第4話 反抗期?
恋歌と別れてから、数十分後。
いつもよりも長く感じた通学路を歩き終えた俺は、そのまま2年Bクラスの教室に向かう。
がらがら、とドアを開けると――、
「――――あっ、来たな秋人!! どうしちまったんだよ、お前っ!?」
俺を待ち伏せでもしていたのかという速度で、クラスメイトの男子――悠塚英樹が、いきなり話しかけてくる。
英樹は髪を明るい金に染めた、チャラそうな見た目のイケメンである。
そして彼は……恋歌と同様、俺の幼なじみのひとりだ。
「あの秋人と恋歌が、別々に登校してくるなんて……っ!! 何があったんだよ、マジで!?」
英樹はちらり、と窓際の最後列の席へと視線を向ける。
そこには、むすっとした表情で頬杖をつく学園一の美少女……つまり、恋歌が座っていた。
と、そんな恋歌から俺は視線を切って、
「べつに何もないって。強いて言うなら、気づいたんだよ。付き合ってもない年ごろの男女がいつまでも一緒に登下校するなんておかしい、ってな」
「え……っ!? いやまあ、そりゃ正論だけどさ……! でもなんつーか、こう、すげぇ違和感があるんだよ! 米派のオレが急に朝メシを菓子パンにしたみたいな、そんな感じの違和感が!!」
「なんだよ、その絶妙にわかりにくい喩え……」
でもまあ、英樹の言いたいことはわかる。
俺と恋歌はほとんど毎日、登下校を共にしてきた。それをいきなり辞めたと知れば、何があったのかと考えるのも無理はない。
「ともかく、気にしないでくれ。ま、俺も大人になったってことだよ」
「お、大人だとっ!? 秋人、お前まさか、ついに恋歌と――」
「お前が何を想像してるのかは知らんが、違うからな」
まったく……いつも通りだな、英樹は。
英樹はいわゆるムードメーカーというやつである。小さいころからずっと、こいつは持ち前の明るさで、その場を盛り上げることを得意としていた。
俺はそういう騒がしいのはあまり好きじゃないし、どちらかといえば苦手なくらいだ。
だが不思議と、英樹と話す時間を不快に感じたことはない。幼なじみだからというのもあるのだろうが、それとは別に、英樹には独特の会話の上手さみたいなものがあるのだと思う。
と、そんなことを考えていると――、
「ちょっと、秋人くん!? ねえ、いったい何があったのさ!?」
……騒がしいのがもうひとり、こっちに向かってズカズカと歩いてくる。
艶のある黒髪をポニーテールに束ねた、いかにも活発そうな美少女――七海瀬名。
そんな彼女もまた、俺や恋歌の幼なじみのひとりである。
「あたし、ほんっとにびっくりしたんだからね!? 恋歌がひとりで登校してきたのを見て、心臓止まるかと思ったんだから!!」
「いくらなんでも大袈裟だろ、それは」
「大袈裟じゃないよっ! だってだって、あの秋人くんと恋歌だよ!? あんなに仲良かったふたりが、ふたりがっ……う、うううぅ……っ!」
ぐすん、とハンカチを取り出して泣き出す演技をする瀬名。
「もしかして……秋人くんも、ついに反抗期に入っちゃったの? でもダメだよ、秋人くん。あんまり恋歌ママを困らせちゃ」
「ちょっ、瀬名! 誰がママよ、誰が!!」
がたん!! ……と、恋歌が自分の机を叩きながら、勢いよく立ち上がった。
するとクラスの誰かが、「また始まったよ」と楽しげに呟きをこぼす。彼らは俺や恋歌を見ながら、ニマニマとした表情を浮かべていた。
……瀬名はよく、こうして俺と恋歌のことを親子みたいに喩えてからかってくる。そのせいで幼なじみ以外のクラスメイトたちにも、俺は恋歌のひとり息子として認識されつつあった。恋人志望だった(※過去形)俺としては不本意だし、否定し続けてるんだけどな。
「えー? でも恋歌って、いっつも秋人くんのお世話してばっかりじゃん。寝癖なおしてあげたり、お弁当作ってあげたりさ。ね、恋歌ママ?」
にやり。いたずらっぽい笑みで、恋歌をからかう瀬名。
すると恋歌は、かあっと頬を赤く染めて、
「だからっ、違うってば! 私はただっ、だらしない秋人が許せないだけで……!」
「あれ、そうなの? じゃあこれからは夫婦って呼んであげたほうがいい?」
「なっ、夫婦って……! ちょ、ちょっと秋人!! あんたも黙ってないで、何か言いなさいよっ!!」
頬を紅潮させて、ぷくっと膨らませる恋歌。……可愛いすぎるだろ、この美少女。
と、今度は英樹が、ぽんぽんと俺の肩を叩いてくる。
「おいおい秋人、なに突っ立ってんだよ。いつもの親子漫才、見せてくれないのか? ……あ、夫婦漫才のが良いか?」
「俺、恋歌の子供でも夫でもないんだが……」
「んなこと知ったうえで言ってんだって。オレたちにはそう見えてるくらい、お前らは仲良しだって意味だよ」
優しい手つきで、英樹が俺の背中を叩く。
……そうだよな。英樹も瀬名も、恋歌の《《本音》》を知らないんだよな。
だったらここは、俺が口を挟まなければならない場面だろう。
「あのさ、瀬名」
「ん、なになに? もしかして、大好きな恋歌ママがいじめられて怒っちゃった?」
「悪いが――そういうのは、二度と言わないでくれないか」
俺のことが大嫌い――それが、恋歌の本音。
なのに、幼なじみやクラスメイトたちから、ママだの夫婦だのと言われて。それがどれだけ不愉快だったかは、想像に容易い。
実際に恋歌は今、その顔を真っ赤に染めている。まあ俺には、可愛いかよとしか思えなかったが……おそらくは、本気で心の底から怒っているのだろう。
「……あ、秋人くん? どうしたの、いきなり……」
俺が柄にもなく真剣な声音で言い放ったからだろう。瀬名も英樹も、その他のクラスメイトたちも、唖然として黙り込んでしまう。
同時――キーン、コーン、とチャイムが鳴り響いた。担任教師が入ってきて、「席につけぇ」と気だるげな声で言ってくる。
それに従って俺は無言で窓際の席まで歩き、そっと座る。
隣の席の恋歌は……俺とは、目を合わせようともしなかった。




