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私が彼に出会う前

「ねえ、アドミラ」

 半年ぶりぐらいに作った、アップルパイを夕食後にほおばりながらシェリが私を見た。

 ちなみにアップルパイはシェリの大好物のひとつでもある。

 私のほうはというと、好きでも嫌いでもない。私が好きなのはチーズケーキである。

「何でしょうか?」

「来週の木曜日は君と僕の誕生日だよね」

「ええ。偶然にも」

 シェリはにっこりと笑った。

 そう。どういう偶然か、シェリの誕生日と私の誕生日は同じ日なのだ。11月の15日。

「去年の誕生日はええと・・・僕が仕事で君は一人だったんだよね」

「そうでしたっけ?」

 残念ながら私の記憶にはない。

「そうだよ。だから、今年は仕事を入れない。うっかりなんてことも絶対にしない」

「別に私は平気ですが?」

 一人なんてことは珍しくない。シェリが仕事に行ってご飯を一人で食べるなんてことは。私は子どもではないのだから。

「誕生日のケーキを一人で食べるのって寂しいじゃないか」

 ・・・ああ、シェリ。

「君だって平気でも、本当は平気じゃないはずだよ」

 それは、わからないだろうあなたには。

「・・・まあ、ケーキはちゃんと作ります。チョコレートケーキを焼きますから」

 少しの沈黙の意味を、シェリがわかったのかどうかはわからなかった。

「うん」

 またにっこり笑って二つ目のアップルパイに手を出した様子を見て、彼はわかっていないのだろうと私は思うことにした。



 私の名前はアドミラ。

 シェリスカ・エイドワース・ブラン・シェルサードという今時妙に長い名前を持つ、自称280歳・見た目は20代後半の変人魔法使いに雇われている家政婦である。家政婦というと、昔はメイドのような格好が主流だったが、今ではシャツにエプロン、パンツスタイルというのが一般的である。メイド服を持っていないわけではないが、滅多に着ることはないので今はクローゼットの中に眠らせている。

「アドミラ」

「何でしょう?」

 私は、フローリングを掃いていた箒の動きを止めると、アップルパイを食べ終えた後、白いローブの上に灰色のロングコートを着て部屋から出てきたシェリを見上げた。いつもぼさぼさの金髪の髪は、珍しく整っている。ただし、青い目は少し眠たそうだった。

 シェリと私との身長差は大体りんご一個分くらいである。見上げるのにそれほど苦にならないベストな身長差といったところだろうか。

「ちょっと出かけてくる」

「いってらっしゃい」

「うん」

 パタン、とドアが開いて閉まった。

 私は掃除を再開した。



「ふう・・・」

 シェリの部屋を除いて、家の掃除が終わった。

 シェリの部屋については、ここで雇われた最初のときから掃除をしていない。入ることも禁止されているためだ。

「休憩しよっと」

 私は椅子に座った。テーブルの上のポットとティーカップを引き寄せてお茶を入れる。

 お茶を入れたティーカップを持ちあげたところで、カレンダーに目が止まった。さっき、誕生日の話題になったせいか、11月15日に目が止まる。

「そういえば・・・」

 その前日の14日は。

「雇われた日だ」

 私が、シェリに初めて出会った日。

 ―――――こういう人もいると知った日。




 2年前。

 その年の11月は、月の初めからひどく寒い日が続いていた。

 私は、10月の終わりにそれまで勤めていた職場を解雇されてしまい、毎日のように職業案内所を訪れていた。

「うーん」

 仕事をする気があるのかないのか、(たぶん前者のほうだと思う)私の担当になっている男性職員は太い黒縁眼鏡を外したりつけたりしながら、すでに目を通し終えているはずの履歴書をまだ眺めている。

「仕事が欲しいんです」

 この台詞、11月の初めからの分を合計すると、もうきっと50回くらいは言っているはずだ。

「アドミラさん」

「はい」

 職員は手元の履歴書をくるりと一回転させると、私のほうへ滑らせて言った。

「残念ですけど、あなたに紹介できる仕事がない」

 至極残念そうな表情を浮かべてみせた職員に、私はあっさりと返した。

「ここに来た日から言われてます」

「確かに。言っているのは私だからな」

 職員は眼鏡を外すと今度はレンズを磨き始めた。

「私としても非常に心苦しいんだ。しかし、この不況だ。アドミラさん、あなた一人だけではないんですよ。辛い立場にいるのは」

 そう言う職員の口調はちっとも残念そうではなかった。

 正直いらっとするものを感じたが、ここで何か言ったってこの状況がどうにかなるとは思えない。

「・・・わかりました」

 私は履歴書を丁寧に封筒の中へしまいこむと、案内所を出た。







 






 


  

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