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第43話 情けない

 試合に負けたあと、頭の中が真っ白になったのを覚えている。

 結局……スコアは28-140。あのあと俺たちは追いつくどころか、差を開かれてしまう一方だった。

 最終盤、A組の選手たちは――俺というディフェンスの穴を、容赦なく狙うようになったのだ。

 町田くんを無駄に煽ったことが、完全に裏目に出た。どうしてあんなことを言ってしまったのだろう、と今さら後悔する。

 チームメイトたちは、お疲れさまと言ってくれた。英樹たちドッジボール組のクラスメイトも、よく頑張ったと褒めてくれた。


 でも、そのとき俺は。

 ――恋歌にだけは、会いたくないなと思ってしまった。

 だから俺は、気づけば逃げ出していた。ユニフォームを着たまま、校舎の外に飛び出していた。


「……ダサすぎるだろ、俺」


 たどり着いたのは、いつもの河川敷。

 夕方の、ちょうど日が沈みかけていく中で。俺は膝を抱えて、じっと座り込んでいた。

 たらりと頬に垂れた汗を、首にかけたタオルで強く拭う。


 ――あの日と同じだな、と思った。

 忘れもしない、四月末のある日の放課後。

 気まぐれで部活終わりの恋歌……いや、藤咲を迎えに行ったら、彼女が俺のことを“大嫌い”と言っていた。その現実から目を背けるために、あのときも俺はこの河川敷に逃げてきたのだ。


「あぁ、くそ……なんで俺って、こんなにカッコ悪いんだろうな……」


 試合の結果は、惨敗。

 あんなにも藤咲が全力で応援してくれたのに、俺はその彼女の気持ちを、思いっきり裏切った。

 ……藤咲だけじゃない。瀬名や英樹、中島くんや九条くん。クラスの誰もが、きっと俺に失望しただろう。あれだけ必死にプレイしておきながら、最後は俺がチームの足を引っ張った。俺のせいで、点差をさらに広げてしまった。

 なのに、俺は――、



「――――こんなんじゃ、恋歌に振り向いてもらえるわけ、ないだろ……っ」



 なんだよ、と思う。

 結局、そういうことなのかよ。

 あぁ……やっぱダサいな、俺って。

 割り切れたはずだと思い込んでいた。もう全てが終わったのだと自分に言い聞かせていた。

 だけど実際は、このザマだ。

 俺は何ひとつ、次に進めてなんかいない。それどことか、逆に過去に縛られていく一方だった。

 あの日。彼女の話を盗み聞きしてしまったときから、全ては始まった。


『秋人なんか……あんなダメ人間のことなんか、《《大嫌い》》に決まってるでしょ?』


 そんな彼女の本音を知ってしまって――申し訳ないな、と思った。情けないなと自分を責めた。どうして今まで気づかなかったのだろう、と強く後悔した。

 だったらせめて、迷惑だけはかけたくないなと考えた。世話焼きな彼女から、どうにか自立してみせようと決意した。

 そこまでは、順調だったと思う。


『――――――秋人なんて、大っ嫌い……っ!!』


 数日後。

 面と向かって、そう言われた。はっきりと、彼女の気持ちを言い放たれた。

 俺の初恋は、本当に終わったんだな――そう改めて強く実感したのは、あのときだった。明確に拒絶されて、いろんな気力が失せたのを覚えている。

 これ以上はもう、傷つきたくないなと思った。彼女に迷惑をかけなたくないという想いと同じくらい、彼女に関わりたくないなと願うようになった。

 だから俺は、それまで以上に距離を置くことにした。彼女を苗字で呼ぶようにしたのは、その意思表示でもあった。


 ――その日から俺は、本当に彼女とは話さなくなった。

 挨拶すら交わさないし、目線も合わせない。このままきっと、俺たちは他人になっていくのだろう。俺は二度と彼女に迷惑をかけないだろうし、俺自身も傷つくことはない。あの痛みを、二度と味わわずに済む。

 そう思って、俺は安心しきっていた。

 これが俺の新しい日常なのだ――と、前向きな気持ちすら抱いていた。


 だけど。

 球技大会の練習期間が始まった、あの日のホームルーム。

 瀬名のためにと練習に励む、恋歌の真剣な横顔を見た瞬間に。


 ふと……俺は、思いついてしまったのだ。

 そのときに芽生えた気持ちを、今日まで誤魔化してきた。いろんな言い訳を並べて、自分にすら嘘をついてきた。


 ――本当は、最初からわかっていたんだ。

 なぜ俺は、あんなにも無駄な練習を繰り返していたのか。

 勝てるはずのない試合を、どうしてあんなに必死に勝とうと足掻いたのか。



「――――俺はまだ、恋歌のことが好きなんだな……っ」



 彼女に。

 藤咲恋歌に、自分の活躍する姿を見せたい。

 そして――俺のことを、ちょっとでもいいから好きになって欲しかった。

 大嫌いだという彼女の俺への評価を、覆したくなってしまった。ほんの少しでいいから、今までの名誉を挽回したかった。

 そんな、あまりにも青臭くて、気恥ずかしすさ満載の願望を。

 愚かにも、俺は抱いてしまったのだ。


「……ごめんな、藤咲。俺みたいなダメ人間が、お前の幼なじみでさ……」


 藤咲恋歌は完璧美少女である。容姿端麗で才色兼備、性格だって欠点がない。

 一方の俺は……綾田秋人は、彼女の幼なじみというところ以外に良いところなどない、惨めなダメ人間だ。

 叶うはずのない恋を、永遠に追いかけ続けて。

 忘れろって自分に言い聞かせたはずなのに、いつまでも忘れようとしなくて。


 ――緑の丘の向こうに、夕日が沈もうとしている。


 そういえば今、時刻はどのくらいなのだろう。スマホも教室に置いてきてしまったし、ほかに確かめる術もない。……そろそろ学校に戻らないと、さすがにマズいかもな。俺の捜索でも始まってしまったら、たまったものじゃない。


「…………、帰るか……」

 

 初夏らしい蒸し暑さの中で、じりじりと虫の鳴く音だけが聞こえていて。

 ふと、風が吹く。足もとの草花が、優しげに揺れる。

 俺はふらふらと立ち上がり、その風とともに振り向く。と――、



「――――――……っ、秋人……っ!!」



 眩しい夕暮れの光が、少女の頬をほのかに赤く照らしていて。

 ――ふいに吹いた穏やかな風からは、とっくに過ぎ去ったはずの春の香りがした。

ストックが無くなったので今後は毎日12:00更新のみになります。ごめんなさい……!

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