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思い出の赤いリボン


 ダラスは柔和な眼差しをラムダに向ける。その表情は陽だまりのように温かなものだった。


「ラムダ、このリボンに見覚えはないかの?」


 そう言って豊かに蓄えた髭を持ち上げながら、結われたリボンを青年に見せる。

 しかし彼の記憶にはない。腕を組み顔をしかめ、真剣に思い出そうとしてみたが、やはりリボンに見覚えなどなく……。

 そんな青年の反応にドワーフは、「ふむ」と小さく頷いて構わず話を続けた。


「ワシに孫がおる、と言うのは以前話したことがあるの」

「うん」

「たしか、あれはワシが150歳の頃じゃった。7歳の孫娘がの、坑道に迷い込み、挙句、地上に出てしまったんじゃ。俗に言う“迷子”というやつじゃな。ワシは必死に坑道を探した。もしドワーフだと人間に知られれば、孫が何をされるか心配だったからじゃ。じゃが、その日は見つけてやることが出来なんだ。そうして1日経って、ようやく帰ってきた孫の髪には、真っ赤なリボンが結ばれとったんじゃ」


 ダラスは髭に結ばれたリボンを再び撫でる。口元は綻び、その表情はどこか嬉しそうだ。


「ワシは孫の無事を喜んだ。特に虐められた様子もない。すると心配するワシに、孫は笑いながらこう言ったんじゃ、『人間の男の子にリボンを貰ったの』とな。ワシがその子の名を訊ねると、孫は小躍(こおどり)してこう言った、『ラムダ=クライツェル』と」

「えっ?」

「覚えておらんかの?」


 ラムダは幼き日を回想する。するとある記憶が胸をかすめた。


 あれはラムダが5歳の頃だ――――。

 両親が離婚する少し前。母に、「外で遊んでいなさい」と言われたラムダは、庭でボール遊びをしていた。すると、何処からともなく、女の子の泣声が聞こえてきたのだ。

 少年はその切なげな声の聞こえる方へと近付いていくと、裏庭で1人の女の子が地べたに座り、涙を流しているのを見つけた。

 自分より少し背の高そうな女の子に、声をかけるべきか迷っていると、不意に女の子の視線が少年へ向けられる。

 すすり泣く少女に胸を痛めたラムダは近づき、「どうしたの?」と訊ねた。すると少女は「迷子になったの」と答える。

 涙で濡れる少女の顔に笑顔を取り戻させるため、何か出来ないかと思ったラムダは、プレゼントを思いつく。

 その場に少女を待たせたラムダは急いで家に戻ると、母が商店で帽子を買った時に付いていた、ラッピング用の赤いリボンを持って裏庭へと走る。

 そして未だしゃくり上げて泣く少女の金髪に、赤いリボンを蝶々の形に結わえ付けた。すると少女は泣き止み、不思議そうな顔をして「これは?」と訊ねる。

 ラムダは微笑みながら、「リボンだよ。プレゼント」と答えると、少女は喜色満面の微笑を浮かべながら「ありがとう」と礼を言った――――。



 あの時の少女はドワーフだったのか、と妙に納得した様子のラムダは、思い出した事をダラスに伝えると、ドワーフは嬉々(きき)として喜んだ。


「ああ、だからあの日、僕の名前で驚いてたんだね」

「そうじゃ。いつ話そうかと思っておった。孫もとても喜んでおったよ。ありがとうの、ラムダ」

「ううん。喜んでくれて嬉しかった」

「お前さんのおかげで、人間に対するワシの考えも変わったんじゃ」


 碑石にもたれる様にして座る2人は互いを見返す。その微笑みは温かな陽光のようだ。笑い合う声が歯車の音を縫って小広間に響く。

 ふと視線を正面に戻したダラスは、少年に自分の思いを、夢を語った。


「ワシはのラムダ。ここから出て、もう一度孫に会いたいんじゃ」

「…………」

「ここへ来る少し前に、孫はよく怪我をするからと言って、ワシにこのリボンをくれたんじゃよ。自分の宝物だと言っておった大切な物をじゃ。しかし、ワシが155歳の頃……その日は丁度孫の誕生日じゃった。お返しに何かプレゼントしようと、仕事ついでに坑道を掘り進めている最中、ワシはここに落とされた」


