表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

ダブスタというやつ

作者: P4rn0s
掲載日:2026/02/15

正直、理解できない、と思った。


口には出さないけど。


出した瞬間に、たぶん俺が悪者になるから。


彼女は鏡の前でまつ毛を整えている。

さっきから何度も角度を変えて、光の当たり方を確認している。


「別に誰のためとかじゃないから」


その言い方は強い。

自立していて、凛としていて、正しい感じがする。


俺は「うん」とだけ返す。


それ以上踏み込むと、面倒なことになるのを知っている。


でもその三十分後。


「今日のお店ちょっと高いんでしょ?」

「ちゃんと払ってよ?」

「こっちだって準備にお金も時間もかけてるんだから」


そう言われたとき、頭の奥がじわっと熱くなった。


あれ、さっきまで“自分のため”って言ってなかったっけ。


喉まで出かかった言葉を、飲み込む。


俺は財布の中身を思い出す。

今月は車検もあったし、保険も引き落とされたし、思ったより余裕はない。


でもここで「割り勘にしよう」なんて言ったら、

たぶん空気は凍る。


「ケチ」

「余裕がない」

「甲斐性がない」


そういうラベルが一瞬で貼られる未来が見える。


俺は彼女のことが好きだ。

少なくとも、好きだったはずだ。


努力しているのも知ってる。

毎日ジムに通って、

食事も気をつけて、

新しいコスメを研究して。


その時間もお金も、本当に大変だと思う。


でもそれは、俺への請求書になるものなんだろうか。


好きな人に会うために整えるのは素敵だと思う。

でもそれは“好意”であって、

“債権”じゃないはずだ。


なのにいつの間にか、俺は債務者みたいな顔をしている。


払う前提で話が進んでいる。

俺が断るという選択肢は、最初から存在していないみたいに。


たぶん彼女は悪気がない。

本気でそう思っているんだろう。


「男なんだから」

「リードする側なんだから」


そういう空気を、疑ったことすらないのかもしれない。


俺は考える。


もし俺が、

「筋トレしてるのは君のためなんだから、今日は全部出してよ」

なんて言ったらどうなるんだろう。


たぶん笑われるか、引かれる。


自分の努力は自分のもの。

でも相手の努力は、自分への投資。


その都合の良さに、少しだけ冷める。


怒りじゃない。


失望でもない。


もっと静かなものだ。


ああ、この人は“対等”って感覚を持っていないのかもしれない、という理解。


好きな人と一緒にいるはずなのに、

どこか試験を受けている気分になる。


金額で測られる好意。

支払いで証明する愛情。


俺はレジ前でカードを差し出す自分を想像する。


彼女はきっと笑顔で「ありがとう」と言う。

その笑顔はきれいだろう。


でもその裏で、

払わなかった場合の未来を想像してしまう自分がいる。


それってもう、少し壊れてないか。


好きって、こんな駆け引きみたいなものだったっけ。


俺はまだ何も言っていない。

言えないまま、たぶん今日も払う。


でも、心のどこかに小さなメモが残る。


この違和感は、忘れない。


積み重なったら、たぶん俺は静かにいなくなる。


怒鳴りもせず、

責めもせず、

ただ、フェードアウトみたいに。


彼女はきっと言う。


「急に冷たくなった」って。


でも急じゃない。


ずっと前から、

俺の中では、少しずつ温度が下がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