を簡単に汲み上げた俺は、その後ワンドルと一緒に時折談笑しながら(ワンドルの話に相槌打つ位だけど)穏やかな夕食の時間を堪能した。





―― 明日から早速、本格的に勉強開始だっ!!





*     *     *     *     *





「―― グギャーグギギーァギギュグ(―― と思っていた時期が俺にもありました)」

「アドンー」

「アードーンー!」

「アソベッ!」

「カウレンボー! カークエンボッ!」

「グギャギャグーギーグーギーギ(隠れんぼねかーくーれーんーぼ)」



翌日。俺は一人『青の集落』へとやって来ていた。周りには『青の集落』のゴブリンの子供達が数匹俺の周りに集まって来ている。


それ以外の子達はそれぞれ好き勝手に『青の集落』の広場で駆け回っている様子が、周りを軽く見渡せば容易にその姿を確認できる。


昨日の『マンドラゴラ』の一件で色々と考えさせられた俺は、しばらくの間森に入るのは一時中断して、一つでも多くの予備知識を学ぶ為に現在勉強中です。


本当はワンドルの家でゆっくりと勉強する気でいたんだけど、そこに『青の集落』から同胞がやって来て俺のレンタルをお願いしに来たんだ。そこで急遽俺は勉強場所を『青の集落』へと移す事になったんだ。


ちなみにワンドルは自分のお店があるので此処には来ていない。日が暮れたら迎えに行くって約束を交わし俺一人『青の集落』へやって来たのである。


で、しばらく子供達と一頻り遊んだ後に小休憩を兼ねて広場の隅に座り込み、ワンドルの家から借りて来た一冊の本を広げて『さぁ勉強開始だ!』と意気込んで本を覗き込んだんだけど――



「アドンナニシテル?」

「ホンヨムナ! アソベーッ!」

「……グギャギャグギ(……正確には眺めるだけとしか言えない)」



そう、そうなんですよ。本当に読むんじゃなくて眺める事しか出来ないでいるんですよ。


トリスに『妖精言語』を教わっているから、時間を掛ければ片言なりとも読める位にはなっている俺な訳ですが―― 本を開いた瞬間硬直。


覗き込んだ本の中身は細かい文字でびっしりと書きだされている文字の嵐、しかもやたら達筆な文字の羅列が所狭しと書き込まれていて、まだ最初の一行すら読めないでいるんだよっ!


さらに言えば俺が理解できる『妖精言語』の文字の片鱗さえ見つけ出す事出来ずにいて、全っ然勉強にならないんだっ! もうその事実に唯呆然とするしか無くて……只今お兄さん本の中身を文字通り眺める事しかできないます。


ば、馬鹿な……こんな筈じゃなかったのにっ! せめて俺が理解できる文字の一つでも見つけ出さなければっ! とペラペラとページ捲ってみたけど一向に理解できる『妖精言語』の単語一つも見つけられなかった。



(まさか俺ってまた最初っから『妖精言語』を学び直さなきゃいけないのかっ!? いくら何でもそりゃ無いよ! ……待てよ? この本に書かれている文字自体が『妖精言語』じゃないという可能性も……別の国の文字かもしくは古代文字とか……?)



いやでもワンドルが森から持って帰って来た薬草とか茸なんかを確認する時に、よく手にとって本の内容と照し合せているのを見た事があるし。


この一冊もそれらの本が並べてある本棚から許可を貰って借りて来たんだ。『妖精言語』以外の文字が使われているとは思えない。ワンドルが『妖精言語』以外の文字を読めるなんて聞いたことも無い……いやワンドルなら有り得る気がするけど、それでもその事に何の指摘しないなんてワンドルがする筈無い。


じゃあやっぱりこれは『妖精言語』? 眼を細めて食い入るように細かい文字へと視線を向ける俺だったが―― その時トントンと肩を叩かれたので後ろに振り返った。



「グギャ?(ん?)」

「…………」

「グギャ! グギャグギャグググギ!(おお! ジャントンいらっしゃい!)」



振り返った先にいたのは、真っ黒なローブを頭から全体に掛けてすっぽりと包みこみ。顔には何かの獣の頭蓋骨を取り付けたゴブリンの子供―― 『ジャントン』がそこにいた。そのままチョコチョコと俺の隣に移動したジャントンは、其処が自分の定位置だ言わんばかりに当然のように腰を下ろす。


