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第62話 二人乗り

「――えーっ! ここのウォータースライダー、浮き輪必須なの~っ!?」


 鈴北さんの驚きと落胆が混じった悲鳴が、騒がしいプール内をさらに騒がせる。

 屋内のプールに移動した俺たちだったが、そこで目にしたのは、『浮き輪をご持参ください』の看板。……昔は違ったはずだが、リニューアルされたのだろうか。


「仕方ないよ鈴北ちゃん。ちょっと遠いけど、あっちの建物でレンタルやってるみたいだし。ほら、借りに行こ?」


 がっくしと肩を落とす鈴北さんを、瀬名が優しくなだめる。

 そんな瀬名本人は、ちゃっかり自分のぶんの浮き輪を持ってきていたのだが……、


「秋人くん、これっ。あたしの貸してあげるから、先にやってきていいよ?」


 その浮き輪を、なぜか俺へと手渡そうとしてくる。


「いや、それ瀬名が家から持ってきたやつだろ? せっかくなんだし、瀬名が先にやれって。そのあいだに、俺がみんなのぶん借りてくるからさ」


「い、い、の! ほら、受け取って秋人くんっ!」


 ぐいぐいっ! ……と、浮き輪を俺の身体に押しつけてくる瀬名。

 その勢いに逆らえず、うっかり受け取ってしまう。

 すると瀬名はニコッと笑って、空いた手で鈴北さんの腕を掴んだ。


「じゃ、行こっか鈴北さん! 秋人くんと恋歌は、先に楽しんでてねーっ!」


「ちょっ、せなりん!? 待っ……って、チカラつよっ!? あー、引っ張られるぅ――」


 強引に鈴北さんの手を引いて、ずかずかと隣接する建物へと歩いて行く瀬名。

 ……何がしたいんだ、瀬名のやつ。はあ、と俺は思わず息をつく。

 この場に残されたのは、俺と恋歌のふたり。

 だが、瀬名が俺に渡してきた浮き輪は、たったのひとつ。


「あー……恋歌も一緒に行ってきたらどうだ? それとも、瀬名のこれ、恋歌が使うか?」


 そっぽを向きながら、そう尋ねる。視線を彼女のほうに向けられなかったのは、もちろん、水着姿の恋歌があまりにも可愛かったからだ。

 しかし恋歌は、しばらく無言のまま、何も返事をしてこなかった。

 数秒間、気まずい空気が流れる。瀬名と鈴北さんの姿は、とっくに視界から外れてしまった。

 がやがやとした周囲の話し声が、やけに静かなように感じる。


「ね、秋人……」


 やがて。

 つんつん……と、恋歌の白くて細い指が、俺の脇腹を突っついてきた。

 いきなりの接触に、危うくヘンな声が漏れそうになる。こほん、と咳払いをして精神を落ち着かせてから、


「ど、どうした? 恋歌……」


「その……あれ。見て……?」


 恋歌は続けて、ウォータースライダーの入場口の端っこにあった看板を指さした。

 そこには、『二人乗り可能です』の文字列。


「秋人。私、ね……昔みたいに、秋人と一緒がいいな。ダメ、かな……?」


 恋歌の、潤んだ上目遣い。

 その可愛らしい頬は、わずかに紅潮していて。……恥ずかしい、のだろうか。

 だが――浮き輪ひとつで、恋歌とふたりでウォータースライダー?

 そんなの、なんというか、その、ヤバいとしか言いようのないくらいにヤバい。想像しただけで、俺はごくりと生唾を飲んでしまう。


「それとも、やっぱり……私とじゃ、嫌……?」


 恋歌の考えていることは、相変わらず、俺にはわからない。 

 だけど……この不安そうな顔を見ると、心が猛烈に痛くなる。こうなってしまえば、俺には拒否権がないも同然だ。


「……嫌なわけないだろ。だから、そんな顔するなって。ほら、行こうぜ?」


「あ……う、うん……っ!」


 にぱあっ、と。

 恋歌の表情に、明るい笑顔の花が咲いた。

 ……最近の恋歌は、ころころとすぐに表情を変える。まるで幼い子供のようだな――なんて言ったら、恋歌は怒るだろうか。


   ◇◇◇


 入場口から続く階段には、すでに長蛇の列ができていた。

 係員の誘導に従って、俺と恋歌はゆっくりとその列を進んでいく。

 しかし……そのあいだ、俺たちは会話を交わしていなかった。


「………………、」


「………………、」


 列に並びはじめてから、すでに十数分くらいは経過しているだろうか。

 そろそろ俺たちの番だというのに、いまだに会話はゼロだった。

 だが、どうしてなのだろう。さっきの何倍も、今の無言のほうがうるさいような心地がした。

 ……そわそわして、妙に落ち着かない。何でもいいから、とりあえず恋歌と話をして気を紛らわせたいところだ。


「あ、あのさ。恋歌……」


「う、うん。どうしたの、秋人……?」


 またしても、恋歌の不安げな上目遣い。どきりとして、俺は彼女から視線を外してしまう。

 しかもその瞬間に、何を恋歌に話そうとしたのかを完全に忘れてしまう。アホか、俺は。


「……秋人?」


「いっ、いや! えっと、その、だな……」


 頭の中が真っ白なまま、それでもどうにか、必死に言葉を探す。

 やがて――すっと俺の喉から出てきたのは、こんな問いかけだった。



「――――恋歌は、さ。俺のことが、好きなのか……?」

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