表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『断崖令嬢 ―The Cliff Chronicle―』 ― 高所恐怖症だった悪役令嬢、世界の崖を制す ―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/54

核へ向かう決意

沈黙の都の中心へ歩み寄ると、

レミルの胸紋が、まるで遠くから呼び戻されるように熱を帯びた。


そこにあったのは――

白と黒の光が渦を巻いて脈動する巨大な球体。


沈黙核。


祈りと記憶を均衡させるため、

世界が“名の刻印”に応じて生み出した、都市の心臓部。


しかし今、その光は滑らかではなく、

まるで呼吸が乱れた生物のように、濁った鼓動を打っていた。


白い光が揺れ、黒い影が滲む。

互いが混じり合い、正しい比率を見失い、

表面にざらついたノイズが走る。


レミルの後ろで、重力院の測定器が悲鳴のような音を立てた。


「……重力が“逆相”へ跳ねた……!?」


エルゴが目を見開くのと同時に、

足元の感覚がふっと消えた。


一瞬の無重力。


レミルの髪がゆっくりと浮き上がる。

旅団の巫女たちの祈り鈴が、中空で止まったまま震えた。


次の瞬間――

都市全体が斜め方向へ引きずられるような、

奇妙な引力に呑まれた。


「っ!」


リゼルが壁に手をつき、体勢を保つ。

だが壁そのものが低く鳴動し、瓦礫のように震えた。


石畳がきしみ、

目には見えない力に掴まれたように、

ゆっくりと 裂け目 を開き始める。


沈黙核の脈動と震動は、

まるで世界の“計算処理”が追いつかなくなったかのようだった。


白と黒が交互に明滅するたび、

都市のどこかで、永遠に息を止めていたはずの沈黙が

ひび割れる音を立てる。


レミルは胸に手を当てた。

脈動が、沈黙核と同じテンポで、痛いほど同調している。


「……これが、“揺り返し”……?」


彼女の呟きは、光と影の乱流に呑まれ、

音にならず消えていった。



祈りと記憶が均衡するはずの沈黙の都で、

最初に崩れたのは――“光”だった。


レミルが中心核の脈動に目を奪われているその時、

頭上を漂っていた祈りの光粒が、

まるで糸が切れたように 一斉に落下 し始めた。


ふわり、と落ちるのではない。

重力に押し潰されるような急落。


「……あ……」


巫女のひとりが伸ばした手に、ひと粒の光が触れる。

その瞬間――


パリン、と小さな音を立てて割れた。


割れた光はガラスの欠片のようにほどけ、

指先で淡い粉になって消えた。


「お、落ちてる……祈りが……砕けてる……!」


浮光旅団の巫女たちが声を震わせる。

彼女たちが向けていた“上への祈り”は、

もはや行き先を失っていた。


同時に、別の流れも崩れていく。


都市の低層に刻まれていた影の文字――

落下者の記憶がゆっくりと滲み、震え、

次の瞬間、中心核へ引きずられるように流れ出した。


黒い川が逆流するように。

壁に刻まれた記憶が、剥がれ、ちぎれ、吸い込まれていく。


「記憶が……掠め取られている……!」

低声者の叫びは、半分しか音にならなかった。


祈りは落ち、記憶は吸われる。

流れは完全に逆転していた。


そして――あり得ないことが起こった。


沈黙しか存在しないはずの都が、

低く唸った。


地の底から、巨大な生物が目覚めるような、

鈍い振動音。


うねるように空気が震え、

建物の窓枠がふるふると細かく振動し、

石畳が波のようにたわんだ。


沈黙を司る都市そのものが、

いま、言葉にならない悲鳴を上げていた。


祈りと記憶の均衡が壊れ、

世界の“同期処理”が追いつかず、

都市の機構がひずみを生じている。


レミルは胸に手を当てた。

紋が、沈黙核と同じ周期で熱を帯び、脈動する。


「……揺り返しが、始まってる……」


祈りは砕け、

記憶は消え、

沈黙の都は――いま、歪んだ呼吸を始めていた。



揺り返しが都市を揺さぶる中、

その混乱を“待ち望んでいた”者たちがいた。


沈黙の都の最深部――

影が沈む裂層から、黒い煙のような気配が湧き上がる。


黒衣の一団。

淵の使徒アビシア


その中心に立つ影が、裂けた声で叫んだ。


「祈りなど要らぬ!

記憶のみを残せ!

都市を“真実”へ戻すのだ!!」


都市が揺らいでいくのを、

彼らは“機会”としか見ていない。


▼破壊の開始


アビシアの構成員たちが一斉に腕を振り上げる。


影の奥から、

落下者の記憶の塊――黒い残響球が姿を現した。


「行け……記憶の証明を!」


その言葉と同時に、

残響球が弾丸のように射出される。


建物の壁に触れた瞬間、

祈りの光が散り、視界が黒く染まった。


続いて、建物の影が揺れ、

細長い刃の形に“変質”する。


シャッ――。


鋭い影刃が都市の柱を切り裂き、

石材が無音で崩れ落ちた。


ひとりの巫女が祈りを放つが、

落ちて弱った光は、アビシアの“影染め”に触れた瞬間、

黒い染料のように汚れ、重く沈んだ。


「祈りが……堕ちていく……!」


祈りが祈りでなくなる光景に、

旅団の者たちですら戦慄した。


▼衝突 ― 混乱の戦場と化す都市


浮光旅団は祈りを盾にして抵抗するが、

揺り返しで弱体化した光は、

アビシアの影の暴力に押し負けていく。


「この都に、記憶以外はいらない!」(アビシア)


「記憶は守る……だが、破壊は許さない!」(降声会)


