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第81話 会いたい

 迷子センターには、すぐに辿り着けた。

 私の後ろに着いてきていた男の子は、お母さんらしきひとを見つけると同時に、その方向へと走り出した。ぶわあと泣きながら、ぎゅうと抱擁を交わしている。

 それを見届けてから、私は急いで秋人のほうへと行こうとして、


「あの! ……本当に、ありがとうございます。助かりました」


「い、いえ。私は、何もしてないですからっ」


「その、すみません……もうひとり、女の子を見ませんでしたか……? この子より少し年上で、お揃いの浴衣を着ていると思うのですが……っ」


 震えた声だった。不安げに抱き合う親子を見て、胸が苦しくなる。

 ……うん。見て見ぬフリは、できないよね。

 花火が始まるまで、もう少し余裕があるはず。


「私、探してきますっ。入れ違いにならないように、ここで待っていてください」


 返事は待たなかった。……ちょっとでも早く、秋人と合流したかったから。

 そして、彼の隣で、一緒に花火が見たい。

 そんな未来を想像して――こんな状況だというのに、思わず顔がニヤけちゃう。

 私は悪い子だな、と思う。でも……秋人が隣にいてくれるなら、自分のことなんてどうだってよかった。私にとっての秋人は、そのくらい大きな存在なんだなって実感する。


   ◇◇◇


 迷子の女の子は、意外とすぐに見つかった。

 射的の屋台を、ぼうっと指を咥えて眺めていた。私はその子に、「お母さんが待ってるよ」と声をかける。

 さっきの男の子とは違って、その女の子は、人見知りをしないタイプらしかった。

 ん。無言で、その子は射的の景品になっているクマのぬいぐるみを指さして、


「これ、ほしいのっ」


「……え? で、でも、お母さんが……」


「おねーちゃん、これ、ちょうだい?」


 あぁ――もう、もうっ!

 私は財布を取り出して、屋台のおじさんにお金を払う。まいどあり、という返事。


  ◇◇◇


 結局……景品のぬいぐるみを取るのに、1500円もかかってしまった。ちなみに、五発で500円だった。

 どうにか獲得できたクマのぬいぐるみを抱きかかえる女の子を連れて、迷子センターへと戻る。


「本当に、本当にありがとうございます……! できれば、何かお礼を――」


「え……い、いえ。そんなの、大丈夫ですからっ」


 ごめんなさい――そう告げながら、私はその場から逃げ出すように走り出していた。

 せっかくのご厚意を無碍にしてしまって、すごく申し訳なかった。


 でも、だって――あれから、どのくらい時間が経ったのかな……?

 花火は、もうそろそろ始まっちゃうんじゃないかな……?

 早く……早く、秋人に会いたいよ。

 さっきまでは幸せでいっぱいだった胸の中が、不安で満たされていくような感じがした。


「秋人……そうだ、スマホ――」


 彼からの連絡を確認しようと、スマホを取り出そうとして。

 ちょうど、そのときだった。

 ――微かな悲鳴が、どこからか聞こえた気がした。


「…………え?」


 この人混みに、この騒がしさだ。

 だから、きっと気のせいだって思い込もうとした。

 それと同時に、一瞬でもそんなことを考えてしまった私自身を酷く軽蔑する。


「……あっち、だよね?」


 提灯の明かりの途絶えた、道はずれの林の中。

 ひとの気配のない、真っ暗な木々の隙間から――私と同世代くらいの女の子の声が、たしかに聞こえた気がした。だから、


「行か、ないと……っ」


 もし事故とか事件が起きていたのなら、私が見捨てるわけにはいかない。

 ――大丈夫。きっと、花火には間に合うはず。

 そんなふうに自分へと言い聞かせて。私は、暗い影に覆われた林のほうへと足を動かす。

 背の高い雑草のあいだを通って、たくさんの木に囲まれた道なき道に出る。

 そこには……大柄な男性が三人と、ふたりの女性が立っていた。女性のほうは、私と同い年くらいに見えた。そのひとりが警戒心を剥き出しにした表情で、


「や、やめてください! 私たち、道に迷っただけで……っ!」


「だから俺らが案内してやるって言ってんだよ。ま、行き先はホテルにだけどな?」


 怖がる女性と、ケタケタと笑う男性たち。

 ひと目で、状況がわかった。……来て良かったな、と思う。


「あの……そのひとたち、嫌がってますよね?」


 瀬名なら、どうやって声をかけるかな――そんなことを考えながら、私は声を出していた。

 できるだけ、堂々と振る舞うんだ。

 こっちの恐怖心を隠すために、可能な限り強がってみせる。

 ……大丈夫。強がることは、私の唯一の特技なんだもん。


「離してあげてください。大声、出しますよ?」


 ここは花火大会の会場からは離れた、無人の林道だ。

 だけど、決して離れすぎているわけじゃない。私が大声で助けを呼べば、すぐに誰かが駆けつけてくれると思う。

 この男性たちがよっぽどのマヌケじゃない限りは、そのことを理解し、手を引いてくれるはず。

 ……よかった。これなら、急げば花火に間に合うかもしれない。

 そう思って、私はほっと胸をなで下ろし――、


「――――おい。おいおい、マジかよ……?」


 金髪の男は、なぜか、驚いたような顔をしていて。

 その表情に――声を、失う。


「なあ、恋歌ちゃんだよな? ククッ……俺のこと、覚えてんだろ?」


「ぇ……ぁ、……っ」


 覚えているに、決まっている。

 ……忘れない。忘れられるはずがない。

 忘れられるもの、なら――さっさと、忘れたかった。

 

「俺だよ俺、佐久間センパイだよ! 中学のときの――アレ以来だよな、恋歌ちゃん?」


 佐久間、先輩。

 中学一年生のころ。告白を断った私に乱暴なことをしようとしてきた、バスケ部の先輩。

 ――あの人物と、まったく同じ顔と名前だった。

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