第51話 負けないから
「――――今日はね。レンレンに、宣戦布告をしに来たの」
鈴北さんと、目線がぴったり重なった。
彼女の綺麗な瞳の奥には、何か、熱いような冷たいようなものが渦巻いていて。
……その言いようのない圧力に、思わず私は怯んでしまう。
「ふふっ。レンレン、かわいい。小動物みたい」
「っ……す、鈴北、さん……」
「ん? どったの、レンレン?」
息を、呑む。
そうしないと、まともに声を出せそうになかったから。
「宣戦布告、って……なんの、こと……?」
と、私が聞き返したのと同時だった。
店員さんがやってきて、二個のハンバーガーとドリンクの乗ったトレイを運んでくれた。……いつの間にか、アプリで注文してたのかな。
「あははっ。もう、レンレンったら可愛いなぁ。そんなの、ひとつしかないじゃん――」
鈴北さんは、ハンバーガーを手に取って食べ進めながら。
笑顔を浮かべたまま、私の目をじっと見つめてくる。
「――レンレンさ。綾田っちのこと、好きっしょ?」
「っ……なん、で……?」
「ま、ウチはレンレンとか綾田っちみたいに鈍くないからねっ。レンレンの気持ちなんて、フツーの女子高生だったら気づいてて当然だよ?」
そのときの鈴北さんの表情は、いつもと同じ、明るくて眩しい笑顔だった。
だけど――なんだろう、この感じ。
どうして、私は……鈴北さんのことを、怖いって思ってしまっているんだろう。
「ね、レンレン。レンレンにとってさ、恋愛って何?」
「……え?」
恋愛、か。
……わからないよ、そんなの。だって私、今まで、そんなの経験してきてないもん。
私にとっては、秋人が私の初恋の相手だ。
でも、この気持ちが恋だって気づいたのは、つい昨日のこと。
何、って聞かれても……私は、答えることができなかった。
「ウチはね。恋愛って、戦争だと思ってるの」
鈴北さんは、ハンバーガーを噛み砕くように咀嚼した。
ごくん。それを呑み込んでから、ふたたび私の顔へと視線をぶつけてくる。
「だって、そうでしょ? ウチもレンレンも、綾田っちのことが好きで、綾田っちの恋人になりたい。だけど綾田っちは、世界にひとりしかいないもん。そうなったら、さ――奪い合うしかない、よね?」
あぁ――そっか、と思った。
どうして鈴北さんのことを、怖いと感じてしまうのか。
その理由に、やっと気づく。
「だから、宣戦布告なの。レンレンには悪いけど――ウチは、容赦しないから」
これは、敵意だ。
鈴北さんは――私のことを、敵だと思っているんだ。
「今日はね、そのことを伝えようと思って、レンレンを呼びだしたの。いちおう、ウチなりの最後の忠告のつもりなんだっ」
「……っ、どういう、こと?」
「降伏するなら、早いほうが良いよってこと」
鈴北さんは、にこっとした明るい笑顔を浮かべたまま。
その視線で、私の心臓を突き刺してくる。
「だって、これは戦争だもん。ウチは本気で戦うつもりだけど、レンレンがそうじゃないならさ、一方的なイジメみたいになっちゃうでしょ? だから、手を引くなら今のうちだよって教えてあげてるの」
つまりね、と。
鈴北さんは、いつもよりも少しだけ低い声音で、
「――もし、レンレンに本気でウチと戦うつもりがないならさ。綾田っちのこと、ウチに譲ってよ」
秋人を、譲る。
それは……私に、この気持ちを諦めろっていうこと、だよね。
(でも……秋人には、幸せになってほしいな……)
だって。
私は――秋人のことが、大好きだから。
彼の笑顔が好き。ふだんは無愛想な秋人が、くしゃっと子供みたく無邪気に笑う瞬間が、たまらなく好きだ。
そして……鈴北さんなら、きっと、秋人のことを笑顔にしてくれる。
秋人のことを、ちゃんと幸せにしてくれると思う。
「あはっ。レンレン、どうしたの? 何も言わないってことは、諦めてくれるって意味?」
「……っ、私、は……」
私と一緒にいるときの秋人は――いつも、どんな顔をしてくれてたっけ。
……私は今まで、秋人に酷いことばかり言ってきた。自分の気持ちを隠すために、秋人のことを毎日のように傷つけ続けてきた。
そんな私には、秋人のことを好きでいる資格なんてないのかな?
