四人が感じる危険性
四人はまだろくに言葉を交わしていない。
それでも、ルナの放つ気配だけで――
それぞれの胸に、警鐘が鳴り始めていた。
■レミル
正面から向けられるまっすぐな瞳。
そこにあるのは、崇拝とも期待ともつかない“強すぎる光”。
――止められない。
レミルは直感した。
彼女の中で何かが、もう手遅れな域に入っている。
近づけば巻き込まれる。
離れれば、追ってくる。
そんな“危険な真っすぐさ”を、
肌がひりつくほど感じ取っていた。
■カイン
横目でルナの体勢と視線を測りながら、
無意識にレミルの前へ半歩出る。
(うわ……これ、やばいタイプだ)
一点に吸いつくような視線。
対象以外の情報をほとんど捨てているような、偏った注目。
護衛としての本能が、
この場の空気を“危険度:高”と即判定していた。
背筋にじんわり冷たい汗が滲む。
■リゼル
ルナの祈りの姿勢――形式としては美しい。
けれど、どこか“ズレている”。
型だけを誰かから押しつけられたような、
本来の教義にない角度と所作。
(……この祈り方……だれに、教わったの……?)
胸の中がざわめく。
そこに漂う“歪んだ教え”の匂いは、
リゼルにとって最も見逃せない危険信号だった。
■エルゴ
ルナという少女そのものよりも、
“この場所に存在していること”に強烈な違和感を覚える。
(断層の、こんな深層に巡礼者……?
偶然じゃない。だれかが導いた?)
彼の興味は、観察者としての警戒に近い。
その冷静さゆえに、
ルナの登場が“事故の前触れ”のように見えていた。
四人はまだ言葉を交わせていない。
それでも――
この少女はすでに壊れかけている。
それだけは、全員が同時に理解していた。
ルナの瞳は、最初こそ涙で濡れていた。
祈りの中で滲んだ儚い光――そう見えたのは、一瞬だけ。
レミルたちが近づくにつれ、
その“濡れた光”の奥に潜む別の色が、ゆっくりと露わになる。
焦点が合っていない。
まるで、現実そのものが彼女の視界から滑り落ちているかのようだった。
純粋さと狂気の境界線を、
揺れながら踏み越えようとしている危うさ。
そして――その奥底にあるものは、救いの希求ではない。
差し出す覚悟。
しかも、自分自身を。
命を守ろうとする気配が欠片もない。
むしろ、献げ物としての“価値”を探しているような、そんな光。
ルナの視線がレミルに重なるたび、
その危険な輝きが微かに震え、強まっていく。
神に捧げられるなら、落ちても構わない。
そんな思想が、もう彼女の中で完成してしまっていた。
レミルは、その瞳を正面から受け止めた瞬間、
息を殺すほどの恐怖を感じる。
この少女は――
止めなければ、跳ぶ。
ルナの呼吸が、ひとつ、ふたつ――浅く速くなる。
胸の奥で何かが固まり、形を持ちはじめているのが、誰の目にもわかる。
それは恐怖ではない。
祈りでもない。
確信だ。
彼女は小さく唇を震わせ、ひとり言のように呟く。
「……私……落ちなければ……ならない……
そうでなければ……神に……会えない……」
その声は弱いのに、揺るがない。
足元の岩盤にじん、と冷たく響くような確固たる音を持っていた。
レミルは慌てて首を横に振る。
「違う、そんなの間違ってる! 落ちたら死――」
だがルナはちがう意味に変換してしまう。
“選ばれし者が謙遜している” と。
その瞬間、彼女の視線がレミルに吸い寄せられる。
「教えてください……
レミル様は……どうやって……“触れた”のですか……?
どこに立てば……どんな祈りをすれば……
私も……神に届けるのですか?」
レミルは言葉を失う。
何を言っても誤解される。
説得が、まるでガラスに触れるだけの無力な音にしかならない。
カインが舌打ちする。
リゼルが祈りの印を崩しそうになる。
エルゴの眉がわずかに跳ね上がる。
もう止まらない。
ほんの小さな刺激――
一歩の踏み間違い、風の音、影の揺れ。
どんな些細なものでも、彼女の暴走を起こしてしまう。
ルナは、まるで断層の縁へ吸い寄せられるように前へ進む。
「私は……行ける……
行けば……会える……
あなたが“触れた”神に……
私も……きっと……」
その呟きは、破滅のための祈りだった。
四人が気づいたときには、
もう彼女の選択は決まっている。
破滅の告白と、落下の決意へ――
物語は静かに、確実に、そこへ向かっていく。




