第7話 もしかして、嫌われた?
クラシックギター部の練習を終えた私は、瀬名に「ね、スイーツ食べに行こっ」と誘われた。
私はすぐにOKを返して、瀬名とふたりで近所のファミレスに向かった。
秋人は……本当に、先に帰っちゃったんだ。
なんなのよ、もう。秋人の、ばか。
「はあ……」
頼んだイチゴパフェにスプーンを伸ばしながら、私は思わず、ため息をついていた。
……いけない、と思った。今は瀬名とふたりきりなんだから、こういう態度は良くないよね。
「ごめん、瀬名っ。今のは、そのっ……」
「いいよ、気にしないで? 恋歌の考えてること、あたし、なんとなくわかるからっ」
私のよりも三倍くらい大きなサイズのパフェを食べ進める瀬名が、幸せそうな笑顔を見せてくる。
瀬名は私の幼なじみで、大親友だ。明るく前向きな性格の彼女と過ごす時間はとても楽しくて、何より癒やされる。
「ね、恋歌。――秋人くんと、何かあったの?」
しれっとした調子で、聞いてくる瀬名。
と……私の胸の奥が、ずきり、と傷んだ。
思い出すのは――秋人の、態度や言葉の数々。
今日の秋人は、どう見ても様子がおかしかった。これからは私とは別々に登下校すると言い出したり、お弁当はもういらないと言ってきたり。
だけど、どうして秋人があんなことを言ってきたのかは、私には見当もつかなかった。
「……何もない、と思う」
「そっか。でも秋人くんの様子がヘンだったのは、恋歌もわかるよね?」
「うん。でも……べ、べつに気にしてないから。あいつだって年ごろの男の子なんだし、いつまでも私と一緒にいるのが恥ずかしくなったんじゃない?」
「あははっ。ま、そうかもねっ」
無邪気な笑み。瀬名はパフェを堪能しているようだった。
「もしかしてだけど、さ。恋歌――秋人くんに、嫌われちゃったんじゃない?」
あむ、とパフェを口に運びながら。
瀬名は、本当に悪気も何もなく、さらっとそう言い放ってきた。
「だって、最近の恋歌って、いつも秋人くんにだけキツく当たるでしょ? じつは秋人くん、そういうのを前から嫌がってたりしてっ」
「……………そう、なのかな」
「あっ……も、もしかしたらって話だからねっ? ぜったいそう、ってわけじゃないし…………っ!」
あははと笑いながら、慌てて訂正してくる瀬名。
だけど……ごめんね、瀬名。私は今、彼女の話に集中できていなかった。
ねえ、秋人。
秋人は――私のこと、嫌いになったの?
そう考えはじめると……どうしてだろう。胸が、ぎゅっと苦しくなってくる。
(……わ、私は、べつに……秋人に嫌われても、なんともないし……っ)
秋人と私は……そう、腐れ縁ってやつだ。
彼はいつもだらしなくて、不真面目で、自堕落で。そんな秋人のことを、幼なじみの私が放っておくわけにはいかないから――だから私はいつも、秋人の面倒を見てあげていた。
秋人は、私がいないとダメなんだ。そんなふうに思って、仕方なく彼の世話を焼いてあげていた。私と秋人は、ただ、それだけの関係なはず。
「――――ねえ、恋歌? 聞いてるの? ねえ、ねえってばぁ!」
「……え!? ご、ごめんっ。どうしたの、瀬名……?」
「はあ、こりゃ重傷だなぁ。まったくもう、秋人くんも罪な男なんだから」
「ど、どうして秋人の話になるのよっ」
「もーっ、またツンツンしちゃって。小さいころの恋歌は、あんなに秋人くんにべったりだったのになぁ」
むすっとして、私はパフェを一気に口の中へとかきこんだ。
……案の定というか、キーンと頭が痛くなる。それで涙目になった私の様子を見ながら、瀬名はくすくすと楽しげに微笑んで、
「ね、恋歌。親友の私から、恋歌にひとつアドバイスしたげるね」
「……う、うん」
「恋歌はさ、もっと素直にならないと。あたしたちももう高校二年生なんだし、いつまでも子供みたいにツンツンしてたら、いつか本当に秋人くんに嫌われちゃうかもよ?」
「それは……でも、あんなバカ秋人に嫌われたところで、私はべつに……」
「だから、そういうところだってば。恋歌のばか」
珍しく辛辣な物言いになる瀬名。はあ、と彼女は息をついて、
「ま、恋歌の気持ちもわかるけどね。好きな人にはイジワルしちゃう、的な?」
「なっ……ち、違うってば! 私は秋人のこと、好きなんかじゃないし……っ!」
「ふふっ。じゃあ、秋人くんは私がもらっちゃおうかな」
「…………え?」
「あぁもう、真に受けないでってば! もー、大丈夫だからっ。あたしは親友の好きな人を取ったりしないからさっ」
と、瀬名はパフェの最後のひとくちを幸せそうに食べ終えて、
「ま、もし何かあったらさ、あたしに相談してよ。あたしはいつでも、恋歌の味方だからっ」
「……うん。ありがと、瀬名」
「う、可愛い……くうぅ、その素直さを秋人くんの前で出せてたらなぁ……!」
がしがしと自分の黒髪をかき混ぜる瀬名。
だから、どうしてそこで秋人の名前が出てくるのよ……とは思ったけど、口にはしなかった。
(素直に、か……)
もちろん、私だってわかっている。
あんなやつでも……秋人は、私にとって大切な幼なじみだ。いつも彼に辛辣なことを言ってしまうのは、小さいころのころからの癖とか慣れとか、そういうのが抜けていないだけ。私はべつに、本心から彼らのことを嫌っているわけじゃないんだと思う。
それどころか、ほんとは――、
(――いやいやっ。何考えてるのよ、私……っ!)
ほとんど無理やり、私は自分の思考を打ち切って。
そっと、自分の左胸に手を添える――どうしてか私の心臓は、どきどきと激しく脈を打っていた。