私が彼に出会ったとき 2
鏡の中に映っている私は、やっぱりというかかなりというか、疲れて見えた。
結いあげていた髪をほどくと、少しは緊張がとれたような気がしてほっとする。手で軽く髪をすいてまた鏡を覗いて。そこではっ、と気が付いた。こんなことをしてる場合じゃない。
そう、私はスーツとなぜかワンピースの試着をしているところなのだ。
『このお店にあると思うんですけど――――』
シェリスカさんに連れてこられたのは、私が普段は素通りする高級なお店だった。
『安物のスーツですから、こんな高いお店じゃなくても・・・』
店のドアを開ける寸前まで何度も繰り返したのだけど、シェリスカさんは絶対に足を止めなかった。代わりに足を止めた私の背後に回り、トンと背中を押してくれたのだ
結果、カランカランと軽やかなベルの音が鳴り。
『いらっしゃいませ~』
と、営業スマイル全開な店員さん(とても美人)に迎えられることになったのだった。
柔らかそうな金髪と頬と手と――――どこをとっても柔らかいに違いない店員さんは、笑顔も柔らかかった。私に向けた笑顔が背後のシェリスカさんに向かった途端、それは最大になった。
『シェリ!』
『やあ』
店員さんのワントーン高めの声に、シェリスカさんが答える。
『スーツとワンピース、見立ててほしいんだけど』
『ワンピース?』
当初の予定にないものが付け足されていたので、私はすかさずシェリスカさんを見た。シェリスカさんは、私を見ずに続けた。
『頼んだよ。ルル』
『まかせて!』
ルルと呼ばれた店員さんは、とても嬉しそうに頷くと私を連れて店内を歩き始めた。
「どうですかー?」
カーテンの外からの声に、私は再度、顔をあげた。また、ぼーっとしてしまっていたのだ。
「すみません!今、出ますから」
スーツはぴったりだったから、試着したものを買ってもらうことに決めたのだけど、コレは・・・
鏡の前で、ちょっと迷って青いカーテンをそろそろと開ける。
「きれい!」
ルルさんが、ワントーン高い声で言ってにっこり笑った。
それにつられて私の頬も緩む。
「ありがとう・・・こういうの着るの初めてで」
「えー、もったいない。ねぇ、シェリ」
ルルさんに振られたシェリスカさんは、こくりと頷いた。
「うん」
ルルさんによって選ばれたのは、ワンピースというよりはどこかのパーティに行くときに着るようなパーティードレスみたいなものだった。首の周りにはキラキラ光る透明の疑似宝石がぐるりと2周ほど縫い付けられ、まずそれだけで目立つ。素材はいいものの、それ以外は青いノースリーブのワンピースだというのに。
「じゃあ、それで決まりってことでいいのよね?シェリ」
「うん」
「お買い上げありがとうございまーす!」
「あの!」
私はとうとう口をはさんだ。ルルさんだけがきょとんとした表情でこちらを見る。
「この服はとても素敵だと思う。でも、いただけません。スーツだけで本当に結構ですから・・・」
シェリスカさんは、ちょっと困ったように微笑んだ。
「ルル。ちょっと2人で話したいから、いい?」
「いいよ~」
のんきな声でルルさんが答えて奥に引っ込んで行こうとするのを私はなぜか引きとめたくなった。どうしてかというと、シェリスカさんが真面目な顔で私のほうへ向かってきたからだ。
「ええと・・・」
人の好意を素直に受け取らないから怒ってしまったんだろうか?シェリスカさんにとっては遠慮しすぎなんだろうか?それでも、好意に甘えすぎない・自分のことは自分で。がうちの教育方針だったからそれはどうしようもないわけで・・・
どうしようかどうしようかと迷っている私の前に立ったシェリスカさんが言ったのは。
「仕事、お探しなんでしょう?」
「はい?」
なぜかそれだった。