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第39話 心の底から

 結論から言えば――中島くんの言葉は、正しかった。


 A組のメンバーは上手いなんてもんじゃない。俺はもちろんのこと、中島くんたちバスケ部員すらまったく太刀打ちできなかった。

 そしてその差が、点数となって数値化されていく。

 第三クォーターに突入した時点で、18-104。……文字通り、ケタが違う実力差だ。


「……綾田、パス!」


「っ、おう!」


 九条くんの呼びかけに応じて、俺なりに鋭いパスを出す。

 それは通った、が……九条くんへと、A組のディフェンスがふたりがかりで迫る。身動きを取れなくなった九条くんは、あっけなくボールを奪われる。

 直後、A組は素早いロングパスからシュートまで繋ぎ、またしても得点。

 A組側の応援席からは、黄色い歓声が。

 対するB組側は……まさしく、お通夜じみた状況だった。


「ま……そりゃ、こうなるよな」


 こんなもの、もはや試合でも対決でも何でもない。

 ただの、弱い者いじめだ。言うまでもなく、俺たちが弱い者である。


(……どうりで、中島くんが忠告してくれたわけだ)


 勝ち目がないとは聞いていた。

 だけど、まさかここまでとは考えていなかった。

 まず何より、パス回しのスピードが違いすぎる。次にディフェンスの圧力、おまけにシュートの精度まで。何から何まで、俺たちとA組のあいだには圧倒的な差があった。


 ……たしかにこれは、練習なんてする意味なかったな。

 それに、ここまで悲惨な試合内容なら、さすがの瀬名も怒ったりしないだろう。

 だからもう、俺が頑張る意味なんて何ひとつない。なのに――、


「寺西くん、こっち!」


「え? っ、了解!」


 バスケ部員じゃない俺は、A組のメンバーに相手にすらされていなかった。

 だから必然的に、俺へのマークは薄くなる。そしてマークが薄ければ、こうしてフリーになる機会も多い。

 今はその、絶好のチャンスだった。俺は寺西くんからのパスを受け取り、ドリブル――は、ダメだな。俺程度が抜けるはずがない。

 だったら、いっそのこと。そう考えて俺は、その場からスリーポイントシュートを狙った。

 だが……俺の投げたボールは、あっさりとリングに弾かれる。

 リバウンドをA組に取られて、またしても攻守が逆転。


「っ、くそ――」


 俺は慌ててゴール前に戻り、ディフェンスの体勢に。

 しかし相手のスピードに追いつけず、得点を重ねられてしまう。


「ドンマイ、綾田。ナイスシュートだったぞ」


 中島くんが、俺の肩に触れながら励ましの言葉を送ってくれた。


「……ごめん。俺のせいで」


「気にするな。……もう今さら、なんとも思わないって」


 同時、第三クォーター終了のホイッスルが鳴る。

 俺たちがベンチに戻ろうとした、そのときだった。

 ついさっき俺をドリブルで抜き去り、シュートを決めた金髪のA組の生徒――町田、と呼ばれていた気がする――が、俺のほうへと視線を向けて、


「お前、綾田だっけ。たしか藤咲ちゃんの幼なじみだよな」


「え? ……まあ、そうだけど」


「あんまイキがんないほうがいいぜ。雑魚なんだからさ」


 冷たい声音だった。

 ……明らかに俺をあざ笑ってたな、町田くん。俺に何か恨みでもあるのか、それとも俺みたいな下手くそが嫌いなだけか。いずれにせよ、あまり性格の良い奴ではなさそうだ。


「気にすんなよ綾田。町田ってああいうヤツだから」


 中島くんにフォローをしてもらう。……やっぱり情けないな、俺は。

 しかし、こうなってくると、もはや18点取れたのが奇跡だなと思えてきた。

 ちらり、とB組の応援席を見る――ダメだな、完全に気まずい空気が流れている。あの瀬名ですら、諦めきった表情だった。

 ……当たり前だ。こんな点差で、あの実力差で。ここから勝てる可能性なんて、あるわけがないのだから。


(だってのに……どうしちまったんだよ、俺……)


 どうして俺はさっき、スリーポイントシュートなんて撃ったんだ?

 どうして勝てるはずもない相手に立ち向かって、懸命にディフェンスなんてしたんだ?

 そんなことをしたって、無駄に恥をかくだけだ。……町田くんの言うとおりじゃないか。俺みたいなバスケ部員ですらない雑魚は、黙って周囲のフォローに徹しておくべきだろ。


 スコアボードを、見る。

 18-108……ちょうど90点差か。来年度からは、球技大会のルールを変えてもらったほうが良さそうだ。


(なんか、あの日を思い出すな……)

 

 中学一年生のころ。俺は藤咲の前で、先輩にボコボコにされたことがある。

 それはもう、ボコボコとしか言いようがないくらいにボコボコにされたものだ。一発も殴り返せずに、ただ永遠と背中を蹴られ続けただけ。


(……そっか。そういうこと、だったのか――)


 今も、あのときと状況はほとんど同じ。

 応援席の藤咲に、この歴史的大敗を見られている。

 綾田秋人という人間は、これほどまでに情けなくて、救いようのないくらいにカッコ悪い人間なのだ――と、彼女の目に焼き付けさせてしまっているに違いない。


 その事実が、俺は。

 どうしようもないくらいに――心の底から、悔しかったのだ。

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