 残念そうに、寂しそうな表情を浮かべて話すドワーフの横顔を、ラムダは黙って見聞きしている。


「ここから出て、孫に、リボンを返したいんじゃよ」


 悲しげな顔をして俯くダラス。一筋の涙が頬を伝い、それは髭の隙間を縫うようにして消えていった。

 その様子を心痛な面持ちで見つめていたラムダ。しかしあることにふと気付き、ダラスに声をかけた。


「ねえじいちゃん」

「なんじゃ?」

「じいちゃんがここへ来たのは155歳?」

「そうじゃよ、それがどうかしたかの」


 小さく頷くダラスは、疲弊したような顔色で青年を見返す。


「じいちゃんのお孫さんに僕があったのは5歳の時だ。じいちゃんはその時150歳で、ここへ来たのは155歳の頃。僕はその時10歳だ。そして僕がここへ来たのは12歳の頃で、でもじいちゃんはその時、『80年以上はここにいる』と言った」

「ふむ……ふむ?」

「じいちゃんは、僕の過ごした2年間で80年以上も年をとった。と言うことはだよ、ここの時の流れと、大時計が動かしてる世界の時間の流れに相違があることになるんだ」

「……はぁ。ラムダ、それが分かったところで、結果どうにもならんじゃろ」


 大きく溜息をついたダラスは、碑石に持たれながら滑るように沈み込む。それを見ていた青年は、「確かにそうだ」と一言呟き、頭を掻きながら男を見た。照明の橙色を含んだシルバーの輝きを放つ胸当てに、手を組み合わせて乗せるダラスは寝ようとしているみたいだ。

 そんなに残念がらなくても、そう思っていた青年だったが、ダラスの願いに協力しようと自らを鼓舞するように立ち上がり、男を見下ろしながら言った。


「じいちゃん! 出口探そうよ!」

「ん?」


 照明の逆光を遮るように被さるラムダの影の下、ダラスはゆっくりと瞼を開る。床に手を付き起き上がると、青年を見上げて顔を見返す。その表情はとても晴れやかで、協力を惜しまない。そんな雰囲気を醸し出していて、半分以上諦めの念が心中渦巻くダラスと違い、ラムダには諦める気なんかさらさらないようだ。

 その言葉に勇気付けられるように、男の曇った表情は少しずつ晴れていく。青年の言葉を心で受け止め、ダラスは希望を胸に立ち上がると、ラムダに向かい大きく頷いた。


「じゃあ、明日から探すかの?」

「うん、そうだね」


 笑顔の2人は互いに拳を突き出し、意思を確かめ合うようにそれを軽くぶつけ合う。にっと白い歯を見せて笑い合うと、それぞれ自分の小部屋へと帰っていった。



 翌日――――。

 ラムダはいつものように小部屋で目を覚ます。毎朝鳴る定時5時の鐘の音。ここへ来てからはそれが目覚ましになっていた。

 相変わらず歯車は回転し、何もない部屋内に、ガコンガコンと音を響かせている。

 身体を起こして立ち上がり、扉を開けて外に出た。

 クロノメーカーとしての毎日の日課をこなす為、1階へと下りて清掃と整備の作業に勤しむ。

 いつもなら掃除をしている途中、空からダラスが降ってくるのに、この日は普段とは違った。ラムダが10階までの歯車の点検及び油差を終えても、ダラスが落ちては来なかったのだ。

 時計の糸巻きに忙しいのだろう、ラムダはそんな風に安直に考えていたが――――。



 それから数時間後。大時計の針は午後5時を示す。

 教会で鳴らされるような撞鐘(とうしょう)の、清く美しい音色が時計塔に、時の亀裂内に響き渡る。青年は碑石の前に胡坐をかいて座り、ダラスが来るのをずっと待っていた。

 すると突然、時計塔の周りにたれる、オーロラのようなヴェールが激しく波打つ。ラムダは異変に戸惑い、辺りを見渡した。すると上階から、同じくここに住むクロノメーカーたちの声が聞こえてきた。

『ダラスさんが倒れてるって?!』


 青年は愕然とした様子で上階に目線を向ける。その瞬間、騒がしかった時計塔の、歯車の噛み合う音が徐々にスローテンポになっていき、それはやがて途絶えた。大時計塔が停止したのだ。

 時計塔の糸巻きはクロノマスターの仕事だ。時計塔の停止はイコールして、世界の停止を意味する。

 ダラスを心配した青年は立ち上がり、急いで階段を駆け上がる。クロノマスターの管轄区画は最上階。200階もある時計塔の螺旋階段を、ラムダの場合は1から上らなくてはならない。

