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割と前からそうだった。
「ねぇねぇ」
恋人が少しだけ身を乗り出す。
「なに?」
「私たち、愛称つけようよ」
「え、やだ」
即答。
「いいじゃん。家の中だけでいいから」
「なんで……」
「じゃあさ」
少し考える素振り。
「君がワンコで、私がご主人様ね」
「……は?」
「なんかそれっぽくない?」
「どこが」
「はい、お手」
「やらない」
「やったら撫でてあげるよ」
一拍。
イヌがため息をつく。
「……一回だけな」
手を出す。
「いい子いい子」
優しく撫でる。
「さすが、私のワンコ」
「……まぁ、いいか」
少しだけ満足そうに呟く。
「でね、これ買ったの」
小さな袋を見せる。
「……なにそれ」
「首輪」
「今日はこれつけて寝よっか」
「やだ」
即答。
「えー」
少しだけ間。
イヌが視線を逸らす。
「……今日は首輪つけて一緒に寝てください、ご主人様」
「は?」
恋人の動きが止まる。
「今のなに」
「復唱」
「しないけど」
「じゃあ今日は別の部屋で寝るね」
くるりと背を向ける。
一歩。
止まる。
沈黙。
「……」
「……」
「……今日は首輪つけて一緒に寝てください、ご主人様」
少しだけ小さい声。
恋人が振り返る。
「はい、よくできました」
柔らかく笑う。




