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第57話 夏休み

 恋歌の様子がおかしくなって、鈴北さんに告白されて。

 頭の中がぐちゃぐちゃになったまま……そんな中でも、もちろん日常は続いていった。


 恋歌はあれ以降も、平日は毎朝、俺の家に押しかけて朝食を作ってくれた。

 そのたびに俺は恋歌のエプロン姿に見惚れてしまうし、いつもよりも距離感の近すぎる恋歌の態度に戸惑ってばかりだった。

 ある日の朝食中。俺は恋歌に、どうしてここまでしてくれるんだ、と聞いたことがある。

 すると恋歌は、その白くて可憐な頬をほんのりと赤く染めて、どこか複雑そうな笑みを浮かべた。


『秋人に、喜んでほしくて。……迷惑、だったかな?』


 あのとき俺は、何と言葉を返したのだっけ。

 ただ、はっきりと覚えているのは――恋歌のその恥じらうような仕草に、しばらく目を奪われてしまった記憶だけ。



 鈴北さんは――あの告白の翌日も、いつも通りの調子だった。

 一緒に昼食を食べたり、放課後に通話を繋いでエンフィルをしたり。太陽のような明るい笑顔も健在で、俺へのフレンドリーな態度もそのままで。……あの告白を意識しているのは俺だけなんじゃないかって思わされるくらい、鈴北さんは平常運転だった。


 ただ、ひとつだけ気になるのは。

 鈴北さんからのスキンシップが、異常に増えている……ような気がした。

『綾田っち~っ!』などと言いながら、いきなり背後から抱きついてくるようになった。昼休みに食堂へと向かうときには、ぎゅっと俺の腕にしがみついてくるようになった。俺が頬に米粒をつけていたときは、それを指先ですくってペロッと舐めてきた。

 ……もしかしたら、たまたまかもしれない。鈴北さんのようなギャルにとっては、このくらいの距離感が普通なのかもしれない。

 答えはわからない、が――確実に言えるのは、俺の心臓が音を慣らしっぱなしだったってことだ。


 

 そんな中で、期末テストの期間になった。

 瀬名に誘われて、みんなで勉強会をした。そこで恋歌は、やっぱり優しく丁寧に俺のわからない範囲を教えてくれた。……あのときの距離感の近さを、俺はいまだに思い出す。そしてそのたびに、ひとりで悶々とさせられていた。


 ともかく。恋歌のおかげで、俺の成績は一気に四十番台にまで上昇した。

 嬉しいな、と素直に思った。進学校で四十番台という順位は、俺にとっては上出来も上出来である。ここまで良い成績を取れたのは、中学卒業間際の死ぬほど勉強していた時期以来だった。

 一方の恋歌は、なんと三位という好成績を収めていて、


『えへへ。秋人と一緒だったから、いつもより頑張れたんだっ』


 ……そんなふうに笑顔で言われた。天使かよ、と真剣に思った。

 ちなみに今回も、学年一位は勇利である。だが二位の生徒とは、たったの三点差。それで『今回も俺の圧勝だな』とドヤ顔をしているのを見て、こいつはやっぱり凄いなって実感した。とくに、メンタル面が。



 そして、今日。

 俺は恋歌たち四人と、期末テストの打ち上げをしていた。

 場所は、いつものファミレス。くだらない話でひとしきり盛り上がったあと、恋歌が、こんなことを言い出した。


「ね、ねえ。秋人……」


 上目遣いで、俺の顔をじっと見つめながら。

 恋歌の唇が、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「その……ね? こないだ、みんなで話してたんだけど……夏休み、さ。ひさしぶりに、勇利のお父様のホテルに遊びに行かない……?」


 勇利の苗字は長谷川。そう――なんと勇利の父親は、あの超大手ホテルグループの会長様なのである。

 子供のころは、幼なじみの縁でよくそのホテルに招待してもらっていた。……少し振り返るだけで、楽しい思い出がいくつも蘇ってくる。


「そりゃまあ、俺も行けるなら行きたいけどさ。でも、夏休みってかなり混むだろ? 今から予約とか間に合うのか?」


「フッ、安心しろ。俺が存分に親のコネを行使してやるつもりだ」


「そ、そっか。ならいいけど……でも、みんな部活で忙しいんじゃ? とくに瀬名と英樹は、そろそろインターハイの予選だろ」


「オレの心配は不要だぜ、秋人。むしろ、毎日部活じゃイヤになって成績が落ちる!」


「あたしはまあ、部活はさすがに出たいかなぁ。でも、大丈夫だよ秋人くんっ! もうすでに、あたしたちの予定は調整してあるからっ! あとは秋人くんさえ暇なら、ね! ほら、みんなで行こっ?」


 誇らしげに言ってくる勇利、自信満々の英樹、ぐいぐいと迫ってくる瀬名。

 そしてトドメとばかりに、隣に座る恋歌が俺の服の袖をくいっとつまんで、


「秋人。私……秋人のために、水着、新しいやつにしたの。だから……ダメ?」


 妄想する――件のホテルには、ものすごくデカいプールが付属している。

 そのプールの脇道を歩く、水着姿の恋歌。白くて綺麗な柔肌に、つうと流れる落ちる水滴。華奢だが美しい肢体。ちょっとだけ恥じらうような、天使も顔負けの可憐な微笑み。

 ……よし、行こう。あっさりと、俺は了承を返していた。


 

 恋歌たちと解散して、部屋に戻る。

 寝る前の支度を終えて、ベッドの上に横たわり、目を瞑る。

 と……俺のまぶたの裏には、ふと、鈴北さんの顔が思い浮かんでいた。

 彼女は――鈴北さんは、俺が恋歌たちと泊まりで遊びに行ったことを知ったとき、果たしてどう思うだろうか?

 勇気を出して告白してくれた彼女の心を、傷つけてしまったりはしないだろうか?


(……いや、これでいいはずだ。だって、鈴北さんは――)


 あの日。

 彼女に告白されたときのことを、ふと俺は思い返す。


『だって――綾田っちさ。レンレンのことが好き、でしょ?』


 そう。そうなのだ。

 俺は、やっぱり――恋歌のことが、好きだ。

 しかも鈴北さんは、それを承知の上で俺に想いを伝えてくれたのだという。だったら俺が、恋歌たちと遊びに行くくらい……問題はない、と思う。


(――――本当に、そうなのかな……)


 ぐるぐると巡り続ける期待と不安。脳裏に過る、鈴北さんの悲しむ顔。

 まあ……今はとにかく、眠りにつく努力だけをしよう。

 なんたって、明日からは夏休みなのだ。

 せっかくなのだから、全力で堪能したい。そんな願いを込めて、俺はまぶたを固く閉じた。

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