 そのじれったい道程に焦燥しながらも、持てる体力の全てを振り絞り、ラムダはダラスの元へと急いだ。

 駆け上ること約2時間。ようやく最上階に着いた青年は肩で息をし、膝に手を付いて頭を垂れる。顔を上げた先で見た光景は、数人のクロノメーカーに囲まれたダラスが、巨大な糸巻きの前で倒れている状況だった。

 ドワーフの元へ駆け寄ったラムダは、顔面蒼白になっている男の顔を覗きこむ。

 すると苦しそうな息を吐くダラスは青年に気付いたのか、朧げな視線をラムダへ向けると、虫が鳴くような小さな声で話しかけた。


「ラムダ……」

「じいちゃん!」

「心配かけて、すまんの……」

「大丈夫? 働き過ぎなんじゃないの? 無理はしないでって、言っただろ」


 ダラスの様子がおかしい事。普段とは違うこと、生気が薄れていっていることに、青年は気付いていた。しかし、普段通りに振舞おうと、悲しさを滲ませないよう必死で押さえ込んでいる。


「ラムダ。じいちゃんは……寿命じゃの……」

「なに言ってるんだよ。ドワーフは、250年以上生きるんだろ? じいちゃん、そう教えてくれたじゃないか……」

「ワシも、もう241歳じゃ……」

「まだ、まだ……頑張れるよ…………」


 ラムダはとうとう悲しみを抑えきれずに、大粒の涙を零し始める。頬を伝う涙は流れ落ち、ダラスの頬にポタッ、ポタッと降り注ぐ。


「すまんかったの…………出口……一緒に、探せなんだ」

「なに、言ってるんだよ……。お孫さんに、また会いたいって、言ったじゃないかっ!!」

「もう、それも、叶わんの……」


 遣る瀬無い思いからか、声を震わせながらそう呟いたダラスの目からも、悲哀の色に満ちた水が頬を伝う。

 青年は男の右手を握り締め、今まで世話になったこと、楽しかった思い出。走馬灯のように巡る6年間の記憶を脳裏に写しながら、感謝の言葉を探し伝えようと、想念を声に出そうとするも、絶え間なく続く嗚咽に咽びそれもままならない。

 息苦しそうなダラスは、最後の力を振り絞り、左手を髭に結われた薄紅へと退色したリボンへと持っていく。そして蝶々結びを解くと、そのリボンを、自分の手を強く握り締めるラムダの手の上にそっと落とす。

 青年はリボンを手に取ると、ダラスの顔を、涙で濡れる、涙の似合わない男の目を真剣な眼差しで見つめ返す。

 肺に残った最後の空気を使い切るかのように、ダラスは最期の言葉を、ラムダに伝えた。


「これを……孫に……エ、ミリムに…………頼、む――――」


 青年の手に触れようとし、一生懸命に伸ばされたダラスの頑強な豪腕は、その手に届くことなく、力なく胸の上に垂れた。


「じいちゃん?! じいちゃんー!!」


 人目も憚らずに大声を上げて泣いた。ラムダにとって祖父であり、同時に父親であり、家族だったドワーフの男。ダラスを失った悲しみは、咽び泣く声として漏れ、動きを止めた時計塔に、鐘の音のように響き渡った。

 いつまでも――――いつまでも――――。



 それから数日後――――。

 ラムダは、ダラスの遺書として残されていた遺言の通り、『クロノマスター』となった。世界の時を運用する者、時の管理者としてダラスの跡を継いだ。

 時を刻む大時計を管理しながらも、ダラスが最期まで夢見た出口を探しながら、今日も最上階で時計の糸巻き作業をしている。


 いつか出られることを信じて。そして、ダラスのお孫さんに、祖父の生き様と、宝物である退色し煤けたリボンを返し伝えることを夢見て。

 これからも、ラムダの戦いは続いていく――――。



『時の大時計』をお読みいただき、ありがとうございました!

今作はジョブ・ストーリー5作目で、オリジナル? のジョブ「クロノメーカー」をテーマにしたお話でした。


決まっていたのはタイトルと、クロノメーカーというジョブ名。それと時計塔というワードのみで、まるで話の練られていない、内容のないような(……ダジャレじゃないよ??)お話になってしまいましたが。


読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!

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