第6話 失恋の後遺症
その後の授業を終えて、放課後。
いつもなら俺は教室でスマホゲームをしたりして、恋歌の部活が終わるのを待っていた。
しかし今日からは、そんなことをする必要はない。
チャイムが鳴り続ける中、俺は荷物をそそくさとまとめて帰宅の準備をする。と――、
「ね、ねえ」
隣の席の恋歌が、話しかけてきた。
「ん? どうした、恋歌」
「どうしたって、その……っ」
恋歌は俺から視線を逸らし、唇をもじもじとさせている。
しかし数秒が経っても、彼女は何も言ってこなかった。
「何もないなら帰るぞ、俺」
「え? あっ……そ、そう。じゃあね、バカ秋人……っ」
……なんだよ。結局、俺を罵倒したいだけか。
まあ、べつに何でもいいか。俺は「じゃあな」とだけ軽く返して、鞄を手に取り教室を後にした。
◇◇◇
ひとりで歩く帰路は、なんというか、新鮮な感じがした。
道路脇に立ち並んだ桜の木々が、いつの間にかほとんどの花を散らしていることに今さら気づく。……今までは毎日のように、恋歌と一緒に帰っていた。そんな彼女とたわいもない話を交わすのが楽しくて、周りの景色なんかにはまったく意識を向けていなかった。
(この桜が散ってる感じ、俺の失恋を表してるみたいだ……なんてな)
おっと。つい感傷に浸ってしまった。なんとなく恥ずかしい。
と、そんなとき――後方から、何者かがこちらに走ってくる気配。
「――――おーいっ、秋人! 待てってば!!」
聞き慣れた明るい声。
爽やかフェイスの金髪イケメン系幼なじみ――悠塚英樹が、俺のことを追いかけてきていたらしい。
「英樹? お前、部活は?」
「今日は休みだ。だからよ、たまにはオレと帰ろうぜっ」
にこっと白い歯を見せて笑う英樹。
英樹は陸上部に所属している。彼はイケメンなだけでなく運動神経も抜群で、二年生ながらすでにエースの座についているのだとか。
「てか、マジで今日はどうしたんだよ秋人。恋歌のこと、待たなくて良かったのか?」
「まあな。これからは別々に帰ることにしたんだよ」
「そりゃ歴史的瞬間だな。そうかぁ、お前もついに親離れか」
「だから俺を恋歌の子供扱いするのはやめてくれって……」
ため息を返すが、英樹はいつも通りの笑みで、
「なあ、秋人。ここだけの話、ぶっちゃけ恋歌と何があったんだ?」
……さすがに鋭いな、英樹は。
とはいえ俺は、昨日のことを正直に話すつもりはなかった。
恋歌が俺の陰口を言っていたことは、彼女の名誉のためにも伏せておくべくだろう。
「……本当に何もないんだって。何度か言った気がするけど、ふと気づいたんだよ。いつまでも恋歌に迷惑かけてちゃダメだよな、って」
「そりゃ良い心掛けだけどさ。でもよ、いくらなんでもいきなりすぎないか?」
「そういうもんだろ。日常ってのは、突如として変わるもんなんだよ」
……おっと。またしても感傷に浸ってしまった。
ちょっと恥ずかしい言い回しになったのを、俺は咳払いをして誤魔化す。
「ま、あんまり気にしないでくれ。恋歌と喧嘩したとか、そういうのじゃないからさ」
「……わかったよ。お前がそう言うなら、そういうことにしといてやる」
やれやれ、と英樹は肩をすくめて、
「でも、せめてこれだけは確認させてくれ」
「ん、なんだよ」
「秋人、お前――恋歌のこと、好きじゃなくなったのか?」
真剣なトーン。俺は思わず、一瞬だけ足を止めてしまう。
しかしすぐに歩きを再開させながら、俺は英樹に言葉を返した。
「……それも違うよ。俺はまだ、恋歌のことが好きだ」
幼なじみだから当然なのだが、英樹とは付き合いが長い。
そしてこいつは、かなり勘が良い。俺の恋歌への想いは、ずっと前からバレていた。
と、英樹は呆れたように苦笑いを浮かべて、
「……はあ。お前らって、ほんっとバカだよな」
「おい、なんだよ急に。恋歌の真似か?」
バカ。恋歌が俺を罵倒するときに用いられる単語ランキング一位の言葉だ。ちなみに二位はダメ人間。
あれ……というか英樹は今、お前らって複数形で言ってなかったか?
まあ、どっちでもいいけど。ただの言い間違いかもしれないし。
「秋人。念のため、オレからもひとつ言っておくぜ」
英樹は改まった様子で俺の肩に手を置き、
「オレは何があってもお前の味方だ。だからさ、何かあったらすぐに相談してくれよな」
と、俺の顔をじっと見つめてくる英樹。
そんな英樹から、俺はふいっと視線を外して、
「……英樹。お前、俺のことが好きなのか?」
「違ぇよ!! オレはノーマルだっ、ノーマル!!」
そんな騒がしい会話をしながら、俺と英樹は帰路をたどる。
……楽しい時間だな、と、素直にそう感じた。
だけど、英樹には悪いが――その楽しさと同じくらい、虚しさに似た感覚を俺は抱いていた。
これが失恋の後遺症か。早く立ち直らなくちゃな、なんて思う。