幕間 幼なじみの様子が……
球技大会のプチ打ち上げをしよう――幼なじみ五人のグループチャットに、そんな通知が届いていた。
提案してきたのは瀬名だった。勇利は別のクラスだろと思ったが、まあ、本人が良いのなら良いのだろう。
どうしよっか、と、俺の隣を歩く恋歌に聞かれた。
俺は少しだけ悩んだけれど……せっかくだし行くか、と、そう答えることにした。
いつものファミレスに向かうと、すでに英樹たちは揃っていた。
俺たちが到着したのと同時に、瀬名がニヤニヤと笑みを漏らして、
「やっほー、秋人くんに恋歌っ。ふっふっふっ、やっぱり一緒にいたんだぁ?」
そう言われて、俺と恋歌はそれぞれ反対側に視線を逃がす。
時刻は20時。球技大会が終わってから、すでに三時間以上が経過している。
俺は河川敷で恋歌と、その、いろいろあった結果……ふと冷静になった今は、もう、恥ずかしくて仕方ない状態に入っていた。
「その様子だと、今度こそ無事に仲直りしたってわけか。いやぁ、よかったよかった!」
ヒュー。と、わざとらしく口笛を吹いて茶化してくる英樹。
続けて、勇利が俺たちを交互に見ながら、
「どうやら、そうらしいな。これにて一件落着、というところか」
「……だから俺たち、べつに喧嘩してたわけじゃないんだけど。なあ、恋歌?」
「え? あ、う、うん。そう、だよね……」
恋歌の目が泳ぐ。
正直なところ……俺はいまだに、恋歌が何を考えているのかわからずにいた。
俺のことを罵ってきたり、大嫌いと告げてきたり。
かと思えば、一緒にバスケの練習がしたいと言ってきたり、俺のことを抱きしめてきたり。
極めつけは、さっきのアレだ。
恋歌の優しい声音から告げられた言葉の数々が、ぐるぐると頭の中で回り続ける。
『私は、ね――秋人の、そんなところが好き。大好きなの』
『私、ほんとはね――秋人の、そういうダメなところも好きなんだよ?』
あれは……本当に、いったい何だったんだろうか。
わからない。あれが恋歌の本音? 大嫌いだ、という言葉のほうが建前?
というか、そう、そもそも――、
(好きって、どういう意味なんだ……っ! 幼なじみとして? それとも、異性として……?)
ぐるぐる。ぐるぐるぐる。
脳みそがこんがらがって、何ひとつ思考が進まない。
「ま、とりあえずふたりとも座りなよっ。ほら、ご飯たのもっ?」
「お、おう……」
瀬名の誘導に頷きを返して、俺はソファー状の椅子に腰かける。
と、その隣に……恋歌が、座ってくる。
甘い匂いがする。さんざん嗅いだばかりの、学園一の美少女の香り。
「ね、秋人。今、ヘンなこと考えたでしょ?」
「えっ……いやっ、今のは不可抗力っていうか……っ」
「そういうの、視線でわかるんだからね? 秋人の……えっち」
……あれ?
恋歌の調子が、いつも通りに戻っている?
いや、本当に戻っているのか? かつての恋歌なら、もっと容赦なく俺を罵倒をしてきた気がするが。
だけど今のは、ほんのちょっとの、なんなら可愛らしいくらいの毒。
とはいえ、毒は毒。さっきまでの恋歌の甘ったるい雰囲気とは、やっぱり別だ。
と、英樹が頬杖をつきながら、
「にしても、すっかりいつも通りって感じで安心したぜ。瀬名のやつなんか、『あたしが余計なことしたせいで、秋人くんと恋歌がぁ~』って、わんわん泣いてたんだぜ?」
「ちょっと、英樹! あんただって、『オレ、秋人の親友失格かもしれねぇ……』って凹んでたくせにっ!」
「お、おい! ……ち、違うからな秋人っ! オレっ、ギリギリ泣かなかったから!!」
「そ、そうか。なんか、悪かったな……」
どうやら、ふたりには心配をかけまくってしまったようだ。……今度、何かしらの埋め合わせをしないとな。
「……ま、秋人。これからはさ、何かあったらオレらを挟んでくれよ。裁判くらいならしてやるからさっ」
「なんだそりゃ。お前が遊びたいだけだろ、それ」
「へへっ、バレちまったか」
にやけ顔の英樹をあしらっていると、今度は勇利が眼鏡をクイっとさせて、
「秋人と恋歌が今まで通りだと? フッ、笑わせるな。英樹、お前の親友力はその程度だったか」
「なっ、なんだとォ!?」
いや、なんだよ親友力って。初耳なんだが。
内心で呆れる俺を置いてけぼりにして、英樹と勇利は会話を続ける。
「やはり秋人の親友にふさわしいのは、お前ではなく俺だという意味だ。貴様など、しょせんはクラスが同じになっただけの下等親友に過ぎん」
「はっ、負け犬が吠えやがって! いいか、オレと秋人は運命でクラスメイトになったんだ!! それにお前っ、そんなこと言うなら昼メシもう一緒に食ってやらねぇからな!!」
「それだけは辞めてくれ。さすがに寂しい」
「お、おう。すまん……」
……聞くだけ無駄な会話だったな、これ。律儀に耳を傾けていた時間と労力を返してほしい。
と、そんなことを思っていたら。
つんつん。右肘のあたりを、恋歌に突かれる。
「ね、ねえ。秋人……」
甘えるような上目遣い。
……あれ。さっきの、ちょっとだけ辛辣な態度はどこに行ったんだ?