ジャントンは薄い青色の肌を持つゴブリンの子供で、身長は俺よりも少し小さいけど三カ月くらい年上の俺と特に仲の良い友達の一人と言って良い存在なんです。ジャントンと出会ったのは『青の集落』にやって来て少し経った頃の事で、一人集落の隅で静かに本を読んでいるのを見つけた俺が声を掛けたのが切っ掛けだ。


一人で子供達の輪の中に入れず寂しい思いをしてるんじゃないか? そう思ったんで声を掛けたんだけど……別にそう言う事ではなく唯本を読むのが好きなだけで、寧ろ声を掛けた最初の時はシッシと虫を払うように追い払われたという経験がある。


まぁそれでも、元気に遊ぶよりも静かに一日ボケっと過ごす事の方が好きな俺にとって。ジャントンの隣は居心地が良かったんで、時々休憩がてらジャントンの隣にやって来て『青の集落』の隅で静かな時を過ごす様になったんだ。


最初は邪魔者が来たって感じで迷惑そうな視線を向けられていたけど、次第に俺がジャントンの読書の時間を邪魔する気は無いという事が分かったらしく。その後静かな時間を過ごす時の小さな隣人として受け入れてくれたようで―― 以来『青の集落』でのんびりと過ごす時は、二人して並んで座るのが定着してしまったのである。


むしろ俺が休憩していると、何処からともなくジャントンがやって来て俺の隣に当然のように座るようになったんだよね。やっぱりジャントンも心の底では誰かと一緒にいたいって思ってたんだろうなぁ。


そのジャントンが俺の隣に座ると、今まで周りにいた他のゴブリンの子達が『アドンオヤスミダー』『オヤスミー』『ツマンネー』と言葉を漏らして離れていった……なんかジャントンが来る=俺休憩というのがあの子たちの中では認識されているようです。



「…………」

「グギ? グギャギャグーギギ?(ん? ジャントンどうかした?)」

「…………」

「グギギギ……グギ! グギギグギ(一体何……っああ! この本読みたいの?)」

「…………」

「……グギー?(……おーい?)」



子供達が去った事だし、さーてこれでじっくりこの本の解読を―― と思ったんだけど。いつもなら俺の隣にやって来た後すぐに自分の持って来た本を読み始めるジャントンが、本を読み始める訳でもなくこっちにジッと視線を向けているのに気がついた。


もしかして俺の持って来た本を読みたいんだろうか? そう思って本を軽く振ってみたんだけど……どうやらそうではないらしく、俺と本に交互に視線を向けながら無言を貫いている。


はて一体どうしたもんかと頭を捻った俺だったが……その時何を思ったのかジャントンが突如俺の手の中から本を取り上げてしまったんだ。



「グギャ!?(うおっ!?)」

「…………」



突然のジャントンの行動に驚きつつも。何だやっぱり俺の持ってきた本を読みたかったのか……と若干の呆れと苦笑を含んだ視線をジャントンに向ける。


それならそうと最初で言ってくれよもう。ジャントンが無口なのは知ってるけど、いくらなんでも突然人の手から物を取り上げるなんて行動はお兄さん感心しないぞ?


あっ! それとその本に書かれてある文字は『妖精言語』じゃないかもしれないから、ジャントンにも読めないんじゃないかな? と忠告を入れようと口を開きかけた……その時。



ジャントンは俺から取り上げた本を両手で掴むと―― その場でクルッと本を上下逆に持ちかえて見せたのであった。



―― はい?



