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第73話 この想いを

 夕食のバイキングを食べ終えたあと、恋歌と瀬名とは別れて部屋に戻った。

 もう食えん……と、苦しげに呻く英樹と勇利。俺もかなり満腹だったが、ふたりに比べたらマシだった。ぐええぇ、と死んだカエルのように布団へと寝転ぶふたりの姿を見ながら、思わず呆れてしまう。

 

 しばらくして少し復活した様子のふたりと、てきとうな話で盛り上がった。

 たわいもない会話をしながら、夜を過ごしていく。

 英樹と勇利が、地上最強の生物について熱い談義をしていた。「ティラノサウルスが最強だろ」とすでにもう地球に存在していない生物の名前を上げる英樹と、「人間が最強だ」と何の面白味もない回答をする勇利。「ティラノサウルスには毛が生えてるんだぜ」と話を即座に脱線させる英樹に対して、勇利は勇利で「人間の体毛は500万本以上とされているがな」と意味のわからない方針で反論していた。


 ……最終的には俺がジャッジをすることになったが非常にどっちでも良かったので、てきとうに無視をしてテレビをつけた。すると驚くことに、なんと有名な恐竜パニック系の映画をやっていた。クライマックスの、もっとも盛り上がるシーンだった。つい三人揃って見入ってしまい、すっかり議論そのものを忘れていた。すげぇ面白かったな……と、お互いに感想を話し合う。


 くだらないな、と思った。

 くだらない。だけど、楽しいな時間だった。

 英樹と、勇利と。ここにはいなけれど――恋歌と、瀬名と。かげがけのない幼なじみたちと過ごす毎日は、何よりも充実している。恋歌とのすれ違いを解消してからの日常は、まさに幸せそのものだった。

 だけど――どうしてだろう、と思う。

 何かが、物足りなかった。胸の中にぽっかりと穴の空いたような、漠然とした感覚を俺は抱いている。



 映画を見終わったタイミングで、ふと、スマホのバイブが鳴った。

 誰だろうと思って画面をつけると、鈴北さんの名前がそこに表示されていた。

 ……ちょうどいい機会だな、と思った。鈴北さんに『少し待ってて』とだけ返事をしてから、スマホを手に取って立ち上がる。

 

「英樹、勇利。悪い、ちょっと野暮用だ」


「ん? どうしたんだよ、こんな時間に」


「鈴北さんと会ってくる。……すぐ戻るよ」


 俺が鈴北さんの名前を出したとき、一瞬だけ、英樹と勇利の表情が固まったような気がする。

 だが英樹は、すぐに間の抜けた笑顔を浮かべて、


「りょーかいっ。ま、ちゃんと話してこいよ」


「おう。……ん?」


 なんだか、俺が今から鈴北さんと何を話すのかを見通しているような言い方だった。

 まあ――英樹は勘が良い。きっとこいつは、俺の隠しているつもりの事情なんて、しれっと察しているんだろうな。


   ◇◇◇


 階層をひとつ上がって、廊下を歩く。

 目的の部屋の前で、チャイムを鳴らす。

 たたた、という足音が響いた。直後、すぐにドアが開かれて、


「――お待たせっ、綾田っち!」


 赤い浴衣風の館内着に身を包んだ鈴北さんが、俺を出迎えてくれる。

 ……似合っているなぁ、と改めて思った。女子の割には長身である鈴北さんは、何を着せてもモデルのように見える。金髪サイドテールという一見すると和のイメージのない髪型が、逆にこの浴衣にマッチしていた。


「ささっ、上がってよ。廊下で話すわけにもいかないしさっ」


「……了解。じゃ、遠慮なくお邪魔するよ」


 鈴北さんに続くように、彼女の泊まっている部屋へと足を踏み入れる。

 だが――玄関で、ぴたりと俺は立ち止まった。ドアを後ろ手で閉めてから、鈴北さんへと視線を向ける。


「……綾田っち? こっち、来ないの?」


「あのさ、鈴北さん」


 不思議な感覚だった。

 どうして俺は、こんなにも堂々としていられるのだろうと思った。そんな俺自身に、内心で驚く。


「前田さんの姿が見えないけど。一緒の部屋、だよね?」


「ん、そうだよ? マエちゃんなら、漫画コーナーに行っちゃったんだ」


「鈴北さんは、一緒に行かなくて良かったの?」


「んふふ。そんなこと聞いちゃうんだ、綾田っちのイジワル」


 先ほど彼女から届いたメッセージの内容を、俺は思い返す。

『綾田っち~! ウチの部屋でエンフィルしようよ~っ!』……なんていう、ド直球のお誘いだった。


「ニブチンな綾田っちにだって、なんとなくわかるでしょ? ――せっかくのお泊まりだもんっ。好きなひとと一緒にいたいって思うのは、ヘンかな?」


「…………」


「それに、さ。ここの漫画コーナーって、24時間やってるみたいなんだよねぇ。マエちゃんさ、読みかけの漫画があるみたいでさっ。もしかしたら、朝まで帰ってこないんじゃないかなぁ」


 鈴北さんの頬が、紅潮した。

 にっこりと笑う鈴北さんの表情は……どことなく、艶めいていて。


「ね、綾田っち。――今日さ。この部屋で、ウチとお泊まりしない?」


 そう言うと彼女は、わずかに前屈みになった。

 浴衣の隙間から、綺麗な形をした胸の谷間がちらりと顔を覗かせる。

 おそらくは、わざとなのだろう。

 ……俺は深呼吸をして、平静を取り繕う。鈴北さんから一瞬だけ目線を逸らしてしまうが、すぐに彼女と目を合わせて、


「ごめん。英樹と勇利を、待たせてるから」


「えーっ、綾田っちのケチっ! あのふたりには、ウチがあとで一緒に謝ったげるからさっ! それに――ね、わかるでしょ? ウチ、そういうつもりで言ってるんだよ?」

 

 笑顔のまま。

 鈴北さんは頬を紅潮させて、そんなことを言ってくる。


「言ったでしょ? ウチ――綾田っちのことが、好きなんだよ?」


「……………………、」


「今回の旅行だってね。ウチ、綾田っちに会うために来ちゃったのっ。だって――綾田っちと一緒に、夏休みを過ごしたかったから。マエちゃんとふたりで日雇いのアルバイトして、お泊まりのお金を稼いだんだよ?」


 だけど、その笑みの裏側に潜んでいた不安げな表情を。

 俺は……見逃さなかった。


「だって、ウチは綾田っちのことが好きだもんっ。綾田っちに、ウチのことを好きになってほしいから。だから……さ。ウチは、綾田っちとなら――」


「ごめん、鈴北さん」


 だから。だからこそ。

 いい加減――俺は、鈴北さんの想いに向き合わなきゃいけないんだ。

 鈴北さんの言葉を遮って。ちゃんと、この想いを口にしようと思う。

 そのために、今、俺はここに立っているのだから。



「――――俺は、鈴北さんの想いには応えられない」

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