私が彼に出会ったとき 1
「仕事・・・降ってこないかなぁ」
文字通り、とぼとぼと歩きながら、ため息ばかりが口から出ていく。
さっき出てきた職業案内所の掲示板、実はたくさんの黄色い紙が貼ってあった。仕事が全くないわけじゃない。そう、問題は私ができる職種の求人が非常に少ないという点だ。
黄色い紙は、特殊な技能を必要とする職業。つまりは、魔法が使用可能であること。
とある国際機関の調査によると、世界の人口の大半は魔法が使えるらしい。
けれども私は、残念なことに魔法を使えない。私だけではなくて私の家族もだが。
どうやら、魔法が使える人たちの大部分は、先祖に魔法使いがいたとのこと。うちの先祖には魔法使いがいなかった、というのはもう調査済みなので血筋という点から考えればどうしようもないのだろう。子どものころは、部屋の片づけを瞬時にしてしまう友だちがうらやましかったが、大人になった今となってはもうしょうがないとあきらめている。ないものねだりをいつまでやっていてもしょうがないのだ。
「今時、求人の募集をドアに貼り付けてるところなんてあるわけないだろうし・・・」
また明日も案内所に行くしかないんだろう。正直、あんなやる気のない職員と話すなんてもうイヤなのだが。
私はあることに気づいた。
「・・・お腹すいた」
贅沢はできないけど、食べなくちゃいけない。
その声に答えるかのように漂ってきた、何度も口にしているスープ屋のコンソメスープの匂いに誘われて、自然と商店街へ足が向かっていた。
ちょうどいい場所ともいえるところに、スープ屋はある。
左右が肉屋と八百屋。材料を揃えるのに遠い場所まで行かなくてもいい。
小さな店なのでドアを開ければすぐに、スープの入った鍋がいくつも並んでいる。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
鍋から顔を上げてにっこりと笑顔で迎えてくれたのは、一人で店を切り盛りしているサリーさんだ。私より10歳くらい年上らしい。
店の中には、2人の先客がいた。
白いローブを着た(おそらくは)男性と、中学生ぐらいの女の子。女の子は、何だかイライラしているように見えた。
「ええと、それじゃあ・・・コンソメスープをひとつと、それから何だっけ」
「コーンクリームスープをひとつ」
白いローブの男性のあとを、女の子がため息を混じらせたような声で続けた。嫌々来させられましたと顔に書いてある。放っているオーラは、ものすごく刺々しい。
「お代は――ちょうどね」
サリーさんが、銀貨を受け取ってスープを入れた袋を白いローブの男性に渡すと同時に、女の子は走りだすとあっと言う間に角を曲がって見えなくなった。
私は首をかしげ、さあスープを買おうとくるりとサリーさんのほうへ向きなおって―――――なぜか。
「うわあああっ!」
白いローブの男性が、その手元から浮き上がったスープ入りの袋をあわてて捕獲しようとして失敗している姿と、袋の口から飛びだした熱い液体が自分の服にかかるのを呆然と見ていた。
すみません。ごめんなさい。許してください。
なんだかこちらがかえって気の毒になるくらいな勢いでひれ伏している彼を、私は床に座ったまま見ていた。サリーさんは微妙な表情でこちらを見ている。きっと今の私の表情も微妙なものになっているに違いなかった。
「ええと・・・そんなに気にされなくても大丈夫ですから。スープの温度もその、ええとシェリスカさんの魔法で下げてくださったおかげで火傷もしなくてすみましたし」
「そんなのは当然です・・・」
床に向かってしゃべっているからか、その声は非常に小さかった。
「それは・・・たぶん魔法使いなら当然なんでしょうけど、人間だったらできませんから」
「え?」
シェリスカさんは、下げ続けていた頭を上げた。ぼさぼさの金髪に、そこだけ念入りに手入れしているのではと思わせるほどに深くて綺麗な青い瞳。その瞳がわずかに見開かれている。何か妙なことを口走っただろうかと思いつつ、私は青い瞳を見つめながら付け足した。
「だから、・・・シェリスカさんが魔法使いだったから助かったんですよ」
「あ、ああ、そういうことですか」
シェリスカさんが納得したかのように頷く。
「じゃあ、私はこれで」
たった10分程度だったが、これ以上ここにいたら営業妨害になりそうなので、私はさっさと立ち上がるとコンソメスープ入りの袋を抱え直した。それに、早く帰って服を洗濯しなくちゃいけないし。
「サリーさん、また来ますね」
サリーさんに手を振って、その場を離れようとしたとき、袋を抱えていないほうの腕をがしりと掴まれた。
「服、弁償させてください。・・・魔法じゃどうもできないので」
こちらが振り返るよりもさきにシェリスカさんはそう言ってきた。
さっきよりは大きな声で。