一連の動きを見ていた俺は眼の前で行われたジャントンの行動に硬直する。


呆然と視線を向け続ける事しかできない俺だったが、そんな様子を特に気にした様子も無く。ジャントンは上下を逆さまにした本を未だ硬直するしかない俺の手の中へとも戻し……しっかりと握らせてくれた。


そして労うようにポンポンと俺の肩を優しく叩いたジャントンは、そのまま流れるような動きで自分のローブの中から俺の持って来た本よりも分厚くて年季の入っている本を一冊取り出し……何時ものように静かに本を読み始めたのであった――



…………



サワサワと風の鳴く音と、広場で遊ぶ『青の集落』のゴブリンの子供達の明るい声が耳に響き―― 静かで穏やかな時間が俺とジャントンの二人を包み込んでいた。



しばらくして―― ようやく再起動を果たした俺は手の中の本の中身を一瞥し……うん……所々見た事ある単語がある……紛れも無く『妖精言語』ですね……。



そしてゆっくりと、雲一つない青空を見上げて俺は穏やかな笑みを浮かべた――









―― 気付けよ……俺。



【 備考 】


『新月の雫』


新月の夜。新月の空から零れ落ちて来たと云われる黒い希少石。淡い魔光を内部から発し、その強度は『ラーズ・アファト』の世界の中でも最高位に近い。この希少石が発見される場所には一貫性が無く、森の中で拾ったり、鉱山の山から発掘されたり、川の中から出てきたりと多種に渡る。しかも発見された物は殆どが小指の爪先程度の物しか無く、子供の握り拳程度の物が過去最大とされていた。高い内包魔力、最高位の強度、夜を想わせる透き通った輝き。さらに重量は手に持った者に合わせ変化するという特殊な力が備わっており、どれを取っても非の打ち所のないこの鉱石は五大鉱石の一つとして数えられている。しかしやはり見つけ出すのは困難を極め、欠片と欠片を見つけ出し、それらを溶かして混ぜ合わせ、素材として機能させるまでに至るには莫大な予算と年月が必要と云われている正に魔性の鉱石。それでもこの鉱石を追い求める『鍛冶職人』と腕に覚えのある者達は後を絶たない。『ラーズ・アファト』で『新月の雫』を核として創り出された武具は過去に二つしか存在を確認されておらず、それらも現在は行方知れずとなっている。伝説では古の『妖精族』が『新月の雫』で生み出された武具を振るい『魔族』を相手に戦い抜いたという記述も……?



【 アドンの二週間の成果 】


探索一回目―― 初めて森に入る。ちょっと珍しい蝶を見つけて追いかけた所『ホクホクダケ』が大量に生えている洞窟を発見。沢山持ち帰り『ゴブランド王国』に貢献。


探索二回目―― ワンドルと共に罠を仕掛け、そのやり方を学ぶ。その後川にて釣りを開始。生態系が崩れるんじゃないかって位魚を釣りまくって怖くなり何匹かリリース。帰り際に罠を確認ウリボウGET。仕方ないとは言え生き物を殺してしまった事に思う所有りつつも、ワンドルに優しく諭されながら王国へ戻る。晩御飯がちょっと豪勢になる。


探索三回目―― 森の中を探索。色々な薬草を採取。途中大きな猪(先日美味しく頂いたウリボウの親?)に遭遇し追いかけられてワンドルと逃げる。ワンドルに木の後ろに隠され暫く経った後、顔を覗かせると猪が頭から岩に激突したのか変な格好で死んでるのを見つける。直ぐ傍にワンドルが居て微笑まれる。良く分かんないけど死んでいる猪にビビりながらも猪GET。晩御飯が豪勢になる。


探索四回目―― 森を探索。こける。黒い石を見つけて持ちかえる。グレゴスさん遭遇土下座される。黒い石『新月の雫』と引き換えに『隠者の衣』『無音靴』『シール・ハンド』『???×4』以上の装備をGET。ちょっと嬉しくなる。『???×4』は封印。


探索五回目―― 森を探索。『隠者の衣』『無音靴』の能力発動、ワンドルが見失う。『マンドラゴラ・天然物』発見、引っこ抜く。呪いの悲鳴『シール・ハンド』で完封。貧弱パンチが炸裂TKO『マンドラゴラ・天然物』GET。『ゴブランド』王国へ持ち帰る。鬼神降臨メディーマ咆哮。怒られる。増長と予備知識の重要性を自覚し反省。

お待たせしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