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選択の墓標

探偵と聞いて、人はなにを想像するのだろう。


 天才的な推理力。難事件を一瞬で解き明かす洞察。あるいは、正義のために真実を暴くヒーロー。


 ――それらはすべて、質の低いフィクションだ。


 現実の探偵は、事件を解決しない。裁かない。救わない。

 ただ、記録する。

 感情を混ぜず、意味づけもせず、加工もしない。時間の川から、澱んだ事実だけを順番通りに拾い上げる。それを依頼主に手渡し、判断という重荷を向こうの机に放り投げる。それが仕事だ。


 一月、午後三時。

 鷹宮恒一たかみや こういちは、代々木にある個人事務所のブラインドを数センチだけ動かした。逆光の中に身を置くことで、対面する相手の「瞳の揺らぎ」が最も鮮明に浮かび上がる。


 机の向かいに座る男は、五十代半ば。名を佐藤という。東証プライム上場の大手重工業メーカー、日日にちにち製作所の常務取締役。


「……その、調査ってのは、どこまでやってくれるんだ?」

 佐藤が掠れた声で聞いてくる。鷹宮は即答しなかった。


 スキャバル社製の最高級生地で仕立てた、ダブルブレストのスーツ。重厚なピークドラペルが、鷹宮の胸板をより分厚く、隙のない盾のように見せている。六つのボタンは完璧に留められ、Vゾーンから覗くシルクのタイは、呼吸の乱れ一つ反映させない。

 鷹宮はゆっくりと左腕を動かした。シャツの袖口から、英国紳士然とした装いとは対極にある、金無垢のロレックス・デイトジャストが滑り出す。


「福部先生から、『企業関係を生業にする、腕のいい探偵がいる』と言われてここに来たんだ。……先生の顔を潰すような真似はしないでほしい。それで…その『調査』というのは、どこまで頼めるんだ?」


「事実が、そこにある限りです」

 鷹宮の声は、湿度を含まない砂のように乾いていた。


「仮に白だっとしたてもか?」

「ええ、事実であれば」

 佐藤の言葉に、鷹宮は表情一つ変えずに応じた。

「福部弁護士のご紹介であれば、なおさら手は抜けません。あの方は非常に有益な案件を運んでくださる」


 佐藤は少し黙り込み、やがて肺の奥に溜まった澱を吐き出すように本題を切り出した。

「……私が主導した次世代エンジン開発プロジェクトが、暗礁に乗り上げている。直近の監査で指摘された予算使途の不透明さ。その担当者だった瀬戸という男が辞めたんだ。……彼が、私が裏金を作ったかのような偽造データを持ち出した可能性がある。……彼を葬らなければ、私の地位はない。確実な『汚れ』を見つけてくれ」


「承知しました。福部先生からお聞きとは思いますが、ギャランティは先払いです。まぁ今回は経費含めて、ザッとこのくらいですな」

 鷹宮が提示した請求書を見て、佐藤が眉を顰めた。

「随分高いな? 本当に大丈夫なのか?」

「お疑いなら、他所を当たればいい。おたくだって『それなり』のご関係はおありでしょう? そちら様よりかは、はるかに良心的だと思いますよ?」

 鷹宮は嫌味なく、しかし確実に、薄く笑った。


「……ふん! 足元を見おって! いいだろう、言い値で払ってやる。その代わり、期待しているからな!」


 荒々しい足音を立てて事務所を出ていく佐藤の背中を見送り、重厚なドアが閉まった。

 鷹宮はデスクのピースライトに火をつける。


 昇りゆく紫煙の向こう、モニターのブルーライトを受ける無表情な顔に言葉を投げる。

「真壁、日日製作所の情報を洗っておけ。それと佐藤との連絡、窓口は任せる」

「了解」

 ブースの奥から、感情を排した声が返ってきた。

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