第55話 親友たち
「そうなの、っていうか……ま、そういうことだよな。恋歌はよくやく、自分の気持ちを自覚できたってわけだ」
からからとアイスコーヒーの氷をかき混ぜながら、英樹は感慨深そうに私のほうを見てきた。
「でも、そっかぁ。ふふっ、これで恋歌も恋する乙女デビューだね。あー、あたしの恋歌がますます可愛くなっちゃうなぁ」
この、このっ。……などと言いながら、私の頬をつんつんと突いてくる瀬名。
彼女は、にへへっと元気いっぱいに笑って、
「あたし的には、遅すぎって感じだけどねっ。恋歌ってば、ほんとにピュアだよねぇ」
「……瀬名も、前から知ってたの? 私が、秋人のことが好きだって……」
「そりゃもう、ずっと前からねっ。ね、恋歌は覚えてる? 小二のバレンタインで、恋歌がランドセルの五倍くらいのサイズのチョコを秋人くんに作ってきたときのこと」
「あー、懐かしいなそれっ! 秋人のやつ、鼻血だらだら流しながら完食してたよなぁ」
「う……っ! 瀬名っ、英樹っ! その話だけはやめて……っ!」
ぶわあと身体中が熱くなる。
……小学二年生のバレンタイン。それは、私の最大の黒歴史だ。
「それで言えば、俺はあの一件が印象的だったな。小三のころ、瀬名の家でホラー映画を見た日があっただろう?」
「ふふっ、あったあった! そしたら恋歌、秋人くんに抱きついてさっ。秋人がいないと寝れないってワガママ言い出して、急遽お泊まり会することになったんだよねぇ」
「そっ、それは……む、昔のことだもんっ! あの映画、ほんとに怖かったから……っ!」
「あと、アレな。小六の修学旅行で京都に行ったとき、一万のお小遣いをおみくじに全ツッパしてたよな。何事かと思ったら、恋愛運が大吉になるまで粘ろうとしてたんだろ?」
「ち、違うからっ! あれはそのっ……そう! あの神社が好きだったから、お金を落としたいと思って……っ!」
「だったら恋歌、あの件はどう説明するんだ? 中二の修学旅行で、俺が間違えて持ち帰ってしまった秋人の下着を――」
「だ、だめっ! その話は、瀬名にも秘密にしてるのに……っ!」
「ふうん。秋人くんの下着を、ね?」
「そ、そういうのじゃないからっ! 私は、ただっ、その……せ、洗濯してあげたいなって、思っただけで……っ!」
「それもどうかと思うけどな、オレは……」
「ふふっ。恋歌って、けっこうムッツリちゃんだったんだねぇ」
じとっとした視線とともに、瀬名がニマニマしながら言ってくる。
……もう嫌だ。振り返ってみると、私って黒歴史だらけだなぁ。
でも。たしかに、みんなの言うとおりだなと思う。
私は、ずっと昔から――秋人のことが、好きだったんだ。
その気持ちに蓋をするために、ああいう態度を取っちゃってたんだと思う。秋人に自分の好意を知られることが、すごく恥ずかしくて。
そして何より、怖かったんだ。
秋人に、私の気持ちを知られたら――何かが、変わってしまうんじゃないかって思って。
「つーか、秋人も秋人だよなぁ。ったく、どんだけ鈍感なんだよ、あいつは」
「いや、それは恋歌の自業自得じゃないか? 何せ恋歌は、あれだけ辛辣な言動を取ってばかりだったんだ。ただでさえ鈍感な秋人では、恋歌の本音に気づくのは至難の業だろう」
「それは否定できないよねぇ。もー、恋歌ってば。だからあたしは、早く素直になったほうがいいよって言ったんだよ?」
「う……ご、ごめん……」
瀬名の言うとおりだ。
もし私が、ずっと素直な自分でいられたら――秋人だって、ちょっとくらいは私のことを意識してくれてたかな。
「ううん、いいんだよ恋歌。それに恋歌は今、ちゃんと自分の気持ちと向き合えてるんだよね? 秋人くんのことが好きだって、そう思えてるんだよね?」
「…………、うん……」
「ふふっ、そっかそっか。よしよし、偉いぞ――恋歌、頑張ったね?」
さわさわ。私の髪が、優しく瀬名に撫でられる。
そんな私との瀬名のことを、英樹は頬杖をつきながら眺めながら、
「それで、恋歌。恋歌はこれから、秋人とどうなりたいんだ?」
「……うん。私、は……」
私は今までずっと、自分の気持ちから目を背けていた。
そんな自分のことが――本当は、ずっと嫌だった。
「私は……秋人の、恋人になりたい……っ」
だから、私は。
もう二度と、この本音から逃げたくない。
鈴北さんに宣戦布告をされたときに、そう自分に誓ったんだ。
「だから……お願い、します。みんなに、協力してほしい、です……っ!」
瀬名。英樹。勇利。
大好きな幼なじみたちに、私は深く頭を下げる。
やがて。瀬名が、ぽんぽんと優しく私の背中を叩いて、
「もう、やめてよ恋歌っ。水くさいじゃんかっ」
「そうだぜ、恋歌。そんな改まって言われなくとも、オレらにできることなら何だってするに決まってるっての」
「俺も右に同じだ。まあ、恋愛経験のない俺たちが戦力になれるかはわからんがな」
「……そっか。ありがと、みんな……っ」
嬉しいなって、素直に思った。
つい、涙が出てしまいそうになる――私は本当に、良い親友たちに恵まれたんだなって実感していた。




