『豆子噺とプレスマン』
あるところにじいさまとばあさまがあった。朝早く起きて、ばあさまが家の中を、じいさまが土間を掃除していると、豆が一粒落ちていた。
畑にまいて千粒にするのがいいか、臼で挽いてきなこにするのがいいか、相談していると、じいさまは、うっかりと豆を落としてしまい、あいにくそこにあった鼠穴に入ってしまった。せっかく拾った豆なのに惜しいと思って、じいさまは、鼠穴を掘って広げて、中へ入っていった。
少し広いところに出ると、お地蔵様がいらっしゃって、豆を見なかったか尋ねますと、お地蔵様は、見たけれども食べてしまった、と答えた。じいさまは、お地蔵様が食べてしまったのなら仕方がない、と本当にがっかりした様子で戻ろうとしたので、お地蔵様は気の毒になってしまい、じいさまちょいと待て、いいことを教えてやろう。この先へ行くと、ネズミが嫁取り支度をしているので、唐臼挽きを手伝ってやれば礼の品がもらえるだろう、さらに先へ進むと、鬼がばくちをしているので、梁に上って、鶏の鳴きまねをすると、鬼は夜しか活動できないので、金を投げ出して逃げていくから、持って帰るがよい。この菩薩が許す、というようなことだったので、じいさまは、お地蔵様にお礼を言って、先へずんずん進んでいった。
すると、見たこともないおびただしい数のネズミが、ねずみ色の羽織で正装し、間もなく始まるであろう婚礼の最後の準備をしているところに行き当たった。五匹ほどのネズミが、
よいとせ、よいとせ、にゃごうという声聞きたくない
と歌いながら、唐臼で黄金の粒を挽いていたが、何せ体が小さいので難儀している様子だった。じいさまが、
よいとせ、よいとせ、にゃごうという声聞かせはせぬ
と歌いながら、指で唐臼を回してやると、あっという間に砂金のようなものができて、ネズミたちは、お礼にといって、その砂金を半分ほど、ねずみ色の革袋に入れて持たせてくれた。
さらに進むと、大勢の鬼がばくちを打っていた。鬼たちは、ばくちに夢中で、じいさまには全く気がつかない。じいさまは、よほど逃げようかと思ったが、お地蔵様が教えてくれたことなので、柱を伝って梁に上った。しばらく様子を見ていると、鬼の一人が、そろそろ夜明けになりゃしないか、とつぶやいた。別の鬼が、まだ早いだろう、と受け合ったが、じいさまが、着物のすそをぱたぱたさせると、おや、一番鶏じゃねえか、と、ばくちの進行が早まった。別の鬼が、そろそろ二番鶏じゃないか、とつぶやき、別の鬼が、そろそろかもしれねえ、と受け合ったので、じいさまが、また、着物のすそをぱたぱたさせると、いけねえ、夜が明ける、と、鬼たちは、最高速でばくちを進めた。ほんの少し、外が明るくなってきたころ、梁の上から、庭が見えて、苔がむしていたので、じいさまは、苔、とつぶやいたところ、鬼たちは、三番鶏だ、日が当たると体が溶ける、と騒ぎながら、何もかも置いて逃げてしまった。逃げる鬼たちを追うように、どこからともなく飛んできたプレスマンが、壁を貫いて、床に刺さった。じいさまは、逃げるなひきょう者、という声を聞いたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。梁から下りたじいさまは、散らばった金を集めて、持って帰った。
ばあさまは、じいさまが持って帰ったお金で、山のように大豆を買い、鼠穴から注ぎ込んで、お地蔵様へのお礼とした。
その様子を見た隣のばあさまは、隣のじいさまをたきつけて、鼠穴にもぐらせた。隣のじいさまがようよう穴を抜けて、少し広いところに出ると、お地蔵様がいらっしゃったので、豆のお礼をよこせ、と言いますと、お地蔵様は、豆でおなかがいっぱいなのと、隣のじいさまがくれたわけでもないので、不快そうに、この先にネズミがいて、嫁取りの準備をしている、その先に鬼がいてばくちをしている、とだけ教えてくれた。
隣のじいさまは、ネズミのところにたどり着くと、大勢のネズミが、
よいとせ、よいとせ、にゃごうという声聞きたくない
と歌いながら、唐臼で黄金の粒を挽いていたので、いい手を思いついて、
にゃごう
と叫ぶと、あたりが急に真っ暗になって、ネズミたちは全員いなくなってしまった。隣のじいさまは、あっちへぶつかりこっちへぶつかりしながら、ようやく鬼のばくち場にたどり着いた。隣のじいさまは、鬼を初めて見て、怖くてたまらず、柱の陰に隠れてぶるぶる震えていた。しばらくすると、鬼の一人が、そろそろ一番鶏かな、と言うので、隣のじいさまは、一番鶏の鳴きまねをしようと思ったが、一番鶏が、ほかの鶏とどう違うのかわからなかったので、
一番鶏こけっ
と鳴いてみたところ、鬼たちは、説明的だ、と反応した。鬼たちは、それはそれとして、ばくちを続けたが、一人の鬼が、そろそろ二番鶏じゃないか、と言うので、隣のじいさまは、
二番鶏けっこー
と鳴いてみたところ、鬼たちは、さすがにひどい、と反応した。鬼たちは、またしてもばくちを続けたが、少し明るくなったような気がして、三番鳥だ、日に当たると体が溶ける、といって、一斉に逃げようとした。隣のじいさまは、
三番鳥こけこっこー
と鳴いてみたところ、ついに鬼たちに発見され、梁に逆さに吊されて、ゆうべの分も痛めつけられた。そうこうしているうちに、本当に夜が明けたので、鬼たちはどこかへ帰っていった。隣のじいさまは、何とか縄を抜けて、家まで逃げ帰ったが、寝たきりになって、二度と外を歩くこともできなくなってしまったという。
教訓:隣のじいさまが、それほど悪いことをしたのかというと、そうでもない。




