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私と彼が出会ってそして2

街の中心部は、広場になっている。昔、この国が別の名で呼ばれていた頃にいたらしい国王の彫像と噴水がある。その王妃の彫像もあるのだが、これは別の場所に置かれていた。

(一緒の場所だと、何だか恥ずかしいって言ってたような)

シェリスカは、遠目に国王の彫像を眺めてから、広場のベンチのひとつに座った。隣で新聞がガサリと音を立てる。

「誰にも気づかれておらんか?」

新聞の向こうから発せられたその声は、新聞をめくる音よりも小さかった。

シェリスカは、苦笑する。

「大丈夫だよ。誰もこっちを見てない」

気休めではなく、事実だった。 親子連れがいたが、母親は遊んでいる子どもにかかりきりで、こちらを見る余裕などなさそうだった。

「使い魔もおらんか?」

「いつの時代の話?みんな、そういうものは使わないってわかっているでしょ?」

「年寄りをそんなにいじめるな。外に出るのは10年ぶりだと知っておるだろう」

「こんなときだけ年寄りぶらないでくれるかな。早く話を進めさせてよ。時間がないんだ」

いつもはこの『年寄り』との会話に付き合っているのだが、今日のシェリスカには時間がない。少しイライラし始めていると、バサリ、と音を立てながら新聞が二つに折れた。

現れたのは、大きな藍色の瞳を嬉々と輝かせた、可愛らしい少年。年中、ローブ姿のシェリスカとは違ってきっちりとした灰色のスーツを着ている。

「面白い状況に陥っているようじゃな」

表情だけでみれば無邪気な子どもだが、口調からわかるように、少年は『年寄り』だった。シェリスカよりも長くこの世界を見てきている、厄介な存在とも言える。

「子どものままで長く生きているあなたより、面白い状況はないよ。それより、ランヴェール家のこと、どうするの?あいつは、もうダメだと思うよ」

食い付く前に、解決せねばならない問題を突きつける。

少年は、見た目の年齢には似つかわしくない、難しい顔をした。渋っているようにも見える少年に、シェリスカは鋭い眼差しを向ける。

「古き血を引く者に関しては、あなたの許可が必要でしょ?どっちに転んでも。正直、もう待ってはいられない。噂が広がる頃だよ」

「・・・ランヴェール家の家政婦が消える、か」

少年は、多くのものを見てきた藍色を苦しそうに細めた。

「・・・よかろう。お前に任せる。希少な人間をこれ以上危険にさらすわけにもいくまい。約定を違えることになる。すまんが、よろしく頼む」

頼むと言っている割には、歯切れが悪い。長く生きているこの子どもは、また孤独に一歩近づくのだ。

「・・・うん」

「元気がないな?」

「今から、ひどいことをする自覚があるから」

珍しくも気遣いを見せた少年に、シェリスカは力なく笑った。

「ランヴェールか?」

「ううん。関係ない女の子」





今時、移動手段で馬車を使うのは上流階級の方々だけだと思う。

人生で初めて馬車に乗った私は、ひどく緊張していた。真っ直ぐに前を見られないほど。顔を上げれば、彫りの深い顔立ちをした、ランヴェール家の当主様の顔を嫌でも見つめることになってしまう。見つめれば、さっきと同じ大失態を犯してしまうだろうから、それを心底恐れている私はモジモジと自分の服を見るしかなかった。

けれど、呼ばれたらやっぱり顔を上げないといけないわけで。

「アドミラさん」

低くて甘い声で名を呼ばれた私は、とろけることもできないまま、恐る恐る顔を上げた。

「そんなに緊張しないで」

向かい合って座っている、30半ばを過ぎたばかりだという当主様が、微笑んでいる。私に向かって。それを自覚した途端、顔が勝手に熱を持ったのがわかった。

「ちょっと、窓を開けてあげたら?」

のんびり言った、その隣に座っているシェリスカさんは、私の状態を勘違いしている。でも、勘違いしているのは当主様も同じだった。

「ああ、そうだね。すまない、私はあまり気がきかないんだ」

当主様は苦笑すると、白いレースの向こうの小さな窓を開けた。

熱くなった頬に当たってくる風が気持ちいい。

「それにしても、シェリスカにこんな可愛らしいお嬢さんの知り合いがいたなんてね」

「かっ」

可愛らしい?!

親にしか言われたことのない言葉を、美貌の持ち主からいきなり言われると、咄嗟に反応できなかった。そう、私は、悲しいことに身内以外から容姿を誉められたことがない。

「だから、あなたのような可愛らしいお嬢さんが、仕事を引き受けてくれたことにとても感謝しているんですよ。金貨10枚しか払えないのは非常に申し訳ないんだが」

「いいえ!十分すぎるほど十分ですっ。食事もいただけるなんて・・・」

シェリスカさんが紹介してくれた仕事は、ランヴェール家の家政婦。家政婦とはいっても、やることは掃除だけ。それで金貨10枚もらえるのだ。10枚もあれば、十分に贅沢な食事ができる。

「いやいや。私が仕事で昼間は家を開けることが多くてね。妻の手料理になるが、一緒に食べてやってほしい。ついでに話し相手にもなってくれたら助かるよ。退屈だと文句を言われるんだ」

おどけて片目をつぶった当主様に、私はただ、「はい」と笑って答えた。



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