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ブラコンメーカー  作者: 川北 詩歩


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どうにかしたい、この妹!

どうにかしたい、この妹!


 俺の名前は幡野功佑はたのこうすけ、高校三年生。受験勉強という名の荒行に耐える日々を送っているが、俺の家庭環境はそれ以上に過酷な戦場だ。




「おい、クソ兄貴! さっさとどけよ邪魔!」




 鼓膜を容赦なく震わせる罵声。声の主は、実の妹である高校一年生の夏織かおりだ。




 彼女との関係を一言で表すなら、「絶対君主」と「万年下っ端奴隷」。いや、歴史上の暴君でさえ、彼女の冷酷な瞳の前では震えて命乞いをするレベルだろう。


 兄を名前で呼ぶなど前世紀の遺物。彼女にとって、俺の固有名詞は「クソ兄貴」か「アンタ」、あるいは「ゴミ」の三択だ。




 容姿だけを見れば、腰まで届く艶やかな黒髪に、モデル顔負けの細身なスタイル。少しつり目がちだが、黙っていれば誰もが振り返る美少女である。しかし、その口から放たれる言葉は、常に毒液が滴るナイフそのものだった。




「なんなんだよ、朝から。飯食ったらさっさと学校行けよ」




 俺が精一杯の抵抗を試みると、夏織はティーカップを机に叩きつけ、俺を射抜くような視線を向けた。




「は? アンタ、今日の夕飯の準備、誰がやると思ってんの?今日は父さんも母さんも遅くなるんだけど?」




「は? ってなんだよ。いつも通り、俺に決まってるだろ」




「分かってるならさっさと準備しとけって言ってんの! 私が部活から帰るまでに終わってなかったら、タダじゃ済まないからね!」




 そう言い放つと、夏織は俺の脳天に鋭いげんこつを一発お見舞いし、颯爽と玄関から出て行った。




「…ちくしょう、いつか絶対分からせてやる」




 痛む頭を抱えながら、俺は現実逃避気味にスマホを開いた。画面には、親友である誠人まことから届いた家族写真。そこには、彼の妹である沙弥加さやかが、誠人の腕に抱きついてニコニコと笑っている姿があった。




 沙弥加は夏織の親友なのだが、性格は正反対。誠人のことを「お兄ちゃんっ♡」と呼び、いつも健気に後ろをついて回るらしい。


 なぜ、同じ高校に通う親友同士で、こうも「妹格差」が激しいのか。神様は設定ミスをしたに違いない。




「…あーあ、俺だって一度くらい、あんな可愛い妹に甘えられてみたいぜ」




 そんな絶望の淵を彷徨っていた俺の目に、一つの広告が飛び込んできた。




 怪しい通販サイトの殿堂、もはやお馴染みの『damasonダマソン』である。




 『ブラコンメーカー ―理想の妹スプレー―』 税込3,800円**




「冷え切った兄妹仲が、ワンプッシュで劇的変化! 嫌われ者の兄貴から、世界一愛されるお兄ちゃんへ。効果は五日間! ※用法・用量を守って正しくお使いください」




 …胡散臭い。あまりにも胡散臭い。だが、その下に並ぶレビューが、俺の理性をじわじわと削り取っていった。





 ★★★★★(星五つ):


「まるで天使! 暴言ばかりだった妹の笑顔が眩しすぎて失明しそうです!」




 ★★☆☆☆(星二つ):


「効果は凄まじいですが、友人を巻き込んで大変なことになりました。使用場所には注意」




 ★☆☆☆☆(星一つ):


「もう勘弁してください……。妹が二十四時間ベッタリくっついてくるのが気持ち悪い。プライバシー皆無です」





 賛否両論。だが、「愛される」という単語の魔力は凄まじかった。




 三千八百円。少しの贅沢を我慢すれば、あの沙弥加のような「理想の妹」との生活が手に入るのだ。俺は深い溜息をつき、気づけば決済完了の画面を見つめていた。





* * * * *





 数日後。




 俺の手元に届いたのは、何の変哲もない無機質なシルバーのスプレー缶。




 そして、リビングで夏織がヘッドホンをし、ゲームに没頭している絶好のチャンスが訪れた。俺は忍び足で彼女の背後に近づく。画面の中ではゾンビが飛び跳ねており、夏織は「死ね! 雑魚が!」と相変わらずの口調でコントローラーを連打している。




――今だ。




 俺はスプレーのノズルを向け、シュッとひと吹き。




 無香料、無色透明。夏織は霧がかかったことにも全く気づく様子はなく、画面の中の敵を殲滅し続けている。




「…これで、俺の夢が叶う」




 俺は心の中で小さくガッツポーズを作り、足音を消してその場を去った。五日間。たった五日間でいい。


 俺をゴミを見るような目で見下す「暴君・夏織」ではなく、兄を敬い、慕い、甘えてくる「天使・夏織」を見てみたい。




 しかし、この時の俺はまだ知らなかった。レビューに書かれていた「★☆☆☆☆(星一つ)」の本当の意味を。


 そして、この『ブラコンメーカー』が、単なる「仲良しスプレー」などではない、恐るべき劇薬であることを。






 翌朝。




 俺の部屋のドアが、ノックもなしに静かに開いた。


 そこに立っていた夏織の表情を見た瞬間、俺の背筋にこれまでにない種類の戦慄が走った。




「…お兄ちゃん、起きてる?」




 その声は、甘く、湿り気を帯び、そしてどこか壊れたオルゴールのように響いた。物語は、ここから制御不能の加速を始めることになる。

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