降声会までもが割って入り、

都市中心部は三勢力が入り乱れる戦場となった。


黒い記憶の奔流、

ひび割れた祈りの光、

溶けるような影刃。


祈りと記憶の流路が乱れ、

都市そのものが軋む。


▼静寂庁・介入


その渦中に、

白灰色の影が音もなく滑り込む。


静寂庁の治安部隊――

無音の刃を帯びた執行者たち。


隊長ルオ=シェルハが無表情に手を振る。


その気配だけで、

アビシア数名の喉元の“音”が断ち切られた。


「暴走の理由など問わぬ。

都市秩序を乱す者は、すべて排除対象だ。」


冷徹な宣告。


だが暴走の波は止まらない。

各所で勢力がぶつかり合い、

都市はまるで“千切れたつなぎ目”のように分断されていく。


祈りも、記憶も、静寂も、

あらゆる流れが乱れ、


沈黙の都は、崩壊へ向けて転がり始めていた。



都市が裂けるように震え、

祈りも記憶も流れを失いかけたその時――


レミルの胸に刻まれた紋が、

突然、焼けるような熱を帯びた。


「……っ!」


鋭い痛みが体を貫き、

彼女は思わず胸元を押さえる。


脈動は強烈で、

都市の震動と完全に同期している。


――ドン、ドン、ドン。


それは鼓動というより、

都市そのものがレミルを通して鼓動しているかのようだった。


▼視界のノイズ


レミルの視界に、白黒の粒子が雪のように降り始める。


・祈りの白

・記憶の黒

その二つが混ざり、ノイズとなり、

視界をかすませていく。


同時に、胸の奥へ“引張られる”奇妙な感覚が生まれる。


引力。

だが、上でも下でもない。

ただひたすらに――中心核へ向かう力。


リゼルが駆け寄り、腕を支える。


「レミル! 大丈夫!?」


レミルは息を震わせながら答える。


「……中心核が……私を呼んでる……

まるで、“名の記録者”に……戻れって……」


震える声。

しかし拒む意思はない。


胸紋は、レミルを“世界側”へ引き戻そうとしていた。


▼名の刻印の本質


後方でエルゴが計測器を叩きながら叫ぶ。


「ダメだ、これ……!

 名の刻印は“世界法則の書き換え”そのものなんだ!」


祈りの落下、記憶の吸い込み、影の暴走、

すべての現象が計測器に異常値として現れる。


そしてエルゴは結論を叫んだ。


「だから揺り返しは――

“名を刻んだ者に跳ね返る”んだ!!

レミル、都市の安定は君の状態そのものなんだ!」


レミルが揺らげば、都市は崩れる。

レミルが繋がれば、都市は繋がる。


都市全域の均衡が、

一人の少女の胸紋に集約されていた。


▼レミルの決断


レミルは揺れる視界の中で中心核を見つめる。


白黒の光が脈打つあの場所。

世界が信号のように乱れている場所。


そこに、自分は呼ばれている。


「……行かなきゃ。」


リゼルが止めようと声を上げるより早く、

レミルは一歩、足を踏み出す。


「私の“名”が、この都市を繋ぐ鍵なら――

私が、止める。」


胸紋の光が、

決意の瞬間に合わせて鋭く脈打った。


沈黙の都は、

彼女の選択を待っている。


沈黙の都全体が、

大きな呼吸を乱した巨獣のように震えていた。


祈りは上昇の性質を失い、

記憶は壁から剥がれ落ちるように吸い込まれ、

白と黒の流れが都市全域で逆流している。


祈りの落下。

記憶の消失。

影の暴走。

そして沈黙核の脈動。


すべての歪みが一点に収束していた。


――レミルの胸紋。


焼けるように脈打つその痕は、

都市の鼓動と同化するかのように光を放ち続ける。


「……私、の……せい……じゃない……

 でも……私が……止められる……」


息を吸うたび胸が裂けそうになる。

視界は揺れ、白黒のノイズが一歩ごとにつきまとった。


周囲では、なお戦闘が続く。


アビシアの暴走。

降声会の応酬。

祈りを立て直そうと奔走する浮光旅団。

治安を維持しようと無音刃を展開する静寂庁。


誰もが“各々の信じる均衡”を取り戻そうとしているのに、

都市はどんどん分断されていく。


まるで、全てが

中心核へと吸い寄せられる前兆だった。


リゼルが不安げにレミルの肩を掴んだ。


「……レミル。行くつもりなの?」


彼女は頷くしかなかった。

喉は乾き、声を出す前に胸紋がひときわ強く熱を放った。


「――ううん。

  行かなくちゃいけない。」


その言葉を置いた瞬間、

レミルの周囲の空気が静かに変わった。


熱。圧。

そして“引力”。


中心核から伸びる見えない線が、

彼女の胸に結ばれているのが、

もう疑いようもなく分かった。


エルゴが低く言った。


「名の刻印が呼応しているんだ……。

 レミル、君は今、

 都市の“根本秩序”と繋がっている。」


レミルは静かに息を吸う。


痛みは恐い。

都市も、揺り返しも、中心核も――本当は全部怖い。


だが、それよりも。


自分が刻んだ“名”を、

自分の手で放り出すことの方がずっと怖かった。


「……私が行かなきゃ、

 この都市は……きっと、壊れる。」


彼女は震える脚に力を込めて前へ踏み出す。


次に進むべき場所は、もう迷わない。


白黒の光が渦を巻く中心へ。

沈黙核の鼓動が呼び寄せる根源へ。


レミルは、

自らの“名”の行き先を取り戻すために。


そして第3章は――

決意とともに閉じられる。


「……行く。私が、この都市を繋ぐ。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