第49話 願いの行く先
「――――好きです。ウチと、付き合ってください」
え――?
視界に映るものの全てが、真っ黒に染まっていくような感覚。
ずきり。左胸が、張り裂けるように痛んで。
――――ダメだ、と思った。
ふと気がついたときには、私の身体は動いていた。
目の前の現実から逃避するように。足が勝手に、廊下を走り抜けていた。
周りからの視線が痛かったけど、そんなこと、ちょっとも気にならない。
(……っ、なんで、私……っ!)
校舎の外へと出て、曇り空の下を駆ける。
いつもの、通り道の河川敷。そこに流れる川に、雲に覆われたままの夕日が沈もうとしていた。
「さっきの……鈴北さん、だよね……」
足が震える。立っていられそうにない。
だから私は、その場にしゃがみ込んだ。両膝を抱えて、顔を俯かせる。……スカートなのに、こんな体勢。でも、そんなことを気にしてられる余裕なんてなくて。
「そっか。鈴北さん――秋人のこと、好きだったんだ……」
綾田っち。さっき教室から聞こえてきたのは、そんな声だった。
あれは紛れもなく、鈴北さんが秋人のことを呼ぶときの名前で。
そして。鈴北さんは――告白、してたよね。
「……秋人、」
あぁ……やっぱり、私はダメだな。
視界が滲む。つう、と涙がこぼれ落ちる。
唇をぎゅっと噛んで堪えようとしたけれど、そんなんじゃ、ぜんぜん足りなくて。
「……ごめんね、秋人。私……ほんとに、酷い幼なじみだね……っ」
――本当なら、祝ってあげるべきなんだと思う。
鈴北さんは、同性の私から見ても可愛い。スタイルも抜群で、性格だって良い。それに、趣味も秋人とすごく合うみたいだし。
きっと鈴北さんなら、秋人のことを幸せにしてくれると思う。……たぶん、私なんかよりも、ずっと。
でも、私は……、
「なんで、私っ……こんなに、苦しいの……?」
胸が痛い。ぎしぎしと強く、ずっと締め付けられていた。
私は幼なじみとして、秋人の幸せを願ってあげるべきなのに。
なのに……ごめんね、秋人。
私、ほんとは――秋人の、恋人になりたかったみたい。
「……もっと早く素直になってれば、違ったのかな……」
――ここに来てから、どのくらいの時間が経っただろうか。
すでに太陽のほとんどが沈んでいて、空の色は黒に染まりかけている。
制服の袖で、涙を拭う。震える足を酷使して、どうにか立ち上がる。
……大丈夫。秋人と鈴北さんは、付き合うって決まったわけじゃない。
だけど、もしかしたら、って考えると――やっぱり、すごく辛かった。
「……帰ら、ないと」
と……ちょうど、そのときだった。
ぶぶぶっ。制服のポケットに入れていたスマホが、通知音を鳴らす。
(え……鈴北、さん?)
メッセージアプリを開くと、そこには鈴北さんの名前が表示されていた。
……どうしよう。そのメッセージを、私はしばらく開けなかった。現実と向き合うのが、すごく怖かったから。
だけど、いつまでも無視をしているわけにはいかない。
深呼吸をした。ちょっとだけでも、この動悸を抑えようとした。
そして、鈴北さんからとのチャットを開く。と――、
『(美雪)レンレン!』
『(美雪)どうしても、レンレンに言いたいことがあってさ』
『(美雪)今から時間ある? よかったら、ここに来てほしいな~!』
スタンプと一緒に添付されていたのは、最寄り駅周辺のファストフード店の住所。
……嫌だな、と思った。
鈴北さんは今、秋人と一緒にいるのかな。
もしかして……付き合いはじめたってことを、私に報告しようとしてくれてるのかな。
(……秋人。私、怖いよ……っ)
せっかく拭った涙が、また溢れそうになる。
だけど――左手首に巻いたミサンガを、私はぎゅっと握りしめて。
鈴北さんに、『わかった。行くね』と返信をした。




