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第60話 水着

 そんなわけで、鈴北さんたちと合流した俺たちは、とりあえず各々の受付を済ませてくることにした。

 まあ、俺らのほうは……手続きなどは一切せず、ほとんど勇利の顔パスだったが。

 

「――お待たせっ、綾田っち!」


 窓口から戻ってきた鈴北さんが、満面の笑顔でこちらに駆け寄ってくる。

 そのまま彼女は、当たり前のように俺のすぐ隣で立ち止まった。……すごく近い。柑橘系の香水の匂いがする。


「んふっ、ほんっとラッキーだねっ。まさか綾田っちとプールで遊べちゃうなんてっ」


「お、おう。そうだね……」


 無邪気な声音で、そんなことを言われる。

 ……どうして鈴北さんは、こんな平然としていられるんだ。一方の俺は、めちゃくちゃドキドキしてしまっているというのに。

 頭の中から、あの日の告白が離れない。夕焼けに照らされた鈴北さんの綺麗な表情を思い出すたびに、俺の心拍は加速させられる。


「あ。綾田っちさ、もしかして――ウチの水着姿、想像しちゃった?」


 にひひ、と。

 鈴北さんの、いたずらっぽい笑み。


「ウチは知ってるんだからねっ、綾田っちが意外とムッツリだってことっ! スマホの中だって、サーナちゃんのえっちな――」


「あーっ! やめろっ、やめてくれって! ってか何で知ってるんだよ!?」


「ふふっ、その反応。やっぱし、そうなんだ?」


「なっ……うぐ、ハメやがったな鈴北さん……!」


「えへへ、綾田っちが単純なのが悪いんだよ~?」


 家族連れなどで賑わうホテルのロビー。そんな中で俺は思わず、周りに負けないくらいの声量で騒いでしまう。

 でも――楽しいな、と純粋に思えた。鈴北さんとも、なんだかんだで三ヶ月くらいの付き合いになる。

 彼女と過ごす時間の心地よさを、俺は改めて認識していた。まあ……あくまで今は、友達としての感情だが。


「…………ね、秋人……」


 くいっ。

 背中の服の端っこを、恋歌につままれる。

 振り返る、と――彼女の可憐な顔立ちが、ぷくっと不満げにむくれていた。


「な、なんだよ、恋歌……」


「…………わ、私にも、構ってよ……っ」


「え? えっと……うん?」


 なんだそりゃ、と困惑させられる。

 構うって……そんなこと言われたって、どうすればいいんだよ俺は。

 というか。そもそも、どうしてそんなことを言うんだ?

 俺なんかじゃなくて、瀬名とでも話していればいいのに。


(やっぱり……恋歌は、もしかして俺のことが――)


 と、そんな俺の思考を打ち切るかのように。

 むにゅ。……左腕に、何かものすごくやわらかいものが押しつけられる。

 見ると――なんと、鈴北さんが俺の腕に抱きついていて。


「ほらっ、綾田っち! プールまでレッツゴーだよっ、レッツゴーっ!」

 

 そして彼女は、ぐいぐいと俺の腕を身体ごと引っ張るようにして、ロビーから続く廊下へと向かって歩き出した。

 まるで――綾田っちはウチのものだ、と言わんばかりの仕草。まあ、俺の考えすぎなのだろうけど……そういうのとは関係なく、鈴北さんの身体の感触は、その、うん。俺、ムッツリでも何でもいいや。


   ◇◇◇


 場所は変わって、屋外のプール。

 じりじりと肌を焼いてくる太陽の下。先に着替えを済ませた俺たち男子組は、ぶらぶらと周囲を散歩していた。

 青空には雲ひとつなく、目の前には青く澄んだプールが広がっていて。最高の天気だなと思うと、やはり気持ちは高ぶってくる。


「――秋人くんっ、英樹、勇利!」


 と、遠くから、瀬名の元気な声。

 俺たちは立ち止まり、振り向く――そして同時に、ごくりと息を呑んでいた。


 美少女がいる。

 目の前に、三人の美少女の水着姿があった。


「ふふん、どうよ男どもっ。あたしって、意外とスタイルいいんだからねっ?」


 腰に手を添えた瀬名が、どやっと鼻を鳴らす。

 本人が主張している通り、瀬名はかなりスタイルがいい。水泳部の練習のおかげで、その四肢や腰のくびれは美しく引き締まっている。だが出るところはしっかり出ていて、オレンジ色の大胆な水着姿がバッチリ似合っていた。デニム生地のショートパンツ風の水着も、瀬名のボーイッシュなイメージとマッチしている。


「えへへっ。どうよ、綾田っち! ほら、念願のウチの水着姿だよっ?」


 ぱりくり、と鈴北さんがウィンクをしてきた。

 彼女も瀬名に負けず劣らず、なかなかにスタイルが良い。モデル体型、と言うのだろうか――今さらだが鈴北さんは、女子の中では身長が高いほうだ。だからこそ大人っぽい印象があり、色っぽい黒のビキニを完璧に着こなしていた。健康的かつスレンダーな手足が、なんともセクシーである。


 そして、恋歌はというと。

 白のフリルがあしらわれた、清楚さと妖艶さを兼ね備えた水着姿で……、


「……秋人。どう、かな……?」


 恥じらうような、上目遣い。

 恋歌の水着姿は――なんと言えばいいのだろうか。俺は今の恋歌に、神聖さすら感じていた。

 穢れを知らない白い柔肌に、しなやかで綺麗なふともも。抱きしめたら折れてしまいそうな、線の細い身体つき……すらっと伸びた手足が、ものすごく長い。本当に俺と同じ人間なのか? なんて思うレベルだ。

 女の子らしい白くて華奢な身体のラインは、どうしようもないくらいに魅力的で。

 ほんのりと赤らんだ顔立ちは、危うげなまでに可愛らしくて。


「……ね、ねえ。秋人……?」


「な……、なんだよ……」


「その……さすがに、見すぎ、かも……」


「あっ――!? ご、ごめん! つい……」


 俺は慌てて、恋歌の水着姿から視線を外す。

 すると。恋歌は、ツンとそっぽを向いて、


「……秋人の、ばか」


 う。心臓が、どきりと悲鳴を上げる。

 恋歌のこの辛辣な言葉遣いは、いつ以来だろうか。

 だが――どうしてしまったんだろう、俺は。

 彼女のひさびさの罵倒が、なんだか、とてつもなく可愛く感じた。

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