東風のあと
越した町の春が寂しく思えます。
橋の欄干には、春をあぶれた桜の花弁が落ち、昨日の雨を集めた川面が散った桜を飲み込んでいきます。
桜の散る光景は、どこの町にもある春の景色に違いないのですが、何か物足りなく思います。
それはきっと、あなたと見た夜桜と、あなたの横顔が私の記憶に残っているからでしょう。
あなたの白い肌に、花篝の火が落ちて赤く染まるあの頬の色。
浴室から出て、髪を乾かすあなたは笑みを浮かべて振り返り、夜桜を見ようと私の手を引いて、街灯が灯り出した街へ出ました。
髪が冷たいとあなたは言いました。黒髪が光を受けて一層艶めいて見えたのは、そのためだったのかもしれません。
うつらうつらするあなたの手を引き、歩いた帰り道。
すっと冷たい東風が吹き抜け、手の隙間を撫でました。
私は思いついたように桜の枝を手に取り近寄せました。それはきっと、不意に蘇ったあなたの愛おしさを紛らわせるためでしょう。
昨日の雨に打たれた枝は、離すと冷たい飛沫が立ち、私の手は微かに濡れました。
桜並木を抜けると神社があり、時期を終えた梅まつりの幟が立っています。
梅の花弁が地面に落ち、茶色に染まり、今にも朽ちようとしています。
花のついた枝がありました。ほどよい高さについたそれは、ちょうど私の鼻の高さほどでした。
私はそっと鼻に当てました。
梅の香に、詩が多い訳がわかったような気がします。
私は初めて嗅いだその香に、この町の春を知りました。