第64話 ざわつく胸
秋人たちとプールで遊んだあと、私たちは男女で別れてお風呂に向かった。
瀬名とだけじゃなくて、鈴北さんや前田さんともたくさん話した。鈴北さんとは、秋人を取り合う敵同士だけど……でも、そういうのを忘れちゃうくらい、楽しい話をいっぱいした。
そのあと、みんなで一緒に夕食のバイキングを食べた。予約の関係上、鈴北さんたちとは別の席になってしまったけど。
男子たちが、食べたステーキの量で競っていた。ばかだなあと思ったけど、そんな秋人のことを見ていると、なんだか胸がぽかぽかとした。やっぱり私は彼のことが好きなんだな、って改めて思った。
勇利のお父様は、私たちに部屋をふたつ用意してくれていた。
もちろん、男女で別れる。お腹がいっぱいで苦しそうにする秋人たちと、「おやすみ」って言い合った。
寂しいなって思った。あんなに楽しみにしていた旅行も、もう折り返し。
「れーんかっ。ね、そんな顔しないでよっ。恋歌には、あたしがいるでしょ?」
部屋へと戻る途中、瀬名が私にそう声をかけてくれた。
……そうだよね。まだ時間は夜の20時。秋人にはもう会えないかもだけど、そのぶん瀬名といっぱい遊ぼう。
「ふっふっふっ。あの学園のアイドルとふたりっきりで夜を過ごせるなんて、あたしはラッキーですなぁ」
「もー、瀬名。からかわないでってば」
「ふんっ、そうはいかないよ恋歌? 今夜は可愛い可愛い恋歌をひとりじめできるんだもんっ、たくさん可愛がっちゃうからねぇ?」
にひひ、と笑みを浮かべて、両手をわきわきと動かす瀬名。
あぁ――すごく楽しいな、と思った。
瀬名がいて、秋人がいて、英樹がいて、勇利がいて。
ちょっと関係は複雑だけど、鈴北さんと前田さんっていう、新しい友達もできた。
この旅行が終わっても、毎日が、このくらい楽しかったらいいな。
そんな甘い考えに、私は想いを馳せずにはいられなかった。
◇◇◇
部屋に戻ると同時に、従業員さんが敷いてくれていた布団に瀬名がダイブした。
ひゃー。幸せそうな悲鳴を上げながら、瀬名が足をばたばたさせる。
「お布団、ふっかふかーっ! これは良い夢が見れそうだねぇ、恋歌っ」
「こら、瀬名。浴衣、はだけちゃってるよ?」
「えー、いいじゃんべつにっ。それとも恋歌、あたしに襲いかかっちゃうワケ?」
「ふふっ、なにそれ。そうして欲しいの、瀬名?」
「きゃーっ、恋歌のえっちぃ!」
そうやって冗談を交わし合っているうちに、気づけば私は笑い出していた。
瀬名もまた、くすくすと笑っている。
そんな感じで、私たちはいろんな話をした。誰が誰を好きだとか、あの教師の視線がイヤらしいとか。やっぱり、瀬名と過ごす時間は楽しいな――と、心の底からそう思う。
「ふふっ。ね、恋歌?」
すると瀬名が、改まった様子で私の名前を呼んでくる。
「――ありがとね。あたしの、親友でいてくれて」
いきなり、瀬名にまっすぐと目を見つめられて。
……ぶわっと、顔が一気に熱くなる。どうしてこの子は、平然とそんなことを言えるのだろう。羨ましいな、なんてちょっとだけ思う。
「も、もう。いきなりやめてよ、瀬名。……どうしたの? 何かあった?」
「んーんっ、なんでもないのっ! なんか、急に言いたくなっちゃって」
私も――瀬名がいてくれて、よかった。
瀬名は明るくて、いつも私のことを引っ張ってくれる。きっと瀬名がいなかったら、臆病な私じゃ、友達を作ったりできなかったと思う。秋人たちと仲良くなることができたのも、瀬名のおかげだった。
この前だって、秋人を傷つけてしまった私のために、いろんなことをしてくれた。献身的に、私のことを支えてくれた。
そんな瀬名には……感謝しても、しきれない。
だから、それを言葉にしなきゃなって思った。
「あのね。瀬名――」
と、そう言いかけて。
突如。ポケットに入れていたスマホが、ぶぶぶ、と音を鳴らす。
「ん……誰だろ」
見ると――画面には、さっきRINGのIDを交換したばかりの前田さんからの通知が。
『(前田)恋歌ちゃん!』
『(前田)美雪ちゃんがね、恋歌ちゃんと話したいことがあるんだって!』
『(前田)しかも、ふたりっきりで!』
メッセージに目を通した私は、どういう意味だろう、と思って小首をかしげた。
鈴北さんが、私とふたりきりで話したい理由――それは、なんとなく察しがつく。きっと、秋人のことだと思う。
だけど、だったら鈴北さんが、私に直接メッセージをくれればいいのに。
「どったの恋歌。誰から?」
「えっと……鈴北さんが、私と話をしたいんだって。その、ふたりっきりで……」
「む、鈴北ちゃんが?」
眉間にしわを寄せて、何かを考え込む瀬名。
やがて彼女は、はあ、と納得したように息をついて、
「もー、恋歌はモテモテだなぁ。いいよ、恋歌。行っておいで?」
「でも、今は瀬名と……」
「鈴北ちゃんからってことは、たぶん、秋人くんの話でしょ? だったら、あたしのことは気にしないでよっ。ほら、行ってきな?」
「それは……うん、わかった。瀬名がそう言うなら、そうするねっ」
わざわざ前田さんからの連絡だったことに、疑問は残る。
でも、鈴北さんからの呼び出しを無視するわけにはいかないよね。
「それじゃっ、あたしはゴロゴロして待ってるからさっ。ゆっくり話してきなね、恋歌っ」
「うん、ありがとっ。またあとでね」
ふりふりと笑顔で手を振ってくる瀬名に背中を向けて、私は部屋を後にする。
……鈴北さん、どんな話をするつもりなんだろう。
胸が、ざわざわとした。