私なんかじゃ、秋人を笑顔にしてあげられないのかな?
「んふふ。じゃあ、レンレン。綾田っちは、ウチが恋人にしちゃうよ。いいね?」
ちゅうちゅう、と鈴北さんはジュースをストローで吸いきってから、すくりとその場に立ち上がった。
机の上に、ハンバーガーをひとつ残したまま。
彼女は、店を去ろうとして――、
「――――待って、鈴北さん……っ!」
ぎゅう、と。
心臓が、握りつぶされるみたいに痛くなった。
――想像してしまった。秋人が、鈴北さんと手を繋いで並び歩く姿を。
その景色を、私はただ、遠くから眺めていることしかできなくて。
そんなの、私は……、
「……っ、私、だって……」
――逃げたくない、と思った。
ここで逃げたら、前と同じだ。素直になれなかったころの自分と、何も違わない。
怖いからって、現実から目を背けて。
自分の気持ちにさえ、ウソをついて。
私は――もう、そんなダメな私に戻りたくない。だから、
「私……っ、鈴北さんと、戦いたい……っ!」
緊張で声が震えた。情けないな、って思う。
それでも。この気持ちを、無かったことにはしたくなかった。
もう――絶対に、逃げたくない。
私は、私の中のこの本音を、大切にしたい。
秋人のことが好きだっていう気持ちと、ちゃんと向き合いたい。
「だって、私……っ、秋人のことが、大好きだから……っ!」
すると。鈴北さんは、意外そうな顔をした。
あっけにとられたような表情。でもすぐに、彼女は不敵な笑みをつくって、
「――それはこっちの台詞だよ、レンレン。じゃ、明日からウチらは敵同士だからね?」
「……う、うん……っ」
「ふふっ。可愛いなぁ、レンレンは。でも――綾田っちは、ウチがもらっていくから。そのハンバーガーは、お詫びだと思って食べてね?」
そう言うと鈴北さんは、その綺麗な金髪をなびかせながら、夜空の下へと去っていった。
彼女の背中が遠くなっていくのを眺めながら、私はふうと息をつく。
……大丈夫。秋人は、まだ鈴北さんの彼氏になったわけじゃない。
どうして鈴北さんが保留を選んだのかは、私にはわからない――でも、まだ恋人になってないってことは、私にも勝ち目はあるはずだよね。
(でも……どうすれば秋人は、私のこと好きになってくれるのかな……?)
私は――左手首のミサンガを、ぎゅっと握りしめた。
こうしていると、なんだか、秋人が私に勇気を分けてくれるような気がして。
……うん、そうだよね。ネガティブになったって、何も変わらないよね。
まずは、恋愛について勉強しないと。ネットの記事とか、本とかを読み漁ろう。
「うんっ……頑張れ、私……っ!」
どきどきと高鳴る心臓に、そっと手を添える。
不安もたくさんあったけれど、それと同じくらい、私は期待も抱いていた。
ふと、秋人と恋人になった未来を妄想してしまう――手を繋いだり、好きだよって伝え合ったり。そういう瞬間を想像すると、やっぱり頬がニヤけちゃうな。
がぶり。鈴北さんが奢ってくれたハンバーガーを口いっぱいに頬張ってから、もぐもぐごくんと呑み込んだ。
とろけたチーズに包まれたお肉はすごくジューシーで、すごく甘い味に感じた。