……もしかして、夕方までのデレモード(仮称)に戻ったのか?
「瀬名が先に、私たちのぶんまでドリンクバー頼んでくれてたみたいなの。ね、一緒に取りに行かない?」
ぐ。心臓がどくんと跳ねる。
理由は単純。恋歌という美少女のおねだりが、信じられないくらいに可愛かったからだ。
これを断れる男がいるのなら、ぜひとも会ってみたいところだ。
「……わかった。行こうぜ、恋歌」
「……! う、うんっ!」
にこりと笑う恋歌。
なんだか一瞬だけ、犬みたいだなって思った。
ハーフアップに結ばれた亜麻色の髪が、ぶんぶんと左右に振れていた……わけはないのだが、そんなふうに見えた気がした。
◇◇◇
その後、ドリンクを注いできた俺と恋歌が席に戻ると。
……瀬名が、珍しく泣きそうな顔をしていた。
「秋人くんっ、恋歌ぁ! お願い、助けてぇ!」
「せ、瀬名? 何があったの……?」
「英樹と勇利がぁ、バカすぎるのぉ……!」
なんていう悲痛な叫びだろうか。俺はこっそり内心で瀬名に同情する。
そしてその犯人たちが、どんな会話をしていたかというと。
「何度も言っているだろう、英樹。秋人と恋歌は今まで通りの仲でなどなく、今まで以上の関係になっている、と」
「そりゃ何度も聞いたって!! で、肝心なのは理由だっての!! ほら、もっぺん言ってみやがれ!!」
「だから、セックスだ。秋人と恋歌は、性行為をしたに決まって――」
「――してねぇよ!?」「してないわよ……っ!?」
思わず店内だというのに大声を出してしまう。店員さんからの、冷ややかな視線。
……しかしまあ、そりゃ瀬名もうんざりして泣くわけだ。勇利のことだから悪気はないんだろうけど、少なくとも公共の場でするような話じゃない。
「なんだ、そうだったのか。すまんな秋人、恋歌。俺の勘違いだったみたいだ」
「勘違いってレベルじゃないでしょっ、勇利っ!!」
ぷくっと頬を膨らませる恋歌。めちゃくちゃ可愛い。
そんな気持ちを誤魔化すつもりで、はあ、と俺は息を吐く。
「勇利、お前ぁ。いくらなんでも、女子の前でその話はナシだろ。俺はまだしも、恋歌からしたら屈辱も屈辱だろうし。なあ、恋歌?」
と、隣に座る恋歌へと視線を向けると。
恋歌は……その可愛らしい頬を、真っ赤に染めていて。
「…………る、もん……っ」
恋歌の桜色の唇が、もじもじと動く。
やがて、彼女は。
意を決したかのように、すう、と大きく呼吸してから、
「わっ、私っ――秋人とだったら、えっちなことだってできるもん……っ!!」
恋歌のソプラノボイスが、店内に響き渡る。
俺、瀬名、英樹、勇利。そこに店員と客を含めた全員ぶんの視線が、亜麻色の髪の美少女へと集まる。
からん。誰かが退店したのか、ベルの音が静かに鳴った。
そんな、らしくない恋歌の姿を隣で見ながら……俺はもはや、苦笑することしかできない。
どうやら――俺の幼なじみは、様子がおかしくなってしまったらしい。




