契約の強制履行の限界
黒崎は深く頭を下げた。
「……バニーさん、お願いします」
「ちょ、ちょっと……黒崎さん、頭上げてください」
バニーが慌てて制止する。
「アイツに――真面目に働くよう、契約の強制履行を」
「……すみません、それは無理です」
間。
「……え?」
黒崎の思考が止まる。
「どうしてですか?」
「えっと……それ、もう結構前に命令してるんですよね」
「……能力が無効化されている、とかですか?」
「いや、むしろそれであってほしいです」
バニーは小さく息を吐く。
「今回の件、聞いてますよね」
「はい。現場に向かう途中でパチ屋に寄って、到着が遅れたと」
「それです」
一拍。
「イヌにとっては、あれが“真面目に働いてる状態”なんです」
「……は?」
空気が止まる。
「家から出て、仕事に向かってる時点で」
バニーは淡々と言う。
「アイツの中では“ちゃんとしてる”んですよ」
「……すみません」
黒崎が静かに言う。
「理解が追いつきません」
「多分それ、理解できないんじゃなくて」
一瞬だけ視線を逸らす。
「したくないだけですよ」
「……はい」
黒崎は即答した。
「したくないです」
「大丈夫です」
バニーも頷く。
「私もしたくないので」
沈黙。
少しだけ空気が緩む。
「……では」
黒崎が口を開く。
「どうすればいいんでしょうか」
バニーは、ほんの少しだけ考えて――
「……本当に、すみませんでした」
深々と頭を下げた。
「バニーさん」
「はい」
「今から、アイツをボコしに行きませんか」
一拍。
バニーは即答した。
「そうですね」
その後――
イヌは、きっちり制裁を受けた。




