第50話 宣言
「――やっほ、レンレン! ごめんね~、こんな遅くにっ」
お店に入ると、テーブル席に座っていた鈴北さんがぶんぶんと手を振ってきていた。
秋人は――いない、のかな。
周囲を見渡してみる。……うん。やっぱり、どこにもいないみたい。
その事実に、私は少しだけ安堵してしまう。なんて酷い幼なじみなんだろうって、また自分のことが嫌いになる。
「とりあえず座ってよっ。お礼に奢るからさっ、メニュー見よ?」
「……う、うん」
緊張して、言葉が喉に詰まってしまう。
秋人がいないからって……告白が失敗した、って決まったわけじゃない。
それに、鈴北さんは何だか、すごく機嫌が良さそうに見えた。だとしたら、やっぱり上手くいったのかな。
ぎゅっと唇を噛みしめて、私は鈴北さんの正面に座る。
すると彼女は、にっこりと明るい笑顔を浮かべて、
「ふふっ。レンレンとふたりで話すのって、もしかして初めてかな?」
「えっと……そう、かも……」
「あ、やっぱり? てかレンレンさ~、ほんっと可愛い顔してるよねっ。肌もすべすべだし、髪もつやっつや。もー、羨ましいなぁ」
スマホのアプリでメニュー表を確認しながら、そんなことを鈴北さんは言ってくる。
……褒めてくれるのは、純粋に嬉しい。私だっていちおうは年頃の女子なんだし、肌とか髪とかには気を遣ってるつもりだから。
でも。今は、そんなことよりも。
「……あの、鈴北さん」
「ん? どったの、レンレン?」
「その……どうして、私を呼び出したの……?」
声が震える。心臓が、ぎしっと軋むように痛む。
……ただ私とご飯が食べたかったから、なんて理由のはずはないと思う。
私の問いかけに対して、鈴北さんは「んー」と悩むような素振りを見せてから、
「――――ウチさ。今日、綾田っちに告ったんだっ」
えへへ、と幸せそうに笑いながら。
鈴北さんは、あっさりと告げてきた。
「って……あれ、驚かないの? レンレンなら、もっとびっくりしてくれるかなって思ってたんだけどっ」
「っ、それは、その……っ」
鈴北さんの声音は、やっぱり明るくて、楽しそうだった。
視界が潤む。秋人と鈴北さんの幸せを素直に喜べない自分のことが、本当に嫌になる。
でも、まずは……ちゃんと、正直に話さないと。
「……ごめんなさい、鈴北さん。じつは、私……鈴北さんの告白を、聞いちゃって……」
「えっ、ウソ!? って――そっかぁ、ちょうど部活終わりの時間だったもんねぇ」
あちゃー、と鈴北さんは照れくさそうに頬をかいて、
「いやー、聞いてよレンレンっ。ウチもさ、自分でもびっくりしちゃうくらい、いきなり告っちゃったんだよねぇ。だから、時間のことなんて考えてなかったなぁ。うはぁ、失敗したぁ」
「……本当に、ごめんなさい。盗み聞き、しちゃって……」
「あー、いいのいいのっ。レンレンが悪いわけじゃないからさっ。でも、どこまで聞いたのかは教えてほしいかなっ」
頬杖をついて、私の返答を待ってくる鈴北さん。
そんな鈴北さんの笑顔を直視できなくて、私は彼女から視線を外してしまう。
「……告白してるとこ、まで。付き合ってくださいって言ってるのを聞いて……そこから先は、何も聞いてない」
「ん、そっかそっか。ならセーフかなっ、ギリギリだけどっ」
ぶんぶんと足を振りながら、鈴北さんは言葉を続けてくる。
「……さっきの放課後ね。綾田っちが教室で自習してから帰るって言うから、ウチ、エンフィルしながら綾田っちのこと観察してたの。そしたら、さ――真剣に勉強する綾田っちの表情、なんか、すっごいカッコよくて。メロい、ってやつ?」
あ……わかるな、って思った。
秋人は面倒くさがりなところがある。少なくとも高校に入ってからは、ほとんどロクに勉強なんかしてなさそうだった。成績だって、いつも赤点ギリギリだったし。
だけど。だからこそ、なのかな。
たまに秋人が見せる、真剣な横顔は――何よりも、カッコいい。
「そんな綾田っちのメロい顔を見てたら、ウチ、急に我慢できなくなっちゃってさ――」
鈴北さんの頬が、ほんのりと赤くなる。
まさに恋する乙女みたいな顔をして、鈴北さんは唇を開く。そして、
「――気づけば、告白してたの。好きです、付き合ってくださいって」
なんだか……胸を、撃たれたような感覚がした。
鈴北さんはすごいな、って純粋に思った。
私は……今までずっと、自分の本音を誤魔化してきた。それどころか、大好きな秋人にたくさん酷いことを言ってしまった。本当の気持ちとは真逆の、ツンとした態度を取り続けてきた。
だから、そうやって素直に、自分の想いを伝えられる鈴北さんが――すごく、輝いて見えた。
「……秋人、は」
気づけば私は、そんな言葉をこぼしていた。
ざわつく左胸を、ぎゅっと手で抑えつけて。どうにか、最後まで声にする。
「秋人は……なんて、返事したの……?」
「んーん。返事はまだいらない、ってウチのほうから頼んだのっ。だから綾田っちは、オッケーもノーも言ってないよっ。ま、保留ってカンジかなっ」
「っ……そう、なんだ……」
そっか――鈴北さん、まだ、秋人の恋人になったってわけじゃないんだ。
だけど。
彼女は、私に安心する暇さえ与えてくれなかった。
「ね、レンレン。それじゃあ、そろそろ本題に入ってもいい?」
そして、鈴北さんは。
明るい笑顔はそのままに――どことなく不敵に、その唇を吊り上げてくる。
「――――今日はね。レンレンに、宣戦布告をしに来たの」




