第42話 伝えるために
試合終了のホイッスルが、体育館に鳴り響く。
結局――秋人たちは、負けてしまった。
スコアは28-140。秋人のスリーポイントシュートをキッカケに始まった逆転は……すぐに勢いを止められて、そこから先はA組が優勢の試合展開が進んだ。
「あーっ! 負けちゃったかぁ、秋人くんたちっ」
ぐしゃぐしゃと自分の髪を混ぜる瀬名。その隣の英樹が、何やら瀬名を慰めるようなことを言っている。
でも。私の意識は、彼にしか向いていなくて。
「………………秋人っ、」
早く、秋人に会いたい。
秋人の声が聞きたい。秋人の笑顔が見たい。
頑張ったね、って言ってあげたい。たくさん褒めて、お疲れさまって労ってあげたい。
「ま、仕方ないよねっ。それじゃあ恋歌っ、更衣室行こっか」
「う、うん……」
そういえば私たち、まだユニフォームを着たままなんだった。
一階へと降りていく瀬名の姿を見ながら、私は。
(……秋人。ちゃんと会える、よね……?)
ふいに不安になって、私はバスケコートに視線を向けた。
そこには――秋人の姿は、すでになかった。
(……着替えに行っただけ、だよね)
さっきまで声援と歓声で満ちていた体育館には、今はもう、ざわざわと喋る同級生の声しか響いていない。
その空気が、なぜか、すごく居心地が悪くて。
「恋歌? 着替え、行かないの?」
きょとんとした様子の瀬名が言ってくる。
あぁ……何やってるんだろ、私。
この気持ちを抑えられそうになかった。瀬名の声も、ほかのみんなの声も。どうしても、頭に残らない。秋人のことで頭がいっぱいで、もう、どうしようもなくて。
――今すぐ、彼と会わなきゃ。
そうしないと、何かが間に合わなくなっちゃうような気がして。
今じゃないと、ダメな気がして。だから、私は――、
「ごめんね、瀬名……っ!!」
「え? ちょっ、恋歌!?」
勝手に、身体が動いていた。
ユニフォーム姿のまま、階段を駆け降りる。
男子は……たしか、教室に向かってるはずだよね。
渡り廊下を走り抜ける。周りの男子からの視線なんか、気にしない。気にしてる場合じゃない。
校舎に入る。階段を急いで登って、さらに廊下を走り続ける。
見慣れた、2-Bの教室。そのドアを、私はノックもせずに勢いよく開いて、
「っ、秋人……っ!」
だけど。
教室には、まだ誰もいなかった。
もしかして秋人だけ、先に戻ってるんじゃ――そう考えたけど、違ったみたい。
「っ……じゃあ、どこに行ったの……?」
体育館には彼の姿はなかった。ここに来るまでに見かけたりもしなかったはず。
……ねえ、秋人。どこに行ったの?
……ここで待ってれば、秋人に会える?
唇を噛む。もう一度、左手のミサンガに触れる。
ただじっと待っているなんて、今の私には、できそうになかったから。
飲み物を買いに行ったのかも――だとしたら、一階の渡り廊下にいるはず。
踵を返す。さっき来た道を引き返して、私は走り続けた。
ぜえぜえと息が荒くなる。だけど、それを整えている暇なんてなかった。休んでいる暇があったら、一秒でも早く彼の顔が見たかった。
そして……秋人と、たくさん話がしたかった。
「――――秋人っ!」
彼の名前を、叫ぶ。
でも、そこにも秋人の姿はなかった。
今から数十分後には、学年全体での閉会式がある。それまで待てば会えるはず、なのに――どうしてか、そうならない気がして。彼と、すれ違っちゃうような予感があって。
……どこにいるの、秋人。
……私、早く秋人に会いたいよ。
体育館のほうへと戻る。バスケ用のシューズを履いたままだったけど、気にせず外に出た。体育館裏の、日陰になっている階段――そこで涼んでいるんじゃないかって思った。けれど、
「っ、なんで……っ、秋人、どこに行ったの……?」
いない。
秋人は、どこにもいなかった。
もしかしたら教室に戻った? 入れ違いになっちゃったのかな?
それとも……また、私を避けてるの?
やっぱり私なんかとは、もう話したくないの……?
ねえ、お願い……秋人、教えてよ。
秋人は私のこと、どう思ってるの……?
「やだ……やだよ、秋人……っ」
どこにも見えない彼の面影を、私はただ、ひたすらに追いかける。
校舎裏のベンチ。食堂のテラス席。立ち入り禁止の屋上。
学校中のどこを見て回っても、彼とは会えなかった。
「どこっ……ねえ、秋人。どこにいるの……?」
どれだけ探し回っても、秋人の姿は見えない。
そうだ、スマホ――は、更衣室に置いてきちゃった。
取りに戻って連絡すれば、秋人に会えるかな?
でも、もしそのせいで、また入れ違いになっちゃったら?
……ダメ。私、どうしたらいいのかわかんないよ……。
「っ……、会いたい、よ……っ、私、私……っ」
屋上から校舎内に戻って、また廊下を走り出して。
途中、何度も転びそうになった。だけどそんなの、最初っから気にしてない。
「――――――秋人に、大好きだって言いたいよ……っ!」
と、そのときだった。
見覚えのある男子生徒と、私はすれ違う。
「っ、秋人――」
「あれ、藤咲ちゃんじゃん。へへ、奇遇だな」
「あ……町田、くん……」
……なんだ、秋人じゃなかったんだ。
チャラチャラした金髪を揺らしながら、町田くんが言葉を続けてくる。
「さっきの試合、見てたっしょ? どうよ藤咲ちゃん、やっぱり俺と――」
「ねえ! 秋人のこと、見なかった?」
何か言いかけていた町田くんには悪いけど……ごめんね。今は、それどころじゃないから。
すると町田くんは、ち、と舌打ちをして、
「……知らねぇよ。それよりさ、このあと――」
「知らないなら、どいて!」
「え? お、おう。悪い……」
町田くんの隣を通って、私はふたたび走り出す。
秋人に。私の大好きな幼なじみに、会うために。
……大丈夫。昨日はできたんだもん、今日だってできるはず。
もし秋人に会えたら、ちゃんと素直になりたいな。
そして、この気持ちを――――私の本音を、今度こそ秋人に伝えるんだ。




